さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
ステンドグラス越しに降り注ぐ日光の如く、大帝玉座の間には光が満ち溢れている。
広大な空間に響き渡るは、パイプオルガンのそれにも似た音だ。複雑な音の連なり合い、それを操っているのは大帝玉座の下部にある巨大な装置、それに腰を下ろす女―――シファル・サーベラー。
荘厳な調べに合わせるように、大帝玉座の間に設けられた大型のメインモニターには、地球を捉えた映像が映し出されていた。
今際の際、地球へと特攻をかけたメーザー提督の旗艦ガノイアが最後に記録した映像だ。轟沈の直前、その映像は大帝の元へとコスモウェーブに乗せられ、届けられていたのである。
ガトランティスの旗艦クラスの艦艇には、このような装置が必ずと言っていいほど搭載される。これで敵の姿を見、上層部で会議を行い次の戦略を用意するというのがガトランティスのやり方だ。
そのための捨て駒ならば、掃いて捨てるほど居る。敗残兵や裏切り者、犯罪者……そういった者たちで懲罰艦隊を編成し、敵の支配宙域へと突入させ、敵戦力を推し量るための駒としているのだ。
そういったやり方に、しかし異を唱える者は誰もいない。白色彗星帝国ガトランティス、その統治者たる大帝ズォーダーの命令と権力は絶対であり、いかに上層部を構成する幕僚たちが異を唱えたところで、その決定は覆らないからだ。
それほどまでの一方的な関係があるというのも原因の1つだが、それ以前にガトランティスの将兵たちはそれに疑問を持たない。
戦の中での死こそ最高の名誉。武人としての生、その最期を飾るに相応しい一世一代の大舞台である。大帝の命令に反し、あるいは戦を投げ出し敵の軍門に降った臆病者の汚名を雪ぐ、いわばこれは最期の機会なのだ。
だからこそ多くのガトランティス将兵はこう考える―――我らの王は全能なる王、故に慈悲深い、と。
メーザーの旗艦ガノイアが、戦闘衛星とアンドロメダ級の波動砲の斉射をもろに受けたところで、映像は途切れた。
「……思ったよりも戦力がありますな」
映像が終わるなり口を開いたのはゲーニッツだった。
「大帝、あれが本当に4年前まで死にかけていた星とは思えませぬ」
「何かカラクリがあるのかも。
ゲーニッツに触発されるようにラーゼラーも口を開いた。
確かにそれは、玉座に座って頬杖を突き、片手で酒杯を煽るズォーダーも思っていた事だ。4年前まで、地球という星はガミラスとの戦争で赤く干上がり、地球人類は今まさに絶滅の縁に立たされていた―――ガミラス兵の捕虜からの話では、そうであると聞いている(拿捕したガミラス艦から得た記録とも合致する)。
しかし、あの戦力は何事か。
赤く干上がっていた死の星が、コスモリバースというイスカンダルの奇跡で蘇った。そこまでは良い。ヒトの手により死に瀕した惑星の時間を巻き戻し、あるべき姿へと戻す力―――だがしかし、それはあくまでも惑星環境だけだ。
海が、緑が、澄み渡った大気が蘇った新たな地球。生き延びた地球人類は、その蘇った地球で復興作業に従事している……そこまでは、他種族とは異なる価値観を持つガトランティス人でも分かる。
だがしかし―――そんな死にかけの状態からの再出発を切った地球が、僅か4年であれほどの戦力を整えるとは何事か。
玉座にあるスイッチを操作し、ズォーダーは映像を巻き戻した。ガノイア消滅の直前、無数の蒼い光が迫ってくる……その数、実に53。
それ以外にも無数の戦闘衛星が展開し、ガノイアへ砲火を浴びせていた。
「カラクルム級とはいえ、たった1隻の艦に対しては明らかに過剰な威力」
ラーゼラーの隣に控えていた艦隊司令、”ヴィル・バルゼー”が腕を組みながら目を細める。ガトランティスの主力第一艦隊を指揮する歴戦の提督の目は、この過剰ともいえる攻撃に別の意図を見出したようだった。
