黒騎士は英雄にはなれない   作:影雪

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二ヶ月!?……に、二ヶ月!?!?


『切断』の英雄

 

 

 

 

 カーテンを閉め切った会議室。緊張感の漂う空間と、扇状に広がった五つの席に着く初老の男女達。プロジェクターから映し出される映像が、さらにこの部屋を重く苦しくさせているようだった。

 スクリーンの横に立ち、映像を操作する者が二人。一人はこの空間の中にあっても普段通りあっけらかんと、もう一人はそんな自分の部隊長であり相棒(バディ)でもある男の無礼に冷や汗を流しながら、目の前に座る『称号(ギフト)犯罪対策委員会』の各部隊室長達に資料を配る

 

「えー、以上が先日、俺と相棒(バディ)の念道隊員が遭遇した通称『異能力者殺し』との戦闘記録になりまーす。おや?第一部隊室長殿。お顔色が優れないようですが?」

 

 筋骨隆々、はち切れんばかりの筋肉をスーツの下に押しとどめた大柄な男が、眉間に深いシワを刻みながら問う

 

「…………戦闘記録、と言ったな。私には黒い『モヤ』にしか見えないのだが。そいつはどんな見た目をしていて、どんな称号(ギフト)を持っていて、どんな戦い方をしてきたのかね」

 

「その『モヤ』が異能力者殺しですよ。ちなみにこの映像を別のカメラで撮ると何も無い空間で俺達が遊んでるだけの映像が出来上がります。何かあると確信してる人間が見てる時だけこの『モヤ』が出来ちまうってカラクリです。幻術、認識阻害の称号(ギフト)を持っているのか、それを可能とする人間と組んでいるのか。しっかし実際に対峙した俺達からもそいつのことだけ思い出せなくなるとは予想外ですなぁ!」

 

レイジさん……!んんッ、ご覧の通り、通信機器によって姿を捉えるのは不可能。そして目視で確認したとしてもすぐに記憶を塗りつぶされてしまうというのが現状です。ただ、詳細な姿は思い出せずとも一戦交えた効果はあるようで、僅かに残った印象に黒い外装の騎士を思わせるようなことから、我々は奴を『異能力者殺し』改め『黒騎士』と呼称するようにしました」

 

「『黒騎士』ね、鎧を黒く染め身分を隠して戦場に現れる第三勢力。まさにと言った所か……念道君。そこのアレな奴とは長い付き合いだ。多少の無礼はいつもの事さ。こちらも、全室長を集めての会議にしたというのに欠席を出してしまって申し訳ない。称号(ギフト)の検証のために第四部隊室長『博士』を招集していたはずなのだが」

 

 魔女を思わせる大きな帽子と、顔を覆い隠すベールを付けた女がそれに答える

 

「あの人は来ませんよ。今はそれより大事な開発があるそうで。データを送っているので何か分かれば向こうからやって来るでしょう。さて、レイジさん。貴方の実力は私達もよく知っています。覚えていなくとも、ある程度の確信はあるのでしょう?勿体ぶらずに教えてくださいな」

 

「第二部隊室長。それは買い被りすぎです。俺もほっとんど確信なんてありませんよ。ただ、黒騎士は今までに戦った異能力者の中でも特に厄介な存在だと思います。自慢にはなりますが、俺と大我であそこまで苦戦する相手が逃げ隠れするのが上手いだけな訳ありませんからね。情報隠蔽は別の人間、あいつ自身は──」

 

概念(レリジョン)だよね?加賀くん。あの全方位からの攻撃……炎も念力で射出した瓦礫も一瞬にしてかき消したあの技を役割(ロール)超能力(サイキック)で説明するのは難しい。あの夜の報告を聞いた時は驚いたよ。僕の中で一、二を争う実力者の加賀くんが、優秀な相棒(バディ)の念道くんと一緒に組んで捕まえられなかった異能力者がいるなんてね。でも、君達ならまだやれるだろう?」

 

「室長〜!!まっかしてくださいよ!この加賀レイジ、命燃やして粉骨砕身!必ずや黒騎士を捕縛してみせます!」

 

