さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
「沖田艦長……ご覧なさい、あの超ハイカラな都市を」
酒を注いだ盃を片手に語り掛ける声に、しかし答える者は誰もいない。
かつて地球を救ったヤマトの艦長、沖田の銅像は相も変わらず、じっと押し黙ったまま海の向こうに見える摩天楼を見据えていた。
周囲が段々と暗くなり始めているからなのだろうか、軍帽の下から覗く彼の瞳は復興する地球を見て安堵しているようにも、そして今の地球の現状を見て落胆しているように見える―――彼と古い付き合いだからこそ、もし沖田が生きていたらなんと漏らしていたか容易に想像できて、佐渡はそれを紛らわすかのように盃を一気に呷った。
「ガミラスと戦っていた頃が、まるで夢のようじゃあないか……今日はあんたの四度目の命日だ。変わったよ、地球は……」
変わった。
あれから何もかもが変わってしまった。
赤く焼け、今にも死んでいこうとしていた地球は蒼く生まれ変わった。やがてその地球に新たな都市ができ、新たな命が芽吹いて、今の地球になった。
放射能に蝕まれ、地下にまで追いやられていた人類の底力とでも言うべきか。僅か4年でここまでの復興を成し遂げた地球人類には、ガミラス側の人間も驚いていたという。
しかしそれは、イスカンダルへの航海を成し遂げたヤマトの乗組員たちが、そして地球へと希望の種を蒔いたイスカンダルが望んだ形での復興だと、果たして言えるのだろうか?
冷たい石畳の上に胡坐をかきながら酒を煽っているうちに、かつてのヤマトのクルーたちも集まり始めた。今日で丁度、沖田が眠りについてから四年……かつての艦長の命日には、こうして皆で英雄の丘に集まり、互いの近況を報告し合うのが慣例となっていた。
しかし今年はどうも集まりが悪い。
それも仕方のない事か、と思いながら、佐渡は盃に酒を注ぐ。
今年は珍しく島と真田が顔を出している。島は輸送艦隊勤務で毎日のように地球の外へと繰り出しては、大量の資源をどっさりと輸送船に乗せて戻って来るのが仕事となっている。最初は火星へ、次は木星へ……最近ではワープを何度も繰り返し、ガミラス側の保有する資源惑星まで行ったとの話だ。
真田は真田で、ガミラス側から供与された技術の解析や接収したガトランティス艦からの技術解析、そしてそれらを転用した新技術開発でいつも引っ張りだこだと聞いている。地球復興の要となる新技術の解析には、ぜひその頭脳でヤマトの窮地を救った副長に、という上層部の思惑もあるのだろう(人選としてはむしろ最適解であるが)。
そんな2人が今までに二度も顔を出せているのが奇跡といっていい。特に今回は―――ガトランティスとの戦端が開かれて久しい現状で、この2人が今年も顔を出してくれたのが意外だった。
持参した酒やつまみを手に、互いの近況報告に余念がないヤマトの乗組員たち。しかし今年はその中に、コスモタイガー隊の面々や古代の姿は無い。
技術解析や資源運搬といった任務ではなく、太陽系へと侵入を試みるガトランティスの迎撃―――ガミラスとの戦争が終わってもなお、戦闘とは無縁ではいられない部署へと、古代は配属されている。聞いた話ではつい三日前も太陽系の外縁部でガトランティス艦隊と一戦交えたのだそうだ。
コスモタイガー隊の加藤たちも、新たにパイロットとなった新米たちの教育にガミラス航空隊との合同演習で余裕が無いと聞いている。
今の地球は人手が足りない。
ガミラスとの戦闘で、多くの人命が失われた―――その大半が熟練の兵士や宇宙戦艦の乗員たちであり、いくら地球の復興が進んでも、失われた人命ばかりはどうしようもない。
