さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
終わりの始まり
宇宙という暗黒の海原の中に、その星はあった。
さながらエメラルドのような、あるいは翡翠のような美しい輝きを放つ星。太陽系の中にありながらも地球人類に知られる事無く、つい数年前まではひっそりと佇んでいた星だ。
『太陽系第十一番惑星』。
天王星や海王星、冥王星といった名称すら与えられていないこの星には、地球とガミラスの領土問題に関連するちょっとした”事情”がある。
宇宙進出を果たし、ついに火星のテラフォーミングに着手した地球人類であったが、彼らがこの第十一番惑星という惑星の存在を知ったのはガミラス戦役後の事だった。
第十一番惑星はその名の通り、太陽系の惑星群の中でも最も外周部に位置している。それゆえに太陽の周囲を周回する周期が他の惑星よりも長く、地球側からも長らく観測できていなかったのである。
この未開の星を最初に発見し、その地表に足跡を刻んだのは、皮肉にもガミラスの侵攻軍だった。地球侵略のため太陽系を訪れた彼らは、まず先にこの惑星を橋頭保として改造し始めた。
衛星軌道上に人工太陽を建造し、それと並行して地表の開発も行ったが、当時の人工太陽は初期型で信頼性も低く、よく”波動共鳴”を起こしては近隣を航行する宇宙船を航行不能に追いやる問題児でもあった。
そういう事もあってガミラスは第十一番惑星よりも、冥王星を地球侵攻の橋頭保として選んだ。
地球側がこの惑星の存在を把握したのはガミラス戦役後、ガミラス側からの情報開示を受けての事であった。
その通り、第十一番惑星の存在を知ったのは戦後であったが、しかし軍拡に舵を切りつつあった地球連邦は第十一番惑星の領有権を主張、結果的に第十一番惑星は地球の領土として認められるに至った。
翡翠色の惑星を見る度に、第十一番惑星守備艦隊の旗艦『フォレスタル』を預かる『武藤賢治』艦長はそういう政治的な汚い面を思い出して嫌な気分になる。
武藤は艦長の中でも若手の部類だ。ガミラス戦役中は士官学校で学び、戦後は慢性的な人材不足を受け、繰り上げで艦長となった。
それはいい、スピード出世だと自分を納得させている。
「間もなく日の出です」
副長が生真面目な声で報告すると、手元の端末で地球に残してきた家族の写真を見ていた武藤は視線を再び第十一番惑星へと向けた。
翡翠色の地表の裏側から、これまた翡翠色の光を放つ太陽が顔を出す。ガミラス製の人工太陽だ。こうして見る分には美しいが、ガミラスの手による開発初期ではガミラスの宇宙戦艦を何隻も航行不能に追いやった問題児であるという(意図せぬ波動共鳴事故でデストリア級3隻、ケルカピア級1隻、クリピテラ級5隻が衝突、大破ないし轟沈という大事故を起こしている)。
今でこそガミラスと地球による涙ぐましい改良を重ね、外部からの刺激がない限りは波動共鳴を起こさなくなる程度には安全になったと聞いているが、しかしそんな大事故の話を聞いていると、船乗りとしては太陽の近くを通過する度に心臓が止まりそうになる。
しかし、星の陰を浮かび上がらせ、さながら光の環のように広がるこの風景は実に美しい。勤務時間中でなければ、手元の通信端末を使って写真に収めたいところだ。
「左舷、第十一番惑星よりガミラス艦が上昇してきます」
レーダー手の報告に頷き、武藤は視線をガミラス艦へと向ける。
メルトリア級に率いられた4隻のデストリア級と、ガミラス製の輸送船の混成艦隊だった。元々第十一番惑星に駐留していた艦隊なのだろう。この惑星が地球側の領土として認められたその日から、ガミラス側の退去と地球艦隊の駐留が急ピッチで進められており、惑星の開発もガミラス側から引き継いでいる。
艦橋の窓の向こうに見えるのは、ガミラス艦だけではない。
武藤の預かった第十一番惑星守備艦隊旗艦『フォレスタル』を護衛するように航行しているのは、灰色に塗装されたガトランティスのククルカン級襲撃型駆逐艦だ。何も知らない者が見ればぎょっとする光景だが、よく見ると船体の武装は全て地球製の12.7㎝連装衝撃砲に置き換えられ、艦首や艦橋も駆逐艦のものに置き換えられている。
ガトランティスとの小競り合いの際、鹵獲した艦艇を改造したものだ。
今の地球は軍拡に必死で、一日でも早くガミラスを追い抜こうと躍起になっている。地球の時間断層もフル稼働しており、地表に穿たれた搬出口は今日もドレッドノート級を吐き出し続けている事は想像に難くない。
