さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
基幹エレベーターを降りて歩みを進めると、その向こうに広がる薄暗い空間で人影が待ち構えていた事にフィオナは気付いた。
灰色の肌―――地球人やザルツ人の肌の色とは大きくかけ離れた、どこか無機質さを感じさせる質感のそれは生命体が生まれつき持つものなどではない。有機ポリマーやシリコンで形成された人工皮膚と、それに覆われた人工筋肉に人工骨格。脳髄を除く大半のパーツが機械でできたそれを、果たして”人間”と呼んでいいものかどうか……そんな哲学的な自問自答を、フィオナはこの任務が始まってからずっと考えている。
「おかえりなさい、フィオナ様」
出迎えてくれたのは灰色の肌と赤毛が特徴的な、長身の女性だった。マント付きの黒いスーツに覆われたボディラインは均衡の取れたモデルのようなスタイルで、彼女らの同胞―――”デザリアム人”でなければ目を奪われてしまうだろう。
しかしそんな下心を剥き出しにするであろう男たちを拒絶するのは、氷のように冷たい視線と感情のない顔だ。
「出迎えご苦労、”ラウラ”」
ラウラ、と呼ばれたデザリアム人は小さく頭を下げると、フィオナが脱ぎ始めた上着やタイトスカートを次々に受け取り始めた。
服を全て脱ぎ捨てたフィオナの身体に紅い光がブロックノイズ状に走る。やがてそれは彼女の首から下までを覆うや、ラウラが身に纏うスーツと同じ意匠の、マントのついた黒いスーツへと変貌していく。
ポン、と首元に提げた紅いメダルに触れるフィオナ。
次の瞬間だった―――彼女の肌の色が、人間に近しい色からラウラ同様の灰色へ、生物とは明らかに質感の異なるシリコン製の人工皮膚へと変化していったのである。
それこそが
欧州地区、フランスを拠点に活動するタンプル財団の代表者―――それはあくまでも、デザリアム人である彼女の表向きの顔だ。
《フィオナ。我がデザリアムの仔よ》
薄暗い広間の中心に進んで跪くや、頭上のモニターが紅い光を放った。
モニターだけではない。周囲の壁面や床、天井に刻まれた細かなスリットからも赤い光が漏れ、電子回路を彷彿とさせる幾何学模様を浮かび上がらせている。
紅く発光するモニターから響く女の声は、全てに慈悲を与える聖母のような、しかし威厳に満ちた声でフィオナに語り掛けた。
《地球は順調に我々デザリアムに染まっているようですね》
「はい。既に影響は財界にまで深く―――」
《しかし、タイムラインに揺らぎが見える》
フィオナの言葉を遮って放たれた女の声には、仄かな不快感が見え隠れしていた。
自らの思い描く計画を歪められている―――例えるならば、皺一つ、汚れ一つない、完璧にシーツを整えたベッドの上に泥だらけの野良犬が飛び込んで大暴れしていくようなものだ。フィオナの行為はまさに、そういった類の愚行でしかない。
《慎みなさい》
「―――申し訳ありません」
《あなたの我らデザリアムを想う気持ちはよく分かります。滅びに瀕した
非常にデリケートなものなのだ―――1000年の時を隔てて行動するというのは。
ちょっとした行動が、のちの歴史に大きな影響を及ぼすかもしれない。矛盾が生じれば未来が変わり、その矛盾が大きく修復不可能なレベルになれば、その過去は本来の正史から切り離されパラレルワールドとして枝分かれしてしまう。
だからデザリアムはあらゆる行動に細心の注意を払っているのだ。迂闊に行動し、未来の自分たちが消えるような事があってはならないのだから。
女の声が聞こえなくなるや、フィオナは静かに顔を上げた。
(意味が分からない)
吐き捨てるように胸中で断じ、視線をメインパネルへと向ける。
胸に提げた紅いメダル―――”コムメダル”を外し、ラウラに預けたフィオナ。そのまま広間の奥にある椅子に腰を下ろすや、息を吐きながら彼女は言った。
「ラウラ」
「はい、フィオナ様」
「今から30日と少し、私は地球を留守にします。地球とデザリアム本星の監視は厳に」
「承知しております」
ぺこり、と深々と頭を下げたラウラは、フィオナが先ほどまで身に着けていた真っ白なスーツをいつの間にか丁寧に畳み、脇に抱えて広間を後にした。
彼女にとって、もはやデザリアムという種族が生真面目に守ろうとしているタイムラインという概念など、もはやどうでもいい事だ。
こんなにも……これほどまでにも可能性に満ちた惑星が、他の時空間に存在しただろうか。
