さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
”それ”は建造されたその時から、ずっと蒼い惑星を見下ろし続けていた。
暗く、冷たく、宇宙線の飛び交う闇の海の中。コマのような船体と、その外周部に沿うように配置された48cm連装ショックカノン砲塔を宇宙空間へと向けながら、決まった軌道を周回する宇宙の沿岸砲台。
戦闘衛星―――地球を守る、最後の楯。
ガミラス戦役以前より、この手の兵器の運用は行われていた。とはいっても当時は波動エンジン非搭載の旧式艦艇、その主機として使用されていた核融合炉を動力源とし、武装も高圧増幅光線砲のみといった代物であり、内惑星戦争の頃は万一地球まで火星艦隊が攻め込んできた時の切り札として用意されていた。
しかしガミラス戦役となると、その技術力の差から威力不足が指摘された上、惨敗を重ねた地球は遊星爆弾による地上の実質的な放棄もあり、資源不足を回収するため戦闘衛星は全基解体、資材は艦艇の補修に回されたという経緯がある。
一度も砲火を放つことなく役目を終えた先代に続く新世代の戦闘衛星は、全くと言っていいほどの別物だ。
主機はヤマトと同じく波動エンジン。地球製の波動コアも搭載しており、武装は先ほども述べた通り、コマのような本体の外周部をぐるりと沿うように48cm連装ショックカノンの砲塔が10基、合計20門も搭載されている。
それ以外の武装は8基の拡散パルスレーザー砲塔だが、これは対空用というよりも、衛星へと接近してくるデブリから身を守るためのものだ。
全長350m、全幅380m。戦闘衛星のサイズ、そして主砲に限った火力は、これから大気圏離脱を試みるであろうヤマトのそれを上回っていた。
戦闘衛星の強みは、波動エンジンから得られる豊富なエネルギーを、火力と防御、すなわちショックカノンと波動防壁のみにダイレクトに供給(いわゆる”全振り”というものだ)できる点であろう。
ヤマトやアンドロメダのような宇宙戦艦では、動力を供給しなければならない部分は非常に多い。レーダーや推力などにもエネルギーを回さなければならず、波動エンジンが生み出すエネルギーを各部署で”取り合い”しながら上手く賄わなければならない。
しかし戦闘衛星のような定点防衛用の兵器であれば、そのような制約はない。
推力は軌道変更用のスラスターを吹かす場合のみで良いし、レーダーも探知能力に特化した衛星からのデータリンクを活用すれば良い。故に攻撃型の衛星はほぼ100%のエネルギーを、ダイレクトに主砲のみに使用することができる、というわけだ。
さらには格砲塔にはエネルギー増幅用のコンデンサも追加装備されている。その貫通力たるや、直撃すれば巡洋艦クラスを当たり前のように叩き割り、戦艦クラスであれば一撃で轟沈が期待できるレベルに達しており、地球防衛の要として建造された衛星の性能の高さが伺える。
記録によると、試験運用時、ガミラス側から提供されたゼルグート級の正面装甲すらも貫通したという。
波動防壁を搭載した艦艇でも、直撃すればただでは済まないだろう。軽巡洋艦クラスであれば、一撃で波動防壁がダウンする可能性すらある。
その威力は実に、ヤマトの主砲以上。
これだけでも凄まじい性能であるが、このショックカノン搭載型戦闘衛星以外にも、ついには【波動砲を搭載した大型戦闘衛星】も運用されており、地球へと接近する敵対勢力への超遠距離砲撃兵器として外宇宙を睨み続けている。
