さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
「ヤマト、急加速!」
副長の報告に、しかし山南は眉1つ動かさない。
《波動防壁、波形再調整完了》
先ほどのヤマトとの接触と、それに伴う波動防壁の乱れ―――それを瞬時に再計算、最適な形で再展開した事を報告するAIの声に、副長と違って焦りは見られない。
それは当然だろう。副長は人間で、アンドロメダはあくまでも機械、AIなのだから。
「山南指令、ヤマト追撃を具申します!」
「……」
「山南指令!」
しかしそれでも、山南は表情を変えない。
艦内のメインパネルに投影されるヤマトの後ろ姿。メインエンジンと補助エンジンのノズルから緋色の光を閃かせ、アンドロメダから凄まじい速度で距離を離しつつある。
―――ああ、沖田さんの子供たちが行く。
にっ、と笑みを浮かべた。
(沖田さん……やっぱり彼らは、あなたの子供たちだ)
あの頑固なところが実にそっくりだ、と山南は思う。
子供とは、親の”一番似てほしくないところまで似てしまう”とよく言う。実際彼らもそうだ。一度やると決めたならば、決してそれを譲らない―――不退転の覚悟を胸に、限界までぐんぐん進む。
いや、その覚悟があったからこそ、イスカンダルへの航海という困難を乗り越える事が出来たのだろう。
沖田十三という男の肉体は滅んでも、その魂と精神までは滅んではいない。
今もなお、ヤマトの乗組員たちの中に脈々と受け継がれている。
「……アンドロメダ、右90度回頭! しかる後に最大戦速、射程距離に入り次第ヤマトを砲撃する!」
《山南指令の承認がありません、副長》
「今はそんな事を言ってる場合か! ……ええい、融通の利かない機械め」
「やめないか、副長」
駄々をこねる子供をなだめる親のような声音で、山南は言った。
確かにアンドロメダのAIは融通が利かないが、それは仕方のないことだ。原則としてアンドロメダのAIは、その艦の艦長が承認した命令しか聞き入れない。
無論、戦闘中に艦長が戦死、あるいは重傷を負い戦線を離脱した際に指揮権を引き継いだ最高位の人間の命令は聞き入れるが、今はそういった”非常事態”ではない。副長の指示が聞き入れられなかったのはそのためだ。
「しかし山南指令、今ならばまだ間に合います! このアンドロメダの速度ならば2分もあればヤマトに追い付けます、手を打つならば今しか―――」
「いや、もういい」
「……は?」
「もういいんだ副長」
行かせてやれ、と山南は続けた。
副長を含めた、数少ない艦橋の乗組員たちがぎょっとしたような表情で艦長席を振り向く。
彼らには、理解できなかった。
なぜ―――標的をみすみす逃したというのに、あんなに達成感に満ちたような顔をしているのか。
あれではまるで、我が子の成長を喜ぶ親のようではないか。
そして、アンドロメダに搭載されたAIもまた、その意図を理解できずにいる。
「……山南指令、防衛軍司令部より緊急入電」
「繋げ」
交信を許可するや、艦橋のメインパネルいっぱいに鬼の形相の芹沢の顔が映し出された。その気迫たるや怨敵を見つけた怨霊のようで、あるいは我が子の仇を討たんと怒り狂う獣のようにも思え、山南以外の乗員はその気迫に気圧されてしまう。
唯一、山南だけがすっと立ち上がり、平然と敬礼を返すばかりだった。
《山南指令、どういうつもりだ》
「どういうつもり、と言いますと?」
《とぼけるんじゃない。私は君に”ヤマトの確保、ないし撃沈”を命じた筈だ》
何と情報のお早いことで、と山南は思う。
アンドロメダのAIは全ての艦内での行動や言動といったものを随時記録している。例えばいつ、どこに艦が向かったとか、何時何分何秒に発砲したとか、通信記録やエネルギー消費量、艦内の食糧事情から乗員の他愛もない会話に至るまで、あらゆる事がAIにより記録されているのだ。
そしてその
AIの搭載によるハイテク化というのも考え物である。
そういう仕組みになっているため、先ほどのヤマトとの遭遇から離脱を許す事になった瞬間までの全てが記録され、地球防衛軍司令部へと送信されていた。
芹沢からの通信も、山南にとっては想定通り―――むしろちょっと遅かったな、という感じすらある。
