さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
《理解不能、理解不能》
《アイツ、撃タナイ。ゼッタイ撃タナイ》
《古代進、波動砲ノ引キ金ヲ引ク可能性……0.003%》
ピポピポ、とコミカルな電子音を発しながら頭をぐるぐると回すアナライザーたち。シナノ戦術長の日下部はそんなアナライザーたちに視線を向けてから、艦長席で腕を組みながら眉ひとつ動かさない藤堂艦長を見た。
(理解できない)
きっと、あれは藤堂艦長の優しさなのだ―――艦長とそれなりに長い付き合いになる日下部は、そう思っている。
波動砲はシナノが撃つ―――敵艦隊を手にかけさせない。それはいつまでも決断が下せない古代を見限ったようにも、あるいはあまりにも重すぎる十字架を背負ってしまった彼に変わり手を血に染める優しさにも思える。
藤堂はそこまで冷たい人ではない。
確かに、ガミラス戦役があの人の全てを変えたと神崎副長から聞いた事がある。地下都市での過酷な生活と、じわりじわりと迫る人類滅亡という恐怖。それが彼女の母の心を壊し、自死へと追いやってしまったのだと。
しかしそれ以前の藤堂艦長は、優しく誰にでも気配りができる人であったと聞いている。
副長の言っている事は、決して嘘ではない。
シナノ艦長に就任した後も、本来の優しさが見え隠れする事があるのだ。きっと本人は冷徹な女という仮面をつけ、自分の心を、外部から迫る絶望から守っているだけ。自分に『私は機械だ』と言い聞かせ、ロボットを演じているだけなのだと、日下部も隣に座る市瀬もそう信じている。
そうでなければ―――古代戦術長の言葉を信じ、波動砲の引き金を託すような事をするだろうか?
先ほどのヤマトとの交信で、古代戦術長は言い切った。
『―――引き金は、俺が引く』と。
今にも壊れそうな心を抱き、それでも腹をくくったような目でメインパネル越しにシナノの乗組員たちを睨むように見つめながら。
もし藤堂艦長が古代を見限っていたのならば、そんな彼の覚悟を決めた言葉をにべもなく拒否していただろう。
だからさっきの冷徹な言葉は、彼を焚きつけるための方便だったのだ―――そう信じたいものである。
「―――波動砲、発射用意」
「了解。波動砲への回路、開け」
《波動砲発射用意》
《回路開ケ、回路開ケ》
日下部の命令に、火器管制担当のアナライザーたちが復唱を始める。
「―――日下部戦術長」
「はい、副長」
手順通りに波動砲の発射準備に入る日下部の背中を、神崎副長の冷静な声が射抜いた。
「……ヤマトを、古代戦術長を信用しないわけではないけれど、念のため波動砲制御のオーバーライドの用意を」
「……了解」
波動砲の制御のオーバーライド―――地球防衛軍の艦隊旗艦クラスの艦艇に備わっている特権だ。
指揮下の艦の波動砲制御をオーバーライドし、文字通り旗艦側から引き金を引く事を可能とする。指揮下の艦隊に対しこの特権を行使する事で発射タイミングを全艦と連動、最大火力を同時に叩き込む事を可能とするのだ。
そしてヤマト級は、姉妹艦全てが艦隊旗艦としての活躍を期待された艦ばかりであり、全艦にその”旗艦特権”が備わっている。だからその気になればシナノがヤマトの波動砲をジャックして強制的に発射させる事も可能だし、その逆も然りというわけだ。
古代を信用しないわけではない。されど、最悪の場合には―――十字架を背負い、その重みに苦しむ彼を足蹴にするような真似をしなければならない、という事である。
あまりにも残酷極まりないそれを、しかし日下部は受け入れた。
結局のところ、誰かがやらなければならないのだ。
そして不運にも、その鉢が自分のところへ回ってきた―――それだけの事である。
(そういえば、今日の占いの運勢最悪だったっけ……)
よもやこんなところで、と何気なく携帯端末のアプリでやっていた占いの運勢を思い出し、口元に苦い笑みを浮かべた。
そして、彼女も薄々勘付く。
古代の背負った十字架の重さを。
地球でヤマトの帰りを待っていた地球人では決して想像も出来ぬ重圧の中で、もがき苦しむ彼の心の悲鳴を。
十字架の束縛―――それは決して、容易く断ち切れるものではない。
「ミサイル第六波、来ます!」
「防壁弾の残数は!?」
「残り7発!」
ぐっ、と栗田艦長は歯噛みする。
この後にはテレザート上陸作戦も控えているのだ―――ここで徒に、艦隊防衛の要である波動防壁弾を消耗してしまっては後の戦いに大きく響くだろう。
一応、予備の資材もあるから艦内工場である程度の補充は可能だ。しかし製造には時間もかかるし、いずれにせよ簡単にポンポン消耗して良いものではない事に変わりはない。
「回避だ! 死ぬ気で躱せ!!」
「了解!」
航海長の松浦が操縦桿を右へと倒す。ムサシの333mの巨体がぐんっ、と右へと傾くや、敵艦隊から飛来した数発の中型弾道弾が艦橋を掠め、後方の空間へと飛んでいった。
