さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~   作:往復ミサイル

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ようこそ、猛き者たち

 

 函館の市街地から離れたところに、ぽつんと佇む墓地がある。

 

 ペットケージを肩に下げ、花束を手に亡き母の墓標を目指し歩いていた速河は、目指す墓石の前に先客がいた事に気付いて足を止めた。

 

 冬の冷たい風が運んでくる線香の匂い。吹きつけてくる冷たい風の中、速河家の墓標の前で手を合わせる人影に速河は目を丸くした。

 

「……拓也(タクヤ)君か?」

 

 まさか、と思いながら声を掛けると、速河の母の墓石の前で手を合わせていた若い人影の視線がこちらへと向けられた。

 

 まだ幼さを残した黒い瞳。優しそうで、けれども残酷な現実に幾度も晒されたその瞳は、以前会った時には無かった触れるだけで斬れてしまいそうな鋭さも同居していて、変わってしまったのは自分だけではなかったかと速河は複雑な心境になる。

 

 まるで真っ白な雪に墨汁の雫を垂らされたような、そんな有様だった。

 

「―――力也さん?」

 

「ああ……やっぱりそうだ」

 

 懐かしいなぁ、と言いながら再び歩みを進める速河。

 

 先客の正体は、速河の従弟の『速河拓也』だった。ハヤカワ・インダストリー本社の現社長にして速河の父、速河総一郎の弟の子であり、ガミラス戦役の遊星爆弾で両親を失ってからは孤児院に預けられていたという。

 

 ガミラス戦役中、ちょうど速河がテンリュウ砲手として火星沖海戦に参加していた最中に保護施設からハヤカワ・インダストリーでその身柄を引き取り、父の元で育てられているという話を聞いたのみであり、従弟である彼と最後に顔を合わせたのは火星沖海戦の出撃前だったと記憶している。

 

 ―――『戦争って怖くないの』と子供としての好奇心で問いかけてきた拓也に、昔の速河は『怖いさ』と答えた。『死より恐ろしいものはない』と。

 

 それは今でも変わらない。死とは生命の終わりであり、この世から自分という存在が消滅する瞬間をいう。

 

 今まで積み上げてきたものが、周囲の人々との関係がリセットされる瞬間。

 

 それがたまらなく恐ろしくて、だからこそ速河は『死など怖くはない』という類の人間の言葉を決して信用しない。

 

 恐ろしくない死など、決して存在しないのだ。

 

 だからこそ死は救済とはなり得ない。

 

「力也さんも墓参りに来たの?」

 

「ああ」

 

 墓前に花を供え、線香を足して手を合わせた。

 

 速河の母、速河佳恵(はやかわよしえ)もまた、遊星爆弾で命を落とした。テンリュウがちょうど衛星軌道上に展開、指揮下の戦隊と共に遊星爆弾の迎撃を試みた際、撃ち漏らした遊星爆弾の内の1発が北海道を直撃し―――母は帰らぬ人となった。

 

 その日からだ、速河が砲術の技術を特に磨くようになったのは。

 

 目指すは百発百中、決して敵弾を撃ち漏らす事なく、全てを守る事が出来る力を―――そして家族や故郷に牙を向ける敵を分け隔てなく撃ち滅ぼす力を、と。

 

 『あの時止めておけばよかった、俺が行けばよかった』と、今でも父の総一郎は言う。来週から食料の配給制限が始まるというニュースが流れていたため、そうなる前に函館から札幌まで足を延ばして、食料を買い込んでおこうとした母。

 

 出かける前、今夜はカレーにしようかしらと言っていたという。

 

 子供の頃から―――力也も、信也も、そして従弟の拓也も大好きだったカレー。絶望的な時代ではあったが、けれども家に帰ってくるであろう子供たちを少しでも喜ばせたいという母の願いは、しかし叶う事はなかった。

 

 もう枯れたものと思っていた涙が零れ落ちる。

 

 片足と妻子を失い、絶望の只中にある自分を見たら、天国の母はどう思うだろうか。

 

