さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
『パパ、みてみて! 今日ね、テストで100点取ったんだよ!』
『ふふっ、この子ったらクラスで1番になるんだって張り切って勉強してたのよ。”パパに1番になったところを見せてやるんだ”って』
ホログラムとして映し出された息子の”イリヤー”と妻の”セシリー”の姿に、飄々としながらも腹の底にはどす黒いものを宿すパウエルも表情を緩めてしまう。
息子がこんなにもテストで1番になろうとしていたのには理由がある。
おもちゃでもゲーム機でも、プラモデルでも何でもいい。1番になったら何でも欲しいものを買ってやる、という男と男の約束を息子は果たした。ならば今度は自分が果たす番だ。このバカげた戦争を、惑星破壊ミサイルの発射スイッチの前で命令を待つ毎日を終えてガミラス本星に戻ったら、我が子のためにプレゼントを買ってあげよう―――家族から送られてきたビデオレターを見ながら、パウエルはそう誓う。
願わくば今すぐにでもガミラス本星との回線を繋いで、妻子と話がしたいところである。が、無論それは許されない。今は任務中だし、しかも現在地は異次元の底だ。そもそも回線が繋がる可能性は低いし、繋がったとしても次元潜航中の通信はご法度だ。第三者に傍受される恐れがある。
フラーケンの駆るUX-01がそうであるように、このグスタール級も次元潜航中の現在位置については外部に漏らさないよう、徹底した情報統制が敷かれる。家族、知人に対する任務の話はご法度で、もし情報を漏らせばほぼ確定で無期懲役、情報漏洩の結果友軍に損害が生じた場合は死刑が言い渡される。
ガミラスにおいて情報漏洩はそれほどの重罪だ―――特に次元潜航技術、そして惑星破壊ミサイルの搭載艦に関する情報はトップシークレットに属する。
再生時間が終わったビデオレターを巻き戻し、もう一度再生スイッチを押した。はしゃぐ息子と、そんな彼に微笑みながらも付き合う愛しい妻の姿。妻のお腹は微かに膨らんでおり、そこには”二人目の小さな命”が宿っている。
(帰らなきゃな……絶対に)
必ず、生きて家族の元へ。
今まで、祖国ガミラスのため、任務のためにと何度も自分の内面を作り変えてきた。潜入先で違和感を持たれないように、あるいは暗殺対象との信頼関係を築き上げ懐へ潜り込めるように、と何度も性格も喋り方も、思想さえも作り変えてきた。おかげでパウエルもまた、かつての自分がどんな性格だったのかを思い出せずにいる。
そんな虚ろな存在である彼だが、胸に秘める家族への愛情は何年経っても変わらない。
息子との約束を果たすためにも―――そして2人目の我が子を抱きしめるためにも。
ブー、とブザーが鳴り、パウエルはビデオレターを停止した。スイッチを切り、手元の端末に視線を向ける。
アクセスを許可するや、ミニモニターに副官のヘルマイヤー中佐の顔が映し出された。
「おう、どうしたヘルちゃん」
《間もなく作戦宙域に到達します。発令所まで》
「ん、了解した」
椅子から立ち上がり、軍帽をかぶって艦長用のコートを羽織る。
自室を後にして通路を進み、基幹エレベーターに乗り込んだ。
グスタール級はゼルグート級に匹敵するサイズの大型艦だ。艦内はもちろん広大で、精密機器が所狭しと並んでいる。
”棺桶”などと揶揄される事の多かった次元潜航艦UX-01から始まった次元潜航技術は、しかし近年の地球との軍拡競争に触発され、大きな前進を見た。より安定した次元潜航が可能になり、また次元潜航を行う艦の大型化にも成功した事で建造の制約は大きく緩和され、その結果として生み出されたのがこのグスタール級である。
通常時は異次元の底で息を潜め、ガミラス本星最高司令部からの命令を受けて浮上、搭載した惑星破壊ミサイルで敵対勢力の母星を吹き飛ばす戦略兵器―――それはいずれ、肥大化を進める中で遭遇するであろう強大な軍事国家に対応するための抑止力として用意されたものだ。
宇宙は広い。地球以外にも、強大な軍隊を有する星間国家は存在するのだろう。もしそれらがガミラスに対し敵対的な勢力であった場合、武力をちらつかせた恫喝もまた必要になってくる。