1000年の時を隔て、あらゆるパラレルワールドの垣根を超えた果てに辿り着いた、この西暦2204年の地球。こんなにもデザリアムに取り込むには都合の良い星は他に無いだろう。
あわよくば”イスカンダルの欠片”……イスカンダル純正の波動コアを搭載した宇宙戦艦ヤマトを拿捕し【マザー・デザリアム】に献上するつもりではあった。しかし計画が漏れたのか、ヤマトは無断出撃を敢行するばかりか、追撃に向かった地球艦隊もヤマトを取り逃がす始末である。
全艦で追えばいいものを、ヤマト追撃に参加したのは総旗艦アンドロメダただ1隻。しかも艦長の”ヤマナミ”という男は、ヤマトをわざと逃がしたときた。
地球を蝕むデザリアムの存在を嗅ぎつけたというのであれば、ヤマナミは危険な男と断じざるを得ない。
しかしそれも、今となっては優先順位ではない。
この時空間ではまだ、イスカンダルは健在なのだ―――そしていずれ、イスカンダルを手に入れるべくメルダースとデーダーが差し向けられるであろう。
今はまだ”その時”ではないのだ。
椅子に背中を預けながら息を吐き、フィオナは両手の指先で目元をなぞる。
その指の奇跡を辿るかのように紅いブロックノイズ状の光が出現、目元に蒼い隈のような模様が浮かび上がる。
静かに開けた瞼の向こうに鎮座する瞳の色は、桜色へと変わっていた。
「試作位相デバイス搭載艦【アエテルヌス】、発進」
広間―――艦橋の中に、紅い光が燈る。
彼女以外には誰もいない、寂し気な艦橋の中。搭載されたAIとメインシステムが次々に立ち上がっていき、オレンジ色の光を放つ艦橋の窓の向こうには『HAYAKAWA』と記載されたハヤカワ・インダストリーのロゴマークと、鋭角的な艦首、それから前部甲板に2基並列に搭載された40.6㎝3連装重核子ベータ砲塔の威容が露になる。
艦首はステルス戦闘機のような形状で、その下には2つ大きな発射口が開いている。
搭載された位相デバイスと直結した決戦兵器【試製無限アルファ砲】の発射口だ。発射口前方にデバイスを用いて位相エネルギーの塊を充填しつつ拘束、それを発射口から急激に加速させて目標へと放射、徹底的に破壊する艦隊決戦兵器である。
戦闘機のような艦首と無限アルファ砲の発射口の中間にはスプリッターがあり、それは下へと向かうにつれて肥大化、巨大な衝角の如く前方へと突き出ている。
船体下部にはパドル状の構造物が6基、鯨のヒレさながらに搭載されていて、その裏面には姿勢制御用のバーニアがある。
黒く塗装され、ところどころに紅いアクセントが散りばめられた全長444mの巨体。その原型となっているのは、地球の力の象徴として建造されている新造戦艦アンドロメダ級だ。
試作位相デバイス搭載型戦闘艦【アエテルヌス】―――タンプル財団の要請を受け、地球政府にも秘密でハヤカワ・インダストリーが密かに建造していた地球謹製の位相デバイスを搭載した実験艦。
それをまんまと受領したフィオナは、満足げだった。
これで計画のピースがそろう、と。
”ウラリアの魔女”と呼ばれた彼女を乗せた戦艦アエテルヌスは、静かにハヤカワ・インダストリーの秘密ドックを離れていく。
やがてアエテルヌスは防衛軍の監視網すら潜り抜け、星の海へと姿を消していくのだった。
試作位相デバイス搭載型戦闘艦【アエテルヌス】
全長
・444m
武装
・試製40.6㎝3連装重核子ベータ砲×5
・試製20.3㎝3連装重核子アルファ砲×8
・艦首魚雷発射管×4
・隠匿式対空火器 多数
・試製無限アルファ砲×2
タンプル財団(実態はデザリアムの隠れ蓑)からの要請を受け、ハヤカワ・インダストリーが地球防衛軍や政府に内密で建造した位相デバイス搭載艦。2204年時点でハヤカワ・インダストリーが供与された技術のリバースエンジニアリングを行い、独自に設計、開発した位相デバイスと各種兵装が搭載されており、波動エンジン搭載艦に代わる新世代の戦闘艦の嚆矢として建造、フィオナへ譲渡された。
設計のベースにはアンドロメダ級が選択され、アンドロメダ級をベースに波動エネルギー兵装の排除と各種システムの徹底した効率化が施されており、各所にアンドロメダの意匠を色濃く残すものの中身は別物となっている。
防御面においては相手の攻撃エネルギーに真逆の位相のエネルギーをぶつけて相殺する【試製位相変調装甲】が採用され、波動防壁に頼らない堅牢な防御力を手にする事に成功した。また船体下部の6基のパドル状のユニットにより高い機動性も獲得、『生物的』とまで評されるほどの高機動を誇る。
なお、艦名である『アエテルヌス』はラテン語で【永久に】を意味する。