「拓也君、そういえば学校はどうだ? 楽しいかい?」

 

 合わせていた手をそっと下ろし、速河は拓也に問う。

 

 厚手のコートとウシャンカ(ロシアやウクライナなどの地域でかぶる、耳までを覆う防寒用の帽子だ)を身に纏う拓也だが、しかしそのズボンは札幌にある高校のものだ。

 

 昔はまだ無邪気だった拓也も今年から高校生―――遊び相手になってあげていた頃の事を思い出し、もうそんなに経ったのかと感慨に浸っている速河に、拓也は少し低くなった声で答える。

 

「うん。友達も出来たし、明日は部活も休みだからみんなでゲームするんだ」

 

「そうか……友達は大事にしろよ、一生の宝ものだからな」

 

 そして俺はその宝物をこの前失ったんだ―――そんな言葉を、しかし速河は呑み込んだ。

 

 戦士は弱い姿を決して見せてはならない。艦の中だけではなく、それは家族の前でもだ。一度でも弱音を吐露してしまえば自分は救われるだろうが、その重圧は、不安は、今度は背後にいる守るべき家族を浸食していくだろう。

 

 それは決して許されない。

 

 耐えるしかないのだ―――己の心を殺してでも、絶対に。

 

 ヴーッ、とポケットの中の端末が振動を発した。

 

 手を突っ込んで端末を取り出し、画面に表示されているメッセージに視線を走らせる。

 

「……短い休暇だったな」

 

「がう」

 

「呼び出し?」

 

「まあ、そんなところだ」

 

 ペットケージからハクビシンのミカを出してやると、ミカは北海道の寒さに身を震わせながらも速河の肩の上に乗り、後ろ足で首元を掻き始めた。

 

「拓也君、悪いがミカをしばらく預かっててはくれないか」

 

「え」

 

「ちょっと、その……ウチの宿舎じゃ留守を部下に任せないといけなくてね」

 

 それも、本来ペット持ち込み禁止の宿舎で、だ。

 

 動物との触れ合いが速河の心の傷を癒すきっかけになれば、という山南指令の粋な計らいではあったが、しかしいつまでもその好意に甘えているべきではないという思いも速河にはある。

 

 もう大人で、それ以前に速河は艦隊を預かる指令という立場だ。自分の尻も拭けない艦隊司令など、防衛軍の恥晒しもいいところである。

 

「分かったよ」

 

 おいで、と拓也が手を伸ばすと、ミカは少し警戒する素振りを見せながらもピンクの鼻をすんすんと鳴らして臭いを嗅ぐや、拓也の手に乗ってそのまま彼の肩へと駆け上がっていった。

 

 やはり動物は匂いで分かるのだろう。この子なら大丈夫だ、と匂いや気配から速河に近しい何かを感じ取ったに違いない。

 

 本来、決してヒトに懐く事のないハクビシンが、拓也の肩の上でまるで飼い猫のような振る舞いを見せている事に、速河は少し驚いた。ミカがこんなに気を許す相手は見た事が無い(世話を頼んでいた後輩は威嚇されたり噛み付かれたりしないかビクビクしながら餌をあげていたそうだ)。

 

「雑食性だから何でも食べるけど、特に果物類だと喜ぶから。バナナは毎日必ず1本はあげてほしい、ミカの好物なんだ」

 

「お前、こんな可愛い顔して大食いなんだな」

 

「ぴぃ」

 

 一声鳴くや、ミカはぺろりと拓也の頬を舐めた。

 

「……じゃあな、ミカ。大人しくしてるんだぞ」

 

「きゅ」

 

 言葉の意味が分かったのか、それとも速河の言葉に滲む哀愁を感じ取ったのか。

 

 ミカは目をビー玉のように丸くしながら、縋るように高い声で鳴く。まるでそれは「行かないで」と言っているようにも思えたが、しかし速河に選択肢はない―――短い休暇はこれで終わりだ。

 

 第十一番惑星沖で、友人が戦っている。

 

 如月艦長に続いて、北野艦長まで失うわけにはいかない。

 

