さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
「戦力損耗率、75バルツ」
「前衛部隊は全滅の模様」
声を震わせながらも報告してくる部下に、しかしザバイバル将軍は腕を組んだまま頷いた。
元より不利な戦いである事は重々承知しているし、このテレザートに己の骨を埋める覚悟も出来ている。ガトランティスの戦士たる者、戦場での死こそ至上の名誉。生きて虜囚の辱めを受けるくらいならば、武人らしく潔く散る事こそが美しく尊いものである……ザバイバル自身も、幼少の頃から父にそう言い聞かされ育った戦士の1人である。
が、しかし。
(父上……祖父上……ザバイバルの一族よ、見苦しい戦となる事、お許しくだされ)
目を瞑り、静かにマイクを手に取った。
周波数を機甲師団に合わせ、命令を伝える。
「兄弟たちよ。戦を貴ぶガトランティスの同胞たちよ。直ちに応射しつつ後退、鍾乳洞内へ撤退せよ」
《撤退……ですと!?》
《ザバイバル殿、逃げるのでありますか!?》
「このままでは無駄に同胞の血を流すだけだ。一時後退し戦力を再編、ゲリラ戦へと移行する」
ゲリラ戦―――その言葉を聞いたガトランティスの兵士たちが、正気なのかと言いたげな顔を浮かべるのが安易に想像できた。
戦の中での死こそがガトランティス最高の名誉である。
しかしその中でも死に方によって名誉の度合いが変わってくる。強敵を相手に真っ向から戦いを挑み、壮絶な死を遂げる事こそが最も誉れ高いとされており、逆に物陰に逃げ延び一撃を加えては立ち去って、相手に出血を強いる卑劣な戦い―――それこそまさにゲリラ戦のような戦い方は最も忌避される傾向にある。
一部の士官を除き、多くのガトランティスの兵士たちはこのまま突撃し最後の攻撃を加えるものと覚悟していたし、そう腹を括り死ぬ準備をしている者もいた。中には敵部隊に突入し、敵兵を道連れにし自爆する事を企図して、腹のベルトに手榴弾を巻き付け始める兵士もいたほどである。
だからこそ、ザバイバルの命令はこれ以上ないほど強烈な肩透かしとなった。
《俺は嫌です! ここで背を向けて逃げたら、死んでいった戦士たちに顔向けできません!》
《テロン人恐るるに足らず! ガトランティスの気概を見せつけてやりましょうぞ!》
「たわけ!」
さながら獣の咆哮のようだった。
銅鑼を鳴らすような大声を狭い戦車の中で発するものだから、隣の砲手と操縦手はたまったものではない。思わず両手で耳をがっちりと抑え、熊のような巨体をぶるぶると震わせていた。
「よいか、よく考えろ。我らが長く戦えば戦うほど、
戦術的に不利なのは、無論ザバイバル陸戦師団の方である。
しかしさらに俯瞰して戦略的に見てみれば―――不利なのはむしろ、ヤマト艦隊の方だ。
彼らは今、地球へと向かう白色彗星とすれ違う形でテレザートへとやってきている。
つまりここでテレザートの制圧に手間取れば、それだけ地球防衛に加わる事が難しくなるという事だ。彼らガトランティスからすれば、たった1隻でガミラスを敗戦へと追いやり、グタバ遠征軍を壊滅させた地球の最高戦力たるヤマトを防衛戦に参加させず、間接的に地球侵攻を支援する事が出来る、というわけである。
その戦略的重要性を理解していれば、種族としての名誉ある死よりも、誉れを捨て泥臭く生き延び、大帝ズォーダーの戦の勝利に貢献するべきという選択をするのも当然と言えよう。
説き伏せられてようやく、無線機の向こうから反論する部下の声が聴こえなくなった。
皆、納得したのだ。
「全車後退、鍾乳洞まで後退せよ。後退後は敵機甲部隊に砲撃を加えつつ白兵戦を挑むぞ」
