さらば宇宙戦艦ヤマト2203 ~愛の戦士たち~ 作:往復ミサイル
闇よりも暗い、暗黒の中。
陽の光すら届かぬ、闇の住人の住処―――ハヤカワ・インダストリー本社の地下にこのような場所があったのか、と速河力也は視線を巡らせた。
ガミラス戦役で母と妻子を失って以降、アルコールと妄想の世界に入り浸るばかりだったものだから、よく考えてみれば函館の実家や本社に帰省した事は数えるくらいしかない。以前の休暇で訪れた前は、母と妻子の墓参りくらいのものだ。
ならば本社の地下に未知の施設があっても何も可笑しくはない。自分が与り知らぬだけの事である。
父は―――速河総一郎は息子をいったいなぜここへ呼びつけたのだろうか。
以前と変わらぬ、しかし心なしか小さく見える父の背中。問いの言葉を投げることなく通路を歩くと、やがて地下へと続くエレベーターが見えてくる。
2人で乗り込むなり、総一郎は手元に生じたホログラムのパネルをタップしてエレベーターを起動させた。
先進性を重んじるハヤカワ・インダストリーの施設はどれもこれもが近未来的だ。旧い、枯れた技術を重んじ堅実な製品ばかりを世に送り出す南部重工とは対照的と言っていい。
「……力也」
「なんだよ」
降下していくエレベーターの中、総一郎はおもむろに口を開いた。
「お前は小さい頃から口の堅い子だったな」
「……他人に話す価値のない事ばかりだったからだ。必要なら話す」
「……今回の一件、出来れば内密にな」
「……」
父の背中が告げている―――お前はそこまで愚かな子ではない筈だ、と。
以前に帰省した時から、父の様子からは何か……違和感のようなものを感じずにはいられなかった。
乗艦のアマテラスの改修もそうだ。本来予定になかった大改修を行い、”位相エネルギー”などという得体の知れないエネルギーと、今までの地球の艦とは明らかに設計思想も技術体系も異なる無人型の艦までつけてきたのである。
ハヤカワ・インダストリーはいったいどうしてしまったのか。自分の可能な範囲で探りを入れても、しかしそれはまるで暗闇に手を伸ばしているような不安に駆られたものだ。もしかしたらこのまま闇に引きずり込まれてしまうかもしれない。あるいは闇に潜む何者かが、探りを入れる手を刈り取りに来るかもしれない。
安堵で満たされているべき実家がそのような有様になっている事は、彼にとって不安以外の何物でもなかった。
音一つ立てずに停止したエレベーターのドアが開き、総一郎が暗闇の中へと一歩足を踏み出す。
その瞬間だった―――彼の一歩が合図だったかのように、奈落の底へと通じるかの如き暗黒の表面に紅い光が迸り、まるで翼を広げる蝶のような、あるいは機械の手足を持つ人間のような、何とも言えない
「ようこそお二方。お待ちしていました」
無機質な女の声。
ぎょっとしながらも力也が前に出ると、ぬうっと暗闇の中から1人の赤毛の女が姿を現す。
「……アンタは?」
「ああ、紹介しよう。欧州軍区フランスのタンプル財団から来た、代表代理の”ラウラ”氏だ」
ラウラ、と紹介された女は、ウェーブのかかったルビーのような赤毛を揺らしながら静かに一礼した。
なんというか、機械のようだ―――力也の抱いた第一印象はそれだった。
人間というより、まるで”人間のふりをしているロボット”のような、身も心も冷え切った人間程度では到底発しえない無機質さがあった。一流の技術者が、限りなく人間に近付け、しかし人間の内面的な部分が模倣できていない不完全なロボット……そのように思えてならない。
が、さすがに初対面の相手に対し「アンタ、ロボットかい?」などと問を投げる無礼など出来る筈もなく、「速河力也です」と無難な自己紹介を返すのが精一杯だった。
しかし、それよりも力也にはこの女に問いたい事がある。
「―――どこかで会ったか?」
「いえ、あなたとは初対面です」
では他人の空似か―――以前、それもだいぶ昔、非常に親しい間柄の人間にまさしく彼女のような女性が……娘のような存在が居たように思えてならない。
前世の記憶、という言葉が思い浮かぶなり、力也はそれを一蹴した。何ともばかばかしいものだ。輪廻転生という概念が本当にあるのだとしたら、前世の自分はいったいどれだけの悪事を働いたというのか。そうでなければ母を、妻子を殺され絶望のどん底へ叩き落されるような事などあるまいに。
すると、ラウラと名乗った女は胸に装着していた紅いメダルのようなものを無造作にタップした。
その瞬間だった―――彼女の白い肌にブロックノイズ状の光が走るなり、真珠を思わせる白い肌が灰色へと変わっていったのは。
それだけではない。誰もが振り向く美貌と主張の激しいスタイルの身体を覆っていた黒いスーツにもブロックノイズ状の光が走るや、肌にぴったりと密着するようなデザインの黒いマント付きのスーツへと変わっていったのである。
