黒騎士は英雄にはなれない   作:影雪

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また遅くなってしまった……話数と文字数が比例して増えてくのは何故?
お気に入りが10件を超えたようで感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございます!


『委員会』と『黒騎士』②

 

 

 

 倉庫街の最奥。港に最も近い場所にある倉庫の中で、そこに似つかわしくない、刃と刃のぶつかり合う音が響く

 槍が、剣が。濁流のように絶え間なく明確な殺意を込めて襲いかかる。

 

「──シッ!」

 

「らァ!!」

 

 槍兵の薙ぎ払いを屈んで回避し、すかさず飛び込んできた剣士の刺突をバネを使った跳躍で躱す。

 

「取ったッ!」

 

「……それはこちらの台詞だ」

 

 跳んだ所は無防備と踏んだか、槍兵がその槍を突き出す……が、身体ごと回転させることによって受け流し、遠心力と体重をかけた一撃を叩きつける

 

「……まずは一人」

 

「それはどうかな?」

 

 槍兵に迫った剣が、間から差し込まれた黒い塊に止められる。ぐしゃりと変形した塊は剣にまとわりつき、更にそこから形を変えて刃を形成。こちらへと牙を剥く

 剣を放棄し、篭手で刃を弾いて後ろに大きく間合いを取る。大した連携だ。

 よく目を凝らしてみれば、後ろの男……その周りに黒いものが見える。あれは──

 

「……砂鉄か。お前の能力は『磁力操作』だな。よく能力を使いこなせている」

 

「そうとも。この場は委員会への対策として、俺の能力が十全に発揮できるように様々な磁力に反応するものが置いてある。剣士と槍兵の前衛、砂鉄の盾。そして──」

 

 後ろに殺気。剣を作り直して後ろに振り抜く。こちらに向かって突っ込んできていた鉄骨を弾き飛ばし、脇から迫る剣士と槍兵の攻撃を剣と体術でやり過ごす。

 

「死角からの一撃を躱したか……それもいつまで持つか。お前は我が同胞を殺した……愚かなことだ。その強さならこちら側に着けば良かったものを」

 

「……生憎と、仕えるべき主は既に決まっている。俺とお前達は殺すか、殺されるかの関係にしかなれんよ」

 

 槍を弾き、返す剣は砂鉄に防がれる。気を抜けば鉄骨や槍のように加工した鉄パイプが襲い、極めつけは

 

「『豪振(ハードスラッシュ)ッ!』」

 

「……ッ!!」

 

 この剣士の持つ技能(スキル)……役割(ロール)の特色の一つ、彼等は段階とは別に特殊な技を編み出すことがある。

 今回で言えば、『豪振(ハードスラッシュ)』大きく踏み込んで強力な袈裟斬りを叩き込む技。それを真正面から受け止め、鍔迫り合いに入る。足元のコンクリートが割れ、ガリガリと後方へ押しこまれる

 

「やるなぁ!技能(スキル)を受け止められたのは初めてだ!!」

 

 上空に影。剣士と同時に飛び退き、こちらが立っていた場所に槍が突き刺さった。

 また距離が開いた……埒が明かないな。委員会はこちらに向かっている。これだけ派手に戦闘しているんだ。いつ来てもおかしくないだろう。

 

「は、はは……ははは!いいぞ!やってしまえ!いきなり出てきた時は驚いたが、大したことないでは無いか!私の邪魔をするからだ!そのまま殺してしまえ!」

 

 自分が有利と見て余裕を取り戻した責任者の男が口から泡を飛ばす勢いでまくし立てる。

 しかしその身体に砂鉄でできた刃が突きつけられると途端に青くなり、尻もちをついて黙ってしまった。

 

「少し黙っていろ。俺達はあのお方の命令でお前に着いているだけに過ぎない。お前達無能力者に命令されるなど虫唾が走る。百ほど首を削り落としても足りない。生かされていることに感謝し蹲っていろ」

 

 磁力使いが刃を戻しながらこちらを見る。その目に映るのは忠誠心と怒りか……上位者である自分達が虫けら同然の人間に命令されることが我慢ならない。しかしさらに上位者である主には逆らえない。と言ったところか

 