「……中田さん。第三部隊室長の貴方がそう甘やかすから、この男の調子が留まるところを知らないのでは?」

 

「まあまあ、加賀くんは命令違反もなく良く頑張ってくれてるじゃない。調子をどんどん上げてこれからも活躍してもらおうよ」

 

「お二人共、我々も決して暇ではないでしょう。そろそろ結論を出しませんか?今までのまとめとして『黒騎士』は強力な概念(レリジョン)使い。姿も確認出来ていない人物を指名手配することは出来ない。噂になって分不相応な隊員が遭遇してしまう前に各部隊の隊長とその相棒(バディ)に情報共有するということでよろしいか?」

 

「あぁ、それで良いだろう。各隊、各々の訓練生以外の隊員に通達を頼む。今は悪人以外を狙う気は無さそうだが、いつ民間人に牙を剥くとも限らん……第三部隊。この件は君達と、情報収集担当の第五部隊に任せる。第四部隊からも何か分かれば連絡するようにしよう」

 

「しゃあ!話は纏まりましたな!では俺はこれで!次あいつと戦う時に試したい技がいくつもあるので、これにて失礼!行くぜ大我ァ!」

 

「レイジさっ、引っ張るのやめッ……失礼します!」

 

 バタンッ!と擬音がつくように扉が閉まり、足音が遠ざかっていく。そんな音を聞きながら、各室長は張り詰めた空気を解くように一息をつく。

 

「……まったく、あいつはいつまで経ってもガキのままだな」

 

「そうだねぇ。でも彼、今は“子供を守るのは大人の役目”って後輩の育成にも力入れてるんだよ?本来守るべき子供に戦いを背負わせた僕には耳が痛い話だよね本当に」

 

「それは私達の罪ですよ。あの時の混乱を収めるためとは言え、たまたま能力を持ってしまったあの子達を戦わせると決めたのは。あれから二十年……何事もなく平和に過ごせた期間にしては短すぎですわね」

 

「この平和を止めさせはしないさ。そのために我々『委員会』があるのだ。未だ大人になっただけの子供に頼ることが多いのは歯がゆいがな」

 

 

 

 ●

 

 

 

 悪い予感、あるいは虫の知らせって言うものがあるらしい。

『雨が降りそう』とか、『大切な人が事故に遭うかも』とか。そんな具体的な予感ではないけれど、確かに感じる気味の悪さ。

 

「でね!その後でレイジ隊長が…………岸くん?具合悪いの?」

 

「ん、あぁいや。なんだか心がざわついているというか……」

 

「風邪かな?まだまだ外は寒いからね〜」

 

 いつもの昼下がり、いつもの図書館の日当たりの良いカフェスペース。いつもの……という訳でもないけれど、最近はよく僕の所に遊びに来る緋彩。彼女はここに来る度に自分の所属している第三部隊の話や自分の訓練の話をしてくれる。委員会の内部事情が分かってありがたい限りであるが、この子が第三部隊に所属しているとは初耳だった。

 この区画に居を構える委員会第三部隊支部は主に街の保安担当をしているらしく、パトロールをしたり通報の際に駆けつけるのは大体第三部隊ということになる。たまにではあるが制圧任務をすることもあるらしい。レイジ達が僕と戦ったのはそれだろう。

 

「そうだ!今日は岸くんにお礼がしたくって」

 

「お礼?」

 

「うん!この前のアドバイス……心構え?を聞いてね、訓練の時に意識してみたらね!」

 

「ふむ」

 

 心構え……初めて会った時に称号(ギフト)をどう使うかというのは話したが、そうか。やっと自分の力を制御できるようになったんだな。さすがは宿敵(ライバル)。そうでなくては

 

「なんと! 十回中三回は『切断』が暴走しなくなったんだ〜。こうビシッと決まるんだよ?記録更新!だからありがとね」

 

「…………うん、どういたしまして。これからも頑張ってね」

 

