さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~   作:往復ミサイル

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ヤマト発進

 

『大介、父ちゃんはな、戦争に行くんじゃない。宇宙人と話し合いに行ってくるんだ』

 

 最期の航海に旅立つ前、見送りに行った島に、父はそう言い残した。

 

 戦争に行くんじゃない―――きっとガミラス人と仲良くなれる日がやってくる。そう信じて父は宇宙へと飛び立ち、そして帰らぬ人となった。

 

 自宅のリビング、棚の上に飾られている一枚の写真に視線を向ける。幼い頃の島が笑みを浮かべ、泥でうっすらと汚れたサッカーボールを手にしている。隣に写っているのは軍服姿ではなく、私服姿の父だ。

 

(父さん、俺は……俺はどうすれば)

 

 家族の事を考え、地球へと残る……そう心に決めた筈だ。古代には、友人には悪いが、テレザートには行けない。そう言ってあの日、皆と別れた筈だ。

 

 しかし今になって、心の奥底に押し込め、沈殿していた後悔が隆起して、平常心を保たんとする心の中へと滲み出ている。本当にこれでいいのか。皆は俺を必要としているのではあるまいか。こんなところで油を売っていていいのか―――心に決めた決意が揺らぎ、どうするのが最善なのか、判断がすっかりつかなくなっていた。

 

 カラー写真の中の物言わぬ父は、もちろん答えてはくれない。

 

 仮に生きていたとしたら、父は何と言っただろうか。お前はもう大人なんだから自分で決めろ、と突き放しただろうか。それとも―――行って来い、と背中を押してくれただろうか。

 

 あの日の夜、島も確かに夢を見た。

 

 地球に迫る白色彗星。

 

 押し寄せるガトランティスの大艦隊。

 

 それに立ち向かう地球艦隊。

 

 しかしその中に―――ヤマトはいなかった。

 

 地球人類最後の希望は、存在しなかった。

 

 あの夢を思い出す度に、危機感を覚える。

 

 こうして地球で過ごす家族も、そしてこの家も、あの彗星がやってきたら全て失われてしまうのではないか、と。

 

 あの女のメッセージは、それを伝えようとしていたのではないか、と。

 

 確かに科学的根拠はない。あくまでも夢で見た、程度のものだ。散発的に見る予知夢と本質は変わらないのかもしれない。宇宙戦艦を飛ばす根拠としては、あまりにもオカルトじみている。

 

 頭では、そう分かっている。

 

 なのに―――この胸の奥底でざわめくような、この危機感は何だ?

 

 自分たちの与り知らぬどこかで、何か大きな危機が生まれようとしているかのような、何とも言葉で表現し難い感覚がそこにはある。

 

『行って来い、大介』

 

 今は亡き父の声が、聞こえたような気がした。

 

 行って来い、大介―――子供の頃、学校に行く彼を見送る時と変わらぬ声音。いつもそうやって、休暇で家にいる時は背中を押してくれた。行って来い、と。頑張ってこい、と。

 

『行って未来を変えて来い』

 

「父さん……」

 

 家の中を見渡しても、もちろん父の姿はない。

 

 写真の中の父も、幼い頃の自分の肩に手を置きながら笑みを浮かべるばかりだ。

 

 幻聴なのだろうか。

 

 けれども―――亡き父の言葉は、胸の奥底までしっかりと響いていた。

 

 いつまでも胸の中で揺らめく感情は、その一声で落ち着きを取り戻していた。

 

 心の中、嵐のように荒れ狂っていた心は、さながら凪いだ海のように静かだ。

 

 (フネ)を出すなら、今しかない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こちら機関室、退艦者なし』

 

 機関室で発進のための指揮を執っていた山崎の声が、スピーカー越しに聴こえてきた。

 

 相原の席にあるモニターで、艦の外へと伸びるタラップの様子は確認している。対艦希望者は退艦してくれて構わない、と宣言してから既に15分、カメラの映像は何も変わらず、黒く塗装されたタラップを映し続けている。

 

『戦術科、退艦者ナシ』

 

『技術科、降りる者はいません』

 

『主計科、全員お供します』

 

『船務科、全員の意思を確認。行きます』

 

 スピーカーからは、続々と報告が上がってくる。

 

 今や、ヤマト乗組員の心は一つだった。全員でヤマトを飛ばし―――テレザートまで向かう。そして宇宙に迫りつつある危機を知り、テレサを救うのだ、と。

 

 だが―――。

 

「こ、航海科……」

 

 太田は躊躇するように言い、未だに主の現れない操縦席に視線を向けた。

 

 いつもならそこに腰を下ろしている筈の男―――古代とは士官学校時代からの付き合いになる島は、やはり姿を現さない。

 

 古代とて、それは薄々感じていた。

 

 自分と違い、島には家族がいる。守るべき人たちがいる―――得体のしれない根拠で宇宙に飛び立つよりも、彼は家族を選んだ。それだけの事だ。

 