そんな地球の守護神たる兵器の初陣が、外敵に対しての使用ではなく、よりにもよって身内―――命令を無視し強引に離脱を図るヤマトへの使用になるとは、運命とは時に冒涜的な現実を引き寄せるものである。
司令部からの命令を受けた無人戦闘衛星が、ゆっくりと地球側へ主砲を旋回させた。
ヒトの意思の結晶たるヤマトがこれを突破するか。
それとも血の通わぬ機械が
全てはテレサのみぞ知る―――。
「誰だ、戦闘衛星を動かしたのは!?」
戦闘衛星がヤマトの迎撃コースに移動完了した、という報告を聞くなり、藤堂は顔を青くしながら声を荒げた。
防衛軍の中では穏健派として知られる藤堂であるが、組織の上層部に居るからこそ、あの戦闘衛星がどれほど恐ろしい兵器かはよく理解している。
地球製の量産型波動コアを持ち、持て余してしまうほどの豊富な波動エネルギーを攻撃と防御のみに全振りした、地球防衛最後の楯である。
ガミラスからのデータ提供を受け、以前にガミラス戦役時のように遊星爆弾が地球へ飛来してきた場合の迎撃成功率のシミュレーションを行った事があった。波動砲を搭載した大型戦闘衛星、ショックカノンを満載した攻撃型戦闘衛星、そしてレーダーを搭載した索敵衛星の3種類による迎撃ネットワークの前に、遊星爆弾は全て迎撃成功したという結果が残されている。
それだけではない。ガミラス戦役時、地球に差し向けられたガミラスの全戦力(ヤマトが交戦した戦力は含まない)が攻め込んできた場合にシミュレーションの条件を変えても結果は同じだった。ガミラス艦はおろか、航空機ですら1機たりとも地球軌道に到達することなく迎撃―――宇宙の塵と化した、という恐ろしい結果が出ている。
その結果を見て顔を青くするガミラスの軍事関係者の顔を満足そうな顔で見ていた芹沢の顔を見た瞬間に、藤堂は察した―――近い将来、地球は軍拡路線に舵を切る、と。イスカンダルのもたらした復興と平和は、彼女らの望まぬ形に捻じ曲げられてしまう、と。
そういう事もあって、あの戦闘衛星は今の軍拡の出発点とも言えた。
よりにもよってそれを―――並みの宇宙戦艦では太刀打ちできないその恐るべき兵器を、ヤマト迎撃に差し向けるとは正気の沙汰ではない。いや、それほど本気なのだろう。芹沢は地球防衛軍の秩序を守るためならば、かつて地球を救ったヤマトでさえも鉄屑に変えるつもりでいる。
正気なのか、と今にも口にしそうになりながら、藤堂は芹沢の方を見た。腕を組み、仁王立ちしながらモニターを見上げる芹沢の目には迷いがない。まるで、実戦を経験し敵を殺す事に慣れた兵士が、銃の引き金を引くのに微塵の躊躇いもないように、だ。
「芹沢君、君か!」
「……言った筈です、長官。実力行使も止むを得ない、と」
「しかしそれは……戦闘衛星を差し向けるとは何事か!」
「今ここで弱みを見せるわけにはいかんのです。ガトランティスにも、そしてガミラスにも」
地球とガミラスは、経済面と軍事面では蜜月関係にあると言っていい。
確かに今の両者は同盟関係にあるが、しかし民間人からすれば彼らは加害者で、自分たちは絶滅の縁に立たされた被害者である、という認識は根強い。戦争が終わったからとたった数年で仲良くしましょう、新しいお友達です、と言われてもそうできるわけがない。
蜜月関係にあると述べたが、それも複雑な関係の上に成り立っている。
