さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
宇宙空間に波紋が生じた。
波一つない水面に小石を投じたかのように生まれたそれは、瞬く間に広がったかと思いきや、なにもない空間を突き破るように純白のガス帯が迸る。
濛々と吹き出した白色のそれ。やがて真っ白なガスを突き破るかのように、中からガトランティス軍のラスコー級巡洋艦が姿を現す。
ホワイトとグリーンの二色で塗装され、楕円形の円盤に鋭角的な衝角と艦橋を取り付けたような奇抜な巡洋艦。装甲を削ぎ、ペイロードいっぱいまで武装を積み込んだ攻撃的な設計のそれは、しかし見るも無残なほどにボロボロだった。
自慢の回転砲塔のいくつかは脱落し、猛烈な熱戦が周囲を掠めたのを受けて焼き潰されて、使用可能となっているのは船体下部の2基のみ。
艦橋の周囲にはパルスレーザーが穿った弾痕や、至近距離で爆沈した味方艦の破片が深々と突き刺さっており、船体のいたるところで火の手が上がっている。
満身創痍という四字熟語が、ここまでぴったりと似合う状況もそうないであろう。
船体がそれなのだから、艦内も悲惨な事になっているのは想像に難くない。
艦内で発生した火災は留まるところを知らず、生存者が残っている区画諸共隔壁を閉鎖して完全に隔離……しかしそれでも火災は沈下には至らず、ラスコー級の艦内では小規模な爆発が断続的に続き、更にはシアンガスまでもが発生していて、艦長は艦を放棄するか否かという決断を強いられるレベルになっていた。
鎮火の見込みは無い。
機関部はいつ力尽きるかも分からない。
脱出しようにも、命からがらワープアウトした先は未だ太陽系の内側だ―――いつ地球の警務艦隊が飛んでくるか分かったものではなく、脱出したところで敵の虜囚となるか、それともガトランティスの戦士として誇りに殉じるかを選択しなければならない。
無論、助けが来るという淡い期待は抱けない。ガトランティスにおいて、敗軍の将に席はなく、故に二度目のチャンスなどあり得ないのだ(メーザーはその点例外だった)。
遅れて、後方の空間にククルカン級が1隻ワープアウトしてくる。
白いガスを突き破って現れた船体は、ラスコー級と同じく無残に破壊されていた。船体のいたるところには被弾したと思われる破孔が穿たれていて、砲塔も多くが損傷。更には特徴的な船体下部の楕円形の部位が喪失しており、船体上部に位置する葉巻状の船体部分だけで辛うじて航行している有様だった。
「……たったこれだけか」
惑星レピメア―――第十一番惑星攻略のために出撃した艦隊の中で、地球艦隊の熾烈極まりない攻撃から命からがら逃げだした艦は僅か2隻のみという現実に、ラスコー級の艦長は声を震わせた。
「テロン艦隊……畏るべし」
物量では勝っていた筈だ。
しかし最初の1個艦隊に全くと言っていいほど損害を与えられず、むしろそのまま引き摺り回され遅滞戦闘に持ち込まされて、攻めあぐねている間に増援艦隊の合流を許してしまった。
こんなはずではなかった―――もっと手早く第十一番惑星を攻め落として、地球攻略の足掛かりとしていた筈である。
それが実際はどうか。攻め落とすどころか惑星に降下する事すら叶わず、こうして辛酸を舐めさせられる屈辱。末代までの恥も良いところではないか。
これからどうするか―――ラスコー級の艦長は冷や汗を拭い去りながら考えた。
いずれにせよ、これで彗星への帰還は叶わなくなった。ならばガトランティスの戦士らしく敵艦に特攻し、地獄への道連れにでもするべきか。
そこまで思い至ったところで、「後方にワープアウト反応」と観測員の声が聞こえ、まだ生き残りがいたかと艦長は僅かながら安堵した。
が、しかし。
「―――識別、我が軍の反応ではありません」
「なに?」
まさか、とそこまで言いかけたところで、大破しながらも航行していたククルカン級の後方に巨大な波紋が生じた。
直後、氷に覆われた武骨な舳先と2つ左右に並んだ波動砲の発射口を備えた巨大な艦首が、亜空間から通常空間へ勢いよく飛び出してきた。あまりにも突然の出来事に加え、船体各所が大きく破損して真っすぐ進む事も困難を極めていたククルカン級に回避などという芸当が出来る筈もなく、亜空間から姿を現した漆黒の艦首は死にかけの駆逐艦のエンジンノズルを容赦なく轢き潰した。
金属のひしゃげる音と共に、ククルカン級が引き裂かれ、宇宙の塵と化していく。
船体に付着した氷を払い落しながらワープアウトしてきた暗黒の大戦艦―――その威容には見覚えがあった。
第十一番惑星の救援にやってきた艦隊、僅か40隻足らずの小規模艦隊でガトランティス艦隊を中央突破、そのまま戦線を崩壊させた”黒色艦隊”、その旗艦ではないか。
