さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
新たな危機
空間に穴が開いた。
本来そこにある空間を追いやるように、穴から姿を現すのは葉巻型の凍てついた船体だ。やがて急速に解凍されていくかのように、船体に付着していた氷の破片が剥がれ落ちていった。
地球製の波動エンジンを使用したワープで見られる現象だ。かつてイスカンダルへとヤマトが旅をした際にも観測された―――当時の事を思い出しながら、パトロール艦『ゆきかぜ』の艦長席に座る古代進は、あの時と変わらぬ緊張感に苛まれる。
「ワープアウト。船体、機関部各所に異常なし」
異常なし、と相原が伝えてくる。しかし艦橋の床を通して伝わってくる振動にはまだ慣れない。この揺れはヤマトに乗っていた頃は無かったものだ。ヤマトよりも小さな船体の、それこそフリゲート艦としての役割を持つパトロール艦には大量のアンテナが搭載されている。それによって船体のバランスが他の艦と比較して悪く、小柄な船体もそれを手伝って揺れるのではないかと言われているが、原因は定かではない。
同じように、ゆきかぜの後方に多数の護衛艦や駆逐艦がワープアウトしてくる。船体に付着した氷を引き剥がし、通常空間へと戻った彼らは、乱れた艦列を整えながらゆきかぜの後に続いた。
いったいこれは何の縁なのだろうか?
古代に預けられたパトロール艦の艦名は”ゆきかぜ”―――かつて彼の兄、古代守るが冥王星での戦いで乗っていた”ユキカゼ”に続き、この名を持つ
「―――レーダーに感、目標接近。3時方向。距離、10万宇宙キロ。速度、27宇宙ノット」
―――来たか。
艦長の帽子の鍔の下で、古代の目つきが鋭くなった。
地球に愛する者を残してきた男の目から、戦地に赴く戦士の目に変わった瞬間だった。
「艦種識別」
「ラスコー級巡洋艦8、ククルカン級駆逐艦多数。ガトランティスです」
「全艦戦闘配置。右30度変針、砲雷撃戦用意」
命ずるなり、艦橋の中が一気に騒がしくなった。復唱する声に情報を伝達する声。ヤマトよりも小さく小回りの利くパトロール艦の船体が進路を変更し始めると、後続の艦もそれに倣って進路を変更し始めた。
ゆきかぜのマストに、ホログラムで投影されたZ旗が掲げられる。かつては水上艦艇が、海戦の前に掲げていた旗だ―――古代はそう聞いていた。大昔の海軍、特に日本海軍が特にそうであったという。
海軍が海を征く艦から宇宙戦艦を保有する部署に意味が変わってもなお、その伝統は脈々と受け継がれていた。
こちらが進路を変更したのを見て取ったのだろう、ガトランティス艦隊も進路を変更したという旨の報告が上がってきて、相手の指揮官も分かっている、と悟る。
太陽を背に航行する地球艦隊の向こう側―――同じ方向へと航行する、ガトランティス艦の船体がうっすらと見えた。緑色に塗装された楕円形の船体に、衝角のように鋭い形状の白い船体を組み合わせたような特徴的な艦だ。
地球艦隊の変針に合わせ、当初は真正面からの撃ち合いを挑もうとしていたガトランティス艦隊も同じ方向へ進路を変更していた。同航戦を挑もうというのだ。互いに同じ方向へ進路を取り、どちらかが力尽きるまで砲撃を続けるスタイルの砲戦。
地球艦隊の土俵に、敢えて相手は乗ってきた。
戦の常識も知らぬ愚者なのか、それとも相手の土俵で打ち勝つ自信がある猛将か―――これではっきりする、というものだ。
ゆきかぜの上部甲板に2基、下部甲板に1基備え付けられた12.7㎝連装衝撃砲塔が旋回、敵艦へ照準を合わせるべく仰角を修正し始めたその時、敵艦発砲、という報告が艦橋に響く。
