さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~   作:往復ミサイル

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帰郷

 

 青森から続く海底トンネルを抜けた。

 

 途端に周囲の景色が開け、未開拓の森の風景が窓の向こうに広がる。

 

 コスモリバースがもたらした地球再生―――しかしそれは地球を『ガミラスとの戦争前に戻した』のではなく、『あくまでも原始的な状態に戻した』というのが正解だった。

 

 大地には森が、そして蒼い海が蘇った―――そう聞くと何も問題はないかもしれない。地球は元の蒼さを取り戻した、ただそれだけで完結してしまうかもしれない。

 

 しかし実際は違う。

 

 原始的な状態とはすなわち、人類が文明を築き上げてから開拓してきた、それ以前の状態に地球環境が戻ったという事である。

 

 生い茂る木々は天然の障壁として人類の前に立ち塞がり、過去のデータにない異常気象は大自然の驚異として地球人類に牙を剥いた。今では地上の開拓も進んで一段落こそしているが、まだ開拓の進んだ地域に中小規模の都市を構築、そこを拠点として周囲の開拓を行っている状態に過ぎない。

 

 それも地球連邦首都である新都メガロポリスが優先となっているから、大宮や福島、仙台、盛岡、青森、そして速河の故郷である函館や札幌といった都市は比較的後回しにされていた。

 

 その道中を結ぶ新幹線の線路もそうだ。未開拓の森に、どどんとコンクリートの橋と支柱を配置して通電し、リニア新幹線をとりあえず走らせているに過ぎない。

 

 インフラがこの有様である。もっと悲惨なのが食料生産だ。

 

 地球環境が文字通りリセットされたという事は、これまでに品種改良を何度も重ねてきた農作物も文字通りリセットされたという事になる。軍の技術者たちの寝食を惜しんだ努力により何とか元の品種に限りなく近いものが軍人や民間人の口に収まるようになっているものの、趣向品となるとそうもいかない。

 

 山南司令が紅茶を飲む時、口癖のように言っていた事を思い出す。『この紅茶一杯飲むために紙幣が3枚飛んでいった』と。

 

 地下都市で支給されていたような、味や風味を限りなく近づけた代替品ではない。生産者が努力を重ねてやっと元通りに近い味まで漕ぎ着けたそれは、今は異常な値段で取引されている。

 

 それが今の地球の現状だ。

 

 そしてそんな混乱をもたらしたのは、青い肌の悪魔―――ガミラスに他ならない。

 

「……」

 

 頬杖を突きながら視線を右へと向けると、通路を挟んだ向こう側の3人掛けの席に青い肌の親子が腰を下ろして、外の景色を楽しんでいるのが見えた。

 

 話している言葉はガミラス語だから何と言っているのか分からないが、表情を見れば会話の内容も推察できる。おそらく地球観光に来た富裕層のガミラス人なのだろう……最近、ガミラスでは地球側の観光会社と連携して地球観光を売り出しているという。

 

 そして地球側も外貨獲得のチャンスと言わんばかりに、観光にやってきたガミラス人に頭を下げては客として呼び込む―――そんな地球・ガミラス友好をアピールするニュースを見る度に、速河は思う。

 

 『お前たちは5年前に何をされたのか忘れたのか』と。

 

 『お前たちは5年前に何をしたのか忘れたのか』と。

 

 込み上げる怒りを抑え込み、抱えていたゲージを見下ろした。

 

 ケージの隙間からピンク色の鼻を出したハクビシンのミカが、すんすんと鼻を鳴らしながら心配そうに速河を見上げている。

 

 やはり動物というのは、人間の怒気に敏感なのだろう。

 

 心配させてごめんな、とハクビシンの首筋を指先で撫でているうちに、リニア新幹線が駅に着いた。

 

 降りるのは次の駅か、と思っていた速河の隣に、切符片手にコートを羽織った大柄な男性がやってくる。まるでヒグマのようで、筋肉はがっしりとしており、軍人か工業関係者だろうかと思った速河。しかし隣で携帯端末を広げた客と目が合った瞬間、速河も、そしてハクビシンのミカも目を丸くした。

 

 筋骨隆々の身体の上に乗っている顔が、自分に瓜二つだったのだ。

 

 視線に気付いたのだろう、隣にどっかりと腰を下ろした乗客も同じように目を丸くする。

 

「「……あ、あぁ、どうも」」

 

 ぎこちない挨拶を交わし、速河は気まずそうに視線を窓の外へと逃がした。

 

 ぷしゅ、と缶ビールを開ける音。隣の自分にそっくりな客はどうやら飲酒を始めたらしい。アルコールの誘惑が速河の鼻腔から脳へと駆け上がっていく。

 

 アルコールはほどほどにと山南司令に言われたばかりだというのに、実物を見た途端にこれだ。

 

