さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~   作:往復ミサイル

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旋律とノイズと

 

 コクピットに貼り付けられた息子の写真をちらりと見た加藤は、ヘルメットの中で父親としての笑みを浮かべた。

 

 今頃は地球の首都で、妻の真琴と一緒に過ごしている事だろう。息子の翼はいつも、コスモファルコンの玩具で遊んでいると真琴は言っていた。垂直尾翼に『誠』の文字が描かれた、加藤の機体を再現したものであるという。

 

 以前に地球に帰った際に、誕生日プレゼントを一緒に買いに行った時の事だ。父ちゃんが何でも買ってやる、と言うと、翼は無邪気な笑みを浮かべながら、コスモファルコンの玩具を持ってきたのである。

 

 写真の中の翼が手にしているのは、その時のものだ。

 

 少しだけ恥ずかしくなるし、葛藤もある。

 

 翼にとって、父親である加藤はヒーローなのだ。地球を救ったヒーローの1人。ガミラスという悪を懲らしめ、イスカンダルからの贈り物を地球まで守り抜いた守護者たち。

 

 そうであるからこそ、心の中ではまだ、決心がつかない。

 

(英雄の次は反逆者、か)

 

 誘導員の誘導に従い、最新鋭のコスモタイガーⅡを発進位置まで移動させながら思う。

 

 加藤三郎もまた、”夢”を見た者の1人だった。

 

 地球へと迫る巨大彗星。それを迎え撃つ地球艦隊。

 

 その夢を、かつてのヤマト乗組員たちが見たという話を聞いた時、加藤は悟ったのだ。自分たちは皆、テレサに呼ばれているのだ、と。

 

 しかし、地球防衛軍司令部がそれを聞き入れるとも思えない。ならば命令違反を覚悟の上で、ヤマトを飛ばしてしまおうという古代の考えに賛同する者は、月面基地配属となった元ヤマト航空隊のメンバーの大半を占める。

 

 だが加藤は、まだ少し躊躇していた。

 

 反乱に加担すれば、自分は反逆者だ。

 

 真琴も、そして翼も、反逆者の妻、そしてその息子として生きなければならなくなる。それでもテレザートに行くべきか否か、まだ決心がついていない。

 

 もう後戻りできない、という自覚はある。

 

 航空隊の大半はヤマトへの合流に賛成している。古代からの暗号化されたメールでの連絡を受け、ヤマトのテレザート行きの計画は全員が把握している。

 

 後はこの演習の最中、どさくさに紛れて演習宙域を離脱すればいい。それだけの事だ。

 

 しかしここで加藤が躊躇すれば、航空隊は混乱するだろう。

 

 加藤が行かないならば自分も、と計画を断念する隊員も現れるかもしれない。

 

 こんな時、真琴は何と言うだろうか。気の強い妻の顔を思い浮かべている間に、機体は発進用のカタパルトにセットされていた。後方ではブラストデフレクターが展開し、天井には発信を合図するためのシグナルがある。

 

 操縦桿を握った。

 

『アルファリーダー、発艦を許可します』

 

「了解。アルファリーダー、出るぞ」

 

 フッドペダルを踏み込んだ。

 

 ドン、と機体が大きく揺れる。ガミラス製の電磁カタパルトによって機体が一気に加速、そこに更にコスモタイガーⅡの推力も加わって、爆発的な勢いで母艦から撃ち出される。

 

 一度下方に放り出されてからの自力発進だったヤマトの時とは大違いだ。

 

 操縦桿を倒し機体を旋回。木星を背景に航空機の発艦作業を続ける地球の空母の周囲を旋回し、部下たちが発進してくるのを待つ。

 

 今の彼らの母艦は、ガイペロン級多層航空母艦だった。

 

 ガミラスから供与された純然たる空母、その地球でのライセンス生産型である。

 

 ガミラスで製造され供与された1番艦『アカギ』、地球でライセンス生産された『カガ』、『ソウリュウ』、『ヒリュウ』、『ホウショウ』の5隻が、豊富なセンサーやレーダーを持つパトロール艦を外部に、その内側を駆逐艦、護衛艦、巡洋艦に固めさせた巨大な輪形陣の内側を悠々と航行している。

 

 いずれも飛行甲板の先端部が尖った、ガイペロン級の中でも”後期型”とされるタイプだ(七色星団でヤマト航空隊が一番最初に撃沈した”バルグレイ”もこのタイプであった、と戦後の情報開示で判明している)。

 

 アカギの塗装は最下層と第3層の飛行甲板までが赤、そこから上が黒という、ヤマトを思わせる塗装だった。イスカンダルまでの往復航海を無事に成功させた武勲艦ヤマトの功績にあやかろうとでも言うのだろうか。

 

 アカギ以外の空母は、通常の地球艦隊と同じ塗装となる灰色だ。

 

 既に地球には、空母型のドレッドノート級である”ヒュウガ級”の建造プランがあるし、防御型アンドロメダは航空機の搭載量も多い事から軽空母としての運用も可能である。

 

