さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
司令部への報告を終え、建物を出る。
地球の空は今日も蒼く、まるで頭上に海原が広がっているかのよう。ガミラスの侵略で地上が放射能に汚染され、地下に逃げ込まざるを得なかったあの頃はなかなか目にする事も出来なかった光景だ。
快晴の空を見上げていれば、心の奥底に沈殿する重い気持ちも少しは晴れるのではないかと期待した古代だったが、視界の端に上昇していく駆逐艦の艦列が映り、すぐに目を逸らして溜息をついた。
西暦2199年の、あのイスカンダルへの大航海から4年。
地球は異様な速度で復興を果たしつつある。
赤く焼けた無残な大地には再びビルが立ち並び、蒼い海も、そして大自然も蘇った。しかし復興は未だ完全に終わっておらず、このような都市が出現しているのも首都や経済的に重要な位置にある拠点に限られており、地球全土が復興を成し遂げたとは言い難い。
この大都市を囲う防壁から一歩外に出れば、そこは未開拓の大自然が広がる荒野である。
駐車場へと向かい、自分の車へと向かう。すぐ隣の駐車スペースには地球では見慣れない文字(ガミラス語だ)と数字の羅列が記載されたナンバープレートの車が停車していて、その傍らでは蒼い肌のガミラス人数名が何やら話をしている。
軍の関係者なのだろう。身に纏うのはガミラス軍の制服で、翻訳装置は付けていない。
視線を交わし、すぐに逸らす。
地球とガミラスが同盟関係になったとはいえ、彼らから受けた仕打ちを覚えている地球人は多い。人類を滅亡の縁に追いやった異星人と、さあ仲良く手を取って一緒に暮らしましょう、と言われて素直に応じた地球人はほんの一握りだ。
無論、古代も兄の守を冥王星の戦いで失っている。ガミラス人に対しては複雑な思いもあった。
車に乗り込んでキーを差し込み、エンジンをかけた。
最近では車体を浮遊させて走行する、”エアカー”と呼ばれる車が地球では人気なのだという。ガミラスの技術援助を受けて地球でも導入され始めた、と資源採掘船団の護衛任務中に噂話を聞いたことがある。
一方で、古代の乗る車はごく普通のクーペだった。ダークブルーに塗装された、タイヤで走る電気自動車。他の車とは違い”地に足をつけて走る”旧式だが、古代にはあまり関係が無かった。
興味がない、関心がない、と言った方が良いかもしれない。特に車好きというわけでもないから、古代にとって車は趣味でも何でもなく、単なる移動手段に過ぎなかった。
車に備え付けてある電波時計を確認し、約束の時間にやや遅れている事が彼を焦らせる。
すぐ隣の追い越し車線を、緑色のエアカーが追い越していった。ガミラスナンバーの車だ。乗っているのはガミラスの男性と地球人の女性のようで、お互い随分と楽しそうだ。
高速道路を15分ほど走らせてから出口へ向かい、料金精算用のゲートを通過して一般道へ。遅刻の言い訳はどうしようかと考える彼の視界にピンク色のワンピースを身に着けた金髪の女性が映り、運転席に座る彼は苦笑を浮かべる。
言い訳なんて、自分らしくない。ありのままを素直に伝えるのが一番だ―――観念しながら古代は車を路肩に寄せ、助手席のドアを開けた。
「すまない、遅くなった」
「久しぶりね、古代君。お疲れ様」
助手席に雪を乗せ、古代は再び車を走らせる。
カーラジオをつけると、ニュースを読み上げるアナウンサーの堅苦しい声が聞こえてきた。どのチャンネルも、アンドロメダの就役を報じる内容でうんざりしてしまう。
”前衛武装宇宙艦アンドロメダ”。
ヤマトが就役したその時から、建造計画自体はスタートしていたという。ヤマトよりも強力な武装を満載した最新鋭の戦艦を1隻でも多く建造し、ガミラスという侵略者を払い除ける―――そして第二の計画であるイズモ計画を確実に発動させるべく、当時の人類は必死だったのだそうだ。
パトロール艦のすぐ脇を通過していったアンドロメダの巨躯を思い出した古代は、チャンネルを回して適当な音楽が流れている局を探した。
「今回も長かったんでしょう?」
「……ああ」
地球に戻ってくるのは2ヵ月ぶりだ。
古代だけではない。他のヤマトのクルーたちも大忙しだった。島は資源採掘船団勤務で太陽系を飛び回っており、真田は技術顧問の1人として今の地球の技術開発を牽引する重要人物となっている。
