さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
玉座の上で頬杖を突きながら、ズォーダー大帝は視線をメインモニターへと向けた。
白色彗星の進路上―――唐突に、何も無い空間から蒼い飛沫にも似たエネルギーが放出され始めたのである。亜空間から通常空間へ、何らかの物体が飛び出す際に生じる”波紋”のようなものだ。
視線を向けるだけで、サーベラーはすぐに観測員へ「照合を」と命令を飛ばす。
ガトランティスの次元潜航艦かと思ったが、違う。
彼らガトランティス軍ではあのような、巨大な次元潜航艦は運用していない。
「―――我が軍の艦ではありません。
ガミラスの次元潜航艦。
よもやこんなところにまで、と傍らに控えるラーゼラーが漏らす。確かに今までは、大帝が各地へ差し向けた艦隊とガミラス軍が交戦する事例はあれど、この白色彗星の付近にまで迫ったガミラス艦は未だかつて存在した事が無い。
「サーベラー」
言われるなり、サーベラーは玉座の下―――巨大なパイプオルガンを思わせる装置の鍵盤に、すらりとした指を走らせる。
大帝玉座の間に響く荘厳な旋律に、ガトランティスの将兵たちは息を呑んだ。
彗星が加速していく。
進路上に存在する邪魔な惑星を呑み込み、押し潰してきた破壊の化身。
それがついに、外敵へと牙を剥こうとしている。
ガゴン、とミサイルを固定していた固定具が一斉に外れた。
グスタール級『パウリア』の艦首からはみ出すほどの大きさのミサイル―――それこそ艦首から艦尾付近にかけてぶら下がっていた全長600mにもなる惑星破壊プロトンミサイルが、ついに呪縛から解き放たれたのだった。
スラスターを何度か吹かし、パウリアからそれなりに距離を取ったところで、惑星破壊ミサイルに搭載されたゲシュタムドライブ―――ガミラス版波動エンジンが目を覚ます。
ガイデロール級に搭載されているゲシュタムドライブ、波動コア込みでそれを3基搭載した事により獲得した莫大な推力に押されて、全長600mの巨大なミサイルが重々しく、ゆっくりと加速を開始する。
それに合わせて、ミサイルの弾頭部にうっすらと紅い光の膜のようなものが展開された。
いくら弾頭部が堅牢に設計されている惑星破壊ミサイルといえど、大規模な艦隊による集中砲火や、デスラー砲に匹敵するレベルの要塞砲の直撃を受ければひとたまりもない。惑星すら吹き飛ばす威力のそれはガミラスの新たな抑止力と言える存在ではあるが、それは
そこで惑星破壊ミサイルの着弾を確実なものとするため、着弾までの間弾頭部を中心に、進行方向へ向けて180度、展開範囲を傘状に制限した波動防壁を展開する事で敵の迎撃からミサイルを護るという設計が急遽追加され、採用へと至った。
結果的に、搭載された波動防壁は着弾時のエネルギー伝播にもプラスに作用する事となる。展開される波動エネルギーを触媒として、ミサイルから放出されたエネルギーが惑星中枢のコアへと素早く伝播して崩壊を促進、着弾した惑星を極めて急速に、それこそ惑星内に居る敵部隊に脱出する暇を与えない程の速度で惑星を破壊へと導く破壊力の獲得へと至ったのである。
紅い光を纏いながら、ミサイルがどんどん加速していく。
向かう先は12時方向、接近中の白色彗星。
「ミサイル、順調に加速」
「ゲシュタムウォール、安定稼働中」
「艦長、映像は記録しています」
観測員からの報告に、パウエルは腕を組んだまま頷いた。
あの彗星をここで破壊できるのであれば、それでよい。仮にただの彗星であったとしても、あれがガトランティスの天体規模の戦略兵器であるという可能性は潰えるからだ。
そして仮に、あれが本当にガトランティスの兵器かそれに準ずる存在であったとしても、惑星破壊プロトンミサイルで破壊できたのであれば敵軍の戦力を大きく削ぐ事に繋がる。
この牽制攻撃が失敗した場合でも、どの程度の戦力と波動砲を揃えればあの彗星を破壊できるのか、という一緒の指標にはなるのだ―――ガミラス政府としては初の実戦投入となる惑星破壊ミサイルのデータと、彗星の詳細な情報を得る事さえできればそれでよいのである。
そんな思惑を、任務開始前からパウエルは薄々勘付いていた。
ガミラス特殊作戦軍に諜報軍を転々とした優秀な軍人であるパウエルであるが、その生まれは青い肌を持たぬザルツ人。過去の戦闘で、ガミラスに惨敗を喫し併合を受け入れた敗北者たちの血筋である。
デスラー政権が崩壊し、人種差別はやめよう、ガミラスもザルツも皆平等に生きよう、という風潮がガミラスで芽吹いてもなお、ザルツ人の扱いは酷いものである。
