さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
《私は、テレサ―――テレザートの、テレサ》
宇宙の女神、テレサ。
ガミラスに伝わるその伝承を、古代は何度か耳にした事があった。
宇宙のどこかに存在するという幻の惑星、テレザート。
栄華を極めたテレザートの人々はついに肉体を捨て、精神エネルギーだけの生命体として生きる選択をした。肉体からの解脱を果たしたテレザートの僧侶たちは1つに交わり、溶け合い、やがては巨大な女神の姿を為したという。
それこそが、テレサ。
念じれば星をも動かし、未来も過去も、そして次元の遥か彼方に無数に存在する
しかしそれ故に存在するだけで周辺の空間に多大な影響をもたらしてしまうため、今の人類が生きる宇宙とは異なる”高次元”で宇宙の営みをただ見守るだけに終始している……というのがガミラス側に伝わるテレサの伝承である。
念じるだけで星を動かし、過去も未来もパラレルワールドさえも見透かして、本気になれば干渉し摂理を捻じ曲げる事も出来る存在。
伝承を思い出し、古代は思った―――ガトランティスが彼女を畏れるわけだ、と。
どれだけ宇宙を征服しても、テレサを怒らせればどうなるか分からない。過去に干渉してガトランティスという存在を「無かった事」にする事も出来る、という事なのだから。
それを畏れ、ガトランティスは彼女をこうして幽閉したのであろう。
しかしそんな恐ろしい力を持つ女神が、こんな美しい乙女の姿をしているとはどういう事か。伝承と見た目のギャップに戸惑っている間に、テレサは口を開いた。
《遠い星の戦士たちよ―――私の呼び声に応え、よくぞここまで来てくれました》
「テレサ、あなたは―――」
銃をホルスターに収め、古代は困惑しながらも言葉を紡ぐ。
言葉が詰まる、とはこの事か。伝えたい概念は頭の中で形になっているのに、言葉ばかりが追い付て来ないもどかしさ。
しかしそんな古代の内に渦巻く疑問などの思考すら、テレサは見透かしているようだった。
《はい。私があなた方を呼び寄せた理由、その全てをお話しします》
直後、突風が薙ぐかのような衝撃と共に、目の前の景色が一瞬にして変わった。
果ての無い宇宙の中、浮かぶ1つの星。
翡翠色で、地表には巨大な城のような建造物がある。衛星軌道上からも観測できるほど巨大な塔に囲まれたその星の名は―――惑星『ゼムリア』。
本能で理解した。その惑星こそが、今の宇宙にとって最大の脅威たるガトランティスの母星なのだ、と。
アケーリアス文明より生まれたヒューマノイドであるガトランティス人とゼムリア人による、惑星ゼムリアの支配権をめぐる戦争は実に1000年にも及んだ。戦を貴ぶガトランティスと平和を重んじるゼムリアの民の戦争は、しかし最終的にガトランティスが勝利。ゼムリア人を根絶やしにするや、惑星の支配という成功体験を得てしまった彼らはその覇を全宇宙に広げるべく宇宙進出を開始する。
ゼムリアを『惑星ガトランティス』とし、初代大帝となった【ラング・ズォーダー】は声高に野望を語る―――『全宇宙こそ我らが故郷である。すなわちこの遍く大宇宙は我らの支配下にあるべきであり、これから始まるのは故郷奪還の旅である』と。
それこそが、今から1000年前―――ガトランティスという種が大宇宙に放たれた瞬間の出来事。
「い、今のは……」
《彼らガトランティスは、宇宙に放ってはならない存在だった》
テレサの言葉にはどこか哀れむような雰囲気があった。
目の前に広がる映像が変わった。
惑星ゼムリアの地下深く―――ゼムリア人が秘匿していたのであろう、巨大な戦艦の艦首らしきものを発見するガトランティス人たち。
複数の紅く輝く目玉のようなパーツが、まるで目を覚ましたかの如く輝きを発する。
《―――”滅びの方舟”》
聞き慣れない言葉だった。
《彼らガトランティスは、見つけてしまった。滅亡の危機に晒されたゼムリアの民が探し出し、対ガトランティス用に秘匿していたアケーリアス最悪の遺産を》
「まさか―――まさかテレサ、ガトランティスはそんなものを持っていると……?」
光の中で、テレサは頷く。