《なのにヤマトをみすみす行かせるとは、いったいどういうつもりだ? 君のやっている事は命令違反だぞ、分かっているのか!?》
「すべて承知の上です」
副長たちはいつ山南に降格処分が下るのか、と肝を冷やしていた。
冗談ではない―――それが艦橋要員たちの素直な心境である。士官学校で艦の運航を学び、しかも初めて配属された艦があの最新鋭戦闘艦アンドロメダ。おまけにその艦を預かる艦長はガミラス戦役の数少ない生き残り、あの山南修である。
山南は艦隊司令として、部下たちからの人望も篤い。そんな彼が降格処分となれば、アンドロメダの次の艦長は誰になるというのか。
こうなれば土下座してでも、と副長は括ったが、しかし当の山南本人はどこ吹く風だ。
むしろ、芹沢に対し「処分できるものならばやってみろ」とでも言わんばかりの強気の姿勢を崩さない。
それもそうであろう……山南以外に、アンドロメダを任せられる人員は他にいない、というのが今の地球の実情である。
ガミラス戦役で多くの熟練の船乗りたちが宇宙に散っていった。アンドロメダを任された山南すら、”繰り上げ”でアンドロメダを任されたに過ぎず、しかも波動砲艦隊構想に賛成している艦長となれば一体他に誰が居るというのか―――慢性的な人員不足にあえぐ地球の抱える問題が、こんなところで効いてくる。
だからなのだろう、芹沢の口からはなかなか”処分”の二文字が出てくる様子はない。
威圧こそしているものの、内部事情をよく知る山南だからこそ強気に出られない、というのが芹沢の本音なのだろう。
《山南指令、今すぐヤマトを追撃したまえ》
「……いえ、彼らはもう行かせるべきでしょう」
《何を言っているのだね》
「もう止まりませんよ、ヤマトは」
波動砲でも使わない限りは、と続けた山南は、ここになって目つきを鋭くした。
「それに彼らが目指すテレザート……気になるところではあります」
《まさかあんなオカルト話を信じるというのか、君は》
「いえ、実は最近”ガミラスの友人”から聞いた話ですが」
そう言いながら、山南は手元の小型パネルを操作した。そこに記録されていたデータが地球防衛軍司令部へと送信されていく。
「―――分かりますか、芹沢さん」
《これは……》
データの中身は、テレザート付近を通過、急激に進路を変え地球へと接近し始めた白色彗星と、ガトランティス軍の侵攻ルートの比較についてだった。
山南も複雑な心境ではあるが、しかしガミラスにもここ3年で友人ができた。仕事で地球を訪れたガミラスの友人たちをもてなした事は記憶に新しい(彼らは地球の紅茶がたいそう気に入ったようだ)。
そんな彼らから最近聞いた話に違和感を覚え、自分なりに職務の合間を利用し分析していたのがそのデータである。
白色彗星の軌道と、ガトランティス艦隊の侵攻ルート。
それが見事に一致している―――その事実に気付いた芹沢が、目の色を変えた。
《これは》
「何か臭いませんか」
《……》
「確かに推測の域は出ません。しかしこのデータと、ヤマトの乗員が見たという”夢”も考慮すれば、一度は調べる価値はあるのではないでしょうか」
うむ、と芹沢が唸る。
山南もヤマトの乗員が見たという”夢”の話は聞いていた。
地球に迫る白色彗星と、無数のガトランティス艦隊。それだけならば単なる夢であるが、奇妙なのはヤマトの乗員全員がその夢を、同時刻に見たという事である。
もしかしたら、彼らは”呼ばれている”のかもしれない。
テレサ―――ガミラスのお伽噺に出てくる、宇宙の女神に。
ふう、と芹沢が悔しそうに息を吐いた。
《……仕方がない、いいだろう。ヤマトの今回の件は不問にする》
「ありがとうございます」
《ただし、”監視”は付ける。これは決定事項だ》
監視、という言葉に山南は目を細めた。
それが何を意味するか、山南には何となくだが理解できたからだ。
メインパネルに映っていた芹沢の顔が消え、艦橋の中にしばしの沈黙が流れる。
嵐の前の静けさとはよく言ったものだが、嵐が去った後もまた静かなものだ―――しかしその静寂を破ったのは、意外にも艦長席の前に座る副長だった。
「山南指令、まさかヤマトを試したのですか?」
「何がだ?」
「最初からあなたは、ヤマトを止める気なんてなかった……ただその覚悟を確かめるためにこのような事をしたのでは?」
「ふふっ、知らんな」