決して表には出さないが、青い肌を持たずに生まれた出生を呪った事など一度や二度ではない。
未知の白色彗星との接触と、その牽制攻撃。相手がどのような存在かも分からない対象との接触ほど、危険な任務は無い。それも白色彗星は従来の彗星を遥かに上回る規模で、通常の彗星とも特徴が合致しない未知の存在である。
万一攻撃が失敗し、パウエルが乗艦もろとも宇宙の塵と化したとしても、ガミラス政府からすれば得られるデータ―――惑星破壊ミサイルの実戦運用データと白色彗星のデータの方が重要度は上であり、ザルツ人の艦長と部下数十名の命など許容できる範疇の犠牲でしかない。
結局のところ、パウエルは過去で一番の貧乏くじを引いた。
彼らはミサイルと彗星のデータを得るための人身御供としてこの危険な任務に駆り出されたのだ。
月面の第三バレラスで、任務を言い渡したバレル中将の仕草を見てもそれは明らかだった。彗星との接触を言い渡した彼は悔しそうに拳を握り締め、けれどもそれを決して言葉には出さずにこの任務を言い渡した。
付き合いの長い部下を人身御供に出すような真似は、彼とて簡単にできるものではないのだろう。
だが、死ぬつもりは毛頭ない。
家族がガミラスにいる―――息子との約束を果たさなければならない。
それに部下たちにも家族が、帰りを待つ者たちがいる。彼らまでもを道連れに宇宙の塵と化すなど、部下全員の命を預かる艦長の名折れではないか。
ミサイルと彗星の距離が縮まり、隣に立つヘルマイヤー中佐が懐中時計を取り出し着弾までの秒読みを始めようとしたその時だった。
「艦長、ミサイルが」
「どうした」
「軌道を逸れています」
「なに?」
メインパネルに最大望遠で映し出された惑星破壊ミサイルには、確かに異変が生じていた。
まるで不可視の巨腕に鷲掴みにされ、そのまま左右へと振り回されているかのように、ぐらぐらとミサイルが揺れ始めたのである。メインパネルに映るミサイルの噴射炎が右へ左へ、上へ下へと不規則に揺れ始めたかと思いきや、ぼろぼろと何かが零れ落ち始めるのを確かに見た。
息を呑む。
ミサイルの外壁や安定翼が―――剥離しているのだ。
「諸元入力に間違いはなかったのか」
「間違いはありません」
「最終チェックにも抜かりはありません、ミサイルは万全の状態である筈です」
「じゃああれはいったい……」
部下に確認を取っている間にも、ミサイルは更に空中分解を続けていった。
外壁が引き剥がされ、エンジンノズルが脱落し、そこでミサイルも体勢を崩し始める。荒波に翻弄される小舟の如く揺さぶられながらミサイルは崩壊を始め―――やがて、深海で圧壊していく潜水艇のように押し潰され、握り潰され、圧縮され、最大望遠でも観測できない程のサイズにまで押し込められたミサイルがレーダーから反応を消失させた。
「ミサイル、反応消失……」と観測員が力のない声で報告するのを聞くまでもなく、パウエルとヘルマイヤー中佐は絶句していた。
大型の彗星であれば、確かに周辺に重力を生じさせている事もある。だがしかし、それでも宇宙服姿の人間が命綱を装着し、飛び跳ねるようにして移動できる程度の弱々しいものだ。
いくらあれほどの規模の彗星とはいえ、惑星の地表に撃ち込む事を想定し強度を限界まで高めた惑星破壊ミサイルを
「ミサイルを……握り潰したというのか、周辺の重力だけで」
「馬鹿な……そんな、そんな馬鹿な」
うわ言のように口をパクつかせながら後退るヘルマイヤー中佐の隣で、パウエルはしかしいち早く正気に戻った。
過去にこれほどの危険な相手を見た事は無いが、それでも逆境は乗り越えてきた。受け入れがたい現実をやり過ごし、何とか今日まで生きてきたのだ。それを今になってやめるつもりなどない。
「進路反転、離脱だ。安全宙域まで後退し次元潜航を―――」
どん、と激しい振動がパウリアを襲った。
激震する発令所の中、パウエルは辛うじて潜望鏡に掴まり転倒せずに済んだが、ヘルマイヤー中佐はそうもいかず、発令所の固い床に身体を激しく打ち付ける羽目になった。
大丈夫か、と気遣っている暇もない。
観測員からの報告が、更なる危機の到来を知らせた。
「艦長、本艦周囲に重力傾斜!」
「なに?」
手元の計器を確認した。
重力計の表示は確かに重力傾斜の発生を示している―――それも表示が『9999』で振り切れるほど強烈なものだ。
発生中の重力傾斜は、12時方向から接近中の白色彗星を向いている。
―――吸い込まれているのだ。
(馬鹿な……彗星の重力危険域から50宇宙キロは距離を取っていたんだぞ!?)