デスラー政権の崩壊で版図を維持できなくなり、その一部を地球に押し付けて面目を保ちたいガミラスと、軍事大国として急激に成長し、星間国家として名乗りを挙げたい地球―――傍から見れば地球は今や立派な軍事大国といえるが、しかしその実情は母星の復興もまだ終わっておらず、資源のリソースの多くを軍事分野に投入して、大国のように見せつけているだけだ。
今ここで、自軍の戦力を統率できていない事が露呈すれば、ガミラスには一気に舐められてしまう。
政治的に大恥をかく事を、芹沢は恐れているのだ。
彼の言い分は分かる。もしこのような不祥事が重なれば、ガミラスは笑顔を浮かべる隣人を装い、地球を都合のいいように利用しようとするだろう。笑顔の下の野心を隠さなくなればもう終わりだ。戦争に勝っても、地球はガミラスの傀儡国家と成り果ててしまう。
復興した地球の舵取りを担う者の1人として、それを畏れるのはよく分かる。
しかし―――砲口を向けている相手が誰なのか、そこまで考え至るか否かが、藤堂と芹沢の差といっても良かった。
「戦闘衛星、配置につきました」
「砲撃用意! 目標、ヤマト!」
「威嚇射撃は?」
「警告を無視して飛び立ったのだ、そのくらいの覚悟はしているだろう」
初撃で仕留めろ、と続けた芹沢に、オペレーターたちはゾッとするほど無機質な声を返した。
スラスターで姿勢制御を行ったコマのような戦闘衛星が、その外周部に沿うようにして搭載された合計10基ものショックカノンをヤマトへ向け始める。モニターでその姿を見ていた藤堂は、たまらず言葉を口にしていた。
「待ちたまえ」
「なんです長官」
「万一砲撃を外してみろ、居住地に当たるぞ」
「しかし一度やり過ごしてからでは……その前にヤマトからの反撃を受けてしまいます」
「あれは無人衛星だろう? ヒトと違って替えも利く」
「ですが……!」
撃つのか、撃たないのか―――上層部の2人の意見が割れ、戦闘衛星へのコマンド送信を担うオペレーターたちは困惑するように2人を見た。
混乱が生じている間にも、ヤマトは着実に高度を上げつつあった。
メインパネルに投影された戦闘衛星を睨みながら、古代は疑問を感じていた。
地球軌道に数多く展開する戦闘衛星がどういう兵器なのか、地球復興開始から今日に至るまで、太陽系外縁部でガトランティスとの戦いに明け暮れていた古代は知っている。
ヤマトと同じく波動エンジンを搭載した、無人の戦闘兵器―――それはさながら、宇宙に浮く沿岸砲と言ってもいい代物であろう。宇宙戦艦とは違って定点防衛を想定した兵器だから、攻撃と防御にだけ動力を回していれば良く、波動エンジンから豊富なエネルギー供給を受けられるそのショックカノンの一撃は、ヤマトの攻撃力を上回るとされている。
ガミラスから試験用にと提供されたゼルグート級の正面装甲を、戦闘衛星の一撃が撃ち抜いたという話を聞いた時は古代も驚いたものだ。イスカンダルへの旅路の最中、これまで一撃でガミラス艦を轟沈させてきたヤマトの自慢の主砲が、ゼルグート級に弾かれてしまった事は今でも鮮明に覚えている。
何気に、あの時は大砲屋を自負する南部もショックを受けていたそうだ。
ガミラス最強の盾を打ち破った最強の矛が、その矛先を全てヤマトに向けている―――しかしながら、先ほども述べたように、古代が浮かべている疑問は消えない。
(―――なぜ撃ってこない?)