そして隣で座る雪も、地球防衛軍のオペレーターとして仕事に励んでいた。
皆、それぞれの日常を歩んでいる。
高速道路に乗ると、首都の様子が良く見えた。高層ビルの摩天楼に、休むことなく動き続ける大型クレーンや建設ロボットたち。そんな建設現場のさらに向こうには、ひときわ目を引く大きな”穴”があった。
そう、穴だ。宇宙戦艦がすっぽりと収まってしまうほど大きく、底が見えない巨大な大穴。そこに視線を向けていると、時折穴の底から宇宙戦艦の巨大な船体がせり上がってきて、何事もなかったかのようにそのまま空へと飛び去っていく。
穴から出てくるのは地球の護衛艦やパトロール艦、ドレッドノート級ばかりではなかった。緑色の船体に黄色い”目玉”を持つガミラス艦もいる。
あの穴の底が何なのか、市民の間では噂になっていた。
穴の底には地球防衛軍の秘密工場があって、そこでは日夜休むことなくロボットたちが戦艦の建造を続けているのだ―――そんな噂話が市民たちの間では蔓延しているが、真相を知る古代としてはそれに80点をあげたい気分である。
あながち間違いではなかった―――あの中に秘密工場がある、というのは。
事実、アンドロメダもそこで組み立てられたのだ。そしてわざわざ式典のためだけに、あのように盛大な進水式を地上で行い飛び去っていった。
あの穴の底が、今の歪な復興の発生源だ。
次々に地の底から姿を現す宇宙戦艦たちに、しかし道行く人々は特に気に留めている様子はない。子供たちが空を飛ぶ宇宙戦艦を指差しながら、カッコいい、と声を漏らす程度だ。
今の地球人にとっては、あれがごく普通の光景なのだ。
しまいには穴の底からガトランティスの駆逐艦まで姿を現し、古代は一瞬ばかりぎょっとした。が、よく見ると船体の塗装も、そして艤装も異なっているのが分かる。塗装は今の地球の艦でよく見られる灰色で、地球製の駆逐艦の艦橋が代わりに船体に乗っている。武装もあのお椀のような回転砲塔から12.7㎝連装衝撃砲に換装されていた。
おそらくは、他の星系での戦闘で鹵獲したガトランティス艦なのだろう。それを改装して地球仕様にし、戦力に加えようというつもりに違いない。
今の地球は、戦力に意外と余裕がない。地球が想定している版図を維持できる戦力が全くと言っていいほど足りていないのだ。だから最新鋭の護衛艦やドレッドノート級、アンドロメダ級だけに留まらず、ガミラスから購入した各種ガミラス艦に加え、太陽系外縁部での戦闘で拿捕したガトランティス艦までもを地球まで曳航し、戦力に加えようとしている。
噂話程度ではあるが、キリシマなどに代表される旧式の宇宙艦に波動エンジンを搭載したものを再生産し、それまで戦力に組み入れようとしていたという計画まであったという。実現可能かどうかはさておき、今の地球はそれほどまでに戦力拡充に躍起になっている、という事の表れでもあろう。
一日でも早くガミラスに追い付こう。地球とて強大な星間国家であると大宇宙にアピールしよう―――そんな軍事関係者の本音が窺い知れるというものだ。
本当であればリソースの大半を軍拡に注ぎ込みたい、というのが地球防衛軍上層部の本音なのだろう。しかし地球人たちからの批判を恐れ、そのリソースの大半を止む無く復興に回しているのが現実だ。
カーラジオから流れてくる音楽が終わり、ニュースが流れ始める。明るい音楽を背景に、女性アナウンサーの元気な声が様々なニュースを読み上げていく。
地球とガミラス間での文化交流イベントに合同演習、ガミラス宇宙旅行ツアーのコマーシャル。まるでガミラスとの戦争が嘘のような活気に、少しばかり古代は懐かしい気持ちになった。
『それでは次のニュースです。地球の惑星外宇宙生物研究所へ、ガミラスから”バラノドン”が送られる事となりました。元々バラン星に生息していたバラノドンは、現在ではガミラス領内の惑星で保護されており、一般公開もされているとの事で―――』
「ねえ、古代くん」
「なんだい?」
「せっかくの休暇なんだし、買い物のついでに映画も見ていきたいな」
「ああ、それも悪くない」
古代の複雑な心境を察してか、それとも単なる自分の気まぐれか―――色々と鋭い雪の事だから後者だろうな、と思いながらも、古代は何とか笑みを浮かべた。
今の地球に思う事はたくさんあるが、しかし彼女の、そして多くの人々の笑顔を守る事が出来たのだけは、揺るぎようのない事実なのだ。いつまでも後ろばかりを向いていたら、散っていった仲間に叱られてしまう。