「大帝、聞くところによると
「―――であろうな」
いつの間にか、音楽はぴたりと止まっていた。
玉座の頂部へ上がってきたサーベラーが、大帝の手にある酒杯へと新しい酒を注ぐ。
「
事実、そうなのであろう。
地球とガミラスは表面上でこそ友好関係を謳い、数々の安全保障条約や友好通商条約などを結んで両国の関係は活性化の一途をたどっている。だがしかし、地球側には自分たちを絶滅の縁に追いやり、戦に出た夫や兄、婚約者―――家族を殺されたという憎しみの記憶が、未だに生々しく焼き付いている。
たったの4年で「それではこれから新たな隣人と仲良くしましょう」というのは到底無理な話だ。差別や殺戮の歴史は、いくら綺麗事で上塗りしたところで決して消えない。いつでもじわじわと隙間から滲み出て、人々の心に怒りの炎を芽吹かせる。
あれほどの戦力を保有するまでに至った地球の軍拡を、しかしガミラスは快く思っていない。
地球はガミラスへの復讐心を忘れていない。いつ、ちょっとした拍子に理性という枷が外れてしまえば、波動砲艦隊の矛先がガミラスに向けられてもおかしくないからだ。
だからガミラスは地球に対し、再三の警告と政治工作を繰り返してきた。月の第三バレラスに惑星間弾道弾を『外敵に対する抑止力の構築』という名目でゴリ押ししてまで配備し、ガミラス版波動砲艦隊の整備まで始めた。
メーザーに放った過剰な威力の砲火は、そんなガミラスに対する見せしめなのだろう。
今の地球の力を誇示しつつ、「変な気を起こせばお前たちもこうなる」という無言の圧を行動で示したのだ。
そうでなければ、バラン星を崩壊へと追いやった切り札―――波動砲、合計53門もの斉射という大火力をたった1隻の死にかけの戦闘艦に叩きつけはするまい。
「何とか両国の関係にさらに亀裂を入れられないものか……」
「よい、その時が来れば諸共に粉砕してくれる」
喉を通り抜けていく、アルコールの焼けつくような刺激。やはり戦の高揚感と酒に勝るものはない。これから更なる大きな戦が待っているともなれば猶更だ。
すかさず酒を注ぐサーベラー。杯が満たされるなり、ズォーダーは玉座から立ち上がり声を張り上げた。
「今宵の宴は、我らガトランティスとしての在り方を全うした勇猛な将兵たちに捧ぐ」
その声を合図に、幕僚たちも酒杯を手にした。
「―――メーザーに」
散っていった男の顔を思い浮かべ、ズォーダーは酒杯を呷った。
「地球へワープアウトしたガトランティス艦、消滅の模様」
アンドロメダがやったそうです、と相原が報告すると、第一艦橋には歓声よりも先に安堵するような声が挙がった。
武装もまともに使えなくなった敵艦が、地球にワープアウトしたところでやる事は一つだ。全長555mという質量をそのまま質量弾とし、地球の首都に落下―――そうなれば、復興して間もない地球は滅亡まではいかなくとも、致命的なダメージを被るであろう事は想像に難くない。
ヤマトを打ち倒すよりも爪痕を残そうとした敵艦の艦長。しかしその目論見は、山南指揮するアンドロメダによって阻止され、敵艦は宇宙の塵と化した。
ガミラス戦役当時から、地球は惑星表面へのガミラス軍機の侵入を許していた。対抗できる手段が乏しかったというのも理由の一つではあるが、それよりも惑星や領海内に侵入した敵対勢力に対する迅速な迎撃体制の構築が急務となった事から、今の地球には当時とは比較にならないほど厳重な索敵網と即応体制の整備が成されている。
太陽系の各惑星に設置された”ワープ探知装置システム”がそれを可能にしていた。
ワープアウトする際、亜空間から通常空間へ物体が飛び出す瞬間に生じる空間的揺らぎをキャッチすることにより、ワープアウトした物体のサイズや識別を瞬時に行う次世代の索敵システム。それに加え、衛星軌道上や月軌道に待機する”即応艦隊”の編成により、たとえ敵が地球圏にワープアウトしたとしても3分とかからず迎撃行動に入る事が可能となる。