《滅びの方舟。それはアケーリアス文明が、望まぬ進化を果たし悪しき存在となった種を刈り取るために残した安全装置―――
対文明兵器、という言葉に、その場に居合わせたヤマトの乗組員や空間騎兵隊の隊員たちが息を呑む。
対艦兵器だとか、対要塞兵器という区分は存在するが、テレサの口から語られたのはそれよりも遥かに恐ろしく、より徹底した殺戮を目的とした最悪の遺産。
映像が映り替わり、やがてガトランティスは惑星ゼムリアを改造。発掘した”滅びの方舟”をコアとして取り込み、惑星そのものを巨大な白色彗星へと変え、宇宙へと飛び去っていく。
そしてその矛先は、明確に地球を向いていた。
蒼く美しい惑星を手中に収める、ただそれだけのために。
「で、でも地球には波動砲艦隊が」
恐る恐る、といった感じに速河が呟くが、しかしテレサは目を瞑りながら首を横に振り、残酷な現実を突きつけた。
《今の地球では、あの白色彗星を払い除ける事は出来ません》
「なっ……」
今の地球には、少なくとも300隻を超える波動砲搭載艦が配備されている。
ヤマトが地球を飛び立った時点でそれなのだ。白色彗星とガトランティスの脅威を受け、時間断層をフル稼働させて更に増産していると考えれば800隻、多く見積もって1000隻はくだらない大艦隊が配置についている筈である。
それらの波動砲を束ねても、まだ足りない―――女神が突きつける現実に、古代たちの背中を冷たい感触が撫でていった。
《そもそも、この世界のガトランティスは強大すぎるのです。私がこれまで観測した、数あるパラレルワールドの中でも》
再び衝撃と共に、見覚えのない世界の映像が彼らの目の前に流れ始めた。
白色彗星に拡散波動砲を放ち、しかし食い止められず彗星に呑まれていく地球艦隊。その中には建造数が1隻に留まったアンドロメダの姿もあった。
また別の世界では、拡散波動砲でガスを吹き飛ばす事に成功しても、内部から出現した要塞の反撃に成す術もなく、都市帝国に激突して散るアンドロメダの姿があった。
そして別の世界では、500隻を超える大艦隊で波動砲を束ねて放ちガスを吹き飛ばすも、中から現れた”滅びの方舟”の重力傾斜に捉えられ、破滅ミサイルを撃ち込まれて甚大な被害を出す地球艦隊の姿があった。波動砲発射口を損傷したアンドロメダを押し出し、盾になって沈んだ、艦橋に飛行甲板を乗せた空母『アポロノーム』の姿も。
しかしどの彗星も、最終的にはヤマトの波動砲をきっかけとして反撃する事に成功している。
拡散波動砲をものともしなかった彗星はヤマトの放った波動砲で渦の中心核を撃ち込まれて。
アンドロメダを退け、アポロノームを鎮めた彗星は反波動格子をブースターとしたヤマトの”トランジット波動砲”の一撃を受けて。
それはテレサが観測した、パラレルワールドの―――この世界とは違う経緯を辿った、異世界の記録。
だが、テレサの言葉が本当ならば、この世界はその限りではないのだという。
より強力で、より恐ろしいガトランティス。
遭遇した白色彗星の脅威を思い出し、古代は足が震える錯覚を覚えた。
《そしてこの世界の未来―――それはあのガトランティスに、白色彗星に、この遍く宇宙の生命全てが食いつぶされる破滅の未来。それはとても、私には看破できません》
「テレサ、しかし……未来を我々に伝えてしまえば、未来が変わってしまうかもしれない。それでいいのですか?」
真田が冷静な声で言うと、テレサは笑みを浮かべた。
《ええ、あまり良い事ではありません。未来を変えようとすると世界は分岐し、新たなパラレルワールドが生まれる。そしてそのパラレルワールドが存在を維持できる数には上限があり、やがて古いものから破棄されていく》
古い世界の人々からすればたまったものではない話だ。未来を変えようと過去に干渉すれば、その瞬間から”もしも”の可能性の宇宙が生まれる。
そしてそういった分岐した世界が存在できる数には上限がある。
だからテレサは、生まれた古い世界を自ら壊すような事をしないために、こうしてあらゆる時空の結節点たるテレザートの地下、”テレザリアム”と呼ばれるこの空間を触媒として、ここに留まっているのだ。
しかし全宇宙の生命を根絶やしにする等、テレサには看破できない事。