 新幹線が走り出すや、車内販売の乗務員が隣の車両からやってくる。何を想ったか、通路側に座る乗客は彼女を呼び止めると、「すんません缶ビール1つ」と缶ビールを購入。買ったばかりのキンキンに冷えたそれを、すっと速河の方へと差し出した。

 

「え」

 

「ん。隣の席になったのも何かの縁です、やりませんか一杯」

 

「あ、はぁ……どうも」

 

 缶ビールを受け取り、速河は山南司令から酒について咎められてから僅か1時間13分でその言葉を反故にする事となった。

 

 缶ビールを開け、自分にそっくりな乗客と乾杯。黄金のビールを一気に流し込む。

 

「ぷはぁ~……いやぁーお兄さんそっくりだねぇ、びっくりしちゃったよ」

 

「そうですねぇ……あはは。血縁者だったりします?」

 

「まさか。あー、でも世の中にはそっくりさんが3人くらいは居る的な事、大昔から言われてるでしょ?」

 

「あー、はい」

 

「今はガミラスとかいう宇宙人も存在することが分かって、ヤマトのおかげで大宇宙時代。だからこの宇宙にはそっくりさんが3000人くらいは居るんじゃねえかな、なんて」

 

「はっはっはっは……あんた、宇宙人だったり?」

 

「いやまさかぁ」

 

 ほろ酔いになった乗客と、そうやって会話を弾ませた。

 

 もちろん脳にアルコールが回っても理性は残っていたようで、軍や機密、自分の心の内に関する情報は一切晒す事なく、函館までの短い時間を有意義に浪費した速河。

 

 会話が仕事の話になりそうになったところで、車内放送が目的地への到着を告げた。

 

《間もなく函館、函館です。お降り口は左側です》

 

「いやあ、楽しかった。また縁があったらいずれ」

 

「ええ。そん時ぁもっとこう、キツめの酒で一杯やりましょう」

 

 ハクビシンの収まったペット用ケージを肩から下げ、荷物を持って席から立ち上がる速河。降りるためにデッキへと向かう彼の背中に「ええ、またいずれ」と乗客が意味深な言葉を投げかけたが、彼がそれに気付く事は無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 函館の街に、しかしガミラス戦役前の面影はない。

 

 幼少期、弟の信也と一緒に遊んだ浦山の空き地も、母校も、生まれ育った街も何もかもが遊星爆弾で吹き飛んだ。

 

 今の函館は開拓前の原始的な大自然が復活した北海道、その北の大地をこれから開拓していくための橋頭保としての役割を期待されている。

 

 メガロポリスほどではないが、復興の賑やかさを見せる函館の街。

 

 その街並みに巨大な建造物が映る。

 

 10階建ての高層ビルを頂く重工業地帯―――その中心部に鎮座しているのが、速河力也という男の実家、『ハヤカワ・インダストリー』の本社ビルだった。

 

 多くの大企業が本社を新都メガロポリスに移転させ、経済発展の恩恵を受けている流れに逆行するかのように、ハヤカワ・インダストリーの現社長である”速河総一郎”は敢えて函館を本社所在地として選んだ。

 

 新都にばかり本社が集中する事に対する競争の激化と地方の過疎化を憂いての選択である、と彼の父は話していた。軍需産業の双璧、その片割れのお膝元ということもあって、工業地帯を中心に都市が発展している。

 

 何か電子機器にトラブルでも生じたのだろう。蒼い塗装のドレッドノート級戦艦が1隻、補助エンジンを用いて減速しながらハヤカワ・インダストリー本社付近の整備用ドッグへと降りていく姿が見えた。

 

 今や防衛軍の兵器や戦艦のシステム面の多くをハヤカワ・インダストリーが手掛けている。場合によっては戦艦の建造や最新鋭装備の研究開発まで手掛け、その先進性があらゆる業界で評価されているのだ。

 

 タクシーを拾い「ハヤカワ本社前まで」と運転手に注文するや、力也はゲージから顔を出したハクビシンと指先で戯れ始めた。猫じゃらしのように義手の指を動かす力也と、それを追うハクビシンのミカ。鋭い牙の生えた口で甘噛みするミカの頭を撫でながら、力也は視線を函館の街へと向ける。

 

 1月という事もあり、函館の街には雪が積もっている。

 

 街中では道路清掃員が普段の業務の代わりに雪かきをしたり、除雪用ロボットが出動して道端の雪を片付けているところだった。そしてそんな一角では、ここまで降り積もる雪が珍しいのだろう、青い肌のガミラス人観光客の一団がしきりに写真を撮ったり雪を丸めてその感触を楽しんだりと、初めて触れる地球環境に十人十色のリアクションを見せている。

 

 本社ビル前でタクシーから降り、財布の中から数枚の紙幣を取り出して運賃を支払った。電子決済が普及して久しいが、力也は敢えて現金払いを良しとしていた。

 