 従弟とミカに背を向ける速河。

 

 そこに宿る眼光は、過去の傷口を見つめる弱々しいものなどではない。

 

 戦うべき戦士の眼だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 煉獄の炎の如き奔流が、蒼い光の防壁を盛大に殴りつける。

 

 太陽から剥離したフレアのようなエネルギーの礫と、波動防壁弾が織り成す蒼いスパークが乱舞して、第十一番惑星沖をさながらプラネタリウムのように彩った。されどそれは見る者を楽しませる光の芸術などではない―――全てを焼き尽くす暴力の光だ。

 

 砕けた波動防壁弾が機能を停止、貫通した火焔直撃砲がなおも宇宙を駆け北野艦隊へと迫るが、その前に続けて展開された三重の波動防壁弾に阻まれてしまう。無数のフレアと化した火焔直撃砲がそのまま霧散するが、これで終わりではない。

 

「第三射、来ます! 12時方向、マーク27(フタナナ)!」

 

「波動防壁弾、1番から4番発射! 緊急発射(スナップショット)!」

 

 どどう、とアンドロメダ級戦艦『アルタイル』の艦首に備え付けられた魚雷発射管から立て続けに放たれる波動防壁弾。共鳴装置が動作を始めるや、防壁弾が燃焼を終えたロケットブースターを切り離してフィラメントを展開。時間差を置いて4つの光の傘を展開する。

 

 後続のアスカ級も波動共鳴装置を起動、アルタイルへエネルギーを伝達し防壁弾展開維持に必要なエネルギーの一部を肩代わりする。

 

 火焔直撃砲が波動防壁弾にぶち当たり、派手に炎を散らした。

 

「敵艦16、左右より接近!」

 

 北野は目を細めた。

 

 第十一番惑星を背に展開する北野艦隊は、過度な密集隊形こそ取っていないものの、されど散会しているとも言い難い距離感で布陣している。密集すれば火焔直撃砲で一網打尽にされる可能性が上がるが、しかしそうしていれば波動防壁弾で艦隊全体の一括防御が可能なのだ。

 

 防壁弾と共鳴装置が続く限り、北野艦隊は安泰である。

 

 しかしそんな防御特化の戦力を逆手に取り、ガトランティス艦隊は力押しで突破を図ろうとしているようだった。

 

 強力なビーム兵器を満載した戦艦クラスを正面の主力艦隊に据え、搦め手として左右から駆逐艦や巡洋艦を中核とした足の速い斬り込み艦隊を突撃させて、側面からの切り崩しを図らんとしているらしい。

 

「司令、第二、第八水雷戦隊に迎撃させますか」

 

「いや、既に司令部から増援艦隊が来ている……ここは防御の一手だ」

 

 側面からの攻撃に慌てふためき、戦力を分散させてはそれこそ敵の思うつぼである。ここはさながら亀のように、硬い甲羅の内側に閉じ籠って友軍が駆け付けるのを待つべきだ。

 

「デヴァステーション、ダイアナの2隻を左右に展開。波動防壁で水雷戦隊の盾になりつつ、艦砲で敵艦隊を迎撃させよ」

 

「了解!」

 

 北野の指示でドレッドノート級主力戦艦『デヴァステーション』『ダイアナ』の2隻がそれぞれ左右に展開、搦め手として左右から斬り込みを図るガトランティス突撃艦隊の前に立ちはだかるや、30.5㎝3連装ショックカノンの力強い一撃が、肉薄を図るラスコー級の戦隊を真っ向から盛大に殴りつけた。

 

 ずん、と被弾時の衝撃で船体を沈み込ませてから爆沈するラスコー級。その爆炎を後続のククルカン級の舳先が突き破るや、炎と黒煙をこれ見よがしに曳きながら回転砲塔を旋回、緑色のビームを射かけてくる。

 

 ばら撒かれるビームに臆さず、主力戦艦級を盾にした水雷戦隊たちも果敢に反撃を開始。艦隊主力が火焔直撃砲を防ぐ傍らで、小型艦艇同士の熾烈な砲戦が幕を開ける。

 