 できるならばついて来てほしかった、という本心はある。

 

 しかし友人のその決断は尊重しなければならない。

 

 困惑する太田に視線を向け、古代は苦々しい顔で首を縦に振った。

 

「……航海科、退艦者ありません」

 

 艦橋にいる仲間は皆、島の不在について口を開かない。

 

 仕方のない事だ―――半ば諦めていたその時、相原が「ん?」と見慣れぬ警報が表示された画面を凝視しながら呟いた。

 

「どうした」

 

「いえ、第三艦橋の非常用ハッチが開い……あ、いいえ、警報消えました。誤動作と思われます」

 

「しっかりしてくれ」

 

「すみません」

 

 息を吐き、古代は肩の力を抜いた。

 

「太田」

 

「はい」

 

「……ヤマトの舵は俺が取る」

 

 右肩を回しながら、自分の席ではなく―――ヤマトの操縦席へと腰を下ろした。

 

 古代の本業は戦術科だが、一応は操縦できる。島がテレザートへの航海に参加しない可能性を考慮して、事前に読んでおいたヤマトの操縦マニュアルの内容は頭に入っている。

 

 しかし、実際にこうして操縦席に座ってみると、両肩が一気に重くなるのが分かった。乗組員全員の命を預かる操縦席―――島は、友人は、そんな重圧の中で舵を取っていたというのだろうか。

 

「ドックの注水を開始する。タラップ収納」

 

 ヤマトへの乗り込みのため、そして対艦希望者のために出していたタラップが折り畳まれ、そのままするするとヤマトの内部へ引き込まれていった。遅れて解放されていたハッチも閉鎖されていく。

 

 全てのハッチの閉鎖が確認されるや、真田は目の前にあった画面をタッチした。

 

 既にこの海底ドックのコントロールはヤマトが掌握している。コントロールルームは別にあるが、仮にそこが地球防衛軍によってハッキングされたり、あるいは送り込まれた歩兵部隊によって物理的に破壊されたとしても、もうヤマトの発進は止められない。

 

 ヤマトそのものを物理的に破壊しない限りは。

 

「ドック、注水開始」

 

 ドックの壁面に備え付けられた注水口から、さながら滝のような勢いで海水が流れ込んでくる。

 

「水位、5……6……7……水位上昇」

 

「補助エンジン内圧力上昇。始動10秒前」

 

 注水を管理している真田の声に続き、補助エンジンの始動を指揮する徳川の声が続く。

 

 ドックに流れ込んだ海水の水位は、既にヤマトの喫水線にまで達していた。だが、これだけでは足りない。ドック内を完全に海水で満たさなければ、発進は出来ない。

 

「補助エンジン、動力接続」

 

 島はどうやってヤマトを動かしていたか―――いつも隣にいた古代は、それを思い出しながら、マニュアル通りに号令を発した。

 

「補助エンジン、動力接続……スイッチオン」

 

 徳川の復唱に続き、足元の床越しに、重々しい振動が伝わってくるのが分かった。ヤマトに搭載された補助エンジンが起動したのだ。

 

「補助エンジン低速回転1600。両舷バランス正常、パーフェクト」

 

「水位、12、13、14……」

 

 流れ込んでくる海水は、既にヤマトの甲板を覆い尽くそうとしていた。第一、第二砲塔は既に海水に呑まれ、第一副砲も押し寄せる海水の中へと姿を消そうとしている。

 

 海水の飛沫が、艦橋の窓にまで降りかかるようになった。

 

「水位、艦橋を超えます」

 

 やがて、ヤマトの第一艦橋やレーダー、艦長室までもが海水の中に沈んだ。

 

「―――注水完了」

 

 ドック内への注水が完了―――そう告げる真田に視線を向け、古代は頷いた。

 

「ガントリーロック解除」

 

「了解、ガントリーロック解除」

 

 古代の命令に真田が復唱を返した。ドックの中でヤマトの船体を挟み込む形で固定していた巨大なアームが、重々しい金属音を響かせながら外れ、するするとドックの壁へ下がっていく。

 

 これでヤマトは支えを失った―――船体が軋み、ヤマトが揺れる。額にじんわりと浮かぶ汗を拭う暇もなく、古代は操縦桿を握り姿勢制御を行った。

 

 島ならばもっと上手くやっただろうか……そんな思いが脳裏を過る。

 

「全艦、第一種戦闘態勢」

 

 発進だけではない。

 

 上手く海底ドックを飛び立ったとしても、今度は頭上に戦闘衛星が控えている。ヤマトと同様の機関に同様の主砲、そして同様の波動防壁を備えた、さながら宇宙の沿岸砲ともいうべき兵器が。

 

 海上へ飛び出せば砲撃してくるだろう。そうなった時のためにも、戦いに備えておかなければならない。

 

「微速前進、0.5」

 

「……微速前進、0.5」

 

 徳川の復唱に続き、補助エンジンの唸りが一段と強くなった。

 

