さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
工具箱を手に、徳川と山崎は数名の機関士を連れて波動エンジンの周りを全力で走っていた。
波動共鳴での波動エンジン停止というのは、これが初めてではない。第十一番惑星で敵の策略に嵌り、人工太陽を用いた波動共鳴を受けて窮地に陥ったのは記憶に新しい。そして回路が過負荷で焼き切れた状態での強引な波動エンジン再起動を行い、シュトラバーゼに立ち寄る羽目になったのもそれに端を発している。
「急げ、早く再起動させないとヤマトがどうなるか分からんぞ」
いくらガミラスを打倒しイスカンダルへたどり着いたヤマトでも無敵の戦艦ではない。
圧倒的威力を誇る波動砲やショックカノンも、そしてガミラスの攻撃を通さなかった波動防壁も、全ては波動エンジンが生み出す波動エネルギーあってこそのものだ。それが無ければいくらヤマトと言えども、全長333mの棺桶に過ぎないのである。
それゆえに一刻も早い機関部の復旧が最優先事項であった。
走りながら、山崎はポケットから取り出した端末に視線を向けた。
機関室の内部を、羽虫のように小さな作業機械が飛び回っている。下から見上げるとX字形で、回転するローターの下部にはセンサーやカメラ、それから作業用のアームが備え付けてある。
アンドロメダなどの最新鋭艦で採用されている作業用ドローンだ。
アンドロメダやドレッドノートなどの最新鋭戦闘艦は、ガミラス戦役での傷跡から人材確保が難しい事が見込まれていたため、艦はヤマト以上に省人化が図られている。艦橋スタッフに至っては僅か5名であり、機関室にも3名の責任者が詰めるのみとなっている。
出力の調整はAIが行うし、万一何か問題が生じた場合は機関室にある制御室か、あるいは艦橋に居る機関長が遠隔操作で作業用ドローンを飛ばして問題の処置、あるいはエンジンの復旧を行う事となっている。
同様に被弾時のダメージコントロールも可能な、省人化の立役者とも言える存在だ。
以前にキイから技術者がやってきた際、『同型艦であるキイでも運用実績があるのでぜひヤマトにも』と分けてもらったものだ。徳川は「
既にドローンたちのおかげで、問題が生じている個所は絞り込めている。ここです、と機関科の中堅クルーが点検用ハッチを開けると、確かに中からはうっすらと煙が立ち込め、ゴム製のケーブルの被覆が溶けているような嫌な臭いがした。
バチバチとスパークが生じている―――間違いない、現象は前回と同じだ。波動共鳴の際、一時的にエンジン回路の許容量を超過したエネルギーが発生した事によるメインエンジンのダウン、過負荷である。
中堅クルーに促され、徳川が先陣を切って点検用ハッチから内部へと潜り込んだ。
懐かしい、と徳川は思う。
沖田艦長が指揮するキリシマの機関室でも、そしてそれ以前の宇宙戦艦の機関室でもこうやってエンジンの点検用ハッチから中に潜り込んでは、油まみれになって整備をしていたものだ。
当時の宇宙戦艦は重力制御が一部を除いて存在せず、乗員は磁力靴を着用する必要があったのだが、機関室だけは例外で重力制御が効いていた(さすがに無重力下でエンジン整備は無理があるためだ)。
電力供給の遮断を確認してから、工具を受け取り回路の切り離しに入る徳川。後ろに控えていた山崎が予備の回路を手渡すや、あっという間に回路の交換が済んでしまう。
すげえ、という中堅クルーたちの声に得意気な顔を返す事もなく、徳川機関長は「何をぼさっとしておる。早くエネルギー伝達が正常かどうか確認するんじゃ」と指示を出した。
平時ならばともかく、今は戦闘中―――文字通り、一刻の猶予もないのだから。