「我らあのお方に忠誠を誓った能力者。我らこそが新人類……我らこそが新たな世界の支配者なのだ。支配を拒む愚者共、本来なら我らこそが『能力者』で、委員会などを名乗る紛い物共が『異能力者』と呼ばれるべきなのだ。我らに牙剥く貴様も、委員会共々粛清する」

 

 突き刺さった槍を引き抜きながら槍兵が言う。

 新人類。支配者。称号(ギフト)というものは彼等にとってそこまでの栄光をもたらすものらしい。

 

「……反吐が出る。何が新人類、何が支配者だ。称号(ギフト)があるからと言って人間の枠を超えることはない。お前達が掲げる理想は、お前達の主とやらが提供する夢物語と何ら変わらないものだ」

 

 新人類(そんなもの)になってしまったから、あの子の運命は狂った。支配者(そんなもの)になろうとする者が居るから、あの子は苦しんだ。

 称号(ギフト)なんてものがあるから、こんな化物を最後の拠り所にするしか無かった

 

「……夢の終わりだ。酷く傲慢な称号(ギフト)を持つ者達。その思い上がり、裏に隠れた黒幕諸共切り捨てる」

 

「我らを、我らの主を侮辱するかッッ!!」

 

 我慢ならなかったのか、槍兵が飛び出す。そうだ、それでいい

 

「待て!言葉に踊らされるな!」

 

『怒り』という感情はとても強いものだ。

 それは自身を瞬間的に強化する。称号(ギフト)を得た者の身体能力であれば特に。だが忘れてはならない。怒りは自身を強化するが、呑まれてしまえば逆に脆くなってしまうものであるということを

 槍兵は特に能力者に、そして主に信仰していたように見えた。少し煽れば単身で突っ込んでくることも予想出来た。

 ──そして今なら砂鉄の盾が間に合わない。

 

「……一つ。連携して戦っている時、怒りに任せてそれを乱せば死を招く」

 

 突き出された槍を半身で躱し、すれ違いざまに逆袈裟切りが決まる。

 槍兵から力が抜け、絶命したことがわかったのだろう。盾にするために迫った砂鉄が刃の形を取って襲いかかる。

 

「……影縫い(シャドウステッチ)

 

技能(スキル)!?『豪振(ハードスラッ)』───!」

 

「……二つ、必殺でないのなら、技能(スキル)はおいそれと使うな。強者に二度目はない」

 

 身を屈め、影のように疾駆する。これは技能(スキル)では無い。ただの歩法だ。迫る刃をすり抜け、一瞬で剣士の間合いに到達……隙だらけの踏み込みに来ると分かっている攻撃。速度をそのままに胴体を切り抜く。二つに別れた剣士を横目に、残った最後の一人。磁力使いに突進する。

 

「───ッ!!あぁぁぁぁ!!」

 

 仲間を全て失い、磁力使いが破れかぶれの攻撃を仕掛ける。自身の能力を最大限活かせるフィールド。倉庫の中の全てがこちらに襲いかかってくる。

 

「よくもッ!俺の同胞を!あのお方に認められた、支配者の資格を持つ俺達の邪魔を!!」

 

 だがそれが厄介だったのは、自分に近付かせることの無い前衛がいれば、の話だ。

 怒りで脆くなった砂鉄の刃を吹き飛ばし、突き刺さる鉄骨を足場に跳躍。射出された鉄パイプを弾き落とし───必殺の間合いに入る

 

「……三つ、怪物を殺せるのは正義の英雄(ヒーロー)か、それより強大な、悪のみだ」

 

「……私刑───執行ッッ!!」

 

 全体重を乗せた唐竹割り。砂鉄の盾など物ともせずに、磁力使いを絶命させる一撃が入った……決着だ。

 

 

 ●

 

 

「あぁ……そんな、そんなことが……」

 

「……勝敗は決した。後はお前だけだ」

 

 茫然自失と座り込む責任者の男に剣を突きつける。異能力者達も黒幕の関係者だったのは思わぬ収穫だった。この男からの情報はほとんど無いかも知れないが、ヤツらの情報はどんなものでも欲しい。

 

「助けて……助けてくれ!私はただ言われたようにしただけなんだ!!美味い儲け話に屈強な護衛、魔が差してしまっただけなんだよ!!そう、そうだ!お前が探してる情報を私も全て話す!なんなら、お前のためにもう一度あいつらに接触したっていい!」

 

「……黙れ、悪党」

 

「ヒィッ!」

 

