さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
腹が減った。
古橋がもし生きていたら、きっとそう言っただろう。斉藤よりも小柄で、しかし共に地獄のガミラス戦役を生き延びてきた古橋は、しかしもう隣にはいない。
遺体を回収する時間もなかった。本当ならば斉藤も、苦楽を共にした戦友を地球へと連れ帰って、丁重に弔ってやりたかった。遺族にもしっかりと説明をして、遺品の整理にも立ち会ってやりたかった。
しかしそんな時間がある筈もない。かけがえのない戦友の遺体は今も、苦労して掘った塹壕の中に転がっているのだ。忌々しいガトランティス兵の遺体と共に。
チャリン、と金属がぶつかり合う音が響いた。ドッグタグだ。空間騎兵隊の兵士1人につき2枚ずつ支給される、兵士の個人識別表。片方は上半身に、もう片方はブーツに入れておくことで、仮に戦闘で上半身や下半身が千切れ飛ぶ羽目になっても、どれが誰の遺体なのか識別できる。
斉藤の手の中にあるドッグタグは古橋のものだけではない。第十一番惑星への攻撃が始まってから、戦死した仲間のドッグタグは可能な限り回収してきた。この小さな金属プレートが、戦死者たちの仮初の墓標なのだ。
幸い、司令部の地下壕の中にはまだ食料や弾薬の備蓄があった。食料、とはいっても長期保存タイプの高カロリービスケットやクラッカーの類ばかりで、それすらも生存者や、辛うじてここまで避難誘導してきた民間人(兵士や基地関係者、職員の家族に入植者たちだ)にも行き渡るよう均等に分け与えなければならず、斉藤たちの腹に収まったのは僅かな量に過ぎなかった。
味もなく、もさもさとした食感がいつまでも口の中に残る不快な保存食ではあったが、しかし身体はそれを喜んでいるようだった。度重なる戦闘のストレスで摩耗していた意識に、ほんの少しだけ余裕ができたのを感じた斉藤は、先ほどからじっとこっちを見ている小さな人影に今になって気付いた。
肌の色は青く、ガミラス人であることが分かる。まだ5歳くらいの少女と、3、4歳くらいの小さな男の子だ。顔つきはそっくりで、姉弟である事が分かる。
弟の腕の中には緑色の深海魚を思わせる宇宙戦艦のフィギュアがあった。ガミラスのデストリア級だ。地球人にとってアンドロメダやドレッドノート、ヤマトといった宇宙戦艦がそうであるように、彼らガミラス人にとってもガミラス艦は頼もしい盾であり矛なのであろう。
元々、第十一番惑星は開発途中の星だ。ガミラスから惑星開発を引き継ぎ、ガミラス軍守備隊の完全退去も無事に終了したとはいえ、ガミラス系の入植者は未だ第十一番惑星に残り、地球人と共に生活している。
いわば、第十一番惑星は地球・ガミラス両国の”経済特区”のようなものだった。だから避難してきた民間人の中には当たり前のようにガミラス人も混じっていて、子連れの母親はなけなしの食料を子供に与えている。
やはり、ガミラス人も人間だった。
ガミラス戦役当時、地球人は誰もガミラス人の姿を見たことが無かった。だから戦時中などは、あの深海魚のような宇宙戦艦の中にはタコやイカなど、大昔のSF映画に出てくるような古典的な宇宙人が乗っているのではないかという仮説や、そもそも人型の知的生命体ではなく金属と一体化した機械生命体、あるいは実態を持たぬ精神体ではないか、という憶測が飛び交っていたものだ。
もしそういう存在であったのならば、斉藤の見る目ももう少し違っていただろう。ヒトの姿をしていなければ、もっとあからさまに嫌悪感をぶつける事も出来ただろう。
しかし肌の色が違い、言語が違い、文化が違う―――たったそれだけの違いしかなかった事で、斉藤は今に至るまで戸惑い続けている。
「……食うか?」
ポケットからクラッカーの入った包み紙を取り出すと、ガミラス人の小さな男の子は目を輝かせた。やはりお腹を空かせていたのだ。
けれどもそんな弟を見て、姉の方は「ダメでしょ、兵隊さんからご飯取っちゃ」と弟を諫める。自分もお腹が空いているだろうに、しっかりしたお姉さんだ……そんな微笑ましいやり取りをする姉弟に、斉藤はクラッカーの包み紙をそのまま渡した。
「くれるの?」
「おうよ」
ぽん、とガミラス人の男の子の頭に手を置き、わしわしと撫でた。
「いっぱい食べて大きくなれよ」