既に後方の空間はワープアウト直後の攪拌状態から安定しており、もしまたあの大型ミサイルが着弾しても次元断層が開く心配はない。しかしそれでも、条件次第で空間を裂くほどの威力のミサイルを喰らえば、波動防壁の上からでも甚大な被害を被る事は確実だ。
ずん、とムサシの船体が大きく揺れる。
ミサイルが着弾したのだ。
「損害報告!」
「左舷第6区画に命中、火災発生の模様!」
「消火急げ! ダメージコントロール!」
「波動防壁強度、47%に低下!」
「艦首に集中展開、余剰分のエネルギーを推力に回せ! 松浦、腕の見せ所だぞ!」
「了解!」
「第七波、来ます! 中型30、大型8!」
レーダー手の真壁の悲鳴じみた声。
メインパネルには30発もの中型対艦ミサイルと、その後方に8発の、例の空間を裂いた大型ミサイルが見える。
(あれだけの威力のミサイルなんだ、そう簡単に連発できるものではないだろうが……)
しかし、あれだけの数である。
敵の数が多いという事はそれだけの火力を叩きつけられるという事だ。出鼻を挫かれ、攻撃の主導権を完全に相手に握られてしまっては、その火力と射程に物を言わせた全力攻撃にタコ殴りにされるほかないのである。
「艦長、一時離脱を! このままではムサシが危険です!」
「ならん!」
仁科らしくもない弱気な意見具申を、しかし栗田艦長は却下した。
「ヤマトとシナノを見捨てて逃げられるか! ムサシはここで踏み止まるんだ!」
「しかし……!」
「あの艦には……ヤマトには、沖田さんの魂が宿っているんだ」
艦橋の窓の向こうを掠めたミサイルが、ムサシの後方で立て続けに爆発した。
ちょっとした恒星のような閃光に、着実に傷つきつつあるムサシの無残な姿が照らし出される。
「そう簡単に沈むものかよ」
そうでしょう、沖田さん―――。
かつて国連宇宙軍の多くの船乗りたちが精神的支柱とした沖田の背中。あまりにも大きく、そして決して手の届かないその姿を思い浮かべながら、栗田艦長は昔の事を思い出す。
ガミラス戦役中を生き抜いたベテランの船乗りなのだ。あの頃の地獄と比べれば、この程度まだまだ地獄の一丁目―――いや、地獄という言葉を使う事すら生温い。
「―――こ、後方に高エネルギー反応!」
「え」
「―――来たか」
真壁の報告から5秒ほどの間をおいて―――ムサシの後方にあった空間が、何の前触れもなく裂けた。
まるでナイフで切り開かれたようにぱっくりと、血のように紅い空間が開く。次元断層だ。我々が存在するこの次元とはまた違う次元の入り口であり、出口でもある。
しかし周囲の物体を吸い込むばかりであった先ほどの次元断層とは―――様子が違う。
空間が裂けた直後だった。
ごう、と暴風が薙いだように、ムサシの船体が激しく揺れたのは。
まるで巨人がムサシの船体をがっちりと掴み、怒りのままに激しく揺さぶっているかのようにムサシは揺れた。荒れた海の中に放り出された小舟の如く、右へ左へ上へ下へ、平衡感覚が消失するほど激しく揺さぶられる。
松浦航海長が必死に姿勢制御スラスターを吹かし、艦の安定を保とうとするが、しかし異層次元から吹きつけてくる暴風―――いや、強烈なエネルギー流には抗う事すらできない。
血のように紅いエネルギーの濁流。
その中から黒い舳先が躍り出たのを、栗田艦長は確かに見た。
それは間違いなく、地球最強の宇宙戦艦にして人類の希望を背負いし
「待ちわびたぞ……ヤマト……!」
激しく揺れる艦橋の中、栗田艦長は口元に笑みを浮かべた。
ヤマトだ―――ヤマトが次元断層から這い出てきた!
結局のところ、異層次元にも”許容量”というものが存在する。
内部に収まる事が出来る質量にも限りがある、という事だ。つまり波動砲を異層次元の中で発射してその許容量を超過させれば、限界を超えて膨張した質量により次元境界面の最も脆弱な部分が破断して次元断層が開く、というわけだ。
その脆弱な部分とはまさしく、ついさっき次元断層が塞がったばかりのこの宙域である。
ロケットアンカーでシナノを曳航しながら姿を現したヤマトが、次元断層の紅い煙のようなエネルギーの残滓を纏いつつ、エネルギー切れを起こしたシナノをムサシに託して、ただ1隻悠然と前に立つ。
その舳先が睨むのは―――ガトランティス最強、ゴーランド艦隊。
「ヤマトが……ヤマトが撃つ」
「提督、
「む」
ただ1隻残った
次元断層の底へと追いやった筈の
いったいどんな手品を使ったのか想像もつかないが―――倒したはずの敵が復活して戻ってきたという知らせに、ゴーランドはむしろ笑みを浮かべた。
そうでなければ、面白くない。
ガトランティス人は皆、生まれながらにしての戦士である。その闘志は敵が強ければ強いほど滾り、激しく燃え上がるのだ。
空間すら裂いて戻ってきた
ならばこちらも小手調べ無し、最大火力を以てこの強敵を打ち破る事こそが、相手に対しての最大の賛辞となるであろう。
(見ておれ、ノルよ……!)