即応艦隊に臨時で編入されていたアンドロメダが、月軌道にワープアウトした前期カラクルム級戦艦『ガノイア』の前にすぐ現れたのもそれが理由だ。
その防御態勢を把握していたうえ、今の即応艦隊の旗艦がアンドロメダである事を知っていたからこそ、土方は冷静にその対処を彼らに任せたのである。
地球が無事であったことに安堵する面々とは異なり、やはりな、と言いたげな顔で笑みを浮かべる土方の表情からも、その信頼の厚さが覗えた。
「よし、全艦被害状況を知らせ。状況確認ができ次第、本艦はテレザートへ向かう」
闇色のガス雲が割れた。
潜水艦が浮上するかの如く、ガス雲の雲海を黒い舳先が突き破る。続けて赤く塗装されたバルバス・バウが、前部甲板のカウルが、そして48㎝3連装ショックカノン砲塔と副砲、艦橋がガス雲の上へ姿を現す。
旗艦ヤマトに続き、ムサシ、シナノ、そして遅れてキイも惑星シュトラバーゼのガス雲を通過、成層圏を離脱していった。
惑星間弾道弾の爆発で穿たれた大穴は、既に塞がりつつある。マグマとガスに覆われ、南極と北極を巨大な結晶で刺し貫かれた異様な惑星、シュトラバーゼ。その威容が徐々に小さくなっていく。
最後尾を進んでいたキイが、艦橋のフィン状アンテナの先端を何度か発光させるや、スラスターを吹かして回頭を始めた。
「キイより入電。『ヤマト艦隊ノ航海ノ無事ヲ祈ル』、以上です」
「了解、”地球を頼む”と返信してくれ」
相原に伝えるなり、土方はメインパネルに映るキイの後ろ姿を見つめた。
エンジンのレイアウトがヤマト級とは異なり、アンドロメダのような配置(メインエンジンを中心に4基の補助エンジンが配置されている)となっているキイの後ろ姿は、ヤマトに慣れた乗組員たちにとっては異様に思えた。
「キイは来てくれないんですね」
残念だな、と漏らしたのは太田だ。確かにキイも一緒にテレザートまで来てくれたならば百人力だっただろう。地球を救いガミラスを打ち払った虎の子のヤマト級が4隻、一個戦隊を組んでやってくるのである。テレザートまでの航路に立ち塞がるガトランティス艦隊にとってみればたまったものではない。
だがしかし、キイには何としても成し遂げなければならない事情があるのも事実だった。
南部も「まあ仕方ないさ」と述べるに留まり、キイがなぜヤマトとの同行よりも地球への帰還を急ぐのか、その理由を悟る。
おそらくその真相を知っているのは、古代や島、真田に土方、そして薄々勘付いている南部くらいのものであるはずだ。
キイには
―――ガミラスに潜入させていた、産業スパイの回収。
ガミラスとの国交が正常化してからというもの、ハヤカワ・インダストリー主導でガミラス企業へ度々産業スパイを送り込んでいた、という話がある。幸いガミラスには地球人と似通った姿のザルツ人も数多い事から、地球人でも違和感なく潜り込めるからだ。
地球艦隊に配備されている亜空間魚雷や亜空間爆雷と言った装備も、ヤマトがガミラスの次元潜航艦に対し手も足も出なかった教訓から、産業スパイによって得られた技術で製造された装備である。
今のキイには、ガミラス側から回収した産業スパイ数名が手土産となる盗んだデータと共に乗り込んでいる。キイの優先命令はその産業スパイたちを無事に地球に送り届ける事だ。
キイの後ろ姿を見つめる土方の目が、どこか哀れむように思えた事に、古代は違和感を覚えた。
土方はキイ艦長の西村をよく知っている。国連宇宙軍時代からの付き合いだ―――あの男は生粋の船乗りで、政治的な
こんな事も早く終わりにしたいものだ―――今はただ、土方にはそう願う事しかできない。
ヤマト艦隊はキイと離れ、暗黒の海を突き進む。
目的地は、女神の眠る星テレザート。