キンジとネモの共依存   作:はちみつレモン

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第3話

ネモが来る方向を限定出来る場所に移動する。もう太陽は西に傾いていると思った瞬間に空が黒くなった。雲の陰に入ったようで、湿った海風に巻かれた雲は特売に駆け込む主婦のようにデッドヒートしており、灰色に染め上げていく。そしてポタポタと水滴が落ちてきた。最初は小雨だったが、数秒後にザーザーと土砂降りになる。

 

(島の天気は急に変わると聞いたことがあるが、これほどとは…)

 

実の無いバナナの木に駆け寄り、大きな葉っぱの下で雨宿りをする。向こうの方では、木々に飛び散った雨粒が白い霧のような湯気を濛々と立ち昇らせているのが見える。俺は思い切って服を脱いで下着一枚になる。海水に当たった塩が身体にべたついているのを洗うためだ。塩は爛れや擦り傷の原因になるので、この天然シャワーで肌から落としていく。顔も洗っておこうと上を向くと口に雨水が入ってきた。

 

「あ…水…」

 

飲み水が無いことに気付く。これほど探して家が無いなら、水道も無いだろう。この雨水を溜める方法を考えるが、今手元にあるものではどうしようもできない。ここは水はけの良い砂地だから雨は地面に浸水していく。深く掘ろうとすると海水が出てきた。

 

雨雲が通り過ぎた空は、見惚れてしまうような薔薇色へと変色していた。美しい夕焼けだ。

 

「…」

 

言葉が出ない。ここに来てから景色に良くも悪くも圧倒されている。夕焼けだが、空の一部が暗くなってきている。さっきの雨から豪雨になったところを見ると、すぐに寝床の準備をしなければ、本当に身動きがとれなくなってしまう。下着もずぶ濡れ出し、ズボンも上着も何もかもが濡れている。気持ち悪い。もうこのままパンイチで動く? いや、流石にそれは危険すぎる。俺は渋々ズボンだけ履いて寝床の確保に動く。

 

サバイバル環境で最初に必要なのは火だ。人間は食料を摂らなくても2週間ほどは死なないし、水を飲まなくても3日ほどは死なない。ただし、これは獣に襲われない限りの話。ここは獣がうじゃうじゃいるから、火を焚いて接近を防がないと死んでしまう。ライターやマッチは無いが、火を起こす方法ならある。ベレッタのホルスターの底にメタルマッチを常備しているのだ。偉いぞ俺

 

メタルマッチとは、マグネシウムを主成分としたやすりのような棒だ。それをナイフの背でがりがりとするとあら不思議、摩擦熱で火花が出る便利アイテムです。これサバイバルでは重宝しますので皆さん覚えておいてください、テストに出ますよ?

 

…あれ? 確かにこの辺りに入れてたよね俺?

 

探して見るが見つからない。なんでやとホルスターをひっくり返すと小さな紙が出てきた。イタリア語で書かれている

 

「借金の利息に貰っておいたわ♡ 借金ブタへ ベレッタより」

 

…そういえばイタリアでベレッタに身ぐるみはがされて、色々な武器を勝手に弄繰り回されましたね。あの日本マニアが…余計なことをしやがって…

 

メタルマッチが無くても大丈夫です皆さん。火起こしには他の方法もあります。火打石さえあれば割と何でも解決できます。沈みゆく夕日の中、地面を這いずり回りながら石を手に入れる。それをズボンのポケットに入れて温めたら、海水で冷やして岩場に叩きつけた。思ったよりすぐに火花が出たことに安堵し、急いで薪を回収する。

 

流木は伐る必要がなく、水分が抜けているのが理想的だ。さっきの雨で表面が濡れているのがほとんどだが、中は乾燥しているため使えそうだ。いくつか流木を持って焚火の所に戻る。素早くそれを折っていき、大きさを揃えて組み上げる。この薪の組み方は、閉じかけの傘のように薪を並べて、円錐状の形にする。この組み木の内側に、焚きつけとなる小枝と葉っぱを置いていく。ズボンのポケットにあった糸くずを取り出し、糸くずに火花が通るようにして

 

「おっしゃ」

 

糸くずから薄い煙が上がった。枯葉の皿をそっと持ち上げ、火口の糸くず・木くずに優しく息を吹きかけて酸素を送ると…ボッと枯葉が燃え上がった。この火種を先ほど組んだ薪の内側に差し込んで

 

火が焚けた

 

焚火が燃えだしたと同時に一気に空が暗くなる。あと少しでも遅かったら手元が見えなくてお陀仏だっただろう。寝床は手抜きになるが、風雨だけは防げるA字型シェルターを作る。疲れた身体に鞭を打ってなんとか寝床を完成させた

 

ぐぅ~

 

腹が減った。何か食べたいが食料が無い。暗い中動くのも危険だ。何もしないで横になって少しでも体力回復した方が懸命だろう。

 

「…ちくしょう」

 

なんで自分がこんな目になっているのか、この先どうなるのかという不安が一気に心を占めている。このままだとまたマイナスの気持ちになると判断した俺は、身体を起こして鞄の中身を点検することにした。

 

高認テストを受けるための参考書、ノート、筆箱、女児のセーラー服…

 

(この状況で女子のセーラー服を持っている俺って…)

 

ま、まぁ布はこの状況なら汎用性が高い。何かに使えるかもしれないしとっておこう。点検を終えて空を見上げる。空は数え切れないほどの星が輝いている。赤や青の星もあるし、天の川も自己主張が強い。北極星はどこかと探していると南十字星が挨拶してきた。

 

(ここは南半球のどこかだ…まじですか…)

 

見える光はその星々だけで、島も海も恐ろしいほどの暗闇だ。焚火の周りだけが地上として存在していて、他の部分は消えてしまったみたいだ。さっきまで砂浜と密林と岩と流木が見えていたのに、そのどれもが見えない。自分一人だけが取り残されている感覚。まるで星の向こう側に誰かがいて、こっちを見て笑っているかのように思えた。

 

(いかん、いかんぞキンジ。そんな考えはやめないと)

 

さっきからマイナスの感情と思考しか出てこない。波の音しか聞こえず、静寂な空間に身を置いていると、どこからか枝を踏む音が聞こえた。

 

音が聞こえた方を向くと、そこにはネモがいた。

 

 


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