ゆえにこのグスタール級は、ガミラス戦略ミサイル軍がそうであるように政治に翻弄される事を宿命づけられた不遇な艦と言えた。
発令所のハッチを潜ると、副長のヘルマイヤー中佐の青い顔が見えた。
「状況は」
「あと3分で作戦宙域に突入します。今のところ次元ソナーに感なし」
「潜望鏡深度まで浮上」
「了解、潜望鏡深度まで浮上」
「次元タンクブロー」
「次元タンクブロー!」
蒼い異次元空間の底から、全長750mにも達するグスタール級がゆっくりと浮上を開始する。次元タンクから泡のようなエネルギーを吹き上げたかと思うと、惑星破壊プロトンミサイルを吊り下げた巨体が浮き上がり始めた。
上部甲板、サメの背ビレを思わせる突起がついたカウル部から、するすると潜望鏡が伸び始める。高性能複合センサーを搭載したそれはやがて次元境界面から通常空間に顔を出し、センサーを発光させながら周囲の索敵を開始した。
発令所の中、軍帽をぐるりと180度後ろに回して潜望鏡を覗き込むパウエル大佐は、その威容に息を呑んだ。
潜望鏡のレティクルの遥か向こう―――白く輝く闇が、そこに広がっている。
(あれが……あれが、白色彗星)
異様に圧倒されながらも、パウエル大佐は副官のヘルマイヤー中佐に潜望鏡を代わった。
白色彗星―――地球に接近中のそれは、ガミラス本星天体観測部の報告が正しければ直径150000㎞にも達するという、近年稀に見る巨大彗星だ。ガミラスの歴史長しと言えども、これほどまでの規模の彗星を観測した事例は一度たりとも無い。
無限に広がる大宇宙―――その大宇宙が引き起こした気まぐれか、それとも……?
「……
いつもの”ヘルちゃん”という愛称ではなく副長と呼んだ事に、ヘルマイヤー中佐もまた事態の深刻さを嫌でも痛感させられる。
純血のガミラス人として、二等臣民であるザルツ人が上官になるという事に当初は反発も抱いていたヘルマイヤー中佐だが、しかしパウエル大佐の手腕と面倒見の良さに心酔し、今では信頼する上司と良好な関係を築いている。
そんな、すっかり丸くなって毒の抜けた彼も、久しぶりに険しい表情になった。
首都バレラスのガミラス国立天文大学で天体の研究を行い、ガミラス軍入隊後はガミラス工作艦隊を経て地球駐留軍へ異動してきたヘルマイヤー中佐。今回彼が副官として抜擢されたのも、あの異質な白色彗星の分析を行い、牽制攻撃をより効果的なものとするためだ。
天体分析を専門とする彼の知見を得ようと問いかけたパウエル大佐に、ヘルマイヤー中佐は潜望鏡から目を離しながら声を震わせる。
「……やはり、あれは普通の彗星などではありません」
「確かか」
「はい」
パネルを、と言いながらメインパネルに映像を投影するヘルマイヤー中佐。パウエル大佐や他の乗員たちの視線が、メインパネルに投影されたシミュレーションへと集中する。
パネルに投影されているのは彗星と太陽、そして太陽から吹きつけてくる太陽風の図解だ。
「通常、彗星の尾というのは太陽風に対し風下へ伸びるのです」
パウリアから見て左舷に位置する太陽から吹きつけてくる太陽風のアニメーションが再生されるや、シミュレーションの中の白色彗星のガスはそれに煽られるように、太陽に対して風下へ……パウリアから見て右舷へと大きく伸びた。
これが通常の彗星の在り方だ。彗星の尾が進行方向から見て逆側に伸びるとは限らず、常に太陽風とは逆向きに伸びるものである。
だが、しかし。
今目の前にある、あの白色彗星はどうか。
「しかしあの白色彗星は違います。太陽風の影響を受けていても、彗星の尾は進行方向の逆向きに伸びています」
「つまり……太陽風の影響を受けていない?」
「そうです。あのガスが異質なのか、あるいは……」
前例のないサイズの彗星に、天文学の常識を覆す彗星のガス。
そして何より、あれがガトランティスの侵攻ルートと一致するという事実が、パウエル大佐の脳裏に嫌な予感を抱かせた。
「……航海長、もう少し彗星に寄れないか」
「やってみます」
「通信長、映像は全て第三バレラス艦隊司令部へ転送。音声ログもだ、記録は全て司令部へ回せ」
「了解です」
もしあれが、ガトランティスの保有する”天体規模の兵器”であるのだとしたら。
非常に厄介なことになる―――あれだけの質量を持つ天体を吹き飛ばすなど、簡単な事ではない。