かつての地球艦隊が使用していた増幅光線砲を思わせる、緑色の閃光がゆきかぜの艦橋のすぐ前を駆け抜けていく。幸いにしてゆきかぜは無傷だったが、後方を航行する護衛艦の1隻の横っ腹を、敵の放ったビームが強かに打ち据えた。
が、爆発の閃光が生じ、早くも友軍艦が戦列から落伍するという事は無かった。ビームが船体を撃ち抜く寸前、蒼く輝く防壁がその一撃を受け流し、事無きを得ていたのである。
波動防壁―――イスカンダルへの航海でヤマトを幾度となく守り抜いた、最強の盾。
それが今、地球艦隊のほぼ全艦に搭載されている。
「落ち着いて狙え」
自分たちよりも先に発砲され、あまつさえ友軍艦への直撃を許してしまった事に動揺しているのだろう。若手の砲術員の照準は焦りで明らかにブレていた。
落ち着け―――その一言に効果があったのか、やがて照準はラスコー級巡洋艦の横っ腹を捉えた。
「―――撃て!」
号令が下るや、連装衝撃砲の砲口が待ってましたと言わんばかりに蒼い火を噴いた。捻れるように回転、更に付近の恒星の重力による干渉を受けて弾道をぐにゃりと歪ませながらも、大きくカーブしたその一斉砲撃はガトランティス艦隊の無防備な横腹を的確に突き抜いた。
ごう、とラスコー級巡洋艦の右舷から火の手が上がる。ショックカノンの一斉射が敵艦を直撃し、火達磨にしたのだ。駆逐艦クラスの小型砲とはいえ、その威力はガミラス艦の砲撃に勝るとも劣らぬ威力がある。
波動エンジンから供給される有り余るエネルギーは、敵艦の装甲表面に施されたミゴウェザー・コーティングを撃ち抜くのに十分な威力を、その一撃に提供していた。
もう、一方的に蹂躙されるばかりの地球艦隊ではない―――あの頃とは違うんだ、という事を見せつけるかのように、後続艦も次々にショックカノンを放ち始める。
ガトランティス艦隊もやられてばかりではなかった。お椀のような形状の回転砲塔をまるでガトリング砲のように回転させ、緑色のビームを矢継ぎ早に射かけてくる。
確かにガトランティス艦隊の砲撃、特にその速射性は目を見張るものがあった。地球へ技術指導にやってきたガミラスの砲術員も口をそろえてこう言うのだ。『こっちが1発狙ってる間に10発は撃ってくる』、と。
しかしその速射性も、威力と命中精度をそれ相応に犠牲にした結果実現したものである。
ガトランティスのドクトリンにもそれは現れていた。命中精度や威力よりも、とにかく速射を繰り返してビームを敵艦隊へとばら撒く事で、とにかくダメージを与える―――どれだけ生き残ったかではなく、”どれだけ討ち取ったか”を重んじる民族性が、そのドクトリンからは垣間見えていた。
なるほど、ガミラスが彼らを蛮族と呼び軽蔑する理由も頷ける。
だが、これほど距離が離れていればその速射性も恐ろしいものではない。散弾銃と狙撃銃の戦い、と表現しても良かった。確かにガトランティス艦隊に近距離でビームをばら撒かれればたまったものではないが、しかしこれだけ距離が開いていれば、劣悪な命中精度も手伝ってなかなか当たるものではない。
それに対し、地球艦隊の砲撃は必中と言ってもいいレベルであった。
ガトランティス艦隊の砲撃が船体を掠めていくのに対し、地球艦隊の砲撃は面白いほど当たっていく。推進部に被弾し速度を落としたラスコー級巡洋艦が、砲撃に夢中になっていた後続のククルカン級駆逐艦を巻き込んで爆沈していくのを見ながら、古代は思う。
(あの時の奴らとは違う)
イスカンダルの帰路で遭遇したガトランティス艦隊とは練度が違う。あの時の彼らには執念があった。例え我が身を屠られようとも、敵を1人でも多く道連れにしてやろうという恐ろしさがあった。
