さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
ガミラス戦役が始まる、はるか前。
幼少の頃、祖父が動物園に連れて行ってくれた時の事を斉藤は思い出していた。テレビやPCの画面越しにしか見た事の無かった、檻の中の動物たち。しかしその息遣いや臭いも肌で感じられる動物園でその姿を見ると迫力があって、彼らもまた生きているのだ、という実感が湧いてくる。
その中でも特に幼き日の斉藤が目を奪われたのは、意外にも熊だった。
ヒグマ―――今ではガミラス戦役時に地下都市に連れ込まれたごくわずかな群れ以外は死に絶え、今もなお繁殖のための努力を限られたリソースの中で細々と続けられている種だ。
寝転がったり、四足歩行で歩いたり、母親とじゃれ合ったりとコミカルな姿を見せるヒグマたち。しかしひとたび二足歩行で立ち上がればその姿は怪獣さながらで、幼少期の斉藤の脳裏に捕食者という概念を本能的に呼び起こさせるには十分な威圧感があった。
食物連鎖という世界の仕組みから逸脱したつもりの人類。高度な文明を築き上げた人類は、しかし檻の中の獣たちが解き放たれればあまりにも無力なのであろう。今の人間社会とその脆弱さのアンバランスは、歪な感覚を呼び起こす泥濘として彼の心の中に沈殿していった。
そんな哲学的な話はともかく、幼少期の記憶が目の前の現実と重なってしまったのは他でもない。目の前のガトランティス人―――『ザンツ・ザバイバル』と名乗った巨漢の威圧感がヒグマのそれに近しいものだったからだ。
振り下ろされた拳を受け流しつつも、ガードした腕に痺れるような痛みが走り斉藤は歯を食いしばる。
(なんつー力してやがる!!)
薄々分かっていた事ではあった。
ガトランティス人の筋力は、地球人のそれを遥かに上回っている。地球人の兵士では扱えないような重量の武器を軽々と持ち上げて振り回すし、被弾しても多少ならばダメージをものともしない。その気になれば地球人の頭を掴んで、スイカのように握りつぶす事だって出来る筈だ。
そんな身体能力を、ガトランティス人は生まれつき備えているのだ―――斎藤たち空間騎兵隊のように、装甲宇宙服に搭載されているようなパワーアシストに一切頼らずに、だ。
だからなのだろう、先ほどから敵兵と戦っているというよりは「熊と戦っている」ような感覚を覚えてしまうのは。
「ぬぁっ!!」
拳を受け流した隙に、右のボディブローを突き出す斉藤。適切な体重移動と腰の捻り、そして装甲宇宙服のパワーアシストも乗った一撃は、並の人間がまともに受ければ内臓が破裂するほど危険な殺傷力を発揮する筈だった。
が、しかしそんな道理はガトランティス人には通じない。
装甲宇宙服のナックルガード越しに返ってきたのは、まるで劣化し硬くなった廃タイヤの塊を思い切り殴りつけているような、どこか柔らかく、しかし微動だにしない感覚。
殴られたザバイバルは一瞬だけ息を詰まらせるが、それだけだ。にたぁ、とすぐにその顔が交戦的な笑みに支配されるや、振り回された丸太のような腕が斉藤の右側頭部を打ち据える。
ぐわん、と脳が揺れた。
一瞬ばかり気が遠くなる。
今、自分が何でこのような場所にいるのか―――そもそも”自分”とは何か、その定義すら揺らぐ。消失する。デリートされたかのように、全ての認識が真っ新になる。
―――隊長。
脳裏によみがえる部下たちの声。