全てが杞憂であればいいのだが―――そう祈らずにはいられなかった。
「―――次元ソナーに感あり」
「方位は」
「方位150、数1……音紋照合……ガトランティスの次元潜航艦です」
「蛮族の?」
「例の、第十一番惑星でテロン艦隊が遭遇したというやつか」
メインパネルの映像が切り替わった。
最大望遠であるため解像度は最悪だが、しかし葉巻型の船体と艦首の発光部、それからセイルを思わせる艦橋構造物が見て取れる。
地球では『カラル級』と呼称されている、ガトランティスの次元潜航艦だ。その情報は第三バレラスも掴んでおり、地球側からの情報共有を受けている。
「機関停止、慣性航行へ移行」
「機関停止。動力、予備電源に切り替え」
ごうん、とグスタール級『パウリア』の機関が停止、慣性を利用した航行に切り替わる。異層次元では音が反響しやすく、それ故にちょっとした音でも敵艦に察知されてしまう恐れがあるのだ。
床にペンを落としただけで数百宇宙キロ先の駆逐艦に発見された……という事例も、ガミラスには存在する。
ソナーマンからヘッドセットを借りるパウエル大佐。耳にヘッドセットを押し当てた彼は、その騒音に顔をしかめた。
昔、母が寝坊した彼を起こそうと部屋の前までやってきてはおたまでフライパンをガンガン叩いたものだが、あれよりも酷い。金属製の床に何十本もの鉄パイプを叩きつけているような騒音で、こんな機関を使って次元潜航しようものならば敵に『発見してください』と言っているようなものだ。
敵艦の完成度は、どうやら低いと見える。
「敵艦、遠ざかっていきます」
「偶然とは思えませんな、艦長」
「……同感だ」
白色彗星を攻撃するため次元潜航しながら接近していたところに、ガトランティスの次元潜航艦と鉢合わせになるところだった。
この広い宇宙で、そんな偶然があるものか。
間違いない。あの次元潜航艦は対潜哨戒をしていたのだ―――白色彗星を護るために。
「敵艦、次元ソナー探知圏外へ離脱」
「機関始動」
「機関始動」
「攻撃深度まで浮上……副長、認証コードの用意を」
「こちらに」
ヘルマイヤー中佐の手には、既に紅いボックスがあった。
ダイヤル式の暗証番号入力装置に10ケタの番号を入力し、ロックを解除。中には惑星破壊ミサイルの発射に必要な認証コードが記載されたチップが入っている。
既にガミラス政府からミサイル発射コードの交付が行われている。発射するその時まで、チップの方に記録されている認証コードは艦長にも知らされていない。そのため発射の直前に政府から交付されたコードとチップ内のコードが一致するかの照合を行い、一致した場合にのみミサイルの発射を行うのだ。
それほどまでに、惑星破壊ミサイルの管理は徹底している。
命令の錯綜で誤射が発生した、では済まされないからである。
誤った惑星を吹き飛ばしたり、流れ弾が太陽や恒星に突入、核分裂を促進し星系1つが丸ごと消失した……という事になれば、ガミラスの管理問題に発展するのは目に見えている。
「認証コード……ゼク、ベルグ、ジー、ラング、ラング、オルガ、ランツ」
「コート一致を確認……ロックを解除する」
首に提げていたキーを手に取るパウエル大佐。隣では副長のヘルマイヤー中佐も同じように首に提げていたキーを手に取り、互いにアイコンタクトを交わしてから艦橋内部の制御台に同時にキーを差し込んだ。
更に同時に捻るや、ホログラムで『ミサイルロック解除』と投影、艦に搭載された惑星破壊ミサイルがいつでも使用可能となった事を告げる。
「これよりガミラス政府の命令に基づき、白色彗星への直接攻撃を敢行する!」
息を呑み、続けた。
「浮上!」
「浮上します!」
航海長が操縦桿を引き上げるや、発令所の床が後方へと傾斜した。
宇宙の静寂を突き破り、巨大なミサイルの弾頭部と、サメを思わせる艦首が蒼い飛沫を吹き上げながら通常空間へと躍り出る。
その舳先が睨むのは、直径150000にも達する魔の巨大彗星だ。
「目標、射程圏内」
「ミサイル諸元入力完了」
「最終安全装置解除」
ミサイルが発射可能となった事を受け、パウエル大佐は命じた。
「惑星破壊超大型プロトンミサイル、発射ァ!!」
※2203版の白色彗星のサイズは150000km
※木星の直系で142984km