 久しぶりに見上げるハヤカワ・インダストリー本社ビル。正面入り口には『HAYAKAWA』の文字とロゴがある。

 

 警備員に顔パスで正面入り口から足を踏み入れ、そのまま受付へ。

 

 受付の女性社員に「親父は?」と問いかけると、力也の顔を見て社長の息子である事を悟った受付は少し驚きながらも応えた。

 

「ええと、5階の多目的会議室で欧州の”タンプル財団”の顧問の方と会談予定です。少しお時間がありますが、お会いになられますか」

 

「ああ、ありがとう。5階だな」

 

「はい」

 

 受付に礼を言い、そのままエレベーターへと乗り込んだ。壁面にあるパネルをタップするや、エレベーターが持ち上げられる感触と共に上の階へと運ばれ始める。

 

 先進性のハヤカワらしく、エレベーター内のパネルはボタンではなく立体映像だ。実際にボタンを押す必要はなく、立体映像の表面に触れるだけでいい。

 

 ポン、と軽い電子音と共に5階に到着した旨を告げられ、エレベーターから降りて多目的会議室へ。

 

 ここか、と呟きながらドアをノックするや、『力也か?』と問う声が中から聴こえた。

 

 なんとも情報が速い、と苦笑いを浮かべながらドアを開け、中へ足を踏み入れる。

 

 会議室の中では力也と信也の父―――速河総一郎が、秘書と共に立体映像を何度も横へスクロールさせて資料を確認しているところだった。

 

 その資料を断片的に見て、力也は目を細める。

 

 『無制限大規模管理AI』『マザー・デザリアム』『1000年計画』『位相エネルギー』……何とも壮大さを滲ませた、それでいてどこか胸の奥に不安を覚えるような単語が並んでいた。

 

「久しいな、力也」

 

「お親父こそ元気そうで」

 

「ああ、いや、そんな事よりお前だ。その……部屋に閉じこもって酒浸りだったと山南さんから聞いてな」

 

「……お、おう」

 

 あの人こんなところまで連絡を入れていたのか、と内心上官の人脈の広さに驚きを覚える。学生時代、教師と親に挟まれた地獄の三者面談を思い出しながらも力也は作り笑顔を浮かべた。

 

 会議室の中にはヤマトの模型が置かれている。南部重工とハヤカワ・インダストリーの合作にして、地球を滅亡の危機から救った英雄の(フネ)。今や地球のあちこちで、ヤマトの名を耳にする(ここまで乗ってきたリニア新幹線もそうだった)。

 

「こっちにはしばらく居るのか?」

 

「いや、2日くらいしたら向こうに戻る。そしたらまた宇宙(そら)だ」

 

「そう、か……」

 

「これから会議だろ? その間、母さんの墓参りにでも行ってくるよ」

 

「そうしてやってくれ。アイツも……佳恵(よしえ)もきっと喜ぶだろうから」

 

 それじゃあ、と父に挨拶を済ませ、力也は会議室を後にした。

 

 相変わらず、父は元気そうだった。それには安堵したが、しかし以前会った時と比較するとさらに老け込んだように見えて心配になる。

 

 親と過ごす時間というのは、思いのほか少ないものだ。それが宇宙海軍所属で艦隊勤務が当たり前ともなると猶更で、次に会うのは老人ホームのベッドの上か……あまり考えたくはないが、棺の中かもしれない。

 

 そう思えば猶更、今できる事を全力でやろうという気になるものだ。

 

「あの、もし」

 

「……あぁ、はい」

 

 いつの間にか、すぐ近くに白いスーツ姿の女性が立っていた。

 

 髪の色は真っ白で、肌も透き通る雪のように同じく白い。儚げで、触れただけで崩れてしまいそうな繊細さを纏う綺麗な女性だった。

 

「会議室はこちらですか?」

 

「ああ、はい……すみません、ぼーっとしてて」

 

「いえいえ」

 

 会議室にやってきたという事は、この女性が受付が言っていた『タンプル財団』の顧問なのだろう。お守りらしき奇妙な紅いメダルと共に首に提げたIDカードを見る限りでは【フィオナ・モリガン】という名前の女性らしい。

 

 随分若い人だな、という思いと共に、何か胸の奥に引っかかるような感覚を覚え、力也は無意識のうちに問いを投げていた。

 

「あの……俺ら、どこかで会った事あります?」

 

「え? ああ、いえ」

 

「あ……です、よね……すいません、変な事聞いて」

 

 フィオナ、という女性に道を譲り、力也は違和感のような物を胸の奥深くに引き摺りながら廊下を歩いた。

 

 どうしても思い出せない。

 

 彼女とはどこかで……?

 

 ぴぃ、とケージの中で鳴くハクビシンのミカに促され、本社ビルを後にする力也。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そんな彼の背中を、5階の会議室の窓から冷たく見下ろす視線がある事に、彼は気付かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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