 しかし、地球には純然たる空母が存在しない。

 

 いずれも戦艦に設計変更を加えた派生艦、あるいは戦闘空母といった代物で、専用設計の空母が存在しないのだ。

 

 内惑星戦争の際に計画は上がっていたというが、白紙化されたという噂は聞いた事がある。

 

 そこで地球はガミラスからガイペロン級のライセンス生産権を購入すると共に、それをヒュウガ級の本格的大量生産までの繋ぎとして、そしてその後も波動砲艦隊の防空任務を担う機動艦隊として運用するというのが、地球側の考えであった。

 

 デスラー政権崩壊により軍縮方向へ傾きつつあるガミラスも、余剰となった艦艇を地球に売り払ってしまいたい、というのが本音なのだろう。空母のライセンス関係の話はびっくりするほどすんなり進んだ、と聞いている。

 

 最後の1機―――山本の乗るコスモタイガーⅠが発艦したところで、加藤は味方機と編隊を組んだ。

 

 山本の乗るコスモタイガーⅠを除くすべてが、コスモタイガーⅡで構成された最精鋭の航空隊。月面航空隊の殆どが元ヤマト航空隊で構成されており、その練度は本物だ。

 

 だからこそ、平時は月面基地で後進の育成に精を出している。

 

 今の地球は兵器(ハードウェア)には困らないが、それを運用する人間(ソフトウェア)が育っていない。艦隊を運用する人員も、パイロットも、ガミラス戦役中は国連宇宙軍の訓練校でベッドメイクから叩き込まれていた新人か、戦後に入隊した新米ばかりなのだ。

 

 今の地球のパイロットに、加藤よりも年上のパイロットはいない―――皆、ガミラスとの戦いで散っていった。加藤では手も足も出なかった先輩たちは今頃、火星沖のデブリ帯の中で眠っているのだ。

 

(真琴……翼……俺は)

 

 どうすればいい、と心の中で問いかける。

 

 ちらり、と隣を飛ぶ山本のコスモタイガーⅠに視線を向けた。地球仕様のツヴァルケともいうべきコスモタイガーⅠは、塗装はコスモタイガーⅡに準じているとはいえ、形状は大きく違うし、機体もコスモタイガーⅡより一回り大きい。

 

 キャノピーの向こうで、パイロットスーツ姿の山本が頷いた。

 

 親指を立て、翼を振って後続の味方機に―――ヤマト航空隊、それに加えて合流を希望するパイロットたちに進路変更のサインを送る。

 

(父ちゃん、行くよ)

 

 ヤマトと共に、テレザートへ。

 

 加藤機の旋回の直後、ヤマト航空隊が一斉に左へと旋回した。

 

 演習用のミサイルの他に増槽も搭載している。艦載機であるためワープは不可能だが、しかしここからであれば、木星沖へと進出してくるであろうヤマトまではギリギリ届く距離だ。

 

 とはいえ、それは増槽内の燃料も使っての計算。少しでも無駄遣いすれば燃料切れとなり、宇宙空間を漂う事となるだろう。

 

 先陣を切って発進したアカギ航空隊の唐突の進路変更に、ヒリュウ、カガ、ソウリュウ、ホウショウから飛び立った後続の航空隊が明らかに動揺しているのが分かる。演習とは全く違うコースだ。通信機からは唐突の進路変更の理由を求める声や、母艦へこの事を報告する若いパイロットたちの声が聞こえてくる。

 

『素人ばっかりだねぇ』

 

 アカギ発艦後に使うよう指定していた秘匿回線で、左隣を飛ぶ篠原が言った。

 

『一般回線で大騒ぎしちゃって』

 

「仕方ねえよ、俺らがイスカンダルに行ってる頃には学生服を着てたような奴らだ」

 

 ヤマト航空隊との差は練度だけではない。

 

 彼ら新兵に与えられている航空機も、最新式のコスモタイガーⅡではなく、ガミラス戦役当時から地球の主力を務め、現在では旧式機として更新が進んでいるコスモファルコンだ。

 

 一応は近代化改修が施された”G型”と呼ばれるモデルに乗っているが、それでも性能はコスモタイガーⅡには遠く及ばない。普通車とスーパーカーを比べるようなものである。

 

「このまま一気に振り切るぞ」

 

 腹を括った加藤は、仲間たちを率いて木星沖の小惑星帯へと飛び込んでいく。

 

 一度手元が狂えば小惑星と激突し木っ端微塵になる危険な場所。そこへ躊躇なくフルスロットルで突っ込んでいく元ヤマト航空隊を追跡できる技量など、新米のパイロットたちには無い。

 

『鶴見、大丈夫?』

 

 山本が案じているのは、航空隊の一番後ろを飛ぶ鶴見だった。

 

 ガミラス戦役後に航空隊配属となり、今回の反乱計画にも賛同してついて来てくれた若いパイロット。彼の他にも数名、月面基地のパイロットがヤマト行きを希望しついて来てくれている。

