さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
アポロノームの船体が激震したのと、AIが《被害甚大。総員退艦を推奨》と報告したのはすぐの事だった。
彗星から伸びてくる触手のようなガスがアポロノームの船体を掠めたのである。ただガスとはいえ反物質で構築されたガスの威力はすさまじく、波動防壁に接触しただけで防壁がダウン。そのフィードバックを受けてしまった波動共鳴装置すらも一時的な機能不全に陥っており、更には波動防壁ですら殺しきれなかったダメージが船体を擦過したのである。
「右舷大破!」
「……っ!」
アポロノームの右舷―――第二砲塔から対艦グレネードが搭載されているバルジ部にかけての広い範囲が、ごっそりと消失していた。船体のバランスが崩れるが、しかしすぐにAIがリアルタイムで重心の変化を計算。スラスターを吹かしつつバランサーを更新して事なきを得る。
「機関部中波、波動エンジンの出力上がらず」
「補助エンジンで踏ん張れ。近隣の友軍艦に曳航を要請! 現時点で一番近い味方艦はどれか?」
「ど、どの艦も彗星に呑まれていきます。現在アルタイルが急行中ですが……」
アルタイル―――北野艦長のアンドロメダ級だ。
防御型アンドロメダとして艦隊へのエネルギー供給に徹するため、後方に下がっていたのが幸いしたのだろう。メインパネルを見ると、メインエンジンから橙色の炎をこれ見よがしに噴き上げて一直線にこちらに向かってくるアルタイルの姿が映し出されている。
ごう、とアポロノームのすぐ近くを、完全に制御を失ったドレッドノート級の1隻が通過していった。錐揉み回転しながら船体の装甲をどんどん剥がされ、まるで溶けるように超重力の中で消滅していく。
「艦長、アンドロメダが!」
「山南……っ!」
思わず声が出た。
メインパネルの映像が切り替わる。そこに映し出されたのは、地球の新たな力の象徴として建造された戦艦アンドロメダの変わり果てた無残な姿だった。
砲塔は脱落し、装甲は剥がされ、もはや骨組みだけと言っても良い状態だ。機関部の調子も悪いらしく、彗星に抗おうにもメインエンジンは既に応答しておらず、補助エンジンから発する炎も咳き込むように点滅を繰り返している。
あのままでは、アンドロメダも……。
「……っ」
―――彼だけは死なせるわけにはいかない。
友人としての私情も含まれているが、今の地球に山南のような、ベテランの船乗りが必要なのもまた事実だ。冷静に物事を俯瞰し、自らの経験に基づいて不確定な未来に進むべき道を見出せる能力を持つ人間というのは、そう多くはない。
その1人が山南だ。
地獄のガミラス戦役を生き延びた、あの男だ。
あの男には自分には持ち得ぬものがある―――安田艦長は昔からそう思っていた。防衛大学(宇宙戦士訓練学校と呼ばれる事もあった)に通っていた頃から、ずっと。
「総員、退艦せよ」
「艦長……?」
「アルタイルに行け。今ならばまだ、脱出艇の推力でも離脱できるはずだ。航空隊の発艦要員は制御をAIに切り替え、直ちに退艦。操縦系統はこちらに回すように」
「艦長、何をお考えなのですか!」
「まさか……」
にっ、と快活な笑みを浮かべてみせた。
こんなところで、若者たちを年寄りのわがままに付き合わせる必要もあるまい。副長に「頼んだ」と力強く言うと、副長はそれ以上命令に疑問を持たなくなった。
悔しそうに肩を震わせ、拳を握り締めながら「あなたと戦えて、光栄でした」と絞り出すように言う。
「……総員、艦長の命令の通りだ。直ちに艦を離れろ。各部署の責任者は生存者の確認を急げ、1人たりとも無駄死にさせるな」
部下たちが敬礼しながら各部署へ散っていくのを見届けると、副長は命令通りにコンソールを操作した。艦橋にある各端末から行っていたアポロノームの操艦権限を艦長席へと預けるなり、敬礼してから艦橋を後にする。
健在だった左舷のバルジが展開、そこからコスモタイガーⅡや脱出艇が次々に発艦していく。強烈な白色彗星の重力下でふらつきこそすれど、まだ艦載機の推力でも脱出が望める範囲だ。
やがて脱出した航空隊の姿が、宇宙の彼方へと見えなくなっていった。
《総員退艦を確認》
「……すまないな、君まで私のわがままに付き合わせて」
