さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
火星絶対防衛線
無限に広がる大宇宙。
静寂に満ちた世界。
生まれ来る星もあれば、死にゆく星もある。
そうだ、宇宙は生きてるのだ。
生きて、生きて……。
だからこそ、我々は奴らを止めなければならない。
第八章 臥薪嘗胆
いったいいつになったら、
地球との通信回線が繋がるや否や、地球防衛軍の高官の口から飛び出してきたのは、ローレン・バレル中将の予想していた通りの文言ばかりだった。
『これは地球が主導するべき作戦である』、『母星の守りは我ら地球人が』……。
気持ちは分からなくもない。確かにそうだ。自分たちの星を侵略者から守る、そのための防衛作戦を他の惑星からやってきた異星人が主導すると言い出せば、そう言いだしたくなる気持ちも分かる。
母星を自分たちの手で、という矜持。そして戦後、ガミラスに大きな”貸し”を作ってしまう事に対する政治的駆け引き。どちらの意味で見ても地球側にとっては後味の悪い結果になってしまうだろう。
しかしそんな彼らを黙らせるのは、簡単な事だった。
あまりやりたい事ではないが―――現実という、この上なく残酷な刃を見せつけてやればいい。
『あれだけの数の艦隊を失って、まだ矜持を盾に戦争をするおつもりか』と。
その言葉をただ一言告げるだけで、防衛軍の高官たちは一斉に口を噤んだ。
土星沖での大敗。「勝てる」と信じて疑わなかった波動砲艦隊が、白色彗星を相手に手も足も出ずに蹂躙された事実。それは地球側にとっても大きな衝撃と受け止められたが、ガミラスにとっても同じ事だ。
確かにお互いの間には未だ敵意が燻っている。片や侵略者、片や滅亡の淵まで追い詰められた被害者。互いの記憶に生々しく刻まれたその関係は、友好条約などというお題目一つで簡単に消せるものではない。
が、今ここで地球に倒れられて一番困るのは他でもない、ガミラスである。
あの白色彗星の牙が―――地球の後に向けられるのは、間違いなくガミラスなのだ。
『今日の地球が明日のガミラスかもしれない』、というヒス首相の言葉はまさしくその通りだった。ここで「どうせ敵だから」と見捨てるよりも、妥当ガトランティスの為に一致団結してこの脅威を乗り切る事こそが最優先事項である、というのがガミラス軍人の総意と言えた。
《こちらも出せるだけの戦力は出します》
モニターの向こうでそう告げたのは、セリザワという浅黒い肌の男だった。記録によるとデスラー政権下の艦隊に対し、最初に攻撃を命じた男であるのだという。
圧力に屈し、迂闊な火遊びをきっかけにしてあの地獄を生み出した男―――政治的手腕は確かだが、しかし信用していいのかという疑念が脳裏を過った。
(いや、いかんいかん)
今はいがみ合っている場合ではない。
使えるものは全部使う、そういう段階に来ているのだ。資金も資材も、兵器もヒトも。使えるものは全て戦線に投入しなければ、この戦争には勝てない。
《時間断層で製造が完了した無人艦隊と、土星沖の残存艦隊を火星に差し向けました》
「戦力の提供、感謝いたします」
規模だけで言えば、ガミラス地球駐留軍の司令官たるミケール・リガロヴィッチ少将の指揮下にある艦隊は土星沖で戦った地球艦隊のおよそ1.2倍であると見積もられている。
そのうちの4割が地球の艦だ。土星沖の地獄を辛うじて生き延びた波動砲艦隊の残存艦が戦力として組み込まれ、ガミラスの波動砲艦隊と共同戦線を張る形となる。
ガトランティス側も他の星系から戦力をかき集め、もう一度総力戦を行う構えを見せているという。この物量でぶつかれば、今回も互角以上の戦いができるであろう。