第十一番惑星で死んでいった部下たち。
ガミラス戦役で死んでいった、桐生連隊長を始めとする上官や先輩たち。
彼らの犠牲を背負い、今ここに斉藤始という男は立っている。
彼らの仇を討ち、無念を晴らすために。
そして蒼い地球を、蘇ったばかりの
背負った責任の重みは、しかし斉藤にそう簡単に倒れる事を許さない。
ぐらり、と今にも崩れ落ちそうな身体を必死で踏ん張り、その反動を乗せた渾身のアッパーカットがザバイバルの顎を思い切りかち上げた。
如何に熊の如きガトランティス人でも脳を揺さぶられてはたまったものではないのだろう。大きく頭を揺らしながらよろめき、背後の岩肌に背中を打ち据える。
ザバイバルは唇から溢れた血を拭いながら、斉藤の瞳の中で燃える炎にも似た気迫を確かに見た。しかしそれはガトランティスの戦士が抱く気迫とは根本から異なるものである、という事はすぐに分かった。
戦いの中で昂っているのではない。
背負った責任のため、死んでいった同胞たちの無念が、今の斉藤始という男を奮い立たせている。
はははっ、と思わず笑ってしまった。
やはりそうだ―――この”サイトー”という
『そうだ……かかってこい! 貴様の命の全てをぶつけろ、サイトー!』
「うおぉぁぁぁぁぁぁぁ!!」
走る勢いを乗せて腰目掛けてタックルしてくる斉藤。ザバイバルは組み付かれながらも斉藤の背中目掛けて何度も肘を打ち下ろし、その背骨を砕かんとする。
そうしている間にも2人はもつれあい、鍾乳洞の中の勾配をごろごろと転がり落ちて行った。岩肌に背中を殴りつけられ、呻き声を発しながらも、しかし斉藤は決して手を離さない。
やがて、2人は勾配の下にあった戦車にぶつかって止まった。
ガトランティス軍の戦車だ。あの蟹のような多脚戦車ではなく、高初速の連装砲を搭載した対戦車戦闘用の重戦車である。
履帯を守るスカートにぶつかった2人。ザバイバルが馬乗りになり斉藤の頭を何度も殴りつけてくるが、斉藤もやられっぱなしではない。近くに落ちていた石を拾い上げるなり、渾身の力でそれをザバイバルの頭目掛けて叩きつけた。
バガッ、と石が砕け、ザバイバルの額が割れてオレンジ色の血が溢れ出る。
ザバイバルは自らの血に塗れながらも、ホルスターからレーザー拳銃を取り出した。非常用に持ち歩いていた、いわゆるターシャリ・ウェポンなのだろう。
咄嗟に斉藤はザバイバルの股下を潜り抜けるようにして回避。レーザーは斉藤が回避した際にその場に置き去りにされた装甲宇宙服のヘルメットだけを貫いた。
『ぬう!』
背後から響くレーザー拳銃の銃声。整備用の工具箱や機材の陰に隠れてやり過ごしている間に、ザバイバルは拳銃を投げ捨てて戦車の上によじ登った。ハッチに据え付けられているレーザー機関銃の安全装置を解除するなり、対人レーザーの掃射で斉藤を炙り出そうとする。
クソッタレが、と悪態をつく斉藤。
その時、レーザー機銃を受けて吹き飛ばされた容器が傍らへと落ち、中から柄の付いたガトランティス軍の手榴弾が顔を出した。
構造は地球のものとは違う―――しかし、ガミラスのものに似ている。戦後、ガミラスから武器を供与された想定でガミラス軍の武器の扱い方も訓練を受けた事がある(とはいえ僅か3時間の講習と実弾射撃訓練のみだったが)。
おそらくはガミラスの手榴弾をコピーしたものなのだろう。ならば安全ピンは柄の底にある筈だ。
(ドンピシャだ!)