きっと葛藤もあったのだろう。宇宙の摂理を、時の輪を破壊するであろう事に対する葛藤が。
最終的にテレサが選んだのは、しかし世界の救済だった。
《ですが私は、もう傍観者でいる事をやめました。あなた方を呼び寄せたのも、私の力を”ヤマト”に宿すため》
「ヤマトに……?」
《あの
古代が思い起こしたのは、地球とガミラスの事だった。
ヤマトは地球を、そしてガミラスの人々を救っている。
武装を搭載してこそいるものの、それは身を護るためのもの。星を焼き払い、生命を根絶やしにするためのものなどでは決してない。
意識が現実世界に戻った。
テレサが手をかざすと、古代の目の前に黄金に輝く蓮の花のような物がゆっくりと降りてくる。
手を近づけると、それは確かに熱を発していた。
触れているだけで心が安らぐような、母の温もりにも似た確かな熱。
《ヤマトとは、”大いなる和”》
「待ってください、テレサ……貴方は共に戦ってくれないのですか?」
古代の問いかけに、しかしテレサは首を横に振る。
《今のあなた方が見ている私は、この”テレザリアム”を触媒にして漏れ出た力の一部に過ぎません。私そのものがこの世界に出現すれば、この次元にどれだけの負荷をかけてしまうのか想像もできないのです。下手をすれば、この世界を壊す可能性も》
だからか、と古代は納得する。
ガトランティスに幽閉されてしまったテレサに出来る事は、ヤマトの乗組員たちにメッセージを送りつつ未来の一部を見せ、テレザートまで来させる事。
そしてあの白色彗星を打ち破れるだけの力を、ヤマトに直接与える事だったのだ。
《ですから私は、祈り続けます》
テレサの姿が遠ざかっていく。
彼女の足元にあった巨大な蓮の花がゆっくりと閉じ始め、テレサを優しく包み込んでいった。
《遠い星の戦士たちよ……貴方たちに、すべてが……》
「なんじゃこりゃあ」
モニターに表示される波形を見て、徳川機関長は目を丸くしていた。
テレサから与えられた”力”を波動エンジンにセットした瞬間からだった―――ヤマトの波動エンジンの出力が、目に見えて大きく変化したのは。
「こんな反応、見た事がない。
呆然とする徳川機関長。
確かにヤマトのフライホイールの隙間からは、仄かに黄金の光が漏れている。
「これがテレサの力……」
「シミュレーションによれば、この力を使えば波動砲の破壊力は何乗にも跳ね上がる事になる」
真田は腕を組みながらそう言い、手元のタブレットに視線を落とす。
テレサが託した女神の力。強大すぎるそれは、しかし普通の宇宙戦艦では耐えられないほどの負荷を発している。
ヤマトでなければ耐えられないのだ。地球人類の運命を背負い、イスカンダルの純正波動コアを託された特別な宇宙戦艦たるヤマトでなければ。
「分析の結果、あの白色彗星のガスは”反物質”だ。接触すれば対消滅を起こし、どんな物質であろうとたちまちに……」
「テレサの力があれば、それを吹き飛ばしてやれるって事ですか」
「ああ、だが―――」
「一発が限度じゃろうな」
重々しい徳川の声。
こうしてヤマトを動かしているだけでも多大な負荷を生じさせている、得体の知れないエネルギーだ。それを波動砲に込めて放てば白色彗星を退ける事も可能だろうが、ヤマト自身もどうなるかは分からない。
「二発目の波動砲は無理じゃろう。波動防壁の展開も怪しい」
一撃で決めなければならない。
そしてその時、波動砲の引き金を引くのは間違いなく―――。
自分の右手に視線を落とし、古代は腹を括った。
テレサの力を乗せて放つ波動砲を『トランジット波動砲』と呼称する事が決まったのは、ヤマトがテレザートを後にしてからの事だった。
ガトランティスの正体(2203版)
原作(旧作、2202)との相違点
・かつてゼムリア人と惑星の支配権を争っていた種族
・1000年に及ぶ戦争の末にゼムリアを支配、統一
・惑星ゼムリアを『惑星ガトランティス』と改称
・惑星ガトランティス地下よりゼムリアが秘匿していた『滅びの方舟』を回収
・滅びの方舟をコアとし惑星を改造、白色彗星へ
ゼムリア人によって生み出されたクローンではなく、支配権を巡って争っていた別の種族である。