「はっ!」
一族の恥、と糾弾されてもいい。
ガトランティスの勝利に繋がるというのであれば。
結局のところ、どこかで誰かが汚れ役を担わなければならないのだ。
そのお鉢が自分に周ってきた―――ただそれだけの事なのだから。
「よぉーくやったぞモヤシぃ!」
がっはっは、と大笑いしながら駆け寄ってくるなり、斉藤はばしばしと速河の背中を叩いた。空間騎兵隊ではよくあるスキンシップなのだろうが、しかし技術畑一筋でやってきた速河にとっては殴られているにも等しいようで、背中に走る痛みと衝撃、そしてそれをもたらしている斉藤の表情のギャップに混乱しているようだった。
「あんな隠し球用意してるなんてな!」
「見直したよモヤシ」
「隅に置けねえなァモヤシ」
「も、モヤシ……?」
これ褒めてるんですか、と助けを求めるような表情で真田と古代の方を見る速河だったが、同じく技術畑出身だった真田と、こういう付き合いがいまいち苦手な古代ではどうする事も出来ない。
そろそろ速河の背中が真っ赤に腫れるのではないか、と思ったところで、古代は敵の動きに気付いた。
―――退いているのだ。
「真田さん」
「うむ……こりゃあ面倒なことになった」
双眼鏡を覗き込みながら、真田は冷静に言う。
古代もこれを恐れていた。いっそのこと、頭に血が上って突っ込んできてくれればこの語の展開がもう少し楽になるところだったのだが、しかしテレザートという重要拠点を任される敵の指揮官がそんな無能なはずもない。
「古代よりヤマト、敵機甲部隊への攻撃を要請」
《了解、砲撃を開始する》
南部の声と共に、頭上から雷鳴のような砲声が轟いた。
ヤマト、ムサシ、シナノの3隻が主砲を向け、三式弾での艦砲射撃を始めたのだ。
それだけではない。敵の機甲部隊目掛けて、爆装したコスモタイガーたちが果敢に切り込んでいく。
空爆と艦砲射撃の波状攻撃に晒されて、敵の機甲部隊は更にその数を減らしていった。
「なあ、何でこれが面倒なんだ?」
「ゲリラ戦だよ」
若い空間騎兵に、永倉が教えた。
「アイツら、あたしたちの嫌がる事を徹底してやってきやがる」
永倉の隣で、先ほどまで速河の背中をばしばしと叩いていた斉藤もいつの間にか強張った表情になっていた(速河という玩具に飽きたというのもあるのだろう)。
そんな斉藤の脳裏に、かつての桐生連隊長の言葉が過る。
月面に構築した陣地で、ガミラス軍の空爆に耐えている最中に放った桐生連隊長の言葉。苦しい状況下で絞り出したその言葉は、今でも斉藤の中では警句として生きている。
曰く『こっちが一番やられて嫌な事を、やられて嫌なタイミングで、やられて嫌な加減でやってくる相手は大抵優秀なんだ』。
それはすなわち、こちらの弱点を見抜いているという事に他ならない。
「永倉ァ、天城ィ、ゲリラ戦だ」
「待ってました」
「あたしはいつでもいけるよ、隊長」
目を細め、そっと双眼鏡を降ろす。
空爆と砲撃で敵の機甲部隊はかなり数を減らしたようだが、それでもまだ残っている。
幸い敵が退避していった鍾乳洞の奥にテレサが幽閉されていると思われるが、しかし鍾乳洞という閉鎖空間となる以上、艦砲射撃や空爆による支援は期待できない。
単純な歩兵火力での、逃げ場のない殴り合いになる。
「古代よりヤマト、艦砲射撃は効果ありと認む。これより鍾乳洞内部に突入する」
《了解。古代、健闘を祈る》
土方艦長の声に押され、古代は鍾乳洞を睨んだ。
あの大地にぽっかりと開いた鍾乳洞の最奥―――そこにいるのだ。
ヤマトを、乗組員たちをここに呼んだ存在―――宇宙の女神、テレサが。
「将軍!」