「重力傾斜、更に拡大!」
観測員の悲鳴じみた報告に、パウエルは潜望鏡にしがみつきながら命じた。
「艦首右舷、及び艦尾左舷スラスター最大噴射! 転舵反転、機関出力最大! 急速離脱!!」
艦首と艦尾のスラスターが焼き切れんばかりの勢いで炎を発する。全長750mの巨大次元潜航アーセナルシップが、しかしその巨体に見合わぬ軽やかな動きで進路を変更していく。
船体の左右に外付けされたエンジンポッドの推進部が激しく炎を吹き上げて、発生中の重力傾斜から逃れようと努力を費やす。
しかし、蟻地獄の穴へと転落した蟻が自力で逃げられないように、グスタール級『パウリア』は徐々に徐々に白色彗星へ吸い寄せられつつあった。
ギギギ、と艦の軋む音が発令所にまで届く。
「ダメです、逃げられません!」
グスタール級の加速力は、ガミラス軍随一とされている。
惑星破壊ミサイルを発射した後は素早く次元潜航し、崩壊する惑星に巻き込まれぬよう迅速に離脱する必要があるためだ。ミサイルを発射し身軽になった事も加味すればその加速に追い付く事が出来る艦などガミラス軍には存在しないと言っていい。
だが―――その推力を以てしても、白色彗星の重力傾斜から逃れられぬとは何事か。
「き、緊急ワープだ!」
「しかし艦長、今の状態では座標が……司令部の誘導もありません! どの星系に飛ばされるか……!」
「ならば次元潜航だ! いくら超重力でも異層次元までは影響は及ぶまい!」
「了解、次元潜航用意!」
「後方、ガスが来ます!」
メインパネルに映し出された光景は、信じがたいものだった。
後方から接近中の白色彗星が―――獲物を喰らわんとする巨大な蛸の如く、その身に纏う純白のガスを触手さながらに伸ばしてきたのである。
先らかにそれは、通常の彗星の振る舞いではない。
ここに来て、パウエルは確信した―――これは兵器だ、と。
断じて自然発生した彗星などではない。これは天体規模の兵器である、と。
「対艦ミサイル1番から20番、
「ミサイル1番から20番、斉射! 斉射!」
前部甲板にずらりと並ぶ合計30基のVLSのうち、20基がそのハッチを解放した。
異層次元の底に潜み、接近してきた敵艦隊を迎撃する事も想定したグスタール級の主武装である対艦ミサイルの斉射。上へと射出されたミサイルたちは進路を変え、後方から触手のように迫るガス帯へと突っ込んでいく。
あくまでもガスだ。ミサイルの爆風で吹き飛ばす事が出来ればそれでよい―――そう期待して命じたパウエルだったが、ミサイルが期待通りの働きをする事は無かった。
中には増加していく重力傾斜に捉えられ、圧壊し爆散するミサイルもあったが、一部のミサイルは狙い通りにガス帯へと突入した。そこまではいい。
問題はそれからだった。
ミサイルがガスに触れた途端―――接触したミサイルの部位が、
「!?」
弾頭部をガスに食い破られたミサイルたちは爆散するか、そのまま漂流し超重力の中で圧壊、消滅していくだけだった。
(ただのガスじゃない……まさか反物質か!?)
「ガスが来ます!!」
「急速潜航!!」
蒼い飛沫が舞い、グスタール級『パウリア』の船体が異層次元へと沈んだ。
挨拶代わりにミサイルを撃ち込もうとした無法者を呑み込まんと、後方から迫るガスたち。
超重力に囚われていたパウリアの船体が異層次元へと没した直後、蒼い飛沫の舞う空間を白いガスが突き抜けていった。
間一髪―――あと数秒、次元潜航が遅れていればどうなっていた事か。
「次元深度200……250……300……」
蒼い異次元空間を、パウリアは潜航していく。
蒼く海中のように揺らめく表層から、
「白色彗星、通常空間を通過中」
観測員の報告と共に、艦が揺れた。
まるで地震のように完全体が激震、船体各所がこれ以上ないほど強烈な軋む音を奏でる。
地球へと進路を取りつつある魔の巨大彗星―――その脅威を目の当たりにしたパウエル大佐は、嫌な予感が現実になりつつあるのを感じていた。
もしや地球は、とんでもない相手を呼び寄せてしまったのではあるまいか。
そしてその脅威に直面する地球が
次は、妻子の待つガミラスだ。