《私はAIです。あなたの命令に従うだけの存在》
「……そうだったな」
そっと息を吐いた。
「じゃあ、征こうか」
艦長席のコンソールを操作し、エンジンの出力を限界まで上げた。しかし損傷の影響なのだろう、出力にふらつきが見られる。ある程度の出力まで上昇したかと思えばがっくりと落ち込み、そこから上がって……といった具合だ。
まるでエンジンが病人よろしく咳き込んでいるようにも思えるが、今はただアンドロメダを押し出せるだけのパワーが維持できればそれでよかった。
どう、とアポロノームのボロボロになった船体が前進。今まさに彗星に呑まれつつあるアンドロメダへと接近するなり、その船体を下から押し上げる格好で接触した。
《山南司令、行ってください!》
ノイズの走るアンドロメダの艦橋、メインパネルに映し出されたのは、損傷し大破したアポロノームの艦橋で艦を操縦する安田艦長の姿だった。
艦内で生じた爆発の破片を浴びたのだろう、顔は血まみれで艦長のコートもボロボロだった。友人の無残な姿に山南は息を呑む。
《アポロノームの残された推力で、アンドロメダを押し出します!》
「何を馬鹿な事を! そんな損傷で……っ!」
アポロノームは、船体の右舷を大きく欠損していた。おそらくその破壊の牙は機関部にも達しているのだろう、メインエンジンのノズルから生じる光は蛍よろしく、不規則に点滅を繰り返していた。
いつ、エンジンが逝くかも分からない状況。
こんなところまで来ず、反転して逃げていれば助かっただろうに―――なのになぜ、どうしてこんな事を。
分かり切った疑問を思い浮かべながらも、しかしその答えを安田の口から聞くまでは納得できない。矛盾を抱えた感情の嵐と焦燥感に心を食い荒らされながらも、しかし何もできない山南。ついにはその無力さにすら苛立ちを覚えたところで、続けて聴こえてきたのは安田艦長の諭すような優しい声だった。
《山南、自分を責めるな。お前はベストを尽くしたんだ》
「安田……っ!」
《地球と若者たちの事、頼んだぞ。山南》
傷だらけの姿で敬礼をする安田艦長。その姿が、メインパネルから消えた。
ぎぎぎ、と苦しそうに船体を軋みながらアンドロメダを押し上げるアポロノーム。そんな2隻を仕留めようと、彗星のガスが伸びてくるがアポロノームはこの逆境で最期の意地を見せた。
船体後部にある発射管からありったけの速射魚雷をばら撒き、まだ稼働できる状態だった第三、第四砲塔から三式弾を立て続けに発射して、接近してくるガスの触手を払い除け始めたのである。
友だけは死なせない、という安田艦長の意思が乗り移ったかの如き怒涛の連射と針に糸を通すかのような精度の両立で、彗星のガスが次々に断ち切られていく。1本たりとも、アンドロメダに触れられない。
やがてその怒涛の弾幕を掻い潜ったガスが、アンドロメダではなくアポロノームに牙を剥いた。艦橋の左側へと突き出たレーダー部を喰い破ったのだ。
艦橋内部で爆発が生じ、火の手が上がる。
「安田ぁっ!!」
それでもアポロノームは、止まらない。
補助エンジンが稼働を停止し、装甲を剥がされ、艦橋の左半分を捥ぎ取られながらも決してその足を止めない。
「司令、アルタイルが!」
後方から駆け付けたアルタイルが、すぐそこまで迫っていた。
ロケットアンカーを発射するなり、それをアンドロメダとアポロノームの2隻に向けて突き刺すアルタイル。直ちに反転して曳航を始めるアルタイルだったが、しかしいくら無傷の状態とはいえ、満身創痍のアンドロメダ級を2隻も曳航するのは荷が勝ち過ぎていた。
前にも、後ろにも進めないのだ。
こうしている間にも、後方からは彗星のガスが迫ってくる。
アポロノームの弾幕が沈黙した―――実弾を撃ち尽くしたのだ。
「安田、諦めるな! 今他の味方にも救助を―――」
蒼い閃光が、アポロノームへと伸びていたロケットアンカーの鎖を断ち切った。
え、と声にならない声。
ショックカノンを放ったのは、アポロノームだった。推力に回していたエネルギーの一部を動員して、ただ一度だけの砲撃を放って鎖を断ったのである。
完全に推力を失ったアポロノームの船体が、彗星へと吸い込まれていく。
「安田―――」
―――ありがとう、山南。
そんな彼の声が、聴こえた気がした。