「お前の語る情報には何の価値もない。その魂を引きずり出して、全て調べたらいいだけだ。つまらない命乞いで、遺言を言う機会を逃したな」

 

 こいつも、称号(ギフト)を持っていたら自分の欲望の為に他者を平気で貶め、あの研究所の時のような犠牲者を沢山出したのだろう……そして断罪の時、一切の非を認めず醜い命乞いを垂れ流す。

 つまらない命だ。不愉快な命だ。悪に染まり切る覚悟もない小悪党だ。

 突きつけていた剣を振りかぶる。これで終わりだ

 

「……死ね」

 

「あぁぁ!!待て、助けて──ッ!」

 

「あぁ、助けてやるよ。ヒーローだからな」

 

【騎士様っ!】

 

 姫の声。そして別の男の声

 殺すために振り下ろすはずだった剣をを横から到達した炎に叩きつける。ただの炎じゃない……!火球の形を取ったそれは剣と拮抗し、その光を強めていく。

 

「──爆ぜろッ!」

 

 光が一瞬収縮し、その後視界が爆炎に包まれた。

 

 

 

 ●

 

 

 

【騎士様……騎士様──】

 

【──騎士様!】

 

 姫の声が聞こえる……一瞬気を失ったようだ

 

【騎士様、ご無事ですか……?】

 

「……問題ない」

 

 追撃が来るかと警戒したが、どうやら向こうもそれどころではないらしい。

 

「大我ァ!そのオッサン生きてる!?」

 

「ぶっ飛ばしすぎですよ馬鹿!今確認します……気絶してるだけみたいです!ギャグみたいに服だけ黒焦げですけど!」

 

 あぁ、あの悪党も一緒に吹き飛ばされたのか……右腕を見てみれば、持っていた剣が半ばから融解したように消失し、腕も煙を上げている。体は倉庫の壁に埋まっていたらしい。委員会が追いついた時点であの男を殺すことは難しいだろうし、そのまま突き抜けて外に出ていたら、離脱も簡単だったのに、運が悪い。

 溶けた剣は消して、壁から身体を引き抜きながら新しい剣を作り出す。

 

「咄嗟だったし本体無事ならいいだろ!それより……オペレーター。あいつの能力、分かるか?」

 

【……すみません。レイジさんと大我さんからの視覚情報では辛うじて人型である、としか……称号(ギフト)の種類も、能力も全て隠蔽されているみたいです】

 

「ボロボロのマント……あれに情報を隠す能力が付与されてるのかも。というか、レイジさん今の炎……」

 

「あぁ、殺すつもりで出した。生半可な炎じゃ牽制にもならずにこのオッサン殺されてたかもしれないからな……まさか無傷とは思わなかったが」

 

「……いや、さすがに無傷とはいかんよ。素晴らしい練度だ『委員会』」

 

「───話せる理性があるなら、狂人の類じゃねえな。派手にやってくれたな『異能力者殺し』。ここ最近で起きた異能力者の惨殺事件、ここで倒れてる奴らと同じだ。やっと正体見せやがったな」

 

「……『異能力者殺し』か、そうだ。快楽的に殺人を繰り返す異能力者。自分こそが新人類だと思い上がる異能力者……道を外れた称号(ギフト)を持つ者達を殺したのは、俺だ」

 

「自白してもしなくてもお前をとっ捕まえるのは確定してるが……なぜ殺す?このオッサンは無能力者だったぜ。異能力者が憎いからって理由だけじゃねえだろ」

 

「……主の命だ。『世界()救え(滅ぼせ)』と、この世界から悪が消えない限り、俺は止まらない」

 

「悪、ね。ならお前を止めようとする俺達も悪か?」

 

「……お前達は正義だ。善き人の為に行動できる善人。俺から見てもそれは変わらない。ただ俺の前に立ち塞がるなら、俺は悪として、お前達という正義を打ち破ろう」

 

「……よっし、とりあえずお前の目的は把握した。事情聴取は充分だな。てことで───俺は委員会の隊長として、お前をぶっ飛ばすぞ。『異能力者殺し』」

 

「俺の名前を覚えとけ……加賀レイジ。闇を照らす英雄(ヒーロー)の名だ。こっちは頼れる相棒の大我くんな!」

 

「……僕の名前は要らなかったでしょ。まぁ、これ以上好き勝手に暴れられるのも迷惑なので、さっさと捕まってくれるとありがたいです」

 