勝利の女神―――この場合はテレサと言うべきか。
いずれにせよ、全宇宙に恩寵をもたらす女神は斉藤に味方したようだ。安全ピンの位置から何まですべてガミラスのものと同じであった事に安堵した斉藤は、躊躇せずにその安全ピンを引き抜き、2つ数えてから戦車の方へと投擲した。
ぐるぐると回転しながら飛んでいった手榴弾は戦車の砲塔上面に落下。ガンッ、と装甲を打ち据える硬質な音に、機銃を撃ちまくっていたザバイバルが顔を青くする。
グワッ、と炎が広がり、爆音と閃光が周囲を荒らし回っていく。
いくらガトランティス人でも手榴弾の爆発を受ければひとたまりもないだろう。そう思い遮蔽物の陰から顔を出した斉藤は、しかし次の瞬間血まみれになりながら飛びかかってきたザバイバルに組み付かれ、再びゴロゴロと地面を転がり回った。
まだ相手が生きていた事に驚きつつも、斉藤は視界の端に一瞬映ったレーザー拳銃―――さきほどザバイバルが投げ捨てたそれに手を伸ばし、銃口を彼の心臓に押し付けた。
ぴたり、とザバイバルの動きが止まる。
己の死を悟ったのか―――相手がどうであれ、発砲を躊躇う理由にはならなかった。
ズドン、とレーザー拳銃が吼え、ザバイバルの心臓を射抜く。
顔中に血と脂汗を浮かべながら、ザバイバルは最期の言葉も無しに崩れ落ちていった。
「はぁっ、はぁっ、はぁっ」
呼吸を整え、拳銃を投げ捨てる斉藤。
これで少しは、死んでいった仲間たちも納得してくれるだろう―――仇は討ったぞ、と心の中で仲間たちに語り掛け、斉藤は先を急いだ。
この鍾乳洞の奥で古代たちが、そして宇宙の女神テレサが待っている。
まるでそこだけ、時間が止まってしまったかのようだ。
鍾乳洞の最深部に広がる地底湖を見渡し、古代は息を呑む。
地球は奇跡的な確率で生まれてきた蒼い星である事は周知の事実だが、他にも地球型の惑星はこの大宇宙に存在している。
だからこそ、この広い宇宙でこのような風景を持つ惑星を見つけた事に感動にも似た感覚を覚えるのかもしれない。
しかし手放しで”絶景”とは言えなかった。
地底湖の中心に、異質な物体が浮かんでいる。
それは花びらく前の蕾を思わせる物体だった。寒い冬を乗り越え、暖かい春に花を咲かせるための蕾。しかしそのサイズは地球上のどの花よりも巨大だった。それこそ、古代たち地球人の身体がすっぽりと収まってしまうほどに。
そんな巨大な蕾を取り囲むように、4基の半球型の装置が浮遊していた。
まるでその蕾を封じ込めているようにも思え、古代はホルスターから拳銃を引き抜いた。コッキングして狙いを定め、蕾を取り囲む4基の装置目掛けて引き金を引く。
9×19㎜パラベラム弾が装置を撃ち抜き、無力化していく。さすがに攻撃を受ける事を想定しないほどデリケートな造りだったのか、装置は動力を喪失して地底湖の中へと落ちていった。
水面に生じた波紋が静まると、蕾にも変化が生じる。
黒ずんでいたそれが淡い桜色に染まり、ゆっくりと開き始めたのである。
「古代、いったいなにがどうなって―――」
あのガトランティス兵との決着をつけてきたのだろう、斉藤が息を切らしながら古代たちに合流するなり、ゆっくりと花びらくそれを見つめて言葉を詰まらせた。
「―――テレサ」
宇宙の女神、テレサ。
開いた巨大な蓮の花を思わせるそれの中心から姿を現したのは、白く透き通った肌に何も纏わぬ、美しい金髪の乙女。
しかしその姿は古代たち人間と比較すると遥かに巨大だった。下手をすればヤマトやアンドロメダ級よりも。
だが、威圧感はない。
むしろ相手が何者であろうと、優しく包み込み受け入れるかのような、慈愛に溢れた聖母の如き雰囲気がある。
彼女こそが、古代たちを―――ヤマトを、この星へと呼んだ存在。
地球に迫る危機を予知し、それを伝えようとした存在。
あまねく大宇宙、その様々な知的生命体に語り継がれる宇宙の女神、テレサ。
やがて、テレサは静かに蒼い瞳を開けた。
慈愛に満ちた笑みを浮かべ、名乗る。
《私は、テレサ。テレザートの―――テレサ》