 心構え一つ説いただけで劇的に良くなるのなら、とっくの昔に戦力になるレベルになっているだろう。あの二人(レイジ達)に師事されてなお自分のペースで良いという評価だったのなら、ほとんどの手を尽くしたあとなんだな……。実際少しずつ制御出来ているようだし、焦る必要は無いと言いたくなるのも分かる。分かるが、早く成長してもらわないと彼女が出る幕もなく僕は悪を殺し尽くすことになる。

 …………計画の邪魔になるかもしれない存在が減るのはいいことのはずなのに、彼女と出会ってから強い能力者と戦う事に高揚する自分がいる。

 僕の願いは姫の願いを叶えること。僕個人のこの感情はあまり表に出すべきではないな。

 

「んー、岸くん風邪気味っぽいし、今日はこの辺で帰ろっか。バスだよね?そこまで送るよ!」

 

「別に体調は悪くないんだけど……。まあそうだね、いい時間だしそろそろ帰ろうか」

 

 難しい顔の多くなった僕を見て本格的に具合が悪いと思ったらしい緋彩と、カフェスペースを出て少し薄暗くなった廊下を歩く。本にとって日光は大敵。こういう照明だけでは限界のある薄暗さも、図書館を落ち着いた雰囲気にさせるのに一役かっているのかもしれない。

 

「岸くんはさ、どうして私と仲良くしてくれるの?」

 

 歩きながら、緋彩が問う。何故か、そう言われるとどう答えたものかと悩んでしまうな

 

「どうしたの急に、そうだな……なんて言うか、応援したくなったから、かな」

 

「……?」

 

「少しづつでも自分の中の大きな力に向き合って、それを理解しようとする心。その力を人を救うための力に昇華しようとする姿勢は、僕にとって好ましく見えるんだよ。君が成長して活躍するようになったら、僕も僕の守りたい人も安心出来るからね」

 

「……そっか」

 

「あ、それはそれとして、打算とか関係なく僕が君と仲良くしたいと思ってるのは変わらないからね。緋彩ちゃんが困った時は勿論相談してくれて構わないよ」

 

「あはは、じゃあお言葉に甘えて沢山相談しちゃおうかな。私が立派にこの街と岸くんの大事な人までまとめて守れるように頑張っちゃうね!」

 

「それは頼もしい。ぜひ頑張ってほしいね」

 

 実際のところ、理由はもうひとつある。彼女の境遇は姫に少し似ているのだ。

 同じ分不相応な力を持ってしまったこと、それを人を救うことに使おうとしたこと。一つ違うとすれば、彼女には助けてくれる人間が大勢居て、あの子にはそんな人間は一人も居ないどころか、あろうことかその在り方を歪める闇に囚われたことか。

 緋彩の笑顔を見ているとどうしても思ってしまう。この笑顔を姫に重ねてしまう。取り返しのつかないことなのは分かっているが

 そうこうしているうちに図書館のエントランスの方まで来てしまった。ここを出てバス停の方まで行けば、今日は緋彩とはお別れだ。

 

「今日も付き合ってくれてありがとね!私も夕方からの訓練頑張るよ」

 

「あまり張り切りすぎても空回りするだけだよ。緋彩ちゃんは特に……勢い余って切っちゃいけないものまで切らないようにね」

 

「わかってるよ〜。さて、バス停までの入口は──?」

 

 緋彩の視線が一点で止まる。それを目で追えば、入口の近くに男が一人たっている。

 ぞわりと寒気がする。朝から感じていた違和感。なんだ?