【騎士様、撤退を。今は彼等と争う必要は】

 

「……いずれ道の果てで戦うことになる相手だ。それに向こうも逃がしてくれる雰囲気ではない。隙を作って撤退する……脱出ルートの用意を頼む」

 

【……分かりました。お気をつけて】

 

 剣を構える。恐らくまともにやり合えばそのまま委員会と全面戦争だ。せっかく手に入れた情報の意味が無くなる。隙を作って離脱するのが得策だ。

 

「気ぃ引き締めろよ大我。こいつ今までで一番厄介な相手かもしれねぇ」

 

「この倉庫にある使えそうなものは把握しました。いつでも大丈夫です」

 

 向こうも臨戦態勢に入った。悪者では無い純粋な強者との戦闘は初めてだ。心が踊るとはこういうことか……悪くない気分だ

 

「……行くぞ委員会。その正義、俺に示してみろ」

 

 

 ●

 

 

「行くぞ大我ァ!フォーメーションBだ!」

 

「……はッ!?あぁもう!」

 

 先程の戦闘で散らばったコンクリートの破片が浮き上がり、弾丸のように高速で撃ち出される。ただの破片なら鎧で無視できるが、しっかりと能力でコーティングされた破片は無視できない。こちらに当たる破片を冷静に弾き落とす。回避してもこちらに着いてくる弾丸……磁力使いにはできないその場全てを武器にする能力。同じ『念力(サイコキネシス)』使いを集めても、ここまでの練度を誇る者はそう居ないだろう。

 破片に混ざってこちらに到達する影。そこへ向けて剣を振り下ろす

 

「残念、外れだ」

 

 剣が影の正体、レイジに到達する前に、影がブレる。掌から横方向へ炎を噴射することによって無理やり方向を変換し、剣を躱された

 

「せーのッ!!」

 

 すぐさまそれに合わせてこちらも剣を振り抜くが、噴射した炎をそのままバーナーのように使って攻撃を防がれる。この炎、実体がないはずなのに、剣を止められた……。とてつもない能力の密度だ

 

「おぉ!こいつで斬れねェもんはないと思ってたが、互角だとこんな感じになるんだなッ!」

 

「……能力をここまで多彩に使う相手と戦うのはお前が初めて……だッ!」

 

 強引に押し切ろうと力を込めれば、するりと後ろに退避される。掴みどころがない炎を体現したような能力操作に体捌き……、ふざけた態度とは裏腹に今までのどの能力者より強い。

 

「俺ばかりに構ってると、痛い目見るぜ?」

 

「……厄介な!」

 

 真横から射出される瓦礫を剣で弾き、上から飛んできた鉄パイプの槍の雨の中から一つ掴み、回転させながら他の槍を叩き落とす。

 そのままの勢いで槍を大我に向けて投擲するが、当たる直前でピタリと槍が止まり、そのまま回収された。

 投げた隙を見逃さずに、横から抉り込むようなアッパー。炎を纏ったそれを剣を盾にして受け止める

 

「……空間そのものを能力として認識しているのか。いい相棒を持っているな」

 

「だろ?適当な連携指示してもちゃんと期待通りの動きしてくれる頼れるやつだぜ」

 

後で殺す……

 

 後方から呪詛が聞こえたが……そろそろ終わりにしなければ、委員会の追加戦力が向かっているかもしれないし、姫をこれ以上心配させる訳にも行かない

 膂力でレイジを突き飛ばし、こちらも距離を取って、構える。

 

「……っ!レイジさん!あいつ、なにかしてきます!」

 

「だな、やらせる前に無力化すんぞ!」

 

「……出来れば騎士として、剣技のみで戦いたかったが」

 

 ──剣に夜が訪れる

 漆黒の剣はさらに暗く、濃密な闇を纏っていく。

 

「大我!全方位だ!」

 

「分かってますってッ!」

 

 前後左右、上空から鉄骨、瓦礫に槍。ロッカーから工具箱まで、倉庫内をひっくり返したような攻撃。

 それに合わせて鋭く飛来する炎の矢。本当に多彩だな……だが

 

「……喰らい尽くせ、『宵闇』」

 

 ここから先は化物の領域(テリトリー)

 

「……なッ!」

 

「能力が、消された!?」

 