血のように紅いアクセントが配された暗黒の艦首には、白い文字で【E.F.C.F AAAX-0001-2203 AMATERASU】というハルナンバーがある。
「て、敵の……大型戦闘艦……!?」
「我々の空間航跡をトレースして追ってきたのか」
艦橋内の乗員たちが、その威容に慄いた。
何という執念か―――決して逃がしはしない、敗残兵だろうと皆殺しにするという確かな殺意が、艦橋の窓越しに感じられる。
オレンジ色に妖しく輝く艦橋がより一層強い光を放ったかと思いきや、黒く塗装された3連装ショックカノンの砲塔群が一斉に、命からがら逃げだしたラスコー級を睨んだ。
《敵艦より入電》
砲撃命令を下さんとしていた速河は、視線を上に向けた。
艦橋上面に配されたメインパネルを見上げると、やがてそこには損傷した艦橋内の状況と、それから傷だらけの乗員たちの姿が映し出される。艦橋付近に被弾したのだろう、中には爆発の際に飛び散った破片で手足をやられ、五体満足ですらない乗員の姿もある。
古めかしい鎧のようなアーマーや鉄仮面を身に着けた彼らの肌は、緑色だった。
ガトランティスの兵士たちだ。
《こちらは栄えある帝星ガトランティス所属、巡洋艦”ゲレガフ”》
艦長と思われるガトランティス人もまた、血塗れだった。肩口にはまだ金属片が刺さっており、紡がれる声も震えている。眼前にまで迫った死の恐怖によるものか、それとも傷が発する激痛によるものか。
いずれにせよ、速河にとってそんな事はどうでもいい。
速河力也という男にとって、敵という存在は2つに大別される。
すなわち「生きているか」、「死んでいるか」のどちらかだ。
そこに”和睦”という言葉は無い。
今の地球とガミラスの同盟は仮初のものだ―――ガトランティスが倒れれば、やがてお互いに武器を向け合う関係となるであろう。ならばガトランティスなどという野蛮な軍隊は、戦友たちの仇を討ちつつ自身の怒りをぶつけるサンドバッグとして早々に消費し、ガミラスを滅ぼすべく全力を注ぐべきではないか……速河艦長の頭の中では、そう決まっている。
《我々はもう、戦う力がない……降伏する、これ以上は……》
「降伏?」
微かに目を細め、速河は低い声を絞り出した。
艦長席にある戦友―――如月艦長が写った写真をちらりと見て、歯を食いしばる。
(リョウは……アイツにはそうやって命乞いをする猶予すら与えなかったくせに)
土方指令の盾となり、地球防衛軍の艦長としての職務を全うした戦友と、命乞いをする敵と比べれば比べるほど、彼の中の怒りは勢いを増していった。
「……アマテラス、翻訳装置を切れ」
《まだ通信が続いています》
はぁ、と溜息をつくなり、速河艦長は手元にあるコンソールを弾いた。
ウインドウを立ち上げ、データファイルを次々に開いてメインパネルにアクセス。翻訳装置のチェックを外し承認をタッチしようとするが、すぐにそれを検知したAIが警告メッセージを出してくる。
苛立ちながらも艦長権限でシステムをオーバーライド、翻訳装置をOFFに切り替える。
途端にメインパネルから聴こえていた敵の艦長の声が、聴き慣れた日本語から未知の言語―――ガトランティス語に変貌していく。
「こちら戦艦アマテラス、翻訳装置不調。貴官の発言の意味が分からない。地球語で喋れ」
しかしそれでも、ガトランティス語で降伏する旨を伝えているであろう彼らの言葉は変わらない。
「繰り返す、地球語で繰り返せ。発言の意味が不明である」
「艦長……!」
川端戦術長が後ろを振り向くが、速河は首を横に振った。
赦せないだろう、お前も―――瞳の奥に煮え滾る怒りを宿した速河艦長の視線に、やり過ぎですと咎めようとした川端戦術長も気勢を見事に削がれた。
彼もまた、ガトランティスの侵攻で友人を失っているのだ。
「敵艦に戦闘の意思ありと判断、撃沈を許可する」
《警告、敵艦に攻撃の意思は確認できません……敵艦、機関停止》
「構わん、敵艦を撃沈せよ―――やらんのならAIをシャットダウンして、俺が手動でやる」
アマテラスのAIは、何も返事を返さなかった。
この人ならばやりかねない―――川端戦術長は、微かに身体を震わせた。
速河力也とはそういう男だ。遊星爆弾の迎撃失敗で母を亡くし、二度と同じ失敗を繰り返すまいと砲術を磨き、当時貧弱だった地球艦の主砲でガミラス艦に損傷を与えた唯一の事例を叩き出した根っからの大砲屋だ。
彼ならば、戦闘補助AIアマテラスや艦隊制御AIデザリアムの助けなしでも、光学照準と自分の経験という過去のデータだけで命中弾を叩き出してしまうだろう。AIの常識的な抗命も、ガトランティス艦の乗員たちにとっては些細な延命措置でしかないのである。
AIの反応がない事に痺れを切らし、彼は艦長席から主砲の照準をオーバーライドし始めた。
「艦長……いいんですか」
「構わん、どうせ全て俺の責任になる」