唐突極まる出来事に、力也は半ば反射的に腰のホルスターへと手を伸ばし、ハヤカワ・ストームパラベラム拳銃を引き抜いていた。コンペンセイターとドットサイト付きのそれをラウラへと向けりなり、素早く安全装置を解除していつでも撃てる体勢へと移行する。
明らかに彼女は地球人類ではなかった。
ガミラスか、あるいは別の異星人―――そうとしか考えられない。
「やめなさい」
「親父、アンタ何をいったい―――」
「力也、彼女は―――彼女たち”デザリアム”は敵ではない。1000年後の、我らの子孫なのだ」
「い、意味が分からない……アンタ、俺が参ってる間に頭でも打ったか? それとも母さんが死んだショックでついにイカれたか!?」
「イカれてるのはお前も他人の子とは言えんだろう?」
ぐうの音も出ない。
「まず、聞け。彼女たちデザリアム人は”時空結節点”を通り、この時空間へとやってきた。1000年後の世界に待ち受ける滅びの運命から我らを救うために」
「何を馬鹿な―――」
話が進まない、とでも言わんばかりに、本性を現したラウラは両手を大きく広げた。
それが合図だったかのように、暗黒に包まれた部屋に映像が投影される―――いや、違う。部屋に映像が投影されているのではない。
暴力的な量の情報が、力也の頭の中に直接流れ込んできているのだ。全てを押し流し決壊させる、濁流のように乱暴な勢いで。
―――波動砲の乱発。
―――崩壊した土星。
―――空間裂傷。
―――あばら骨のような姿と化した、無残な地球。
―――波動エネルギーの放棄と位相エネルギー。
―――偶然見つけた時空結節点。
―――歴史修正計画。
―――マザー・デザリアムとの決別。
その全てが―――しかし腑に落ちた。
今の地球が、というよりも最近のハヤカワ・インダストリーが導入し始めた位相エネルギー。それはハヤカワで生み出されたものではなく、デザリアム由来の未来の技術をリバースエンジニアリングして、今の地球の技術として落とし込んだものにすぎないのだと。
そして彼とアマテラスは、そのテストヘッドだったのだと。
「ご理解、頂けたようですね」
彼女が伝えようとしていた概念を頭に捻じ込まれ、頭では理解できても身体が拒否しているちぐはぐな感覚―――これが自我と魂の乖離とでもいうのだろうか。何とも言語化できない感覚の力也を他所に、ラウラは無機質な喋り方で話を進める。
「本日、あなた方お二人を呼んだ理由は他でもありません。まだ地球では少数派となっているデザリアム派に、新たな情報開示を行うためです」
「新たな……情報開示?」
総一郎も初耳のようだった。
なぜ一度に情報を開示しないのか。まだハヤカワ・インダストリーとその一派は、デザリアムからの信用を勝ち得ていないのか。そんな不信感が芽生えるが、しかし逆らったところでどうにもならない。
力也が逆らったところで、大河を小石で塞き止めようとするかのようなものなのだ。デザリアムがここ数年で張り巡らせた根は、もう地球の深部にまで達している。
「以前、フィオナ様がお伝えしましたね。我らの時空間では旧土星宙域から溢れ出た未知のエネルギーにより、地球は無残な姿になったと」
「ああ」
「その未知のエネルギーですが……実は、我らに牙を剥いたのはそれだけではないのです」
「どういうわけだね」
「空間裂傷……時空の裂け目、ともいえるそこから、”未知の敵”が出現したのです」
ラウラの言葉と同時に、壁面に新たな映像が投影される。
奇妙な形状の宇宙戦艦だった。
ガトリング砲を思わせる多銃身の砲塔に、艦首から突き出た大型のガトリング砲。地球、ガミラス、ガトランティス、そしてデザリアム―――既知の異星文明とも意匠の異なる、新たな勢力の宇宙戦艦。
そしてそれらから小型の魚雷艇のような兵器が飛び立つなり、上部に2基搭載していた鋼鉄のオタマジャクシを思わせる魚雷のようなものを、デザリアムの保有する円盤型の宇宙戦艦へと発射し始めたのである。
被弾したデザリアム艦は次々にその防御を破られ爆沈、艦隊は全滅していった。
映像が切り替わる。
肋骨のような外殻大地と、赤々と燃え盛るコア。肋骨と内臓を思わせる無残な姿の地球沖を漂う、魚雷の突き刺さったまま擱座する改プレアデス級の残骸。
その命中した魚雷に、映像がズームアップされた。
「未知の敵―――その名は、【ディンギル】」
―――ディンギル。
新たな正体不明の敵が、未来の世界では彼らに牙を剥いているのだ。
まるで宇宙が、波動砲の乱発という禁忌を侵した地球を滅ぼそうとしているかのようにも思え、力也はそのあまりにもの仕打ちに心が折れそうになった。
俺たちはただ、生き残る手段を模索していただけだ。
ガミラス戦役の苦い記憶が蘇る。
家族の死。
次々と沈んでいく友軍。
帰らぬ人となっていく防衛大学の同期生たち。
理不尽で、残酷な現実に立ち向かおうと―――たとえイスカンダルが使用を禁じた忌むべき力だとしても、明日を、未来を生きる事が出来るならばとこの手を血で染める覚悟だった。
それがなぜ、このような仕打ちを受けなければならない?