 一周するように剣を振るえば纏った闇が走り、力場を食い荒らす。瓦礫や破片は鎧を貫通することも無く弾かれ、鉄骨や槍は重力に従いその場に落ちる。

 飛来する炎は闇を一瞬照らすが、その後力なく消滅し、後に残るは暗い夜のみ

 

「……さぁ、終わりにしよう。『影縫い(シャドウステッチ)』」

 

 剣で円を描くように一回転させれば、身体を闇が覆い隠し……『念力(サイコキネシス)』使い───大我の目の前に飛び出す。

 影から影に移動する技能(スキル)。剣士の時に見せた歩法とは違う。人の枠に当てはまらない化物の技だ。

 咄嗟のことで身動きが取れない大我に向けて剣を引き絞れば、纏った闇が回転しその貫通力を強化する。

 

「───大我ッ!」

 

 間合いに飛び込む影が一つ。さすがは英雄(ヒーロー)、身を呈して仲間を庇うか……だが無意味だ。その体ごと刺し貫くだけの事

 

「……終わりだッ!」

 

「フォーメーション!」

 

「「A(EX)!!」」

 

 …………!?

 

 レイジの胸に吸い込まれたはずの剣が火花を散らして止まる。まさか──

 

「……『念力(サイコキネシス)』の力場をピンポイントでッ!」

 

「こんな博打がフォーメーションAな訳あるかァ!死ぬとこでしたよ!」

 

「生きてるなら儲けもん!!賭けは俺達の勝ちだな!!そして───」

 

 薄く広げていた力場を折り畳み、攻撃が来る場所に配置したのか、こちらの動きを予測する目はもちろん。全く疑うことなく命を預けられる信頼関係。その結果剣は一瞬だけその勢いを止めてしまった。そしてその一瞬は強者(レイジ)にとって必殺を叩き込むのに充分な隙になる──ッ!

 

「この勝負も俺達の勝ちだッ!ぶっ飛べえぇ!!」

 

「……喰らい尽くせッ!!」

 

 闇を広げ、能力を呑みこもうとするが……さすがに遅かったか、それより速く熱と光がこちらを襲う。大火球がこちらを飲み込み、体が浮き、天井近くまで持っていかれる

 

「おぉぉおおぉお!!!!」

 

「……流石だ『委員会』。今回の勝負はお前達の勝ちだ、次は負けない」

 

 こちらもこのまま燃やし尽くされる訳には行かない。左手にもう一本剣を作り出し、闇を纏って火球に突き刺す──制御を失った力の塊はこちらの想像通り、周囲に破壊を撒き散らす爆弾となる。

 眩い閃光。凄まじい衝撃……光が収まる頃に見えたのは星空。防御姿勢を取っていたおかげで気絶することもなく、倉庫から脱出することに成功した。吹き飛ばされたおかげで距離も稼げたし、あとはここから離脱するだけだ。

 どこに隠れていたのか天使が現れ、脱出ルートのビジョンを見せてくる。

 想定外なことが色々起きたが、こちらの目標は概ね達成。何より黒幕の正体に近付けたし、委員会との戦闘経験は俺をさらに強くするだろう。

 変身を解除して姿を隠すマントを纏って着地。屋根から屋根を音もなく飛び移る。

 とりあえず───任務完了だ。

 

 

 ●

 

 

「はぁ……まじでなんだったんだあいつ」

 

 騎士との戦闘の少し後、半壊した倉庫から責任者の男を移動させ、異能力者の死体を処理した所で、委員会の二人は一息つく。今は他のメンバーも合流し、怪我人の応急処置や死体の身元確認などで騒がしくしている。

 

「最後に使ってきたのは技能(スキル)だったように見えました。てことは役割(ロール)の能力者だったんですかね」

 

「……いや、戦ってる時に感じたのは概念(レリジョン)に近かった。皆切を見つけた時と一緒だ」

 

技能(スキル)を使える概念……そもそも称号(ギフト)ですらない何かだったりして。それより、初めて見ました……レイジさんが殺すつもりで能力使ってる所」

 

「それなぁ……やっちまった。ヒーローならもっと上手く戦えるはずだったんだよ。なりふり構わず攻撃しなくても相手を無力化できるようにもっと制御の特訓しねぇと。倉庫もこんな有様だしよ」

 

