キンジとネモの共依存   作:はちみつレモン

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第1話

 

ここは一体何処なんだ。俺とネモが漂着した海岸には、見渡す限り何もない。朝焼けの空では高湿度の強風で雲が吹き飛ばされており、恐ろしいほどの速さで天候が変わっている。まるで映像を倍速以上の速さで見ているような気分だ。雨雲の間からは、薔薇色の空が覗き始めた。少し歩くと、さっきよりも島を広くみれる場所にたどり着く。サンゴ礁に囲まれている。象牙色の砂浜。ここに来る前にいた場所とは全く違う光景が眼前に広がる。。波がザザッと揺れており、鳥の囀り声が心地よい。こんな状況じゃなければここで宿泊したいと思う。もしここが観光地になれば、多分高い金を支払っても来るんじゃないかなと思った。

 

 

確かに彼女の移動を邪魔して、本来飛ぼうとした場所から違う場所に移動させてしまったのは、俺が彼女の胸を揉んでしまったことが原因だ。ネモの意識が揉まれた胸にいきながら瞬間移動したことで、緯度も経度も全く違う場所に飛んだのだろう。ネモの方に戻ると、彼女はまだ意識を取り戻していない。俺は彼女を見ていらいらしていた。失神して普段の険のある表情ではなく、眠り姫のような、気品のある顔つきだ。ネモのことを何も知らなかったら、女嫌いの俺が絵本から出た可愛いお姫様と思うレベルで顔立ちが整っている。

 

(ただお前は許さないけどな。殺そうと思えば俺を殺せたのに、何度も拳銃で死なない場所を撃って痛めつけるとか……。こいつはサディストなのかもしれない。かなりニヤッとした顔で引き金を引き続けていたし…)

 

溜息をついてネモの介抱をする。こんな嫌な奴だが、何か情報や手段を持っているかもしれない。ここで死なれたら遠からず俺も死ぬ。本当に癪だが、ネモが呼吸しやすいように仰向けにする。失神した者には服の締め付けを解くのが優先なので、武偵校で学んだ緊急マニュアルを思い出しながらネモのベルトを緩める。…顔立ちが凄い整っていると思っていたが、体つきもアリアに大分近い。濃紺色のコートの金ボタンを外し、前を開くと合わせ目にフリル飾りの色ブラウスは海水でビショビショになっている。白地にポチポチと何かのプリント柄のある、無縁の下着が透けて見えていた。本当にアリアと体格が近い。ただ鍛えられているのはアリアの方だ。こいつはどこにでもいる少女のような身体にしか見えな…っ! まず! ヒする!

 

俺は勢いよくネモから視線を外して海を見渡す

 

(こんな奴にヒするとか…真面目に自殺を視野に入れるか?)

 

 

俺にはヒステリア・サヴァン・シンドロームという体質がある。これは、神経伝達物質により中枢神経の活動を高めることで、思考力・判断力・視力・聴力・反射神経等が通常時の30倍ほど上がる。発動条件は「性的に興奮すること」だ。この条件を満たせば、βエンドルフィンが分泌されるため、これを使える。遠山家一族に遺伝する体質で、父も兄もこの体質を持っている。発動条件は俺とは違うらしい…詳しいことは知らないが。俺はこれをヒステリアモードと呼称している。

 

俺はヒステリアモードを極力使いたくない。俺の場合、ヒステリアモードになると「子孫を残すため」という根底から「女の子ことを最優先にして思考を行う」という特徴がある。例え女側が無茶苦茶な、ヒステリアモードが終わった後にも続くようなお願いをされても、この状態だと受け入れてしまう。これを無下にしようとしたら、女はキレて俺のことを陰険に扱う。以前この力が周囲に知れ渡ると、女達は俺にあの手この手で誘惑してきた。結果、俺は彼女達の願いを何でも叶える傀儡になり、責任も全て俺が取ることになった。自分ではない自分がしたことなのに、責任や労力を使わないといけない。これがどれだけストレスになるか…分かるだろうか。

 

これをネモに知られたら、間違いなく碌な目に合わない。俺だけならともかく、師団の情報を抜かれるのだけは…。あいつは、超能力で移動が出来る以上、メヌエットのように、何か情報を喋らせる超能力があってもおかしくない。

 

海を眺め続ける。綺麗だ。このまま母なる海に飛び込めば全て終わるのかと考えていると大分血流の流れが収まった気がする。何度か深呼吸してネモの方を見る。近くにあるポーチを開封する。中身は…水色のヘアゴム、ミニ香水瓶、お金、クレジットカード、お守り、眼鏡、分度器、万年筆、手帳…銃やナイフのような武器は無い。

 

手帳に何か無いかと思いながら開くと、海水でインクが溶けていた。何か書いてあった形跡は伺えるのだが、何も分からない。はぁー、つっかえと思いながら何か組み合わせると違う道具になるのではと思いながら道具を弄っていると

 

「手を挙げろ」

 

憎たらしい声が聞こえてきた。俺の首に、後ろから小さな銃口が突きつけられている。

 

ネモだ

 

(くそが)

 

ブラウスは開けたが、スカートの方は調べていなかった。おそらくスカートの中に隠し持っていたのだろう。ヒステリアモードになるのを防ぐために、調べなかったことが仇になった。大人しく両手を上げる。後ろからは腰のベルトがカチャカチャと音が聞こえた。

 

「わ、私の着衣が乱れていたぞッ。遠山キンジ、貴様……私が気を失っていた間に、て、抵抗できないのをいいことに、何をしたッ! この汚らわしい卑劣漢め……!」

 

俺が介抱してやろうとベルトや服のボタンを外したことを、気絶したのをいいことに悪戯したと考えているようだ。

 

