さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
第十一番惑星沖
人も少なく、AIが見下ろす戦艦アマテラスの艦橋。
いつもならば乗員たちの報告やAIの淡々とした通知のみが響く艦橋の中には、とてもではないが軍艦の中とは思えぬ音楽が流れている。
時折混じるブツブツというノイズは、今となってはアンティーク以外の何物でもないレコード特有のものだ。
艦長席に深く背中を預けながら、速河艦長は腕を組む。
今回の出撃は急遽決まったものだ。ムサシの栗田艦長から地球の、特にガミラス戦役を生き抜いたベテラン将校からリレーされる形で山南へと話が行き、そこから迅速に速河が人選で決まり出撃と相成ったという経緯がある。
その際、山南が渡してくれたのがこのレコードと蓄音機だった。
山南が紅茶を嗜む人間であることは承知している。実際、ガミラス戦役中では高級品となった茶葉の入手に困っていた話を聞かされたし、砲手時代から栗田艦長に気に入られていた速河艦長も”お茶会”に呼ばれる事が多かった(だから山南がどういう人間かはよく理解しているつもりだ)。
あの人にこんなアンティークな趣味があったとは、と思いつつも、ブツブツとノイズの混じる音楽に耳を傾ける。普段、あまり音楽を嗜む方ではない速河艦長にとっては単なるBGM程度のものしか認識できない―――山南曰く『聴いてみると良い。心が落ち着く』との事だが、実際どうなのだろうか。
蓄音機から流れてくるラデツキー行進曲を、少し困惑しながらも聴いていたその時だった。
《後方の宙域にワープアウト反応アリ》
「……識別は」
《コード一致、地球艦隊。アンドロメダ級戦艦”アルタイル”です》
メインパネルを見上げた。
突如として何もない空間に波紋のような模様が浮かんだかと思いきや、大宇宙という海原から急速浮上する潜水艦の如く、戦闘機のような舳先が亜空間から通常空間へと躍り出る。
全長444mの巨大な船体に付着していた氷が、通常空間へと出た際の振動でぼろぼろと崩れ、剥がれ落ちていった。その中から露になるのはグレーに塗装され、艦首の波動砲発射口をハッチで塞がれた防御型アンドロメダの船体。
艦首側面の艦名パネルには【AAA-0013-2203 ALTAIR】の表記がある。
アンドロメダ級、その13番艦として就役した防御型アンドロメダの1隻、『アルタイル』。
旗艦アルタイルの後方からも、続々と友軍艦がワープアウトしてくる。
ドレッドノート級をベースとしながらも、旗艦同様に波動砲の発射口を塞がれ波動共鳴装置を備えた補給艦『アスカ』、『おうみ』、『エルベ』の3隻が続々とワープアウト。更にその後方からも後続艦として強襲揚陸艦や護衛艦、巡洋艦たちが続々とワープアウトしてくる。
《強襲揚陸艦バンクーバー、ワープアウト》
《陣形右舷、強襲揚陸艦まみや、ワープアウト》
《3秒後、アムンゼン、コロッサス、ワープアウト》
《巡洋艦ザラ、プリンツ・オイゲン、ワープアウト》
《護衛艦ザクセン、エイデュー、アイレ、アナン、それぞれワープアウト》
止まらない通知に川端戦術長が「凄い数だ」と言葉を漏らすが、速河艦長は特に動じない。
防衛軍が、今回の第十一番惑星襲撃を受けてついに重い腰を上げた―――つまりはそういう事なのであろう。今回の一件は部外者に
メインパネルに投影される、艦隊の陣形中央を悠然と進むアンドロメダ級『アルタイル』。その艦名には見覚えがあった。というよりも、
「艦長、戦艦アルタイルより入電」
「メインパネルに」
命ずるや、メインパネルの映像が切り替わった。アルタイルの艦長席を背に、左の頬に傷のある目つきの鋭い男の顔が表示される。
やはりそうだ、と速河艦長は口元に笑みを浮かべずにはいられなかった。
席から立ち上がって敬礼すると、向こうも敬礼を返してくれた。
『こちらは戦艦アルタイル、艦長の北野だ。第十一番惑星救援任務、ご苦労だった』
「これはこれは。こんな太陽系の端っこまでご苦労、戦友」
『相変わらず変わらんな、貴様は』
フ、とアルタイル艦長―――北野誠也の口元にも笑みが浮かんだ。
速河と北野は士官学校時代の同期だ。お互いガミラス戦役に参加していた事、ヤマト乗員の候補に挙がっていたがそれぞれ負傷が原因でイスカンダル行きが叶わなかった事などが共通しているが、家族の死を理由に精神を病んだ速河とは対照的に、北野は彼よりも先に艦長の座に上り詰めた努力家である。