しかし古代たちが対峙している相手は、素人同然だ。戦の何たるかも分かっていない。教科書通りの戦いがやっとできるようになった、といっていいレベルだ。
それは地球も同じだ。ベテランの乗組員の多くがガミラスとの戦いで死んでいった。今ここに残っているのは、あの赤く焼けた地球でヤマトの旅立ちを見送った若手たちだ。
「3隻目、やりました!」
「―――艦長、冥王星基地より入電!」
3隻目の撃沈に喜ぶ若手の砲術員の報告を遮る形で、相原が淡々と告げた。
「『矢ハ放タレタ』……以上です」
「よし……全艦撃ち方止め、右90度回頭、全速離脱!」
ゆきかぜの砲撃がぴたりと止まり、進路を変更し始める。後続艦も旗艦の命令に従い、撃てば当たる状態の砲撃を中止して離脱に移った。
ここに来て、ガトランティス艦からの砲撃はいっそう熾烈になった。それも当然であろう、彼らからすれば勝てる戦を放棄して情けをかけられたようにも、あるいは勝ち逃げを決め込もうとみられたか―――いずれにせよ、ガトランティスの将兵にとってそれは最大の挑発と映っていた。
逃がしてなるものかとビームを射かけるガトランティス艦隊だが、その砲撃は当たらない。
やがて、離脱していく地球艦隊と入れ違いになる格好で、空間が裂けた。
ワープアウト時に見られる現象だ―――しかしその空間に穿たれた穴は遥かに大きい。古代率いる第七警務艦隊がこの宙域にワープアウトした時と比べると、それは遥かに違っていた。
宇宙空間に穿たれた大穴から、やがて巨大な物体が姿を現す。表面に氷塊を幾重にも付着させたそれは、全長634m、直径333mにも及ぶ巨大な―――ミサイルだった。
「”惑星間波動弾頭弾”、9時方向にワープアウト!」
「あれが……」
氷を振り払うと同時に、その巨大なミサイル―――『惑星間波動弾頭弾』の後端部に設けられた16基のケルビンインパルスエンジンに、朱色の火が燈る。
傍から見れば巨大な乾電池にエンジンノズルを取り付けたような形状のそれ。遥か遠方の宙域への、一度限りのワープ機能まで兼ね備えたそれが、地球艦隊を仕留めんと猛追するガトランティス艦隊へ一直線に向かっていく。
すぐ目の前に現れた新たな脅威に、ガトランティス艦隊は大いに混乱した。進路を変更し逃走する艦もいれば、一族の名に泥を塗るまいと果敢にビームを射かける艦もいる。
しかしその闘争心も、放ったビームが蒼い防壁に阻まれ、受け流されていくのを見て、完全に折られたようだった。
惑星間波動弾頭弾には、波動防壁まで搭載されているのだ。
「全艦、波動弾頭弾の危険範囲外へ離脱!」
「……だんちゃーく、今!!」
相原の報告の直後、カッ、と蒼い閃光が全てを焼いた。
乾電池のような弾頭―――その内部に、限界まで充填された波動エネルギーが一挙に解放され、それこそヤマトの波動砲にも匹敵する威力の爆発で、ガトランティス艦隊を一瞬にして呑み込んだのである。
ラスコー級も、ククルカン級も、青白い閃光の中に一瞬だけそのシルエットを刻んだかと思いきや、瞬く間に装甲の表面を引き剥がされ、融解され、分子すら残らぬほどに完全に消滅していった。
「敵艦隊、消滅しました」
歓声を上げる者など、1人もいなかった。
計器類の発する電子音のみが響く静かな艦橋で、皆が―――特にイスカンダルへの航海を成し遂げた古代と相原の2人は、同じ思いを抱いていた。
今の地球はあのような兵器に加え、波動砲を搭載した宇宙戦艦を次々に増産し、軍備拡張を続けている。
自分たちは―――沖田艦長の命を賭けた航海は、こんな未来を守るためだったのか、と。
勝利の美酒とは思えぬ苦さを胸に秘めたまま、古代は静かに命じた。
「……任務完了、これより地球へ帰還する。全艦、ワープ準備に入れ」