さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
《バルゼー》
その声は、重く、低く、頭上から聴こえた。
ゆっくりと顔を上げるバルゼー。視界の先にある巨大なメインパネルに投影されていたのは他でもない、偉大なるガトランティス帝国の国家元首にして全能なる大帝、ズォーダーその人であった。
絶対に負けるはずのない規模の艦隊を送り込んだ。
しかし、結果はどうか。
大帝からお預かりした大艦隊は皆、宇宙の塵と消えた。百戦錬磨の猛将だった父も戦死し、自分は手持ちの艦隊の大半を失い呆然と立ち尽くすばかりである。
そんな醜態を晒せば、大帝も匙を投げるというものであろう。
メインパネルに映るズォーダー大帝の顔には、苛立ちが滲んでいた。
《無様だぞ。もうよい、退け!》
「は、はぁっ!」
思わず声が裏返る。
数多の星を征服し、巨大な版図を築いてきたガトランティスの王、ズォーダー。その威圧感たるやまるで神を前にしているかのようで、バルゼーは今日という日ほど生きた心地がしなかった日は後にも先にもないだろう、と思った。
醜態を晒した罰として、この後処刑されるのだろうか。精強なるバルゼー一族の名を、よりにもよって自分が穢してしまうとは……負の思考の連鎖に苛まれつつも、バルゼーは大帝の指示通りに艦隊を下がらせる。
もう、自分たちの出る幕はない。
白色彗星が出てきてしまった以上、もう何も……。
メインパネルには土星沖海戦の様子がこれ見よがしに映し出されていた。
太陽系が近付いているからなのだろう、ヤマトの通信システムでもマスコミが撮影している映像と音声を拾えるようになっていた。メインパネルの向こう側ではアンドロメダ率いる地球艦隊が拡散波動砲を一斉射し、ガトランティス艦隊を打ち破ったところが映し出されている。
地球では今頃、拍手喝采が巻き起こっているであろう。
正直、艦橋にいるヤマトのクルーたちも胸がスッとするような思いを抱いていたのかもしれない―――波動砲さえ、スターシャがあれだけ戒めた波動砲の乱用さえなければ。
「あ……兄さんの
第一艦橋まで上がり、真田に何かの解析データを提出していた速河がポツリと言ったのが古代には聴こえた。
土星沖にまで派遣された磯風型駆逐艦(※武装を取り外し民間に払い下げられたマスコミ仕様だ)の、高圧光線砲が搭載されていた場所に居座る巨大な波動望遠カメラ。最大望遠でもほとんどブレず、高解像度の映像を音声と共に拾う事が出来るそれが映し出した映像の中には、確かに第十一番惑星でヤマトと共に戦ったアマテラス級の姿も確認できる(何故か黒く染まっていたが)。
やがて土星沖に現れた白色彗星。地球艦隊は土星の環まで後退するなり、陣形の再編を始めた。
―――”マルチ隊形”と呼ばれる陣形である。
波動砲艦隊の真髄は、複数の波動砲搭載艦による波動砲の一斉射撃であり、簡単に言うならば飽和攻撃である。すなわち、波動砲を搭載した全艦が射線を遮る事の無い陣形が必要とされた。
そこで考案されたのが、あのマルチ隊形である。
「頑張れ、今俺たちも行くぞ!」
地球艦隊の奮戦ぶりに心を打たれたのだろう、相原が感極まったようにそう口にした。
「……間もなくワープに入る。各員持ち場につけ」
土方艦長の命令で、全員が持ち場に戻っていく。
さすがに次の一度のワープで土星沖とまではいかない。今のヤマトでは、天王星沖まで行くのが精一杯だ。だから少なくともあと2回はワープを重ねなければ、土星沖の戦いに馳せ参じる事は難しいだろう。
今のヤマトには、切り札がある。
テレサから授けられた未知のエネルギー。それを波動砲に乗せて放てば、あの彗星を打ち破る事が出来るとテレサは言っていた。
今はそれに賭けるしかない。
宇宙の女神の恩寵と、その力に。
「ワープ30秒前。各自ベルト着用」
ヤマトがぐんぐん加速していく。
秒読みの後、島が操縦桿を前に倒した。
「ワープ!」
黄金に輝く光を纏いながら、ワープ空間へと飛び込んでいくヤマト。絢爛たる閃光が消え失せると、宇宙には再び静寂が戻った。
スラスターを吹かしながら、ドレッドノート級やアマテラス級、アンドロメダ級が周囲に展開していく。艦の姿勢制御を行うスラスターの瞬きが幾重にも広がったが、しかしAIによる展開補助が始まるとそれも徐々に鳴りを潜めた。
土星の輪を背にして展開する地球艦隊。
その舳先が睨む先にあるのは―――木星にも匹敵するほどの大きさを誇る、魔の白色彗星。
ヤマトからの情報ではガトランティスの”天体兵器”であるとされている。少なくとも、宇宙に存在する彗星が自力でワープするなど聞いた事がない。
