さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~   作:往復ミサイル

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異層次元の海の底で

 

 次元潜望鏡越しに、ゴズモダート・ナスカはその光景を見ていた。

 

 突如として増援に駆け付けた地球艦隊と、それに蹂躙されるメーザー艦隊。いくら背後から奇襲を受けたとはいえ、メーザー率いるガトランティスの打撃艦隊がこうも簡単に中央突破を許した挙句、各個撃破されていくその現実は、ナスカには当然受け入れられるものではなかった。

 

 こんな事があってよいものか。

 

 戦いになれば、いつも勝利するのはガトランティスであった筈だ。圧倒的な数の艦隊で敵を蹴散らし、踏み潰し、火力のままに蹂躙する―――それこそがガトランティスにとって当たり前の戦争であり、勝利して当然であった筈だ。

 

 その絶対的な力を持つ艦隊が、それ以上の力を以て撃ち滅ぼされる……それも地球(テロン)という、数年前までは絶滅の危機に瀕していた辺境の惑星の軍隊に、だ。

 

 ありえない……そんな言葉が、ナスカの口から漏れていた。

 

「ナスカ様、いかがいたしましょうか」

 

「……」

 

 副官が恐る恐る声をかけてくる。

 

 いかがいたしましょうか―――そう言われたところで、すぐに指示を出せるものでもない。

 

 地球側の艦隊の数は超弩級戦艦8隻、そのうち2隻は旗艦クラスと思われる大型戦闘艦だ。それらを多数の護衛艦が護衛している。

 

 火力はもちろん、対潜戦闘用の装備も持ち合わせているだろう。

 

 それに対しナスカ率いる次元潜航艦は、先の”先遣隊”と思われる艦隊との戦闘で損害を出し、残り僅か2隻まで撃ち減らされている。玉砕覚悟で攻撃を仕掛けたところで、軽くあしらわれるのが関の山だ。

 

 ガトランティス人ならば戦の中で死ぬべきだという意見と、そんな無様な討ち死にができるかという意見が、ナスカの頭の中で対立する。

 

 メーザーは撤退した。ならば自分も合流して残存艦と共に戦力を再編、改めて再攻撃の機会を待つべきではないか。

 

 頭の中で考えがまとまったナスカは、息を吐いてから副官に告げる。

 

「……ここに留まっていては危険だ。撤退したメーザー提督と合流し戦力を再編、しかる後に再攻撃をかける。この指示をバルガムにも伝えろ」

 

「はっ」

 

 命令を受けた副官が通信士に伝達、共に生き延びたもう1隻の次元潜航艦”バルガム”へ命令を伝達していく。

 

 少なくとも、帝星ガトランティスへの帰還は叶わぬだろう。イスラ・パラカスという例外があったとはいえ、あれはあくまでも大帝の気まぐれによって二度目の戦が許されたようなものであり、原則として彼らは敗軍の将に機会を与える事はない。

 

 おめおめと逃げ帰ったところで、”醜態を晒しガトランティスの品位を貶めた汚染物質”として処刑されるのが関の山だ。そうなればナスカ一族の名誉は地に堕ち、未来永劫語り継がれるであろう―――敗軍の将、戦を畏れて逃げ出した臆病者の一族である、と。

 

 自らの末裔がそう蔑まれるのは、ナスカにとって本意ではなかった。

 

 ならばせめて、少しでもこちらが戦いやすい状況に持ち込んで敵に出血を強い、命懸けで戦うのみ。全能なる大帝の理想のため、この全宇宙を彼らガトランティスの真の故郷とするためであれば、この命を投げ打つのは惜しくない。

 

 腹を括り、次元跳躍(ワープ)の命令を下そうとしたナスカだったが、しかし声を張り上げるよりも先にソナーマンの声が彼の命令を遮った。

 

「バルガムが消えた?」

 

「……なに?」

 

 どういうことだ、とナスカは視線をソナーマンへと向ける。

 