 

「あの人、何か困ってるのかな?私ちょっと聞いてくるね」

 

「ちょっと、緋彩ちゃん」

 

 呼び止める前に緋彩が行ってしまった。

 仕方ないので僕もついて行く。近づくに連れて予感が強くなる。姿がしっかり見えるようになったところでやっと緋彩も異変に気づいて止まった。

 視界の端に見慣れたモノが映る。どうするべきか迷っているような視線を受け取り、念話(テレパス)を繋げさせる。

 対象は勿論、僕の主に対してだ。

 

 

 ●

 

 

「起動」

 

 薄暗い部屋の中、唯一の明かりであるパソコンの前。称号(ギフト)の使用を告げる声が響く。

 

『………………』

 

「おはようございます。今日もよろしくお願いしますね」

 

 使用者にしか聞こえないぼそぼそとした声が彼女の耳元で聞こえる。見えない何者かが周りで飛び回る気配。頭上に出現した光輪が、ぼんやりと彼女の周囲を照らした。

 

「んー……、この前騎士様に報告した内容とあまり変わらず、ですね。全く関係がないとまでは言いませんが一気に大元を叩くには彼等の記憶だけでは足りませんか……仕方ありません。この中で次の標的を絞っていきましょう」

 

『…………』

 

「そうですね、先は長くとも一歩ずつ確実に。焦りすぎて尻尾を出すのもよくありませんもの。それにしても……」

 

 少女の目の前にあるパソコンには『天使』の権能によって、一人称視点の映像が映し出されている。そこには押し寄せる鉄骨や鉄パイプをくぐり抜け、視点の主に迫る黒鎧を纏った騎士の姿が。

 

「私の英雄(騎士様)……」

 

 こちら目掛けて振り下ろされた剣を最期に、一人称視点の映像は消えた。

 彼女──姫はこの時間が好きだ。全て無くした自分が、たった一つ手に入れた英雄。自分を主とし、願いを叶えるために剣を振るう人外の騎士。その騎士の活躍を間近に見られるのが彼の被害者達なのだ。

 

『……』

 

「はっ、見惚れている場合ではありませんよね。そんなに指を引っ張らなくてもあなた達を無視なんてしませんよ……あら?おかえりなさい」

 

 気配の数がひとつ増える。街で情報収集をしていた内の一体だろう

 

『……!……!!』

 

「まあまあ、そんなに慌てていたら何も分かりませんよ。落ち着いて、こちらにどうぞ」

 

 腕を伸ばして掌に天使を受け入れ、机の上に移動させると落ち着いたのか、天使は権能を使って目の前の画面に写真や動画を映し出す。そのどれもが一人の男を撮ったものだった。

 中肉中背で少し汚れた身なりの男はそれだけなら特に気にする点もないが、手に持った注射器と、血走った目がその異質さを際立たせていた。

 

「……ふむ、怪しげな薬を持った不審者が一人。あれは記憶で見た通りの称号(ギフト)を覚醒させる薬物で間違いないですね……。しかし無差別に暴れようとしている訳では無い、誰かを探している?」

 

 画面にノイズが走り、天使が集めた『盗賊』の記憶情報が羅列され、それと合わせて最近のネットニュースから抜き出されたクリップが張り出された。

 

「あぁ、思い出しました。彼、『盗賊』に依頼を出していた暴力団の構成員でしたか、それが最近委員会に追われて指名手配中と、なら探しているのは委員会のメンバーでしょうね。捕まる前に最後の悪足掻き……すぐに鎮圧されるでしょう」

 

 位置情報から見ても第三部隊支部の方向に向かっているのがわかる。異能力者が暴れて委員会に止められる……この街では珍しくも無い光景だ。珍しくも無いのだが、何かが引っかかる。

 

「……あ」

 

 男の向かう方向がまずい。あそこには図書館があったはずだ。そして今日この部屋に彼女の騎士は居ない。図書館に行くと言って出かけたのだ。

 もし、彼があの男と相対してしまったら……いや、そうさせるのが目的なのか。本当にやぶれかぶれの悪足掻きなら、ある種の興奮状態にあるはずだ。無差別に襲いかかるわけでなく標的を選ぶなんてことができるだろうか?