第一、あのレベルの質量がワープするとなると一体どれだけのエネルギーが必要となるのだろうか。ガトランティスの技術力でそんな芸当ができるのか。謎は尽きないが、しかし今やるべき事は波動砲で一刻も早くあの白色彗星を撃滅する事である。彼らの真相を究明する事では断じてない。
《白色彗星の予測進路―――地球です》
「全艦、波動砲へエネルギー充填」
「重力子スプレッド、射出」
波動砲発射口周辺にある4基のカウルが稼働し、そこから蒼く輝くエネルギー弾が射出される。
アンドロメダ、アマテラス、アクエリアス、アルタイルの4隻から放たれたそれが艦隊の目の前で一斉に炸裂。4つの巨大な蒼い壁を形成し始める。
攻防一体の兵器、重力子スプレッド。
攻撃モードに設定すれば進路上の障害物を破壊する高性能炸裂弾として、防御モードに設定すれば波動防壁弾ほどではないものの、敵からの高エネルギー兵器を防ぐ楯としても機能する。
そして―――波動砲の一点集中にも。
「ヤマトからの報告によると、あの白色彗星はガトランティスの天体兵器と推定される」
アンドロメダの乗員たちは息を呑んだ。
もしここの突破を許してしまえば次は火星―――そして地球である。
ようやくガミラスとの戦争が終わり、復興しつつあった故郷が再び戦火に晒されるのだ。
そんな地獄を、地球人類を滅亡の淵まで追いやった地獄の再来を望む者などどこにもいない。
「全艦、波動砲発射用意! 波動砲の一斉射撃を以て、彗星内部に潜むガトランティスの天体兵器を殲滅する!」
《エネルギー充填80%。電影クロスゲージ、明度20》
「目標、彗星中心核。セット20、45」
「攻撃目標、彗星中心核。セット20、45」
「全艦照準連動を確認」
「拡散波動砲から収束波動砲へ」
《エネルギー充填、120%》
「波動砲発射、10秒前。対ショック、対閃光防御!」
アンドロメダの艦橋にある遮光フィルターが下りた。それに合わせて、艦橋の乗員たちが一斉に遮光ゴーグルを着用し強烈な閃光に備える。
艦隊の後方ではアスカ級やアポロノームを始めとする防御型アンドロメダたちが波動共鳴装置をフル稼働。今まさに波動砲を放たんとしている波動砲艦隊へエネルギーを供給、波動砲の早期充填と威力増幅を図っている。
白色彗星は速度を上げていた。
溢れ出る純白のガスたち。突如として、それらが意志を持つかのように地球艦隊へと伸び始めた。それは日本神話に登場するヤマタノオロチの如しで、1つでもアンドロメダの全幅の倍はあろうかというほどのガスの触手が、艦隊へと伸びてくる。
それだけではない。強烈な重力傾斜の影響が及んでいるのだろう、重力子スプレッドがまるで咳き込むかのように明滅を始めた。綺麗な円形のフィールドが、彗星から発せられる超重力を受けてひしゃげ、歪んでいく。
「10、9、8、7、6」
―――沖田さん。
心の中で、山南は祈った。
―――どうか、見守っていてください。
地球を。
未来を生きる人の意思を。
「5、4、3、2、1―――」
遮光ゴーグル越しに、山南は目を見開いた。
「―――波動砲、撃てぇっ!!」
はちきれんばかりのエネルギーを充填していた咆哮が、その号令を合図に一斉に弾けた。
雷鳴の如き轟音。びりびりと腹の底に響くような振動を響かせて、一撃で惑星を消滅させるほどの威力の波動砲が放たれていく。
ドレッドノート級やアンドロメダ級だけではない。アマテラス級、グラディエイター級、エイジャックス級、そして巡洋艦やパトロール艦、護衛艦に至るまで。波動砲を搭載した全ての艦が動員され、実に753門にも及ぶ波動砲が一斉に発射されたのだ。
惑星を粉砕してもなおお釣りがくるような莫大なエネルギー。下手をすれば宇宙を引き裂き、1000年後に牙を剥くであろう宇宙災害のきっかけとなりかねない暴挙に、土星沖がブルブルと震え悲鳴を上げているようにも思えた。
753門の波動砲たちは、手始めに重力子スプレッドにぶち当たった。
超重力を受け、今にも崩壊しそうだった重力子スプレッドたち。しかし彼らは今際の際になってもなお、その役目を期待通りに果たしたのだった。
4発の重力子スプレッドに着弾した波動砲が、1つの巨大な波動砲へと収束。
それが4発、白色彗星目掛けて突き抜けていく。
必殺の意思を宿した巨大な波動砲たちは絡み合う大蛇の如く飛翔するや、進路上に蠢いていた白色彗星のガスの触手をぶち破ってさらに加速。やがては1つの極太波動砲へと変貌するなり、一気呵成に白色彗星の真正面―――”渦の中心核”目掛けて突っ込んだ!