 次元ソナーを監視していたソナーマンは、まるで有り得ない事が現実に起こっているかのように目を丸くしながらもう一度モニターに視線を戻す。ナスカもつかつかと歩み寄るや、同じくモニターに視線を向けるが、しかし確かに共に生き延びたもう1隻の次元潜航艦『バルガム』の反応はない。

 

「バルガムは本艦の2時方向に位置していた筈だが」

 

「ええ、しかしそれが反応が無いのです」

 

「無線でも呼んでみましたが応答がありません」

 

「そんな馬鹿な」

 

 貸してみろ、と通信手からマイクとヘッドセットを受け取り、ナスカは何度か呼びかけた。

 

「バルガム、応答せよ。こちらはナスカ。応答せよ」

 

 やはり応答はなかった。

 

 撃沈されたか、と一瞬頭に過ったが、しかしそれも考えられない事だ。

 

 物体が次元潜航する際、空間に”波紋”にも似た揺らぎが生じる。次元境界面を物体が突破する際に押しひしげられた空間が波打ち、揺らぎとなるのだ。

 

 次元ソナーにはそれを探知するパッシブモードも存在する。

 

 だから仮に、異次元の底に潜む次元潜航艦を撃沈しようと対潜魚雷や対潜爆雷を投下すれば、その際の波紋が必ずパッシブソナーに検出されるのだ。

 

 しかしそんな反応はなかった。第一、地球艦隊は次元潜航艦の存在にすら気付いていない。

 

 通常空間からの攻撃ではない―――まるで異次元の底に引きずり込まれたような、一種の怪異めいた何かが起こったとしか思えない。

 

「事故か?」

 

「いえ……バルガムに異常は見受けられませんでした」

 

 ガトランティス製の次元潜航艦は、ガミラスのものと比較するとあらゆる面で未成熟、粗削りであり、実用性の観点から見ると到底完成度が高いとはお世辞にも言えないほどだ。

 

 次元潜航したが最期、機関の異常で二度と通常空間に浮上できなかった艦も数多い。バルガムも運悪く事故を起こし、異次元の奥深くへ沈んでいったのではないか―――。

 

「ナスカ様」

 

「なんだ」

 

「何か聴こえます……下からです」

 

 ソナーマンがヘッドセットを差し出し、ナスカはそれを片耳に押し当てた。

 

 激しいノイズと共にぼそぼそと聴こえてくる音の連なり。やがてそれは近付いているのか、暗く禍々しい異次元空間にはそぐわぬ美しい旋律へと姿を変えた。

 

「音楽?」

 

 ナスカやガトランティス人の将兵たちは知り得ぬ事だが―――それは地球の音楽だった。

 

 ドビュッシー作曲のクラシック、『月の光』。ピアノの儚い旋律が月明かりを想起させる幻想的な曲調のそれが、よりにもよって異次元の深淵から聴こえてくるのである。

 

 そのミスマッチさに、ナスカは底知れぬ不気味な感覚を覚えた。

 

 ガトランティス人は、基本的に音楽というものを嗜まない。

 

 元々、惑星『ゼムリア』という星に誕生した彼らは、旧人類たるゼムリア人を駆逐して星を手に入れた。戦い、奪うことしか知らなかった彼らはそこでゼムリア人から多くの文化を奪い、音楽という文化もまた我が物としたのである。

 

 それまでは、ガトランティス人に音楽という文化は無かった。そしてそれは数千年の時を経てもなお、音楽を嗜むという行為は種族全体に浸透していない。

 

 中には戦の前に太鼓を打ち鳴らし、闘志を高める戦士も居た(ダガームがそうだった)。しかし少なくとも、ナスカにそのような趣味はない。

 

 だからその旋律の美しさも彼には理解できなかったが、そんな事はどうでも良かった。

 

「―――ウラリアの魔女」

 

 誰かが、ぽつりと言った。

 

 なんだそれは、と副長が問うと、観測員の1人が怯え切った声で言った。

 

「銀河の中心にあって宇宙を凍てつかせる魔女……星の海をゆく船を捕まえてはどこかへ連れ去っていくという言い伝えを、父から聞いた事があります」

 