大宇宙は、古代アケーリアス文明は我ら地球人類に滅べと言っているのか?
「―――ですから、我々がやってきた」
暗闇の中―――ラウラとは別の声が響き渡る。
聞き覚えがある。フィオナ、と名乗った女の声だ。
振り向くと、そこにはやはりフィオナが居た。しかし彼女もまた正体を隠していたようで、その姿はいつぞやの本社で出会ったフランス人としてのフィオナの姿ではない。
灰色の肌に白い髪、そして肌に密着するデザインの白いボディスーツ姿。
フィオナは心が折れそうになりつつある力也の手を取ると、ラウラとは打って変わって柔和な、慈愛すら感じさせる笑みを浮かべる。
「共に生きましょう。この理不尽な運命を変えるのです」
「変える……いったい、どうやって」
「我らデザリアムの力があれば滅びの運命は変えられる。共に戦うのです。悪しき侵略者と」
暗黒に閉ざされた未来に、一筋の希望の光が見えたように思えた。
妻子を、母親を失い、終わりのない戦いに心を擦り減らされ、救いのない未来まで提示された現実を―――フィオナの声が、笑みが、慈愛が、進むべき道を指し示してくれる。
「あなたのお話は総一郎氏より伺っています。お母様と奥様、お子様を失いたいへんつらかった事でしょう。その悲しみ、絶望……私には察するに余りあります。ですが我らの力さえあれば、もう二度とそのような事は繰り返させないとお約束いたします」
さあ、とフィオナは真っ赤なメダルを力也に差し出した。
彼女やラウラの胸にあるものと同じ―――”コムメダル”だ。
「―――共に、光に満ちた未来へ」
その日、力也はデザリアムによる調律を受け入れた。
「波動エンジン出力正常」
「位相機関との回線確立。位相セルからのエネルギー伝達開始を確認」
乗員たちからの報告を聞き、薄暗いアマテラスの艦橋でドビュッシーの『月の光』に聴き入っていた力也はそっと目を開けた。
こんなにも心が落ち着くのはいつぶりだろうか。
今まで感じていた不安、絶望、終わりのない悪夢―――精神を苛んでいた全てが、まるで凪いだ海のように穏やかに感じられる。
これがコムメダルの効果―――デザリアムの調律なのだろうか。
これならば全力で戦える。
心の中で、救いの手を差し伸べてくれたフィオナへ感謝を述べながら、力也は命じた。
「ガトランティスぶち殺し艦隊、前進。目標、第十一番惑星!」
彼の号令を受け、波動エンジンと位相機関を搭載し黒く染まったアマテラス級1番艦『アマテラス』が、配下の黒色艦隊と共にワープしていく。
その船体のパイロンリングに、リバースエンジニアリングした【ハイパー放射ミサイル】を搭載しながら。
ハイパー放射ミサイル
フィオナが開示した新たな情報は衝撃的なものであった。彼女らの時空間において発生した空間裂傷から出現したのは、地球を全滅へと追い込んだ未知のエネルギーだけではなく、別宇宙からの侵略者『ディンギル』であった、というものである。
ディンギルの保有する【ハイパー放射ミサイル】は、そもそも別宇宙の技術で製造されたものであるからかデザリアムの位相変換装甲ではエネルギーの相殺が出来ず、加えて着弾すると対象の内部に【空間裂傷から生じる未知のエネルギー】を直接吹き付け内部から破壊するという恐るべき兵器であり、記録によると自動惑星ゴルバ型要塞であっても被弾は非常に危険である、という恐るべきものであった。
デザリアムのフィオナ派(デザリアム分派)はこの時空間の地球人類の一部が信用に足る存在であると判断するなり、彼らにこのハイパー放射ミサイルの技術を提供。ハヤカワ・インダストリーは時間断層深部の秘密区画で極秘裏にリバースエンジニアリングを行いハイパー放射ミサイルを量産、速河艦隊に新型対要塞ミサイルとして配備させる事に成功した。
今後は第十一番惑星を攻撃してくるガトランティスを実験台に、ハイパー放射ミサイルのデータ収集が行われると思われる。