AIによる無人化を推し進めようにも、結局はそのAIの基礎を設計し、メンテナンスをするのもやはり人間でなければならない。なんでもかんでも機械に任せっきり、というわけにはいかないのだ。
特にガトランティスの脅威が迫る現在では、戦闘関係の部署は特に忙しい事だろう。
こりゃあ今年も古代は来ないか、と傍らでつまみへと手を伸ばす島が呟いたその時だった。
遠くから「おーい」、と聞き慣れた声が聞こえてきて、雑談に花を咲かせていた乗組員たちが声のした方へと顔を向けた。
「古代!」
「すみません、遅れました」
駆け寄ってきた古代と雪に笑みを浮かべながら、佐渡は「遅いぞ」と言いつつも座るよう促した。
てっきり今年ばかりは欠席するものと思っていた古代の登場に、同じく多忙だった島も笑みを浮かべた。
「久しぶりだな、古代」
「島こそ。最近忙しかったんじゃないのか?」
「お前ほどじゃないさ。そういう古代こそ、また派手にやり合ったんだって? 輸送艦隊でも噂でもちきりだぜ」
ついこの前の戦闘の事だろう。ガトランティスも本格的に地球に目をつけ、散発的にだが艦隊を太陽系へと差し向けている。古代率いる警務艦隊は連日のように出撃し、その迎撃に当たっているのだが、そのせいで古代率いる艦隊の戦果が突出して高いのだそうだ。
今回の出撃でまた勲章が増えるんじゃないですか、と誰かが冗談っぽく言ったが、古代はあまり嬉しそうではなかった。
あまりこの話題には触れない方が良いな、と島は思う。古代とは士官候補生時代からの長い付き合いだから、彼がどういう人間なのかはよく理解しているつもりだ。真っ直ぐで、馬鹿正直で、よく無茶をする男。この男に振り回され、一緒に上官から怒鳴りつけられた回数は一度や二度ではない。
いつぞやの、ガミラスの偵察機を追って戦闘機を壊した時の事を思い出して苦笑いを浮かべながら、「まあいい、一杯どうだ」と酒瓶を差し出した。
「酒なら俺も持ってきたよ」
「いいからいいから」
敷物の上をとんとんと叩き、古代と雪を座らせる島。
仲間たちの輪にまた2人加わったところで、佐渡はふと空の向こうに顔を出しつつある月を見上げた。
レーダーからまた1機、味方機の反応が消えた。
これで7機目―――冗談じゃない、と鶴見は思う。
戦闘が開始されたのはたった10分前だった筈だ。相手はたった1機……それに対し、鶴見たちは10機の航空隊で挑んだ。
しかも与えられた機体は旧式のコスモファルコンではなく、最新鋭のコスモタイガーⅡ。強力なエンジンと見直された設計により、機動力、加速力、攻撃力、そして機体の頭脳たるアビオニクスにおいても、従来の正式採用機だったコスモファルコンを大きく上回っている。
それはさながら、大宇宙を駆ける猛禽類の如し、だ。
性能についてはよく理解していたし、月面基地での演習でも何度も飛ばした機体だから、操縦方法はもちろん、機体の細かな”クセ”のようなものも理解していたつもりだった。
しかしそれが、たった10分足らずの戦闘で7機も撃ち落とされ、残ったのは鶴見の他に2機のみである。
こんな馬鹿な事があってたまるか、と胸中で悪態をついた次の瞬間、鶴見の頭上で旋回に入った味方のコスモタイガーⅡを、唐突に飛来した機銃弾が射抜いた。
『また1機喰われた!』
悲鳴じみた仲間の声に士気を挫かれつつも、今しがた最新鋭のコスモタイガーⅡを喰った敵を睨む。
エンジンから紫色の噴射炎を棚引かせ、灰色に塗装された機体が鶴見機のすぐ目の前を突っ切って、下面に広がる隕石群の中へと何の躊躇もなく飛び込んでいった。
ちょっとでも操縦を誤れば隕石に激突してしまう―――あまりにも大きなリスクが待ち受けるそこへ、敵機はフルスロットルで突っ込んでいった。
―――お前に私の背後が取れるか?