「光と影」などと揶揄する者もいるが、多くの場合はこの2人をこう評価する―――『防衛軍の双璧』と。
突撃戦法を確立、攻勢を得意分野とする速河と、冷静沈着に敵の攻撃を見極め、その損害を最小限に抑える防衛戦法を得意とする北野。今ではどちらも山南艦隊の所属で、1つの艦隊を預けられるに至っていた。
『山南指令から事情は聞いている。第十一番惑星の警務は我々が引き継ごう。速河艦隊は直ちに地球へと帰還、民間人を送り届けられたし』
「了解した。感謝する」
交信を終えるなり、速河艦長は頭を掻いた。
(変わってねえなぁ、アイツも)
士官学校の同期も、今では1つの艦隊を預けられるに至った立派な軍人だ。それに引き換え自分はどうか―――いつまでも亡き妻と娘の幻影に縋り、酒に溺れる日々。こんな男が艦長でいいのか、という思いは確かにある。
だが、今はやるべき事をやるだけだ。艦長とは時に心を殺さなければならない。
「全艦180度回頭、しかる後にワープに入る」
もたもたするなよ、と付け加えながら軍帽を直した。
スラスターを吹かし、アンドロメダ級よりもやや大型のアマテラス級(※アンドロメダ級444mに対しアマテラス級460m)が、その巨体と重武装に見合わぬ軽やかな動きで回頭していく。
その隣を、北野が指揮するアンドロメダ級『アルタイル』が通過していった。艦橋ではこちらに敬礼を送る北野の姿が見える。
速河艦長も敬礼を返した。
速河艦隊が地球へのワープに入ったのは、それから20秒後だった。
蒼く蘇った地球が良く見える位置に、速河艦隊の艦艇が続々とワープアウトした。
陣形の中央に最後にワープアウトしたアマテラスの艦橋で、速河艦長は目を細める。
あの頃―――これほど蒼く美しい星が、あんなに醜く焼け爛れた赤い星に変容するとはいったい誰が想像しただろうか。そしてあの状態から、再び蒼い輝きを取り戻すとも。
そっと左足に視線を向けた。ガミラス戦役を戦い抜いた自分たちの犠牲は、決して無駄ではなかったのだとこの光景を見る度に想う。この左足も、そして妻子の死も決して。
《警告 右舷よりガミラス艦隊接近》
「む」
メインパネルに、ガミラス艦隊が表示された。
あの深海魚のような船体に黄色い目玉―――デストリア級を見る度に、悪魔という言葉が思い浮かぶ。味方の船を何隻も沈め、多くの戦友を死に追いやった異星人たち。今では同盟国という立場故に攻撃は許されないが、もしそれが無ければ波動砲の一発や二発でも撃ち込んでいるところだ。
とはいえ友軍は友軍で、自分は軍人なのだ。上からの命令に従わなければならず、感情のままに破壊するだけでは獣と変わらない。
月面の裏側にある基地を出港したガミラス艦隊は、どうやらこれから演習へと向かうようだった。そういえばガミラス艦隊の演習が火星沖で行われると聞いたな、と記憶を思い起こしていた速河艦長の目に、信じられないものが飛び込んできたのはその直後だった。
「……?」
複数のデストリア級やケルカピア級、クリピテラ級に護衛される形で、1隻だけシルエットが大きく異なる艦が航行しているのである。
メインエンジンを4つの補助エンジンで取り囲むレイアウトに、鋭角的な艦首とその下に並ぶ2つの発射口―――。
「アンドロメダ……?」
そうとしか言えない姿をしていた。
塗装こそガミラスの標準カラーで、ガミラス艦には一般的な”目玉”を思わせる意匠も見受けられる。しかしあれでは、まるでガミラスが地球のアンドロメダ級の設計をベースに、自分たちの技術で作り上げた”ガミラス版アンドロメダ”ではないか。
それだけではない。
そのガミラス版アンドロメダ―――戦艦『ランダルミーデ』の後に続くように、14隻のガイデロール級が進んでくる。
艦隊旗艦としても運用されるガイデロール級だが、しかしランダルミーデに続くガイデロール級たちは様子が違った。
艦首にある開口部はまるで波動砲の発射口のように改造されており、艦首や艦底にびっしりと取り付けられていた魚雷発射管はあらかた廃止。代わりに強制冷却システムと思われる装備に換装されており、シルエットこそあまり変わらないものの正面から見た際の印象は大きく変わるような、攻撃的な姿となっている。
(まさかあれは……波動砲艦隊なのか?)