が、しかし。
バレル中将は目を細め、モニターの脇にある戦力一覧図に視線を向けた。
―――規模でこそ土星沖の地球艦隊の1.2倍に上るが、しかし波動砲搭載艦の数はずっと少ないのだ。
ガミラス側でも、ガイデロール級に波動砲と波動防壁システムを組み込んだ『改ガイデロール級戦艦』の増産が進んでいる。しかし既存艦からの改修とはいえ元々は艦隊旗艦としての運用が前提であった戦艦であり、数的主力は依然としてデストリア級やケルカピア級といった、波動砲を搭載しないガミラス艦であった。
低下した火力を少しでも補うため、惑星間弾道弾の他、地球側からは虎の子の『惑星間波動弾頭弾』の投入もある。波動防壁を備え、ワープも可能な、波動エネルギーを炸薬とした戦略兵器だ。
この手札で、地球・ガミラス連合軍はガトランティスと戦わなければならない。
《勝てますかな》
セリザワの隣に立つトウドウ長官が、穏やかな口調で問うた。
「勝てますとも」
そう言うほかあるまい。
そうでなければ困る。
「この戦、勝つには双方が戦力の出し惜しみをしない事。これが絶対条件です」
通信を終え、バレル中将は椅子にどっかりと背中を預けた。そんな彼の心労を慮ったつもりなのだろう、傍らに控えていたガミロイド兵が紅茶を持ってきてくれた。
ポルメリア産の茶葉に、
―――勝てますかな。
藤堂長官の言葉が、バレル中将の頭の中でリフレインする。
(そう言いたいのはこっちの方ですよ)
決して誰にも吐露しない本音を自分自身にぶつけながら、何気なく視線を地球の方へと向けた。
第三バレラスの司令部からは、イスカンダルの如く蒼く輝く
地球軌道上の戦闘衛星群。その中に紛れて展開している艦隊には見覚えがあった。
かつての地球・ガミラス戦争時、技術と物量に勝るガミラスの艦隊を果敢に迎え撃った地球の艦隊だ。
今ではすっかり旧式艦に成り下がった第一世代型の宇宙戦艦や宇宙巡洋艦である。地球が波動砲艦隊を実用化する前のテストヘッドとして、残存、あるいはごく少数のみ新規製造した第一世代艦に波動エンジンを後付けしたという、いわゆる『1.5世代型』の旧式艦ばかりだった。
そんな旧式艦まで引っ張り出すほど、今の地球の戦力は困窮しつつある。
後端部のエンジンノズルがドレッドノート級のような形状に改められた”キリシマ”の同型艦の姿をぼんやりと眺めながら、バレル中将はミケールに希望を託した。
「バルゼーよ、面を上げよ」
息の詰まる思い、とはまさにこの事か。
バルゼーは言われるがまま、そっと顔を上げた。
彗星都市帝国中枢、大帝玉座の間。
磨き抜かれた大理石のような床の遥か向こう、何かの大聖堂を思わせる広大な空間の中心部に、巨大なパイプオルガンを埋め込んだかのような物体がある。
【ゴレム】―――ゼムリア語で『心臓』を意味する彗星都市帝国の制御中枢、その頂点に大帝の玉座はあった。
そこに座すのは全能の王、大帝ヴロド・ズォーダーその人である。
「本来、我がガトランティスに敗軍の将の席など無い。それは理解して居ような?」
ゴレムの基部にあるパイプオルガンの鍵盤に指を這わせ、彗星を操る”白金の巫女”ことサーベラー。そんな彼女に代わり、大帝の言葉を代弁するのはゲーニッツであった。
彼の隣にいた筈の、父の姿はもうどこにもない。
死んだ―――死んでしまった。
あんなにも強かった父の姿は、もうどこにも……。
「……はっ」
それは返答というよりは、声にならない声を無理矢理絞り出したような……肺から空気が漏れるにも等しい音であった。