いい加減に前を向け、古代進―――自分に言い聞かせながら、古代はアクセルを踏み込んだ。
無限に広がる大宇宙。
生命に満ちた世界。
生まれ来る星もあれば、死にゆく星もある。
そうだ、宇宙は生きているのだ。
生きて、生きて―――。
だからこそ”それ”は、脅威に映った。
「!!」
視界いっぱいに広がる、純白の闇。
いや、違う。ガスだ。
大宇宙を征く魔の巨大彗星、それを覆うガス帯だ。
圧倒的な重力を纏うそれは、目の前にある邪魔な惑星を吸い込み、砕き、文字通り”踏み潰して”いった。
多くの命が失われた。その叫び、嘆き、絶望の声は、確かに古代の耳へと―――いや、脳へと直接響いた。
無論、彼らが何と言っているのかは分からない。地球語ともガミラス語とも、ガトランティス語とも異なる異星人たちの言語。しかし、その未知の言語が伝えんとしている事は、古代には理解できた。
恐ろしい何かが、宇宙を蹂躙しているのだ。
彗星の進撃を食い止めるために、無数の宇宙艦隊が立ち塞がった。しかし果敢に彗星に挑まんとする彼らへ、突如として現れた別の宇宙艦隊―――ガトランティスの艦隊が、容赦なくビームやミサイルを射かけ、彗星へと辿り着く前に撃沈してしまう。
やがてその手は、後方に佇む星へと迫った。宇宙艦隊が守らんとした惑星の都市へ、ガトランティスの艦隊は容赦なくビームを放ち、ミサイルを叩きつけ、焼き払っていった。満足に抵抗する力もなくなったと判断するや、今度は航空機での徹底的な空爆と、地上部隊による掃討戦に入っていく。
相手が軍人だろうと、民間人だろうと関係なかった。
ごく一部の技術者のみを生け捕りにし、彼らは民間人さえも皆殺しにしていったのだ。
銃で撃たれ、剣で切られた人々の死体が積み重なり、街が燃えていく。
この光景は、一体なんだ。
俺は何を見せられている、と思ったところで、目の前の光景が変わった。
大宇宙に浮かぶ、蒼く美しい星。
地球やイスカンダルに似た水の惑星―――それを背景に、両手を合わせ、目を瞑り、天へと祈りを捧げる乙女の幻影が姿を現す。
「君は……君はいったい……?」
《―――私は、テレサ。テレザートのテレサ》
テレザートのテレサ。
そう名乗った乙女は、祈りを捧げながらも言葉を続けようとする。
しかし、その声にはノイズが混じっていた。まるで壊れたラジオのように、ノイズで遮られた言葉が途切れ途切れに響く。
《宇宙に、危機が……巨大な彗星は、次々と……もし、このまま……》
何かを伝えよう、としている事は古代にも分かった。
しかしそれを何かが邪魔している―――決して他人事ではいられない危機感が、古代の心に燈った。
目の前の光景が変わる。
先ほどの星とは違う、蒼く美しい星―――地球だ。
さっきの白色彗星が、地球へと迫っていく。それにアンドロメダを中核とした地球艦隊が果敢に挑んでいく様子を、古代は宇宙から見守っていた。
《一刻も早く……この彗星を……どうか、時間がありません……》
これは地球の未来だというのか。
あの彗星は地球を目指しているというのか。
《遠い星の戦士たちよ……あなたたちに、全てが……》
ぷつん、と声が途切れた。
目の前に広がっていた地球も、そしてあの白色彗星も、何もかもが消え失せる。
古代の目の前は、再び闇に閉ざされた。
気が付けば、額には汗が浮かんでいた。
身体が鉄のように重く、起き上がるのも億劫になる。
額の汗を強引に拭い去りながら、古代は周囲を見渡した。
何の変哲もない自分の部屋―――地球連邦政府から借り受けている、アパートの一室。部屋の中には必要最低限の家具と道具くらいしか置いていない。
ここに移り住んでから間もないという事もあるが、かつてイスカンダルまでの大航海を成功させ、地球を救った英雄の1人が住んでいるとは思えない部屋だ―――以前にここを訪れた島に言われた言葉を思い出し、古代は少し苦笑いした。
(しかし……さっきのは、夢なのか……?)
悪夢は何度も見るが、あそこまでリアリティのある生々しい夢は生まれて初めてだった。
いや、そもそもあれは夢なのか―――目元と頭の中に、まるで長編映画でも見終わったかのような疲労感が残り、熟睡できたような気はしない。
先ほどの夢―――テレサ、白色彗星、そして地球の未来。
単なる悪夢とは思えない―――本能に訴えかけてくるような危機感が、古代の中には確かにあった。