テレザートでこの戦いぶりを見ているであろう息子の姿を思い浮かべ、ゴーランドは腰に提げた剣を抜いた。
それを振るい、切先をメインパネルへと向けて部下たちへと命じる。
「全艦直ちに攻撃目標を
命中すれば、跡形も残るまい。
ゴーランドは今、最も血が滾っていた。
これほどまでにゴーランド艦隊を相手に食い下がってきた敵が、今まで果たして居ただろうか?
宇宙広しと言えど、ここまで食い下がってきた相手は他にはいない。
今が一番、楽しかった。
人生で一度きりであろう、この一戦が。
「面白い―――ならばやってみろ、
「波動砲への回路、開きます」
徳川機関長の冷静な声と共に、艦内が薄暗くなる。
動力が全て、波動砲へと差し向けられたのだ―――重々しい、獣の唸り声を思わせる波動エンジンの音。全てのエネルギーを乗せたこの一撃に、ヤマト艦隊は全てを懸ける事となる。
「非常弁全閉鎖。強制注入器作動」
淡々とした報告と共に、艦首の波動砲発射口のシャッターが解放されていく。
「ミサイル攻撃、来ます!」
雪の報告を聞くまでもない。艦橋の窓の向こうから飛来した対艦ミサイルがヤマトを掠め、数発のうちの1発が左舷のどてっ腹を盛大に殴りつけた。
波動防壁を解除した状態での被弾だ。艦が激しく揺れ、『左舷損傷!』という報告が上がってくる。
エネルギーの充填が始まり、艦首に蒼い光の粒子が収束し始める―――そのタイミングで、島は隣にいる古代を見た。
拳銃型のコントローラーを握る古代の手は、震えていた。
しっかりしろ、と自分に言い聞かせるように、左手で振るえる右手を上から押さえつける古代。
親友のあまりにも痛々しい姿に我慢できなくなった島は、両目をぎゅっと瞑ってから席を立ちあがる。
ぶるぶると震え、今にも壊れそうな心の悲鳴を押し殺してまで自分の使命を果たそうとする古代の肩に、そっと手を置いた。
「島……?」
「すまなかった、古代……何もかも、お前ひとりに背負わせ過ぎた」
泣き出した我が子に優しく語り掛ける父親のような声音は、艦橋の中へと確かに響いた。
押し潰されてしまいそうなほどの重圧に屈しようとしていた古代の心が、しかし不意に軽くなる。
今までの苦しみが嘘であったかのように遠退いていくのを、確かに感じた。
「島……」
「その引き金は、お前ひとりのものじゃあない―――イスカンダルへと旅した全員が、等しく背負った十字架だ」
ハッとしたような顔で、古代は艦橋を見渡す。
皆が笑みを浮かべ、島の言葉を肯定するかのように古代に向かって頷いてくれた。
「全員で撃つぞ、古代」
土方艦長の声が、古代の背中を押す。
彼の背後にある沖田艦長のレリーフにも視線を向け、古代の覚悟は決まった。
心を押さえつけていた枷が、人間1人が纏うにしてはあまりにも苦しすぎる最期の枷が、勢いよく外れていく。
―――全員で、撃つ!
「エネルギー充填、90%」
「ターゲットスコープ、オープン。電影クロスゲージ、明度20。目標敵艦隊!」
「敵艦隊が大型ミサイルを発射!」
メインパネルに投影される、大型ミサイルたちの姿。
先ほど空間を裂き、ヤマトとシナノを次元断層へ追いやったあのミサイルだ。
あれを喰らったらひとたまりもないぞ、という真田の声にも、しかし緊張感はもう感じない。
「エネルギー充填、120%!」
「島」
「なんだ」
「……この一件が落ち着いたら、いつかイスカンダルまで詫びを入れに行こう」
「……ああ。その時はみんな一緒に、スターシャさんに頭を下げに行こうぜ」
もっとも、約束を違えたことをその程度で許してくれるとは思っていない。
どんな非難の言葉も、厳しい叱責も甘んじて受け入れよう。
仲間が、地球人類が、今日という1日を生き延びる事が出来るのならば。
「波動砲―――発射ぁ!!!」
カッ、と蒼い閃光が迸り―――宇宙を駆け抜けた。