波動エンジン復旧、という知らせに第一艦橋のクルーたちが胸を撫で下ろしたのも束の間だった。
動力が回復し、再び稼働を始めたヤマトのレーダーが、恐ろしい反応を捉えたのである。
「―――よ、余剰次元の過剰展開を確認!」
「!!」
余剰次元の過剰展開―――それが何を意味するか、ヤマトの乗組員ならば誰でも理解している。
すなわち、波動砲発射の予兆だ。
4次元以上の小さく折り畳まれた余剰次元をエンジン内で展開することで、波動エンジンは動力を得ている。その余剰次元を展開、爆縮させることで放つのがイスカンダルへの航路で幾度となく窮地を脱するのに利用したヤマトの切り札、波動砲だ。
敵からその反応がする―――つまり敵艦は、波動砲、あるいはそれに準ずる兵器を搭載した艦という事になる。
ガトランティスも波動砲を実用化していたのか、と言う南部の声に、古代は眉間に皺を寄せた。今はともかく、ここから離脱することが最優先だ。そうでなければ文字通り”空間を引き裂く”一撃に消滅させられてしまう。
だが、しかし。
今のヤマト、ムサシ、シナノの3隻は円筒状の小惑星の内部だ。しかも、今のところ波動エンジンの再起動に成功したのはヤマトのみ―――ムサシとシナノは依然として苦戦しているらしい。
ヤマト単艦ならば、最大戦速で振り切れるだろう。小惑星が爆発した際の衝撃波には呑まれるだろうが、最低限の損害だけで窮地を乗り切れるはずだ。
しかし、そうなればムサシとシナノを見殺しにする事になる。
かといってシナノとムサシ、ヤマト級の2隻を牽引しながら波動砲から逃げ切れるほど、ヤマトに力はない。
いったいどうすれば、と迫るタイムリミットに頭を悩ませる古代の背中を、冷静な声が射抜いた。
「―――古代、波動砲を使おう」
振り向くと、やはりそこには冷静な表情の土方の顔があった。
「イスカンダルへの航海の際、ヤマトはバラン星で同じ手を使っている筈だ」
確かにそうだ―――波動砲の発射と同時に重力アンカーを解除、その反動を利用して亜空間ゲートへと飛び込みつつバラン星のコアを狙撃して崩壊させた。死中に活を見出す沖田戦法である。
それの再演をやれ、というのだ。
「雪、敵艦のエネルギー充填までの予測時間は」
「およそ10分!」
やけに遅いな、と真田が漏らす。
いや、地球艦隊の波動砲発射までの時間が短いのだ―――幸い、敵艦の波動砲は地球艦隊ほど完成度は高くない、あるいはエネルギー充填システムに問題を抱えていると見える。
ならばまだ、打つ手はある。
「了解、波動砲を用いて急速離脱します」
「古代戦術長、重力アンカーに異常が!」
悲鳴じみた報告をしたのは南部だった。
彼の席にある画面には、重力アンカーの状態を示す数値が表示されている。遠隔操作で重力アンカーの解除・起動を選択できるはずのそれは、しかし【異常発生】という紅いエラー表示が映し出されている。
「先ほどの波動共鳴の影響かと思われます!」
「
「しかし重力アンカーを弄れる余剰人員なんて―――」
「―――いや、居る」
言うなり、真田は目の前のパネルを何度かタッチして第二艦橋を呼び出した。やがて真田の席のパネルにあるウィンドウに、メガネをかけた若い技術科の乗組員の顔が映し出される。
速河だ。ハヤカワ・インダストリーの次期社長候補で、第十一番惑星で共闘したアマテラスの速河艦長の実の弟である。
「速河、いきなりで済まないが重力アンカーの解除を手動でやってもらいたい」
真田の言葉に、速河は目を見開いた。
人選としては間違ってはいない。ハヤカワ・インダストリーはヤマト建造時にもシステム面やその他の装備の面で関わっている(当時の社名は”ハヤカワ・システムズ”だったか)。特に重力制御や各種火器管制システム、そして重力アンカーシステムはハヤカワ・インダストリーの設計によるものだ。