「ありがとう!」
顔いっぱいに笑みを浮かべながら包み紙を開ける弟と、それを傍らで見守りながら申し訳なさそうな顔をする姉。気にすんな、と言うと、そんなガミラス人姉弟の後ろからやっていた永倉が姉の顔を覗き込んだ。
「あら、イリィちゃんどうしたのかな?」
「あっ、お姉さん。あのね、これあの熊みたいな兵隊さんがくれたの」
熊みたいな、という言葉にフフっと部下たちの中から笑う声が漏れた。じろりと部下の天城や仙堂の方に鋭い視線を向けるが、2人ともわざとらしく口笛を吹くか、寝たふりをして誤魔化すものだから、空間騎兵隊だけではなく基地守備隊の兵士たちにも笑い声が伝染していった。
「あらあら良かったじゃないの」
「うんっ!」
「地球にはね、もっと美味しいお菓子があるの。この戦いが終わったら案内してあげるから、その時はお腹いっぱい食べてね」
そう言いながらガミラス人の女の子(イリィと言ったか)の頭を撫でる永倉。ずいぶん懐いてるな、と目を細める斉藤だったが、しかしその直後に響いた爆音が、束の間の休息に終わりを告げた。
パラパラと天井から細かな破片が降ってくる。おそらく空爆だろう……地上の設備は壊滅し、守備隊や空間騎兵隊は地下壕に追いやられている。入り口は徹底的に秘匿されており、まだガトランティスの侵入を許してはいないが、しかしここにガトランティス兵が雪崩れ込んでくるのも時間の問題だ。
救援が来るのが先か、それとも玉砕が先か。
「遠いな」
「虱潰しに爆撃してやがるんだ」
仙堂がショットガンにシェルを装填しながら、憎たらしそうに吐き捨てた。
次の瞬間だった。
ズン、と腹の奥底に響くような轟音―――まるで運動エネルギーと質量で強引に岩盤をぶち抜いたような、力業でしか生じ得ない重々しい音が響いた。
何事か、と振り向いた斉藤の視界がスローモーションになる。
避難民たちですし詰め状態になっている地下壕の一室。いつの間にか、そこに1本の”柱”が生じていた。
赤黒く塗装され、おそらく正面から見れば菱形をしているであろう、鋭角的な形状の”柱”。しかしそれは地下壕の、補強用の柱とは意匠が全く異なるデザインをしており、明らかに異彩を放っていた。
それが施設内の建造物ではない事は、その周囲に散らばる人体の一部を見れば明白だった。
押し潰され、あるいは引き裂かれた人体。そこに地球人もガミラス人も区別はなく、床には千切れた人体のパーツや血糊が飛散して、地獄の様相を呈している。
あの柱のような物体は、おそらくガトランティスの放った砲弾か、あるいは
そこまで頭が回ったところで、スローモーションだった視界が現実の速度に戻った。
杭のような形状の爆弾は有り余る運動エネルギーで更に地中深くまで掘り進んでいくや、3秒ほど後に起爆し火柱を吹き上げた。
斉藤は咄嗟にさっきのガミラス人の姉弟を引き寄せた。そのまま爆風と破片から庇うように抱き抱え、ぎゅっと目を瞑る。
(何をしてるんだ、俺は)
あんなに憎んでいたガミラス人を助けるなんて。
それどころか、食料まで分け与えて。
分かっている、この幼い姉弟に罪はない。多くの戦友や上官を死に追いやったのは確かにガミラス人ではあるが、この幼い姉弟は何もしていないのだ。
背中に鋭い痛みが走り、吹き抜ける熱風が強化装甲服の背中を焼く。
「ぶ、無事……だな……?」
歯を食いしばりながら視線を下に向けると、怯えながらも首を縦に振る2人の小さな顔があった。
(ああ、よかった……)
幼い姉弟に、ケガはない。
しかし他の仲間や民間人がどうなったのかは、考えるまでもなかった。
振り向いた斉藤の視線のなかに飛び込んでくる地獄。それは死体の山だ。
バラバラに引き裂かれ、生きたまま焼かれ、千切れ飛んだ死体の一部が混ざり合う地獄。地球人とガミラス人の合い挽き肉……この惨状を表現するのに、これ以上的確な言葉はあるまい。
見るな、と幼い姉弟に言いながら、視線を巡らせ生存者を探した。
悲鳴や呻き声が充満する室内。辛うじて仙堂や天城などの空間騎兵隊、それから数えるほどの人数の民間人は生きていた。下半身が千切れて絶命した母親を必死に呼びながら揺する小さな子供に、バラバラになってしまった娘の頭を錯乱しながら探そうとする老婆。阿鼻叫喚の地獄がそこにあった。
(神様……俺たちが何をしたってんだ?)