 水中に浮かんでいたヤマトが、ゆっくりと前へ進み始める。

 

「ゲートオープン」

 

 ゲートが開いた。

 

 奥に見えるのは暗く冷たい海底だ。全てを呑み込み、水圧で押し潰してしまう海の中。その暗闇の中へ、ヤマトが漕ぎ出していく。

 

「ヤマト、海中へ進入」

 

 ゲートを抜けたヤマトは、徐々に速度を増しながら海底を進んでいった。

 

 海面から光が差し込んでいる。朝だ。こうしてヤマトを無事に海底ドックから出撃させている間に、地上では朝になっていたらしい。

 

 地球を照らす太陽の光は、海面を突き抜いて海中にまで達していた。さながら黄金のカーテンのように、海中を進むヤマトの進路上で陽の光が踊る。

 

「波動エンジン内、エネルギー注入」

 

「補助エンジン、第二戦速から第一宇宙ノットまであと30秒」

 

「波動エンジンシリンダーへの閉鎖弁オープン。波動エンジン始動、5分前」

 

 唐突に船体が揺れた。海流だ。まるで海中に侵入した異物を押し流してしまおうとしているかのように、蘇った地球の海がヤマトに牙を向く。

 

「くっ……」

 

「落ち着け、古代」

 

 真田の言葉もあって、古代は肩の力を抜いた。いつの間にか、両肩にはあらん限りの力が込められていて、グローブの中では手汗がじんわりと浮かんでいた。

 

「波動エンジン内、圧力上昇。エネルギー充填90%」

 

「いいか古代、海面に出ると同時に波動エンジンに点火してジャンプするんだ」

 

 落ち着け、落ち着け、と自分に言い聞かせながら、古代は号令を発する。

 

「補助エンジン、最大戦速。上昇角40、海面まであと2分」

 

「波動エンジン内圧力上昇、エネルギー充填100%」

 

 海面から差し込む光が段々と強くなってくる。ヤマトを揺さぶる海流も勢いを失い、船体を日光のカーテンが優しく包み込んだ。

 

「波動エンジン点火、2分前」

 

 バクバクと心臓の鼓動が大きくなっていくのが分かった。いよいよだ。ここで手順を間違ったり、手元が狂ったりすればどうなるか―――テレザートに行くどころの話ではなくなってしまう。

 

 いつも隣で島が味わっていた重圧に、再び肩に力が入る。

 

 その肩に、ぽん、と優しく置かれた手があった。

 

 一体誰だと視線を向けてみると、そぐ隣に見慣れた男が立っていた。

 

「―――上出来だよ、古代」

 

「島!」

 

 来ないものと思っていた相棒が―――友人が、すぐそこにいる。

 

「お前、どうして……」

 

「話は後だ、俺がやろう」

 

 そう言う島に、古代はそっと操縦席を明け渡す。

 

 やっとヤマトの操縦席に、本来の主が戻ってきた。

 

「フライホイール始動、10秒前」

 

「海面まであと30秒。現在、補助エンジンの出力最大」

 

 光が一段と強くなってくる。

 

 海面越しに、空で輝く太陽がはっきりと見えた。

 

「エネルギー充填120%……フライホイール始動!」

 

 ごう、と補助エンジンの唸りに、新たな轟音が加わった。

 

 波動エンジンが目を覚ましたのだ。

 

「波動エンジン点火、10秒前」

 

 海面がどんどん近付いてくる。

 

「5、4、3、2、1……」

 

 ―――海面が、割れた。

 

 水飛沫が左右へ飛び散り、黒く塗装されたヤマトの艦首が、波動砲の発射口が、そして甲板のカウルが、海上へと姿を現した。

 

「フライホイール接続……点火!」

 

 どう、と噴射音が響いた。

 

 2つ並んだ補助エンジンのノズル、その上に置かれたメインエンジンのノズルから、勢いよく炎が噴き出した。海水を押し流し、吹き飛ばすほどの勢いで、ヤマトの船体を一気に加速させていく。

 

「ヤマト、発進!」

 

 船体を微かに斜めに傾けながら、ヤマトはどんどん上昇していった。船体にへばりついていた海水を払い落し、朝日へと向かっていく。

 

「上昇角40度、全艦異常なし。大気圏内航行、主翼展開」

 

 両舷から赤く塗装された主翼が突き出た。吹き荒れる風さえも味方にして、ヤマトは高度を上げていく。

 

 艦首の遥か下方、再開発によって出来上がった都市が見える。

 

 そして―――沖田のモニュメントが設置された、英雄の丘も。

 

 再びヤマトと共に飛び立つ彼らに、今は亡き沖田は何を思うのだろうか。

 

 ふとそう思ったが、しかし古代はすぐに思考を切り替えた。

 

 朝日へと向かい飛んでいくヤマトの向こう―――艦首のその先に、越えねばならぬ試練がもう1つ、待ち構えている。

 

 

 

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