何の事だか、と笑みを交えて言うと、副長の顔にもほんの少し笑みが浮かんだ。
「アンドロメダ、進路変更。木星沖の演習に復帰する」
《了解、進路変更》
あまり遅くなっては、演習の指揮を任せた安田に後で文句を言われてしまう。今回の一件でも迷惑をかけてしまったのだから、後で酒の1つでも片手に謝りに行くとするか―――そう思いながら、山南はもう一度ヤマトの後ろ姿を見つめた。
―――無事に帰って来い、古代。
「艦長、地球防衛軍司令部より入電です!」
「メインパネルに」
相原の報告に古代は応じ、頭上にある大きなメインパネルを見上げた。どうせ芹沢が鬼の形相で映っているのだろう、と反論の言葉を頭で考え始めるが、しかしノイズの後にメインパネルに映し出されたのは老犬を思わせる芹沢の顔ではなく、柔和な笑みを浮かべる藤堂の顔だった。
「長官……」
手の離せる乗員たちが一斉に立ち上がり、敬礼する。
《古代、君たちのテレザート行きを芹沢君がやっと認めてくれた》
「じゃあ……!」
《ああ、君たちはお咎めなしだ》
太田が席から立ち上がって喜び始める。今のところ大騒ぎしているのは彼くらいのものだが、しかし気のせいか、他の乗員たちの顔にも安堵の色が見える。
とにかく、これで裏切り者として地球艦隊に追いかけ回される事は無くなるわけだ。ヤマトのテレザート行きは正式に地球防衛軍から下された調査任務として受理されたのである。
しかし安堵も束の間、藤堂の隣からやってきた芹沢が咳払いし、古代の顔を睨んだ。
《君たちのやった事は決して許される事ではない……が、状況が状況だ。正式に調査任務を言い渡す。宇宙戦艦ヤマト及び
「待ってください、”他2隻”ってどういう事です……?」
島がそう言った直後だった。
レーダーを監視していた西条が声を上げる。
「艦長、本艦後方にワープアウト反応。数、2」
「なに?」
メインパネルの映像が切り替わった。
何もない宇宙空間に、唐突に波紋が浮かぶ。
石を投げ込まれた水面のように広がったそこから現れたのは、黒く塗装された2つの舳先だ。どちらも最新の宇宙戦艦と比較すると水上艦艇の名残を残しており、しかしその艦首には波動砲と波動共鳴装置が埋め込まれている。
「あれは……」
「ムサシ……それにシナノ……?」
船体に張り付いた氷を剥がしながら現れたのは、ヤマトの同型艦―――宇宙戦艦ムサシ、そして宇宙空母シナノの2隻だった。
どちらもヤマトが地球を出発した後に就役した同型艦であり、さらに遅れて就役したキイと共に、ヤマト不在の間の地球を守り抜いた守護神たちだ。
ムサシはヤマトとあまり大きな外見上の差異はないが、一番の違いは波動砲がハッチで塞がれている事であろう。ムサシは波動砲の代わりに波動共鳴装置を搭載、波動防壁弾の運用により艦隊の防御を担う艦であるとされている。
このデータを元に建造されたのが、同じコンセプトの防御型アンドロメダだ。
他には副砲が撤去され、2基の箱型ランチャーが並列に配置されている事が外見上の差異であろう。
それに対し、シナノはとにかく外見上の差異が多い。
艦首の波動砲に、前部甲板にいくつか搭載されたパルスレーザー砲塔、その後ろに聳え立つ48cm3連装ショックカノン砲塔と副砲……艦橋までのレイアウトは同じだが、異なるのはそこから後ろだ。
後部甲板は全ての武装が撤去されており、右舷後方から左舷前方へと突き出る形で飛行甲板が搭載されている。エンジンもメインエンジン1基、補助エンジン2基から複数のエンジンノズルを組み合わせたようなレイアウトとなり、煙突ミサイルも多種多様なミサイルを発射可能な「複合防空システム」と呼ばれる装備に変更されていた。
メインパネルの映像が切り替わる。
そこに映っていたのは、顎髭を生やした体格の良い初老の男性だった。
《こちらは宇宙戦艦ムサシ艦長、”栗田総一郎”。これよりシナノと共にヤマトに同行、テレザート調査作戦に参加する》
「こちらは宇宙戦艦ヤマト艦長代理、古代進です。ご同行、感謝します」
うむ、と頷いた後、メインパネルから栗田の顔が消えた。
後方からワープアウトしたムサシとシナノの2隻がヤマトに追い付いてくる。3隻で並んで航行するのは、思い返してみればこれが初めてだ―――そう思いながら、古代は命じる。
「これより本艦は、ムサシ及びシナノと共に惑星テレザートへ向かう!」