そう問われているように思え、鶴見は操縦桿を倒して隕石群へと急加速する。
『オイ馬鹿、鶴見!』
「好き勝手やってくれちゃって!」
やってやる、と腹を括り、鶴見もまた隕石群へと突っ込んだ。
機銃のレティクルの向こうに、敵機の噴射炎が見え隠れしている。地球製のエンジンではない、ガミラス製のエンジンが放つ光だ。
敵機はガミラス機……では、ない。
―――『コスモタイガーⅠ』。
鶴見たちの操るコスモタイガーⅡと次期正式採用戦闘機の座を巡って争い、結果としてコンペに敗れ不採用となった悲運の機体である。
鶴見を挑発した敵機が急激に減速、剣のような機首を真上へと向け、垂直に上昇していく。
その姿はまるで、ガミラスで運用されている戦闘機『ツヴァルケ』を思わせた。
それはそうであろう。コスモタイガーⅠはガミラス製の機体だ。ツヴァルケをベースに各所を改良し、部品も可能な限り地球製の部品に置き換えた、言うなれば”地球仕様のツヴァルケ”と言うべき機体だろうか。
確かに性能は極めて高く、武装も全て収納式である事から極めて高いステルス性も持っている点が評価されたが、しかしガミラス製の兵器を扱える人員が限られている事、機体部品の多くがガミラス製のものをライセンス生産したものである事、そして何よりもコスモタイガーの1.2倍のコストという点に上層部が難色を示し採用を見送った、という経緯がある。
それでも少数生産された機体が各所へ配備されており、月面基地に配備されたあのコスモタイガーⅠもそのうちの1機だ。
「くそ、またレーダーから……!」
敵機の反応が消え、慌てて周囲を見渡し有視界での索敵に入る鶴見だったが、既に遅きに失していた。
機体が警告を発した頃には、頭上に昇る太陽を背に接近してきたコスモタイガーⅠの機首にある7.9mmレーザー機銃が紫色の火線を迸らせ、鶴見のコスモタイガーⅡを射抜いていたのである。
被弾ヵ所にはべっとりと、撃墜を意味する赤いマーキングが残された。
「あぁ……くそっ、くそっ!」
《索敵が甘いよ、鶴見》
無線機から響いたのは、教官を務める山本玲の声だった。
《まあ、私を追って隕石群までついてきた度胸は評価してあげる》
「つ、次は……次こそは、必ず」
《その意気》
次こそは、次こそは……いったい何度”次こそは”を繰り返してきたのだろう、と鶴見は唇を噛み締める。
全くと言っていいほど、山本には手も足も出ない。
機体の性能の差もあるのだろうが、それでも山本は未だに機体にリミッターをかけるというハンデを課したまま戦っている。それであれなのだ……両手を縛るに等しいハンデのある山本に、鶴見たちはいつもやられている。
最後の1機が撃墜判定を受けたところで、今日の演習は終了となった。
操縦桿を倒し、機体を反転させた。隕石にぶつからないよう注意を払いながら外に出ると、同じく山本に撃墜された同期たちのコスモタイガーⅡが、しょんぼりと落ち込むかのように飛んでいた。
撃墜された仲間たちの編隊に入り、鶴見は肩を落とす。
「本木、お前今日何分持ちこたえた?」
『40秒……お前は?』
「1分ちょい……」
記録更新ではあるが、素直に喜べない。
やはりだが、山本や加藤を始めとしたヤマト航空隊の面々は練度が違う。イスカンダルまでの航海の最中、ガミラスの空襲からヤマトを守り抜き、生き延びた熟練のパイロットたちなのだ。
安全な地球で座学を受け、シミュレーターの中でしか満足に戦闘機を飛ばせなかった鶴見たちのような新兵とは経験が違う。
一体どれだけの研鑽を積めばその高みに至れるのか、と鶴見は考える。
月面基地への着陸コースに入った彼らの頭上を、3機の航空機が通過していった。
コスモタイガーⅡに似ているが、それにしては一回り大きいし、主翼の形状も異なっている。いわゆる”デルタ翼”と呼ばれる形状で、機首には小ぶりなカナード翼もある。
コスモタイガーⅡをベースに開発された『コスモシャーク』だ。コスモタイガーⅡの対艦・対要塞攻撃仕様の重爆撃機であり、大量の爆弾や対艦ミサイルを搭載可能な機体だ。
部品の7割をコスモタイガーⅡと共用可能な機体で、他にも大型のレドームを背負った電子戦支援機仕様も存在するという。
これから対艦攻撃訓練にでも行くところなのか、特徴的な主翼に配置されたパイロンには、これでもかというほど大量のミサイルが搭載されている。
帰還したら今回の演習についてのレポートを提出せねばならないのだが、10機のコスモタイガーⅡがリミッターのかかった1機のコスモタイガーⅠ相手に全滅させられたと聞いたら、加藤は一体どんな顔をする事やら。
だらしないぞと叱責するのか、それとも練度の差が大き過ぎるから仕方ないと諦めるのか。どちらにせよ、この不甲斐ない結果が消える事は無いだろう。
はあ、ともう一度大きな溜息をこぼし、鶴見たち新兵は月面基地へと向かって飛んだ。