「転舵反転!」
《何をなさるおつもりですか!》
「北野、ロケットアンカーを離せ! 安田を、アイツを見殺しにするわけには……! 1人でも多く友軍を救出しなければ……っ!」
《ならばこそ、あなたがここで死んでどうするのです!!》
言葉の拳が、山南の心を思い切り殴りつけていった。
安田は自分の命と引き換えに、アンドロメダと山南を救ったのである。今ここで安田艦長を救うために進路を変更し死地に赴くような事があれば、それこそ安田艦長の死を無駄にする事になるのではないか。
分かっている、分かっているのだ。
理性では分かっている事なのだ。
しかし心の中に巣食う感情が、この「感情」という猛獣がそれを許さない。友人が死にかけているというのに、助かるかもしれないというのにそれを見殺しにするなど。
アンドロメダの遥か後方―――アポロノームの船体が、彗星のガスに刺し貫かれた。
装甲が意味もなさずに貫通され、船体を喰い破られていくアポロノーム。その巨大な破孔から閃光が迸るなり、彗星の前に立ち塞がるような大爆発が生じて、押し寄せる彗星のガスを断ち切った。
「……っ」
赦せ―――誰にも聴こえないように、山南はそう呟いた。
艦隊司令たるもの、平常心を保たなければならない。私情に振り回され、絶望するような事があってはならないのだ。士気の低下は部下たちに素早く伝播していくのだから。
今は、今だけは、心を殺せ。
自分にそう言い聞かせながら、拳に爪が食い込んで血が滲むほど力強く握りしめた。
「そんな……波動砲艦隊が」
あれだけの数の艦隊が、と古代は思わず口にしてしまった。
「あれほどの数の波動砲が、全く役に立たないとは……!」
真田ですらそうしてしまうほど、白色彗星の力は圧倒的だった。時間断層のフル稼働によって生み出された地球の守り手たち。星をも砕く波動砲の一斉射撃が、しかし彗星に対して全くの無力だったのだから。
脱出できずに彗星に呑まれていく地球艦隊の無残な姿が映し出されるメインパネルを見上げながら、古代は眉を震わせた。
「アンドロメダ級の波動砲には、ヤマトのものよりも強力な増幅装置が付いていた筈だ。それすら無力だったとすると、やはりテレサの力を乗せた波動砲を一点に集約して撃ち込むしかない。だが……」
―――それで彗星を止められるのか?
そんな疑念を、しかし真田は呑み込んだ。
テレサの力はすさまじい。これを乗せて波動砲を放てば、その威力は何乗にも跳ね上がるだろう。
だが、それでもし彗星を止められなければ?
宇宙の女神を疑うわけではない。
しかし、その力を以てしてもあの魔の巨大彗星を止められなければ?
その時は―――間違いなく、地球の終焉だ。
地球最後の希望は、ヤマトに託されている。
「トランスワープ、終了」
船体に付着した氷が剥がれ、太陽からの光を浴びてきらきらと輝く。
アンドロメダの両舷に接続され、代わりにワープさせてくれた2隻のドレッドノート級が重力アンカーを解除して離れていく。
「波動エンジン、未だ応答せず」
「……地球防衛軍司令部に打電。本艦はこれより、時間断層工場内で緊急修理に入る」
「了解!」
ちらりと視線を月に向けた。
きらり、と輝く何かが見える。
―――ガミラス艦だ。
先頭を進むランダルミーデ級に率いられた無数のデストリア級や改ガイデロール級たち。艦列の後方には、ガミラス製の惑星間弾道弾も確認できる。
次の防衛ラインは、火星だ。
大損害を被った地球艦隊に代わり、次の防衛作戦はガミラスが仕切る事となっている。
《警告。前方より無人艦隊接近》
地球を背に、無数の無人艦隊が出撃してくる。
艦橋の窓を見るだけでも100隻を超えるエイジャックス級たち。その陣形の中央に複数のグラディエイター級も確認できる。
無数の無人艦隊の陣形中央に鎮座するのは、土星沖海戦で大破し戦線離脱、時間断層工場での修理を終えたばかりのアルデバランだ。無人艦隊の旗艦を務めるらしい。
防衛軍は、優先して増産する戦力をドレッドノート級ではなくエイジャックス級とグラディエイター級に切り替えたらしい。
当然である。ただでさえ貴重な人的資源が、土星沖の戦いで数多く失われた。
戦艦は再建できても、失われた命は戻らない。
だからこそ、誓う。
命に賭けても、この星を守り抜くと。