既に射程距離には入っている筈だ(受けられるエネルギー供給が豊富な分、戦闘衛星の主砲の方が射程が長い)。ヤマトの方もそろそろ射程距離内に到達し、砲撃可能となる。
射程距離がこちらよりも勝っているならば、先手を打って然るべきであろう。引き付けて必中の間合いで撃つ、という玄人じみた手を打とうとしていると仮定しても、相手は無人兵器。それも他の索敵衛星と強力な通信ネットワークを構築しているから、命中精度は最大射程ギリギリでもほぼ必中とされている。
だからこそ、この間合いで撃ってこない理由が分からない。
「司令部も相当混乱しているんだろう」
同じくメインパネルを見上げていた真田がそう呟いた。
ヤマトを撃つべきか否か―――ここに来て、穏健派と過激派の意見が対立し、司令部が混乱しているというのであればこれ以上ないほどの好機だ。いずれにせよ、自立モードに切り替わっていない限りは司令部の命令なしには発砲できないし、自立モードだとしてもヤマトは自軍の兵器として識別されている。それを敢えて撃つには、いずれにせよ人の手によって命令をオーバーライドしなければならない。
「古代、先手を撃とう」
「分かりました。主砲発射用意! 目標、前方の戦闘衛星!」
「了解! 主砲発射用意! 目標、前方の戦闘衛星!」
古代の命令を南部が復唱する。
それは瞬く間に、砲術科の人員たちへと伝えられた。中にはガミラス戦役後に乗り込んだクルーもいるが、大半はイスカンダルへの航海を生き延びたベテランの砲手たち。その作業の素早さと正確さは、自動化された今の地球の艦にはないものがある。
ゆっくりと、重々しい音を響かせながらヤマトの主砲―――48cmショックカノンの砲身が持ち上がる。砲塔も微かに右へと旋回し、その射線上に戦闘衛星を捉えんとしていた。
「誤差修正、右一度、仰角三度」
「古代、分かっているとは思うが……今のヤマトの主砲には波動コンデンサーが増設されている。威力、射程、貫通力、いずれも以前のヤマトの1.5倍だ。全ての砲撃を一点に集中すれば、戦闘衛星といえどもひとたまりもないだろう」
「分かりました」
相手が血の通わぬ戦闘マシーンなのであれば、ヤマトはヒトの意思が紡ぎ上げた結束の力だ。一体どちらに軍配が上がるのか―――彼らをテレザートまで呼び寄せんとするテレサは、もう答えを知っているに違いない。
ふと、そこで古代はまだ一度もヤマトの主砲がテストされたという話を聞いていない事に気付いた。
「真田さん、テストは?」
「そんな暇あるか!」
ぶっつけ本番―――真田の技術を信じ、正常に動作してくれることを祈るのみ。
ごう、と風が薙ぐ。ヤマトの船体も微かに揺れ、艦首が雲の中へと突っ込んだ。
まるで第二次世界大戦中のUボートが急速浮上するかの如く、雲海を割ってヤマトの艦首が空へ空へとせり上がっていく。
日の光が差す空の向こう―――暗く、冷たく、宇宙線が飛び交う暗黒の海の中に、”それ”は鎮座していた。
全ての砲門をヤマトへと向け、ここから先は通さないと言わんばかりに、ヤマトの進路上に立ちはだかる機械の兵器―――戦闘衛星。
メインパネルに映るそれが、一瞬だけにわかに蒼い光を放ったのが見えた。
波動防壁の輝きだ。おそらく、パルスレーザーで迎撃するまでもないと判断された微細なデブリが激突し、その際に波動防壁が発動したのだろう。
「南部、早くも腕の見せ所だ。しっかり狙えよ」
「了解。俺は大砲屋です、外しませんよ」
くいっ、とメガネの位置を直し、南部は砲撃完了の報告を待った。
『―――第一砲塔、砲撃準備完了!』
『第二砲塔、いつでも行けます!』
『第一副砲、砲撃準備ヨシ!』
「―――撃てぇッ!!」
古代の号令の直後、南部の号令が響いた。
前部甲板に搭載された、ヤマトの主砲と副砲。その砲口から、微かに時間差を置いて蒼い光が迸る。砲撃の際に微かに後退した砲身をはるか後方へと置き去りにして駆け抜けるそれは、ヤマトに搭載された陽電子衝撃砲―――いわゆるショックカノンの輝きだった。
ガミラス戦役当時、キリシマを始めとする初期の宇宙戦艦に搭載されていた決戦兵器。核融合炉の出力不足に悩まされ、運用に難を抱えていたそれらであったが、しかし豊富なエネルギーを供給してくれる波動エンジンであれば話は別だ。
捻れ、互いに絡み合い、やがて一条の蒼い閃光と化したショックカノンの一撃。
地球の重力の影響を受け、微かに弾道を歪ませながらも飛翔したそれは、狙い違わず戦闘衛星の駒のような船体へと突き刺さった。
地球の衛星軌道上に、蒼い光が溢れ出た。