 人間の身体は酷く脆い。もしあの異能力者が暴れた場所が繁華街のような人の多い場所だったなら、流れ弾で何人犠牲になるのか。殺すつもりで攻撃するとはそういうことだ。だからこそ能力者は自分の力を理解し、制御する必要があるとレイジは考える。

 

「異能力者も人間だ。敵対したって必要以上に傷つけたくねぇし、もちろん守るべき人には傷一つ付けさせねぇ。俺が目指すヒーローってのはそういう存在だ。甘いと思うか?」

 

「……いえ、僕もそうありたいと思います。ところで、上に報告する彼の呼び名どうします?『異能力者殺し』だと少し長いような」

 

「そうだなぁ、一斉に言ってみるか」

 

「「死神(騎士)」」

 

「いやいや、死神っぽいのマントだけでしょ、あの鎧は騎士ですよ。またおっさんは表面上の情報ばかり見て……」

 

「分かってねぇな大我くんよ。騎士って言ったら正義の味方だろ。悪行なしてる騎士とかイメージ悪すぎるぜ。はーこれだから後先考えないお子様は……」

 

「……」

 

「…………」

 

 

───ガッッッ!!!───

 

 

【……素性を隠してたり、悪そうなイメージから取って、『黒騎士』とかでどうですか?】

 

「「それだ」」

 

 ──これより先。委員会の限られたメンバーにのみ公開される情報……異能力者とそれに与する悪党のみを対象に殺人を行う暫定段階5の概念(レリジョン)使い。異能力者『黒騎士』が誕生する瞬間は、このように閉まらないものだった。

 

 

 ●

 

 

「……ただいま」

 

 倉庫街から無事に脱出した後、マンションの壁を駆け上がってベランダから部屋に入る。岸景光はここで一般人として暮らしていることになっている。夜中に一人出かけていることがロビーの監視カメラなどで万が一にも映ることのないように、こうして玄関からではない所から出入りしている。

 

「おかえりなさい。騎士様……とと」

 

「姫!やったね!やっと君の運命を狂わせた奴らの情報が手に入る!!」

 

 姫が出迎えてくれるも抑えきれずに彼女を抱き抱えてクルクルと回る。今日はいい日だ。やっと殺せる。やっと彼女から全てを奪った罰を下すことができる……彼女と、僕の怒りを叩きつけることができる!

 

「……騎士様」

 

 むにっと、頬を摘まれた。顔を見れば、彼女は嬉しそうな顔をしていない……何故?姫を降ろすと彼女は僕に座るように命じる

 

「腕を見せてください」

 

「……どうして?」

 

「いいから、見せてください」

 

 言われるがままに服の袖をまくると、腕は爛れたような火傷がいくつかあった。黒騎士の時に受けた傷がこっちにも来るとは、あの火炎はやはり脅威だ……こんな傷は明日にでも治るから気にする必要はないと伝えたが、彼女は納得が行かないらしい

 

「……騎士様、私は確かにそのように願いました。世界を救って欲しい。でも決してそれは私のためではないんです。私は貴方にも必要以上に傷ついて欲しくない。どうか無理をしないでください」

 

 薬を塗り、包帯を巻きながら姫が言う。

 

「貴方まで居なくなってしまったら、いよいよ私はひとりぼっちです。その時、誰が私を守ってくれるのですか?」

 

「……ごめん。もう無茶はしないよ」

 

「分かってくれたら良いんです。はい、終わりましたよ。それでは……ふぁ」

 

 手当が終わり、服を戻せば姫がこちらに身体を預けてくる。眠ってしまったらしい……こちらが戦っている間、ずっと祈っていてくれたのだろう。目尻には泣いたような跡もあった。起こさないように部屋まで運んで、ベッドに降ろす。

 

「……おやすみ、姫」

 

 安心して眠るといい。君を脅かす悪は全て僕が殺す。幸せな夢を見る時間を守るために。

 自分の部屋に戻って手当をしてくれた腕を見る。じわりと熱を帯びたこの感覚を忘れるな。怒りに呑まれた力は脆くなる。それを思い出させ、引き戻してくれる彼女を守りたいのなら。

 僕もそろそろ寝るとしよう。受けた傷を早く回復させて、姫を安心させてあげなければ

 

 黒騎士の時間は終わる。夜が明ける──……。

 

 

 




次回は日常回にしようかと。気長に待っててもらえると嬉しいです

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