 

「……騎士様に連絡を、もしあの男が何かしらの指示を受けて行動しているのなら、見られてしまうことすらリスクになります」

 

 騎士の周りに常時つけてある天使に連絡するようにと指示をする前に、耳元で聞き慣れた声がする。

 

【姫、聞こえてる?】

 

「騎士様!私が連絡をする前に異常を察していたのですね。今そちらに異能力者が……」

 

【あー、うん。そのことでちょっと】

 

 異常を察して即座に対策を練っていたにしては歯切れの悪い騎士の返事に、姫は一抹の不安を覚える。

 

【今まさに、我が宿敵(ライバル)と一緒にそいつに会っちゃったところ】

 

「…………まぁ」

 

 

 ●

 

 

「……岸くん、下がって。この人なんかおかしい」

 

「それは見たらわかるよ。知り合い? なわけないか」

 

 念話(テレパス)を繋いだまま目の前の事態に意識を戻す。

 朝から感じていた、気持ちの悪い予感。それがまさか現実になるとは。

 目の前にいるのは中肉中背の小汚い男。異常なのは手に持った注射器と無感情に一点を注視する血走った目。それは僕を庇うように前に出た緋彩の腰、『概念(レリジョン)』の魔石を見ている。

 

「……情報、通り。ここには居ると聞いていた」

 

「情報?何のことを言ってるの?とりあえず、その手に持ってる注射器を捨ててもらってもいいですかね?」

 

概念(レリジョン)。あの人の言う通り、眠れる獅子。眠っているうちに、殺さなければ」

 

「……!」

 

 その言葉を聞いた瞬間に緋彩が男に向かって飛びかかる───のを強引に腕を掴んで引き寄せる。

 

「岸くん!?」

 

「ダメだ緋彩ちゃん。そいつもう完成している」

 

 男が右手に持った注射器を首元に突き刺し、その中身を注入する。

 

「あ、あ、ああぁ!!」

 

 ぶち、ぼき、筋肉を引き裂き、骨を作り替え、新たな肉が生まれる音がする。男の首元から右腕にかけて肉体が変化していく。

 袖は膨張する筋肉により弾け飛び、露出した肌を針金のような体毛が覆い尽くす。その毛色は黄色と黒の縞模様、虎を思わせる腕は太く、中肉中背の男に着くにはひどくアンバランスなシルエットになる。

 手の甲に浮き出した魔石の色は青。鋭い爪を備えた腕が重力に従って床を叩けば、凄まじい轟音と、その威力を知らしめる爪痕が刻み込まれる。

 周りの利用者の一人が悲鳴をあげた。異変に気づいた職員が非常用ベルを押し、けたたましいサイレンが辺りを包み込んだ。

 

「……よし、逃げよう緋彩ちゃん。逃げ回れば通報を受けた委員会の能力者がやってくる。何とか隙を作って」

 

「……ダメなの」

 

「緋彩ちゃん?」

 

「レイジさんも大我くんも、この前の報告で今第一部隊の支部に行ってて、他の能力者も別の任務に出てる。今の第三部隊には、能力者が居ないの」

 

「まさか……」

 

「あは!ははは!あの人の言った通り!!素晴らしい!」

 

 委員会はそのほとんどが無能力者で形成されている。この力、戦力が居たとしても並の能力者では厳しいな。頼みの綱の隊長格は僕のせいで不在。読みが外れたか……。

 

【騎士様、脱出ルートなのですが、今は他の利用者が殺到しています。裏口は使えませんので目の前の男を躱して表口から出るルートしか残っていません。それと……】

 

【わかってる。僕が戦う訳にはいかない、だろ?こいつが誰の指示で動いているかは知らないけど、手の内を明かすのは避けたい。じゃあどうしようか】

 

「は、ははははァ!!」

 

「走って!」

 

 緋彩と転がるように走り出す。床が弾け飛ぶ音。男が異形の腕を振り回し、叩きつけていく。

 どうするか、どうするべきか。わかっている。今の第三部隊には戦力と呼べる戦力が居ない。戦力になりそうな隊長格も不在。

 ならどうするか。今この場に置いて、使いこなせば簡単にこの男を無力化させることができる人間がここにいる。

 

「……緋彩ちゃん!」

 

「わかってる、分かってるけどっ!」

 

 エントランスを抜けて遠くの方に混乱の声が聞こえる図書室に入る。本棚の後ろに潜み息を殺し、整えながら緋彩の方を見た。

 