(助けたのに…助けたのになんで責められるんだ。あのままだとお前は死んでいたのに…くそが。やっぱりこいつを助けても良いことないのか)

 

そんな内心を抑えながら

 

「お前が息をしやすいように、緩めたんだ」

「そのような話が信用出来るかッ、貴様は未婚の淑女の胸をいきなり触る野獣なのだ!」

 

(不味い、引き金に力を入れている気配がする。流石にヒステリアモードなしでこの距離だと避けるのも防ぐのも逸らすのも難しいぞ)

 

「あれは事故だ。本当は肩を突き飛ばそうとしたのだが、本当に済まなかった。それに俺は海に浮かんでいるお前を助けるために泳いで介抱までしてへとへとなんだ。男は元気がないと厭らしいことは出来ないぞ」

 

こちらが焦っていることを悟らせないように、平常心を保ちつつ答える。こういう状況では強く言い返したら女は自分の言い分が間違っていると感じて更に感情的になる。一度感情的になると、落ち着かせるのが面倒だ。

 

「そ、そういうものなのか」

 

きょとんとした声。怒鳴って言い返してこなくて本当に良かった。

 

「そうだ。だからお前が考えたような事はしていない。むしろ死にかけていた所を助けられたのに、拳銃を向けるとは…それがNの礼儀か? ここはどこだ? 教えろ」

 

ネモは俺の質問に答えることなく、俺の身体を弄り始めた。何か探している?銃?

 

この状況ならお得意の超能力で俺を殺せるだろう。例えば瞬間移動で俺を海や火山に放り込むとか。

 

(まぁ海や空や水中でも一度も負けたことないんですけどね。理子にリサにジーサードにカツェにサイオンに…ほんと碌な目にあわないな俺)

 

というか、もたもたしていた銃が回収される。流石に魔女みたいな女相手に銃無しは不味い。銃口が俺から逸れる瞬間を狙って…!

 

「っ!」

 

振り向いてネモの左腕を抑えようとすると、俺の首のすぐ横に弾が飛んできた! ここに来る前あれだけ俺に撃ったのにまだ弾が残っていたのか! でも弾はもう少ないだろ!

 

俺はネモに取っ組み合いをしかける。ネモの左腕を押さえたまま、ネモが右手に持っていた銃のスライドとストライカーを全力で握って駆動を阻み、再発の発砲を防ぐ。ネモの右手首を銃ごと巻くように捻ると、銃は砂浜に落ちた。弱っている女相手なら、ヒステリアモードなしでも遅れは取らない。

 

「アリアよりもちっこいマイクロ女子が! 革命ごっこなんてお部屋の人形でも使って遊んでろ! なんなら幼稚園や小学校からやり直せ!」

 

銃を封じたとはいえ、まだ超能力が残っている。挑発をして注意をひきつける

 

「何だとっ!? 私は15歳だ! 初等教育などとっくに終えたわ! 国家学位も取得している! 高校中退の貴様に言われる筋合いはないっ!」

 

侮辱されるとマジ切れするタイプのようだ。こういうところもアリアと似ている。俺はネモから離れて銃を海の方へ蹴り飛ばす。暴発した銃が火を噴き、浜に当たった弾丸が白い砂を飛び散らせた。ネモには銃や刃物が通用しないのは知っていたのだ、素手で捕まえようとするも、ネモは割とすばしっこく、捕まえるのが難しい。俺の手足を搔い潜って両手を振るい、俺にビンタを喰らわせてくる。これが全く痛くない、本当に超能力以外はただの女って感じだ。醜い争いにお互い体力が尽き始める。俺から少し離れた場所で、軍帽とポーチのある辺りに倒れたネモは、ショートソードを取り出す。もちろん刃は丸裸だ。

 

「ミニチュアみたいな剣だぜ。刃渡り35㎝ってとこか。ちっちゃなお前にお似合いだ」

 

向こうが剣を取り出したので、俺もポケットからナイフを取り出す。ネモはヨロヨロと上体を起こし、人形姫座りになって剣の切っ先を向けてくる

 

「気高きネモ家の剣を侮蔑したな。この白い浜を、貴様の血で赤く染めてやる」

 

妙だ。さっきは挑発で取っ組み合いになったが、今は少し落ち着いている。なぜすぐに魔術を使わないのか。時間がかかるタイプの魔術をしようとしているのか?

 

「立つ余力もないくせに、時代がかったセリフでイキリがって。お前なんか踏みに不法投棄された粗大ごみみたいに、そこで転がってろ…」

 

魔術を使わないのはありがたいが、こちらも余裕がない。俺もヨタヨタと立ち上がり、ネモにナイフを向けたまま後ずさる。もし時間をかけて発動する魔術なら、もう使えてもおかしくない。俺は後ずさる。

 

「…逃げるのか、卑怯者っ……」

「お前みたいな…得体の知れない女と、一緒にいられるかよ……」

 

俺はネモから十分な距離を取り、白い砂浜から黒い岩場へと身を隠す。

 

(くそが、ネモめ。言えば言い返されるのはしょうがないが、俺を卑劣漢だと卑怯者だの散弾言ってくれやがって…。高校中退まで馬鹿にされてマジ切れしちまった…。ていうかあのチビ…、かなでと大差ない慎重だから10歳ぐらいかと思ってたのに、15歳だったのか。まぁ胸があるのは図らずも触って確かめちゃったし、アリア的なコンパクト女子高生ってことなんだろう。アリア胸ないけどな。どっちにしろそんな歳で人類文明を過去に戻そうとスケールの大きな事をしてるわけだし、とんでもない女だよ)

 

 

俺はネモから離れて磯の方に走り出した。ネモは撃ってこなかった。

 




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