当然、速河もそれは知っているし勝手知ったる技術である、と発言もしていた。それに機関部の復旧で機関科は出払っており、今すぐに動けて重力アンカーを手動で弄れるのは、真田が知る限りでは速河しかいない。
《副長、しかし―――》
「いや、やってくれ。ヤマトが吹き飛ぶかどうかの瀬戸際なんだ」
その言葉に、速河は目を瞑った。
息を吸い、吐いてから首を縦に振る速河。「分かりました」という短い返事の後に通信が終わり、真田は同じく息を吐きながら片手で頭を掻いた。
真田も罪悪感に苛まれているのであろう。背に腹は代えられない状況とはいえ、今はこうするしか手がない。
「古代、前回とは違って手動での重力アンカー解除となる」
タイミングはシビアだぞ、という言葉に、古代は首を縦に振った。
既に相原が波動砲を使用する事、その反動を利用して急速離脱する事、その際にムサシとシナノを牽引する旨を通信で両艦に伝達している。危険な賭けではあるが、敵の波動砲から3隻揃って逃れるにはこれしかない。
腹を括り、古代は声を張り上げた。
「―――波動砲、発射準備!」
今になって、手に震えが来た。
まさか自分がヤマトに乗り込み、地球の運命を賭けた航海に出るとはいったい誰が想像しただろうか。しかもそのヤマトの運命を握る大役まで任されるとは。
全人類の運命がずっしりと、肩に重くのしかかるような感覚を覚え、じんわりと不快な手汗が浮かんだ両手を握ったり閉じたりする速河。
目の前には制御盤があり、右側面からは『通常時操作禁止』と紅い表示が施されたガラスカバー付きのレバーがある。これを波動砲の発射タイミングと合わせて操作する事で重力アンカーが解除され、その反動を抑えきれなくなったヤマトは後方へ大きく押し出される事となる。
だがそれがどれだけ危険な操作なのかは、速河自身も理解していた。
本来、重力アンカーの操作は艦橋からの遠隔操作を想定しており、現場で乗員が手動操作する事は非常時を除いて想定していない。万一少しでもタイミングがズレれば、重力アンカーの近くにいる速河の肉体はその反動をもろに受ける事になるだろう。全長333mの巨体すら易々と押し出してしまう反動に、脆い生身の肉体が耐えられる筈もない。
震える手のひらを見つめ、ふと祖母の言葉を思い出してポケットへと手を突っ込んだ。
中から出てきたのは古い手鏡だった。
遊星爆弾で亡くなった、祖母の形見の品である。
「落ち着け……落ち着け、大丈夫だ。自社製品じゃないか」
だから落ち着け、落ち着け……声を震わせながら何度も繰り返し、震える手で手鏡を開いた。
「どんな時でも身嗜み、おばあちゃんの遺言だ」
髪型は崩れていないか、襟は伸びていないか、服装に乱れはないか―――人間の第一印象はまず見た目で決まる。ハヤカワ・インダストリーを背負う者として、第一印象で損をするような事があってはならない。
祖母の遺言は戒めとして、彼の心の中で生き続けていた。
こうして身嗜みを確認すると、不思議と緊張も消え失せる。
きっと祖母が、そして一緒に天国にいるであろう祖父が見守ってくれているのだ―――自分は決して1人ではない、と己を奮い立たせ、手順通りに操作盤を操作し始めた。
スイッチを弾き、ロック解除の可否を問うメッセージを確認し画面をタッチ。するとレバーを固定していたガラスカバーがスライドして外れ、重力アンカーの解除レバーが露になる。
「こちら速河、いつでも行けます」
落ち着いた声で艦橋に報告を入れながら、彼は目を瞑った。
速河信也という男は、決して独りではないのだ。