「やらなきゃ、私が、みんなを助けなきゃ……」

 

 彼女は震えていた。委員会の第三部隊のメンバーになることを期待された訓練生。段階五の強力な概念(レリジョン)使い。

 そんなわけがない。ここにいるのはただの少女だ。ただ分不相応な力を与えられただけの、そのせいで理不尽に未来を奪われそうになっている女の子。

 

 姿が重なる。それが気に入らない。これは違う。この子は大勢の正義に囲まれている。あの子とは違う。違うのに

 夢で見たことを思い出す。震えているのに、手を差し伸べることが出来なかった後悔が、罪悪感がじわじわと熱く、頭を満たす。

 

【出力を極限まで落とす。その分は身体強化に回して、最終的にはこの子に対処させる】

 

【……騎士様?ダメです。貴方が戦うのは】

 

【わかってる。けど、僕の在り方が、このままの状況をよく思っていないんだ。だから少し芝居を打とうじゃないか】

 

 天使の用意を、対象は緋彩、タイミングは姫と合わせる。

 要は彼女をその気にさせてしまえばいい。僕はただの一般人として、勇気を振り絞るだけだ。

 

【信じてるよ、姫】

 

【…………ずるい】

 

 決意を固めて立ち上がると、緋色が不安に揺れる目でこちらを見上げた。

 僕のやろうとすることに気づいたか、服の裾を弱々しく掴もうとする

 

「……岸くん?」

 

「大丈夫、時間は稼ぐ。困った時は任せてって言ったでしょ」

 

「え? だめ、待って岸くん!」

 

 その声を背に聞きながら本棚の影から飛び出し、今部屋に入ってきた男に飛びかかり、その言葉を叫ぶ

 

「起動!」

 

「おぉ!概念(レリジョン)!!その色はまさしく!はははァ!」

 

 身体強化と、纏った篭手から作り出した短剣でもって、虎の爪を弾き受け流す。

 出力が違いすぎる。意図的にそうしたとはいえ、短剣が砕け、受けきれない衝撃が体を貫き弾き飛ばされる。机や椅子をなぎ倒しながら本棚に叩きつけられた。肺の空気が押しつぶされ、乾いた声が吐き出される

 

「かッ……は!」

 

「少年……?概念(レリジョン)、獅子は一匹、のはず。あの人の言うことに間違いは……いや。違う。出力が違う。役割(ロール)?、なるほど、なるほどォ!」

 

「ッ!こ、の!!」

 

 ヒビ割れた篭手から短剣を生成し、向かう男に投げつける。まるで爪楊枝だ。防御することすらなく剛毛の腕に弾かれ凶器の爪が襲い来る。

 着地を考えない無理やりな身体強化による横飛び。本棚に頭から突っ込むことで爪を回避する。

 身体を起こすもぐらりと頭が揺れ、生暖かいモノが地面にこぼれ落ちる。頭を切ったか、袖で流血を拭い新しい剣を作って、構える

 

「よわい、弱ァい!我が虎の前に肉が一つ。獅子を狩る前の前菜?足りぬ!」

 

 ざわざわと剛毛が胸元の方にまで伸び、ぶちりと筋肉が裂け膨張する。あのまま強化を続けられるのは厄介だ。視界が揺らぐ、思考が纏まらない。もう殺すか……?我慢しろ。手の内を明かすな

 ふと、男の背後。部屋の入口から人影、その後に複数の銃声が響いた。

 

「……ンん?」

 

「……委員会第三部隊だ! 即座に称号(ギフト)を解除し、投降せよ!」

 

「オペレーターからの通信。ここには皆切訓練生が取り残されているはずだ、探し出して保護しろ!」

 

「こっち見ろ異能力者!!」

 

「ッ!一般人!?怪我をしている、早く助けないと」

 

 口々に色々なことを言いながら、第三部隊の隊員が異能力者制圧用の小銃を放つ。

 異能力者の身体能力を考慮した特殊なゴム弾。だがそれは強力な異能力者には豆鉄砲に等しい。男が牙の生えだした異形の姿で大きく嗤う。

 