拳を握り締め、斉藤はこの日初めて―――神を呪った。
滅亡の縁に立たされ、やっと復興の兆しが見えたと思ったらこれである。地球人にいったい何の罪があるというのか。それとも、イスカンダルとの約束を反故にした罰のつもりだとでもいうのか。
「だず、だずげで……だ、だれか……」
背中に大きな破片が突き刺さった若い男が床を這う。
待ってろ、と声をかけた天城が救急キットを片手に駆け寄ろうとするが、しかし彼にとっての救いは苦痛を長引かせる医療による生ではなく、無慈悲な死であったのかもしれない。
銃声と同時に、ドッ、と太い杭のような弾丸が彼の身体を刺し貫いた。頭上から飛来した一発の弾丸―――間違いない、ガトランティス兵の持つ大型ライフルの弾丸だった。
「永倉ァ! コイツら避難させろ!!」
銅鑼を鳴らすような声で叫びながら、地下壕の武器庫から拝借したポンプアクション式のショットガンを構える斉藤。永倉が2人を抱き抱えようと手を伸ばすが、それよりも先に天井に開いた大穴から、数名のガトランティス兵が飛び降りてきた。
ヒグマのような体格のガトランティス兵に、斉藤は散弾を見舞う。
12ゲージのバックショット弾を近距離から浴び、獲物を狩りに来たつもりのガトランティス兵が命を散らした。
フォアエンドを引き、散弾の薬莢を排出。それと同時に次弾を薬室へと装填し、前に出ながら発砲する。
ガトランティス兵の上顎が、鉄仮面もろとも吹き飛んだ。
瞬く間に2人を仕留めた斉藤だったが、しかしこれでこちらの位置が敵に露見した。このままではさらに歩兵が雪崩れ込んでくるか、執拗な空爆で生き埋めになってしまう。
まだ息のある民間人の腕を引っ張って退避させようとする斉藤だったが、しかしガトランティス兵の投げ放った剣が中年男性の背中に深々と突き刺さった。口から血糊を吐き出し、男性は動かなくなる。
「クソッ!!」
「隊長!!」
サブマシンガンを射かける仙堂の援護を受け、斉藤はその場を離れた。もういいぞ、と仙堂の肩を叩いて彼も下がらせ、通路へと飛び出す。
2人は実に幸運だった。
仙堂と斉藤が部屋を出た次の瞬間、天井から降り注いだ熱線が全てを焼き尽くしたのだ。中にあった死体たちが瞬く間に蒸発し、それは掃討のため突入を敢行したガトランティス兵も例外ではない。プラズマ化した大気が駆け抜け、斉藤と仙堂は蒸し焼きになりかけながらも通路を全力で突っ走る。
間違いない、陽電子ビームだ。
基地上空まで降下してきたガトランティスの宇宙艦が、艦砲射撃を見舞っているのだ。
戦艦クラスのビームともなると、分厚い岩盤も自慢の地下陣地も役に立たない。これでは座して死を待つのみだ。
航空隊は壊滅、対空火器もない。手にした歩兵用の銃で撃ったところで、敵艦には掠り傷一つつくまい。
民間人を先導した永倉を追い、仙堂と斉藤は通路から連絡橋に出た。
第十一番惑星には深々と口を開ける渓谷がある。対岸にある鉱山へと向かうための連絡橋がいくつも架けられているが、彼らが飛び出したのはそのうちの1つだ。
「……!」
対岸にあったはずの鉱山への入り口は、崩落した岩盤で塞がれていた。
永倉や避難民たちはそこで立ち往生している。
「そんな」
仙堂が絶望を滲ませた声を漏らした。
これ以上、どうしろというのか。
もう、さっきの地下壕には戻れない。かといって進むべき道も塞がれたとあっては、もうどこにも逃げ場がないのだ。
ごう、と空気が震える。
連絡橋に追い詰められた斉藤たちの頭上に、ガトランティスの戦闘艦が迫っていた。円盤状の船体に、円錐状の船体を組み合わせたような外見のククルカン級だ。
底部に備え付けられた回転砲塔が、斉藤たちに狙いを定める。
万事休す、という言葉が頭に浮かんだ。
ここが俺の最期か―――観念したように、斉藤は目を瞑る。
が、しかし、その時は訪れない。
はるか上空から飛来した一条の閃光が、ククルカン級の船体を貫いていたからだ。
「!?」
船体を頭上から射抜かれたククルカン級が、穿たれた風穴から炎を芽吹かせ、ぐらりと船体を傾ける。何とかして姿勢制御を試みたようだが徒労に終わったようで、濛々と煙を吹きながらククルカン級は高度を落とすや、連絡橋の脇を掠めてそのまま渓谷へと降下。壁面の岩盤に船体を激しく擦りつけながら炎上、爆発した。
味方の艦が撃沈され、他のククルカン級たちが慌てふためいたように高度を上げる。
「あれは……!」
第十一番惑星の翡翠色の空―――その遥か彼方に浮かぶ、ガミラス製の人工太陽。
それを背にして、巨大な何かが3つ降下してくる。
ガトランティスの艦ではない。
どっしりとしていて、かつての水上艦を彷彿とさせる、宇宙戦艦としては得意な形状の船体。
地球人ならば見間違えるはずのない、そして最も心強い味方の到来だった。
「……ヤマトだ」
思わず、斉藤の口から声が漏れた。
「ヤマト?」
永倉と一緒に避難していたイリィが、空を見上げながら聞き返す。
ガミラス戦役時はまだ幼子だったであろう彼女に、斉藤は言った。
「―――ああ、あれが”宇宙戦艦ヤマト”だ。地球とガミラスを救った英雄の
ぽん、とガミラス人の姉弟の肩に手を置き、告げる。
「いいか、忘れないようによぉく見ておけ……!」