 

 彼に小惑星横断はやはり荷が重いかと思った加藤であったが、しかし山本からは、演習の際に唯一彼だけが小惑星帯へと山本機を追尾し喰らい付いてきた、と報告を受けている。

 

 今は彼の度胸と技量を信じる他あるまい。

 

 頼むから落ちるなよ、と祈りながら、加藤は機体を更に加速させた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ピアノの美しい旋律に、プツプツ、と細かなノイズが混じる。

 

 艦長室の机に置かれた古めかしい蓄音機が発している音だ。これまた古いレコードに収録されている楽曲は、ドビュッシー作曲の『月の光』。儚く、静かで透き通ったこの旋律は山南のお気に入りだった。

 

 レコードも蓄音機も、熊本にある実家から持ち込んだ私物だ。レコードの方は今は亡き沖田から以前に譲り受けたもので、蓄音機に至っては、第二次世界大戦の頃から熊本の実家に置いてあったものだ。

 

 国連宇宙軍の軍神とも言われた沖田からレコードを渡された時、山南はそのギャップに酷く驚いたのを今でも鮮明に覚えている。軍神と言われた沖田という男が、音楽を嗜むのは意外であり過ぎたが、しかしその沖田から譲り受けたレコードを聴くためだけに古い蓄音機を修理し、こうしてアンドロメダに持ち込む自分もまた、なかなか変わった男だと言えるだろう……回転するレコードを乗せた蓄音機を見る度に、山南はそれを殊更意識させられる。

 

「ノイズが酷いですね」

 

 ティーカップを口に近付けながら、副長がぽつりと言った。

 

 それは仕方のない事だ。西暦2203年ともなれば、もっと音質の良い音楽プレイヤーはいくらでもある。なのにそれでもなお蓄音機を、それも1941年製の代物を修理してまで使っているのは、副長からすれば理解できない事に違いない。

 

 若いからまだ分からんのだ、というニュアンスも込めて、山南は言った。

 

「これもまた”味”だよ」

 

「はあ……そういうものですか」

 

「最近の奴は音質に拘るが……まあ、このノイズもなかなか味わい深いものだ」

 

「しかしあまり酷いノイズは曲調を狂わせますよ」

 

「まあ、確かに」

 

 加えて針まで飛んでしまったら目も当てられない。酷いノイズは針が飛ぶ予兆だ。

 

 紅茶を口に含みながら、そろそろこれも修理に出すべきか、と山南は考えた。

 

 唐突にブザーが鳴り、来訪者の存在を告げる。入れ、と山南が言うと、艦長室のドアが横へとスライドし、戦術長の北条が敬礼をしてから中へ入ってきた。

 

「山南指令、地球防衛軍司令部より緊急連絡であります」

 

「内容は」

 

「はっ。ヤマトが命令違反し地球から発進、戦闘衛星の内の1基を行動不能にし、太陽系外へ脱出を試みているとの事です」

 

「で、それを追撃せよと」

 

「は、アンドロメダは直ちに演習宙域を離脱しこれを追尾、拿捕、ないし撃沈せよとの命令です」

 

 撃沈、という言葉が聞こえた瞬間に、山南が眉を動かしたのを副長は見逃さなかった。

 

 撃沈―――地球を救った、あのヤマトを。

 

「ヤマトの目的地は」

 

「おそらくはテレザートではないか、と」

 

「なるほど、ならば木星沖は避けては通れないな」

 

 艦長の帽子を被り、席を立った。

 

 副長と北条を連れて艦の基幹エレベーターに乗り込み、そのまま第一艦橋へと上がる。相変わらず人員の少ないアンドロメダの艦橋に足を踏み入れるや、《お待ちしていました》とアンドロメダのAIが機械的な声で出迎えてくれる。

 

「全艦に通達。アンドロメダはこれより演習を離脱、単独でのヤマト拿捕へと向かう。演習の指揮は安田副指令に引き継がせろ」

 

《了解しました。アポロノームへ情報伝達》

 

「180度回頭、最大戦速」

 

 山南が命じるや、それを聞き届けたアンドロメダのAIは素早く命令を実行に移した。アンドロメダの船体各所に搭載された小型の姿勢制御スラスターが蒼い光を燈し、全長444mの巨体を重々しく反転させる。

 

 続けて4基のケルビンインパルスエンジンと1基の波動エンジンが火を噴いた。ゆっくりと、しかし従来の宇宙戦艦よりも素早く、アンドロメダの巨体がぐんぐん加速していく。

 

 衛星イオ沖で演習を見守るムサシとシナノの隣を通過したアンドロメダは、そのまま地球方面へと向かっていった。

 

 

 

 

「総員戦闘配置。攻撃目標―――”ヤマト”」

 

 

 

 

 

 

 

 

 酷いノイズは、曲調を狂わせる。

 

 

 

 

 

 

 

 針が飛ぶ予兆、まさにその通りであった。

 

 

 

 

 

 

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