「そんな子供騙しの話をまだ信じているのか」

 

 恥を知れ、と叱責する副官であったが、しかしその怒声もすぐに他の観測員の報告が遮る。

 

「本艦真下から何か、光のようなものか……!」

 

「光とは何だ、報告しろ!」

 

「わ、分かりません。花みたいな何かが……!」

 

 何が起きているのか、ナスカには理解できなかった。

 

 しかし本能が理解していた―――ここに居ては危険だ、と。今すぐここを離れ、逃げおおせなければ取り返しのつかない事になる、と。

 

「機関出力最大、現宙域を離脱する。急げ!」

 

 カラル級次元潜航艦のエンジンノズル―――その中心部に埋め込まれたスクリューのような機関が回転を始めた。異層次元用の推進システムだ。異次元へ次元潜航を果たした後は、推進システムをこちらに切り替えて航行しなければならない。

 

 ガミラスのものよりも完成度の低いそれが、シャフトの擦れる音を発しながら最大稼働に達した。ぐんっ、と葉巻型の船体が前に押し出され、暗黒の異層次元を進んでいく。

 

 カラル級の真下から近付いていた巨大な光が、唐突に花開いた。

 

 それはまるで、巨大な輝く蓮の花にも似た光だった。

 

 カラル級の真下にまで迫ったそれは、優しく包み込むように―――いや、獲物を丸呑みする巨大な捕食生物の如く、逃げようと加速を始めた次元潜航艦を呑み込んだ。

 

 異層次元の海には、光なき世界と静寂だけが残された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 流れてくるクラシックの旋律には、ぶつぶつとノイズが混じっていた。

 

 やはりノイズは不快でしかない。コーヒーに混ざり込む雑味が苦味や香りさえも台無しにしてしまうように、あらゆる計画に生じるノイズは曲調を狂わせる―――放置していれば、いずれ針が飛ぶであろう。

 

 そしてそれは、クラシックを聴きながら思考の海に意識を傾けている男……メルダースが最も嫌う現象であった。

 

 ”記録”から大きく逸脱した存在は除去されなければならない。例外なく、だ。

 

『意外でしたね』

 

 メルダースの頭の中に、低い男の声が届く。

 

 別働隊を率いて共に記録の監視を続けるメルダースの部下、デーダーの声だった。

 

『この時空間で、もうこれほどまでに次元潜航技術が普及しているとは』

 

「これもまた、ノイズに他ならない」

 

 視線を上げ、サブパネルを見た。

 

 立体投影された小さなウィンドウの中では、メルダースの乗る宇宙要塞『ゴルバ』の腹の中へと転送された2隻の葉巻型の宇宙船―――ガトランティスの次元潜航艦へと、無数の多脚戦車が群がっていく様子が映し出されている。

 

 船体をビームで溶断し、耐圧殻もろとも乗員を撃ち抜き、淡々と生命反応を消し去っていく多脚戦車たち。数分もしないうちにあの2隻の次元潜航艦から生命反応は全て消え去り、残った残骸はゴルバの腹の中で腐り果ててゆくだろう。

 

 あの2隻のアンドロメダ級のように。

 

『しかし閣下、この時空間での過干渉は危険では。タイムラインに変動を生じさせる結果になりかねません』

 

 デーダーの指摘ももっともだった。

 

 必要以上の干渉は、未来を変える結果となってしまう。そうなれば自分自身が、最も嫌うノイズと成り果てよう。

 

『いずれこの時空間の地球は我々の手に落ちるのです。それが狂えば聖総統のご意向に反する事になりましょう』

 

「承知している」

 

 だからここまでだ、とメルダースは言った。

 

 彼らの任務は記録を続ける事。

 

 この時空間での事象が、”大喪失”という空白を埋めるヒントになる事を願い、ただただ淡々と記録を続けるのみ。

 

 それこそが大宇宙の監視者たる、彼ら『デザリアム』の役目なのだから。

 

 

 

 

 

 

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