周囲の戦士たちからの嘲笑が聴こえてくる。負け犬、無様な戦士、敗軍の将、一族の恥。普段のバルゼーであれば激高し殴りかかっていたかもしれない。あるいは腰の剣を引き抜き斬りかかっていただろうが、今ばかりはその罵詈雑言を甘んじて身に浴びた。
赦されるならば今すぐにでも、この腹をかっ捌いて自害し、二度と人前に顔を出すまい。しかしそれは、大帝ズォーダーが赦さない。この全宇宙は全て大帝ズォーダーのものであり、総てに寵愛を受ける資格がある。故にガトランティスの戦士たるバルゼーの命もまた、大帝のものなのだ。
「しかし大帝はまた、貴様に名誉挽回の機会を与えてくださるのだそうだ。全能なる大帝のお慈悲に感謝せよ」
「は、はぁ……っ、ありがたき幸せにございます」
酒杯を、とズォーダーは玉座に座し頬杖を突いたままゲーニッツに視線を向けた。すぐに傍らに控えていた兵卒が、酒杯に酒をなみなみと注ぎ始める。
ズォーダーの手に酒杯が渡ってから、バルゼーにも兵卒が酒杯を手渡した。
「バルゼーよ」
「はっ」
「貴様の父は勇敢な戦士であった」
「……はっ」
「父とバルゼー一族の名にこれ以上泥を塗ってはならぬ。再び剣を手に戦場を駆け抜け、敵の首級を討ち取り父の墓前に供えるべし。貴様が戦士としての名誉を取り戻す手段は戦の他に無し」
「はっ、心得ております」
にっ、とズォーダーの口元に笑みが浮かんだ。
既に彗星は木星沖を通過。かつては紅く、しかし今は地球に似て部分的に青く染まりつつある火星へと接近しつつある。
各戦線から引き抜かれてきた艦隊戦力も到着しており、火星沖で第二の決戦を挑む準備は整った。
ズォーダーが酒杯を呷るのを待ち、バルゼーもまた酒杯を一気に呷る。
喉の奥が焼けつくような刺激と共に、頭の頂点まで熱が駆け上がってきた。
「征けい、バルゼーよ!」
酒杯を叩き割るなり、ズォーダーは大剣を引き抜いて声を張り上げた。
大聖堂の如き大帝玉座の間、その隅々まで響き渡るその声は、まるで聴いているだけで魂に火が点くかのようだった。滾る、戦士としての本能が滾る。このお方の為ならば、このお方の武勇を宇宙の隅々まで轟かせるためならば、こんなちっぽけな命など惜しくはないと心の底から思えるような―――そんな声音であった。
「今こそ父の無念を晴らし、一族の名誉を取り戻すのだ。そして
「はっ!」
もう、バルゼーの心に恐怖はない。
今はただ―――このお方の為、一族の為に戦い抜くだけだ。
今のバルゼーは、戦士である。
火星沖の外周部。
司令部が設定した『火星絶対防衛線』の彼方に、巨大な白い闇の影がある。
―――白色彗星。
やがては地球に到達するであろうそれの露払いを務めようというのだろう、無数の白いガスのようなワープエフェクトがメインパネルに映し出された。
1つ2つ、3つ4つ……いいや、もう数えるのも億劫である。艦のAIが凄まじい勢いで、その総数をリアルタイムで計測しているが、はっきり言って見たくも無かった。そんな相手と戦うのか、と心が折れてしまいそうになる。
しかしミケールは動じない。
戦艦『ランダルミーデ』の艦橋の中、腰に軍刀を提げたまま、いつもと変わらずにメインパネルの向こうを見つめている。
彼女の存在が、ガミラス軍将兵たちの心の支えとなっていた。
あのドメル将軍の下で戦い、戦術を学び、演習を含めて一度たりとも敗北した事の無い『無敗の天使』が作戦の指揮を執る―――そうだ、無敗の艦隊司令官がついているのだ。負ける筈がない。
そんな彼らからの期待と地球の、ガミラスの運命―――全てを背負いきるには、ミケールの背中は些か小さすぎたのかもしれない。
それでもその心は、重圧にも屈さぬ心は本物であった。
「これより地球・ガミラス安全保障条約に基づき、火星沖でのガトランティス侵攻阻止作戦を開始します」