ガミラス版波動砲艦隊―――月面の第三バレラスでガミラスに動きがある、という話は聞いていたが、よもやこのような艦隊を整備していたとは。
《ガミラス艦隊、右舷を通過》
《一部艦艇、該当データなし》
AIの声を聞き流しながら、速河艦長は拳を握り締めた。
いったいどこまで傲慢な連中なのか、と。
しかしその怒りを叩きつける術は、もうない。
地球からテレザートまでの距離は、かつてのイスカンダルまでの航海と比較するとそれほどの距離でもない。
だがしかし、その航路に多くの苦難が待ち受けているであろう事は明白だった。
第十一番惑星でのガトランティスとの交戦、そしてシュトラバーゼでのガトランティスによる追撃……テレザートに迫っただけでこれである。なぜこうもガトランティスと遭遇するのか。そして彼らはいったいどこからやってくるのか。謎は尽きないものだ。
「ガトランティスの進軍ルートを割り出してみました」
あくまでも
後ろに居た古代は、それを食い入るように見る。
太陽系の外縁部、ちょうどあの白色彗星がある方向からの進軍のようだった。
「これは……」
「彗星の方向と、ガトランティスの進軍ルートが一致するんです。古代戦術長、これは偶然とは思えません」
速河の意見に、古代は顎に手を当てた。
確かに奇妙だ。一応、地球での解析時にはこの彗星は単なる彗星で、地球へと接近こそするが何の影響もない―――宇宙ではよくある事だと結論付けられていた。
しかし本当だろうか。
通常、彗星の尾は太陽から吹く太陽風の影響を受け、太陽がある方向とは逆側に伸びる。しかしこの白色彗星のガスはそんな事などお構いなしに、進行方向の逆側へと伸びているのだ。
今までの常識が誤っていて、これが常識を覆す天体であるというのであれば理解はできる。
だが―――テレサが見せたあの夢、それに一瞬だけ見えた白い光は、確かにこの白色彗星だった。それを地球艦隊が迎え撃つという構図の夢は、今でもなおヤマト乗組員の脳裏に焼き付いている。
その夢を見ていない速河は、しかし彼らの言い分を信じてこうして持ち込んだ観測システムをフル活用して白色彗星の観測を行っているのだ。
アレはただの彗星ではない―――おそらくはガトランティスの兵器か、あるいはそれ以上のもの……。
そこまで考えが至ったところで、第二艦橋に警報が響いた。
敵襲を知らせる警報だ。ガミラスとの、そしてガトランティスとの戦いでそれが身体に染み付いていた古代は、弾かれるように基幹エレベータへと飛び乗った。そのまま第一艦橋へと上がり、自分の席に着く。
「左舷より大型ミサイル! 続けて右舷……後方からも!?」
レーダーで敵の観測を行っていた雪が、驚くような声を上げた。
「ぜ、全方位からのミサイル攻撃です! 総数48!」
「全方位から!?」
「いったいどんな大艦隊だよ!?」
太田と南部の声。彼らがそう言うのも仕方のない事だ。
全方位からという事は敵に囲まれているからであり、そしてヤマトはいつの間にか敵の包囲網のど真ん中に飛び込む格好となっていたからである。
しかし、いつの間に。
シュトラバーゼを発ってからも警戒は怠っていないし、ムサシやシナノとデータリンクを行い広域索敵に勤めていた。索敵圏外に敵の反応が少しでも確認できれば、航空機による先制攻撃がいつでも可能な状態となっていたのである。
だが、それがまったく意味を成さなかった―――これはどういうことか。
困惑しながらも、古代は声を張り上げた。
「対空戦闘! 一発残らず撃ち落とせ!」