しかしそれでもなお、時間断層工場は手いっぱいで、辺境の惑星の守備隊に回す艦艇すら不足しているというのが実情であった。
そのため、鹵獲したりガミラスから購入した艦艇を地球仕様に改造したものを辺境へと配備し、当面の間の防衛戦力としている。
だから地球の艦艇とガトランティスの艦艇、それに加えガミラスの艦艇が仲良く航行するという珍妙な風景が、辺境の惑星ではよく繰り広げられるのだ。
そういう武藤の乗る艦『フォレスタル』も、ガミラスから供与されたゲルバデス級を改造し地球仕様とした艦艇である。主砲をショックカノンに置き換え、艦橋も巡洋艦の艦橋に変更した程度の簡素極まりない仕様ではあるが、少なくとも敵襲の通報を受けた波動砲艦隊が駆け付けるまでの時間稼ぎには十分である、という判断でこうなったのだという。
結局のところ、辺境守備隊は捨て石だ。
波動砲艦隊の引き立て役なのだ。
「艦長、戦艦”アルトリア”より入電」
「読め」
「……『貴艦ニ此ノ星ヲ託ス。壮健タレ』、以上です」
「……そうですかい」
左舷を通過していくガミラスの退去艦隊に敬礼を送った。
ガミラスに対し、複雑な心境を抱く地球人は多い。つい数年前までは地球人を絶滅させようと攻撃を繰り返してきた敵国であるだけに、いざ終戦となって「仲良くしましょう」と政府に言われても素直に従う事の出来る人間はそうはいまい。
紙に書いた文字のように消しゴムで擦るだけで消せるほど、両者の問題は簡単ではないのだ。
やがて、通過していったガミラス艦隊が加速し始めた。エンジンノズルから発せられる光も紫から赤へと変わるや、さながら傷口のようにぱっくりと開いた空間の裂け目へ、その深海魚のような艦首をめり込ませていく。
ワープだ。
ガミラス側ではゲシュタムジャンプと呼称する空間跳躍。
血のような禍々しい光が宇宙の闇へと消え、再び静寂が訪れる。
「それにしても、例の話本当なんですかね?」
どうぞ、とコーヒーの入ったマグカップを差し出しながら、副長は問いかける。
「何がだ」
「土方指令の話ですよ」
「……」
噂には聞いていた。
波動砲艦隊―――武力を着実に増強するその姿勢に異を唱えた土方指令が事実上の左遷を受け、この第十一番惑星の指令として赴任するという話は、他の艦の艦長たちの間でも有名である。
そして今日こそがその赴任当日。既に地球をパトロール艦『ゆうなぎ』で出発した土方は、この第十一番惑星へと向かっているという。第十一番惑星側でも受け入れ準備が進められており、今頃はこれから地球本星へと返り咲く現指令が浮かれながら準備をしているところであろう。
だからフォレスタル率いる警備艦隊の任務には、定期巡回コースの巡回だけでなく、今日に限って『新たな司令官の出迎え』という任務も与えられていたのである。
「まあ、ヤマト計画に深い関わりのある人間からすれば、波動砲艦隊への忌避感は相当なものだろうよ」
イスカンダルとの約束を反故にしているわけだからな、と続けながらコーヒーを口へと含んだ。
コーヒーに微量の塩を入れるのは国連宇宙軍時代からの伝統だ―――宇宙艦隊で支給されるコーヒーには、砂糖ではなく塩を少々混ぜ込む。そうすると雑味の無い、すっきりとした味わいになるのだ。この微塩コーヒーは以前の艦では重力制御が利いていないために限られた状況でしか口にできなかったが、今は違う。
昔を知る船乗りの中には「もうあの磁力靴とはおさらばだ」と今の待遇を喜ぶ古株もそれなりに居る。武藤は若手ゆえ、艦内に慣性制御もなく磁力靴を履かなければならなかった当時の苦労は何も知らぬのだが。
さて、そろそろ到着時刻だろうか―――艦隊が軌道上の戦闘衛星の前を横切ったその時だった。
「―――6時方向、重力振」
「なに?」
データ照合、と言葉を続けた頃には、滾るマグマのような噴流が左舷を通過していた。それは第十一番惑星の軌道上に浮遊していた戦闘衛星を呑み込むと、その超高出力型波動防壁すらもものともせずに融解、爆発させてしまう。
被害はそれだけにとどまらない。
その噴流の周囲を舞うように旋回していたフレアのようなエネルギー弾(実際は強引に捻じ込まれていくエネルギーの勢いに耐えきれず剥離してしまったエネルギーの一部だ)が左舷を航行していた改ククルカン級駆逐艦を直撃、よりにもよって機関部を大破させられた駆逐艦がコントロールを失い、エネルギーの奔流に艦首から突っ込む羽目になったのである。