 しかしいくら地球艦隊が強力な主砲と堅牢な波動防壁を持っていたとしても、戦争の定石が『数に勝る方が勝利する』である以上、その勢いを押し返すまでには至らない。

 

 波動防壁を突破され、被弾した護衛艦が船体を射抜かれ爆沈。駆逐艦たちが慌てふためきながらスラスターを吹かして後退、戦艦『ダイアナ』がそれを援護せんとショックカノンの交互撃ち方で弾幕を張り、敵艦隊の勢いを押し留めようとする。

 

 旗艦アルタイルもそこで助け舟を出した。護衛艦1隻撃沈の勢いに乗り攻勢を強めるククルカン級の戦隊目掛けてショックカノンを発射、3つの閃光が捻じれ合い1つの流星と化すや、ククルカン級2隻をまとめてぶち抜き火球へと変えたのである。

 

 左翼が押されています、という報告に北野艦長は唇を噛み締めた。

 

 アスカ級を何隻か左右へ振り分けるか―――そうすれば正面の守りが手薄になり、火焔直撃砲から艦隊を守る担い手がいなくなる。

 

 かといって他の艦を差し向けようにも、ドレッドノート級は貴重な火力源(ダメージソース)であり、ここで徒に失うような事があっては今後の反転攻勢に大きな影を落とす事となろう。

 

 次の一手は何が最適か。

 

 焦燥感に駆られながらも冷静に手札を選んでいたその時だった。

 

《右舷、距離36000にワープアウト反応》

 

「識別は」

 

《友軍です》

 

 来てくれた―――戦術長の声が聴こえたかと思いきや、既に北野艦隊の右舷36宇宙キロの流域に波紋が広がり、そこから氷に覆われた巨大な船体が出現していた。

 

 

 

 

 

 

《艦種識別―――『アクエリアス』。尾崎艦隊です》

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

《敵艦隊、総数229隻を確認》

 

 229隻、と聞いてアクエリアスの第一艦橋に座る尾崎指令は一瞬だけ訝しみ、すぐに口元に笑みを浮かべた。

 

 当初の報告では250隻だった敵艦隊。しかしそんなガトランティス艦隊も、”防衛軍の双璧”、その片割れたる北野艦隊の抵抗に遭い21隻を失う大損害を被ったらしい。

 

 ちらり、と横目で左舷に布陣する北野艦隊を見た。

 

 既に護衛艦1隻を失っているが、逆に言えば損害らしい損害はそれだけだ。数で優位に立つ敵の全力砲撃に長時間晒されて、よくもここまで耐えらものだと惜しみない賛辞の言葉を送りたいものである。

 

 これが”鉄壁の北野艦隊”の真髄だ。

 

 いかなる攻勢も防ぎ切る防御力と、火力を効率的に投射し敵の攻撃を挫く判断能力。それが北野艦隊最大の強み。

 

 視線を正面に戻し、右手で顎髭を弄りながらメインパネルを見上げた。

 

 新たに出現した防衛軍艦隊を脅威と認識し、ガトランティス艦隊が急速回頭を始めているらしい―――拡大投影するまでもなく、ナスカ級空母やメダルーサ級戦艦の船体からはスラスターの蒼い光が瞬いていた。

 

 こんな辺境の惑星を攻め落とすためだけに、250隻もの大艦隊を差し向ける……そこまで敵に脅威と見られている事を誇りに感じつつ、尾崎は静かに好戦的な笑みを浮かべながら立ち上がり、両手を広げた。

 

 

 

 

「―――ようこそ、猛き者たち」

 

 

 

 

 相手は武人の誇りを重んじる民族性である事が、捕虜の尋問で分かっている。

 

 祖国のため、戦士の誇りのために戦場に身を投じているのであれば。

 

 それを全力で迎え撃つ事こそが、相手に対して最大の礼節と言えるだろう。

 

 

 

 

 

「歓迎しよう、盛大にな!」

 

 

 

 

 

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