ヘッドギアを外し、部下から受け取った水筒を一気に呷るザバイバルに駆け寄ったノルは、しかし今まで見た事のないザバイバルの表情に言いようのない恐怖を感じた。
剣術の鍛錬の時、いつも見せていたあの表情ではない。
まるで獲物を見つけ、気配を殺し、しかしその内では殺意を沸々と煮えあがらせているような、そんな表情だ。これまでノルに見せていた表情はあくまでも教官、保護者の片割れとしてのもので、むしろ戦場でのザバイバルはこっちが素なのだろう……ノルはそう理解した。
「ノル殿」
「?」
野獣のような髭を汗で濡らしながら、ザバイバルは腰に提げていたホルスターからそっと拳銃を引き抜いた。ガトランティス軍で採用されている大型リボルバーだ。大口径の弾丸を発射し、着弾と同時に超高温のガスを噴出する事で装甲を融解させ、恐るべき貫徹力を誇る代物である。
当然、屈強な肉体を持つガトランティス人でなければ扱えない。
ザバイバルのそれはかなり念入りに手入れされているが、しかし数多の激戦を持ち主と共に潜り抜けている事が窺い知れた。フレームには細かな傷がびっしりと刻まれていて、トリガーの感触も軽くなっている。グリップにはガトランティス語で”帝国に栄光あれ”と刻まれているが、明らかに正規の刻印ではない。戦場で自分で彫り込んだものなのだろう。
シリンダーの中に1発だけ弾丸が残っている事を確認して、ザバイバルはそれをノルに差し出した。
「これを」
「1発だけ?」
「敵がすぐそこまで迫っております」
彼の部下の兵士が、代わりの拳銃と小銃、それからガトランティス軍で広く使われている大剣を持ってきた。部下からその装備一式を受け取るなり、ザバイバルは手慣れた様子で装備を身に着けていく。
「……いざという時は、ご自分で」
「……!」
1発だけの弾丸―――その理由が、分かった。
―――自決用なのだ。
もしザバイバルが敗北するような事があれば、それで自分の命に始末をつける事。
そこまでザバイバルは言わなかったが、1発だけ弾の入った銃を渡された意味は十分に理解できた。
踵を返し、部下の兵士を引き連れて再び出撃していくザバイバル。
きっとこれが、彼との後生の別れになるのだろう。
待って、と伸ばしかけた手を引っ込め、ノルは渡された拳銃をじっと見下ろす。
重かった。
ずっしりと重く、それでいて氷像のような冷たさがあった。
相手の命を奪う武器の感触―――そう思うと、銃を握る感触にも忌避感を覚えた。
シナノから投下されたコンテナの中には、予備の弾薬と手榴弾、それから古代、真田、速河の3人がリクエストした装備一式が収まっていた。
0式短小銃(※0式小銃のカービンモデル)と南部零式拳銃。古代にとっては兄の守が持っていた拳銃の発展型とも言える代物で、グリップの感触は以前まで使っていたそれに近い。
速河の手にあるのは古めかしい外見の南部零式拳銃とは打って変わって、がっちりしたスライドとコンペンセイターが目を引く近代的な拳銃だった。
”ハヤカワ・ストームパラベラムM2”。先進技術に定評のあるハヤカワ・インダストリーが開発したばかりの新型拳銃だ。防衛軍の陸戦隊へ積極的な売り込みを図っており、新型モデルでありながら珍しく堅実かつ保守的な設計で、軍内部では南部とシェアを見事に二分しているのだという。
自社製品をホルスターに収めるなり、速河はバックパックからドローンを取り出した。
カメラやセンサーが搭載された偵察ドローンと、先端部に爆薬を装備した自爆ドローンだ。
小型の端末を取り出してホログラムの画面をタップするなり、ドローンたちは鍾乳洞へと突入していった。
「行きましょう」
そう告げるなり、古代は頷く。
この奥だ。
この鍾乳洞の奥に―――テレサがいる。