駆逐艦インターセプター轟沈、という報告を聞きながら、武藤は愕然とする。
「まさかこれは……!」
「火焔……直撃砲……!?」
ガトランティスの保有する兵器だ―――そこまで考えが至ったところで、「射程外の距離に艦影多数!」という報告がレーダー手から上がってくる。
「艦種識別、ガトランティス!」
メインパネルに投影された映像には、確かにガトランティスの艦が映っていた。
火焔直撃砲搭載艦―――地球とガミラスの間では”メダルーサ級”と呼称されている戦艦を中心に、陣形の両翼を機動力に優れる巡洋艦や駆逐艦で固めた艦列だ。
そこに見えるだけでも既に敵の数は30隻を数える。
「て、転舵反転! 各艦との距離を取れ、散開だ散開!」
艦橋の中が一気に騒がしくなった。
火焔直撃砲、その恐ろしさは聞き及んでいる。
ヤマトがイスカンダルからの帰路で遭遇したガトランティス艦隊、その旗艦に搭載されていたという兵器だ。高エネルギーを艦首のエネルギー転送システムで敵艦の前方へと転送し攻撃する―――実質的に”見て”からの回避が困難であり、威力そのものも圧倒的である事から防御も難しいという凶悪極まりない兵器だ。
結局、ヤマトの場合は事前の空間振動を察知する事で転送ポイントを算出、転送される前に回避するという手段で無力化に成功したが、それでも確率は7割ほどだ。
しかし、何もしないよりはマシである。
「十一番惑星司令部に打電、我敵と交戦せりとな!」
「ダメです、妨害電波が!」
「……っ!」
これはいつもの散発的な襲撃ではない。
本腰を入れた襲撃だ―――外縁部での小競り合いに徹していたガトランティスが、ついに地球侵略に乗り出したのだ。
「空間振動観測、X-2-2!」
「艦首5度上げ、取り舵一杯!」
「艦首ちょい上げ、とーりかーじいっぱーい!」
スラスターを焼き切らんばかりの勢いで吹かし、改ゲルバデス級戦闘空母『フォレスタル』が回頭を始める。
鈍重な旗艦に先んじて回頭を終えた改ククルカン級と改クリピテラ級が、射程距離外と知りつつもショックカノンによる応戦を始めた。とにかく制圧射撃を行い、敵に狙いをつけさせまいとしているのだろう。
ごう、と回頭を終えたばかりの艦隊の後方を、火焔直撃砲のエネルギーが突き抜けていく。
あの威力だ、戦闘衛星も役には立つまい。
「敵艦隊より対艦ミサイル! 数55……いえ65! さらに後方、大型が来ます!」
「ショックカノンをエアバーストモードに! ECM展開、対空戦闘!」
「対空戦闘、対空戦闘!」
「ECM展開!」
「主砲、撃ちーかたーはじめ!」
味方艦に遅れ、フォレスタルの3連装12.7㎝陽電子衝撃砲も火を噴いた。粘つくような音を響かせ、蒼い光が宇宙空間へと捻じ込まれていく。
それと並行して前部甲板もくるりと回転して展開。飛行甲板の代わりにせり上がってきた戦闘甲板、そこにずらりと並ぶ無砲身タイプのショックカノン砲塔群も次々に光を迸らせた。
飛翔していくショックカノンたちが、ミサイルの前に立ち塞がるように膨れ上がり炸裂する。蒼白い雷のような爆風に絡め取られ、ガトランティスのミサイルが1発、また1発と次々に爆発、四散していった。
「トラックナンバー702から909、撃墜!」
「よし……!」
地上でも戦闘は観測している筈だ―――いずれ、地球にも救援要請が届くだろう。
それまで持ちこたえられればいい、と武藤は腹を括る。
艦長席のアームレスト、そこに埋め込まれた端末にはまだ家族の写真が表示されている。故郷で彼の帰りを待つ妻と、そのお腹に宿った彼らの未来が。
こんなところで宇宙の塵になるつもりなど毛頭ない―――徹底抗戦の意思を固める武藤であったが、しかし現実はどこまでも非情であった。
「み、右舷より魚雷―――」
「な―――」
何だと、と驚愕する暇もなければ、迎撃を命じる時間もなかった。
衝撃に備え、と声を発した頃には、既に一発目の魚雷が戦闘甲板へと深々と突き刺さり、続く2発目が艦橋の付け根を直撃していたのだ。
いったいどこからだ、どこから撃たれた―――!?
驚愕しつつも自らの死を悟った武藤は、せめて最期に家族の姿をと傍らの端末に視線を移す。
しかし、炸裂した魚雷の爆炎が艦橋を包み込み、武藤ら艦橋のクルーを1人残らず消し飛ばし、家族の姿を目に焼き付ける事すら叶わなかった。
前部甲板と艦橋を吹き飛ばされ、なおも第一、第二、第三、第四砲塔で抵抗を続けるフォレスタルが火焔直撃砲の炎に呑まれて消えたのは、その2分後の事であった。