「敵とはいえ人間です、命乞いをしてるんですよ」
「だから何だ、あれは敵だ」
淡々とオーバーライドを進め、照準システムを掌握する速河艦長。前部甲板にずらりと並んだショックカノンたちが、一斉にガトランティス艦へと指向される。
「逃がして何になる? 奴らは侵略者だ。逃がしたところで再武装してまた攻め込んでくる」
「せめて捕虜に……!」
「戦いを投げ出した腑抜けに食わせる飯はない」
「艦長……私怨で、八つ当たりで戦うのは拙いですよ」
「ああ、そうだな……これは八つ当たりだ。戦友を、妻子を、母を失った男の八つ当たりだ」
自分の非を認めている―――認めたうえで、しかし行為は止めない。
川端戦術長も分かっている事だ。この男は、速河力也という男は、ガミラス戦役を境に狂ってしまったのだ、と。
「―――八つ当たりの何が悪い? 俺に教えてみろ!」
彼の咆哮と共に、ショックカノンの蒼い閃光が迸る。
あっという間に蒼い光がラスコー級の船体を撃ち貫き、閑静な宇宙空間に1つの火球を生み出した。
メインパネルには、もう降伏の意思を伝えてきたガトランティス人たちの姿は無い―――ノイズと砂嵐が乱舞するばかりだ。
「残敵の掃討終了。本艦はこれより、第十一番惑星へワープ。友軍艦隊と合流する」
ワープ準備に入れ、と命じ、速河艦長は席につきながら頭を抱えた。
速河力也という男に虎の子のアマテラス級を与えるにあたっては、軍内部からも反対意見が相次いだ。
精神的に不安定な男に改アンドロメダ級の1隻と艦隊を与えるなど、何をしでかすか分かったものではない―――反対意見の大半はそういった理由で、艦隊編成のコストではなく主に艦長の人格についての問題点を指摘するものであったことは、山南も、そして彼の決断を後押ししたアポロノーム艦長の安田もよく覚えている。
だからこそ、第十一番惑星の戦闘から離脱した敵艦に対しての仕打ちをAIからの報告で知った山南は、別に対して驚きもしなかった。
高度なデジタル化は便利だが、融通が利かない。一昔前であれば多少の不都合な結果は揉み消せたものだが、今はそうもいかないのだ。AIが逐一すべてを記録して保管、共有してしまうから嘘がつけない。
だからこのログも、全て軍の高官の元へ既に送られてしまっているだろう。
「……上層部は速河を降ろそうとするだろうか」
「だろうな」
ログに視線を通した安田に紅茶のおかわりを奨めつつ、山南は「だが」と言葉を続けた。
「そうなれば第十一番惑星は北野の艦隊だけで回す事になる。替えの人材もいないし、何より今は
「上層部にとって、速河のような男は力尽きるまで前線で暴れてもらう方が好都合……か。哀れなものだ」
だからおそらく、次に地球に戻った際に厳重注意か何らかの処罰はあるだろうが、速河が艦隊司令を外される事も無ければアマテラスから降ろされる事も無いだろう。他に代わりになる人材がいないのだ。
クッキーに手を伸ばそうとしたその時、端末の呼び出し音が鳴り、山南はクッキーへと伸ばした手をすぐに引っ込めた。
相手の電話番号に覚えはない。軍の関係者は仕事用の端末に全て登録しており、番号も外部に流出する事が無いよう厳重に管理されているから、詐欺の電話が掛かってくるような事も無い。
ならばこういう電話をしてくる相手は、1つしかない。
失礼、と安田に一言告げてから、山南は通話をタップした。
「―――もしもし」
『ああ、これはこれは山南司令。怪しい電話だと警戒されて出てくれなかったらどうしようかと』
案の定、そうだった。
声の主には覚えがある―――ガミラス地球駐留軍の総司令官、ローレン・バレル中将。
多くの優秀なガミラス軍人を育て上げた教官であり、自身も優秀な軍人として知られている。その手腕は確かなもので、地球の圧力を意に介さず抑止力の構築と戦力増強を並行して行う政治手腕と、速河艦隊の攻勢を幾度となく止める指揮能力の高さは最大の脅威と認識している相手だ。
この飄々とした喋り方もどこか不気味だ―――少しでも隙を見せれば弱みを突かれそうな、得体の知れない気味の悪さがある。
「これは失礼。今回は何用ですかな、バレル中将」
『ええ。そちらは随分と人手不足に苦しんでいるようで』
「……」
やはり筒抜けだった。
『今やガミラスは地球の同盟国です。いかがでしょう、我らの差し伸べる救いの手、取ってみようとは思いませんか』
「と、いうと?」
『ええ、ちょうど手元に
山南は目を細めた。
ローレン・バレル中将が月面の第三バレラスへ、ガミラス本国から呼びつけたという艦隊司令の名が脳裏に浮かんだからだ。
”無敗の天使”の異名を持つ、ガミラス人とザルツ人の混血―――ガミラス貴族”リガロヴィッチ”家の庶子。
『第十一番惑星防衛のローテーションに、ぜひウチの教え子も加えていただきたいのですが……いかがですかな、山南司令』