ドムン、と白色彗星のガス帯が大きくたわむ。
まるでそれは、湖面目掛けて大きな岩を投げ込んだかのような巨大な波紋であった。
やがて可燃性ガスに火が点いたかのように、白色彗星のガスが緋色へと変色していく。周囲を舞うガスが次々に着火したかのように変色、炎の渦輪がどんどん広がっていった。
あれだけの波動砲を叩き込んだのである。無事であるわけがない。
彗星を覆っていたガスの残滓が周囲に飛散し、土星宙域が真っ白に染まった。
「は、白色彗星……速度変わりません」
観測員からの報告に、山南司令は息を呑んだ。
そんな筈はない、という言葉を寸前で呑み込む。艦隊司令が取り乱しては艦隊の士気に関わる(上官の混乱は部下へと伝染するのだ)。
だが、しかし。
有り得るのか、そんな事が。
今回の作戦のためにかき集めた波動砲搭載艦は1000隻余りである。敵艦隊との戦闘で相当数を失ってしまったが、それでも健在な波動砲の数は753門。
加えて、アンドロメダ級にもドレッドノート級にも、ヤマト級と比較してより強力なエネルギー増幅器が搭載されている。波動砲の威力であればヤマト級の実に1.7倍の破壊力があるのだ。
それを、1つに収束して放ったのである。
それでも―――それでも、白色彗星は止められない。
《警告。重力危険域、急激に増大》
アンドロメダのAIの声に、山南は我に返った。
「―――反転180度、全艦離脱!」
スラスターを吹かし、全艦が離脱を開始した。
幸い、防御型アンドロメダ級とアスカ級のおかげで波動砲発射後のエネルギー充填は済んでいた。あとは彗星の重力圏を脱する事さえできれば、ワープで逃げ切れる。
しかしそんな彼らの希望を、圧倒的な絶望が握り潰す。
退避が遅れたのだろう―――ドレッドノート級の1隻が、超重力に捉えられた。
1隻、また1隻と超重力に絡め取られ、白色彗星へと呑み込まれていく。波動防壁も意味を成さず、装甲や砲塔は剥ぎ取られ、船体がまるで溶けるようにボロボロになって、彗星のガスの中へと消えていった。
超重力の拡大は止まらない。
ついにその範囲内へ、アンドロメダも捕えられてしまった。
ぎぎぎ、とアンドロメダの船体が軋む。
「くっ……!」
《警告。船体に強烈な負荷がかかっています》
圧壊警報―――通常の宇宙戦艦ではまず発しえない警報が立体投影されたウィンドウとして表示され、艦橋要員たちに焦燥感を植え付けた。
このままではアンドロメダも……!
「上からガスが来ます!」
観測員の報告に、山南は「近接防御!」と叫んだ。
艦橋の基部に搭載された”艦橋防護ショックフィールド砲”が作動。ハッチからせり出た短い砲身が蒼いエネルギー弾を放つ。
それは白色彗星のガスに立ちはだかるように炸裂、衝撃波の渦輪でガスを吹き飛ばした。
しかしそれだけでは終わらない。
第二、第三のガスがアンドロメダの周囲を掠めた。ガスに触れた波動防壁が一瞬でダウン、丸裸にされたところで耐圧限界を超えたショックカノン砲塔や船体のフィン、パルスレーザー砲塔が船体から脱落。装甲表面も剥がれ落ち始める。
《戦艦アプロディーテ、轟沈》
アンドロメダ級の1隻、アプロディーテが白色彗星のガスを受けて真っ二つになった。そのまま絡め取られるように超重力に捕われ、ガスの中へと吸い込まれていく。
「補助エンジン、出力上がらず! 出力上がらない!」
「波動エンジンに深刻な負荷が!」
「焼き切れても構わん、全力で吹かせ! できる事は全部やるんだ!」
「ダメです司令! 本艦の推力では……もう……!」
万事休す。
ここまでか、と山南は唇を噛み締めた。
この重力である。艦載機はもちろん、脱出ポッドの推力でも離脱は難しいだろう。
せめて1隻でも多く……1隻でも多くの艦が彗星の魔の手を逃れ、火星へ逃げ伸びてくれる事を祈るばかりだ。
反応の上では、まだ安田艦長のアポロノームは健在(ただし”大破”という報告がある)。アマテラスは幸運にも損害ゼロ、アクエリアスは後方に展開していた事もあって健在。アルタイルも無事であり、後方で離脱する艦の支援を行っている模様だ。
―――それでいい。
どうか1人でも多く生きてくれ、と山南は祈る。
その時だった。
今まさに彗星に呑まれようとしている満身創痍のアンドロメダを、下から突き上げるような衝撃が襲ったのは。
「あ、”アポロノーム”が本艦に接触!」