「ハは!我が虎が叫ぶ!! 血を、肉を寄越せと! 捧げよ! 捧げよォ!!」

 

「……あまりッ、舐めんなッ!!」

 

 無能力者があの爪を喰らえば一瞬で細切れだ。そんなことになったら計画が終わる。身体強化を通して弾丸のように飛び込み腕の間接目掛けて短剣を突き刺す。刺さりもせずに刀身が砕けるが、柄をさらに押し込んで何とか必殺の攻撃を中断させる。

 

「下がって! 今緋彩ちゃんが勇気を振り絞ってるんだ! 邪魔するな!!」

 

「なッ!君は……ッ!!」

 

「不愉快!肉は血肉となりて、虎に捧げよォ!!」

 

「ッ!」

 

 しまった。

 自分を、第三部隊の隊員を巻き込むように振り上げられた黒い影。異形の豪腕が、まさにこちらに振り下ろされるところだ。

 間に合わないか……。イレギュラーが重なりすぎた。段階を上げて受け止めるしかない。その後はもう全員殺して、情報を最低限に───。

 なんてね。後は任せたよ、姫。

 

 

 ●

 

 

 岸くんが──普通の、概念(レリジョン)称号(ギフト)を持っているだけの男の子が戦っている。

 なんで?どうして?頭の中を疑問が駆け巡る。

 どうして?決まっている。私が弱いからだ。守る力を持っていながら、それを振るうだけの覚悟がないちっぽけな存在だからだ。

 

(どうしてお前が、称号(ギフト)も満足に使えないお前が第三部隊の候補生なんだ!)

 

 訓練生が集まるクラスでクラスメイトに言われたことを思い出す。なんでだろう?そう言って笑って、さらに怒らせちゃったっけ

 

(お前は、お前のペースで成長していけばいい!その間は俺がお前を鍛えてやるさ!)

 

(実際に教えるのは僕なんですけど……まぁ、レイジさんの言う通り、ゆっくりでいいんだ。焦る必要なんてないんだよ)

 

 レイジさんも大我くんも優しい。初めて、『切断』が暴走して助けに来てくれた時からずっと───それが申し訳なくて、悔しくて。

 訓練を重ねた。訓練用のダミーを斬って、斬って、斬って……。その全部が人間なら致命傷。無意識に殺そうとする力を、必死に抑えて、暴走して、色んな方向に力が向かう欠陥品。

 違うんだ。欠点があるのは私の方。いっそ自分が切り刻まれてしまえばいいのに、この力は私だけは傷つけない。

 第三部隊の人達は優しい。自分には称号(ギフト)なんてないのに、私を信じて待っててくれる。私が成長するのを見守ってくれる。

 

 あぁ、岸くん。頭から血がでてる。第三部隊のみんな。来ちゃダメだよ。

 殺されちゃう。私が弱いせいで、大事な人がみんな。

 

 岸くん。初めて会った時から、何故か私に優しくしてくれてる男の子。称号(ギフト)が上手く使えないって知っても、変わらず接してくれる大切な友達。

 

(僕が称号(ギフト)について言えることは一つだけだ)

 

(僕がもしこの力を使うなら、『大切なものを必ず守る』その為だけに力を使うよ)

 

 あの日岸くんが言ってくれた言葉。似たようなことはレイジさん達にも言われた。でも、今なら岸くんの言ってることが分かるよ。

 

 あれは、大切な人を守るために相手を()()()()()()()()ってことだ。

 

 岸くんがみんなを守ってくれた。でも、後ろ……!危ない!!

 身体は動かない。間延びした時間がゆっくりと、確実に、死に向かって───

 

【まだですか?いい加減にしてください】

 

 視界に、ノイズが走る。

 

 岸くんが押しつぶされた。第三部隊のみんなが弾け飛んだ。

 平和だった図書館に血の花が咲く。わたしの、守りたかったものが目の前で死んでいく。

 虎が嗤う。血肉を咥えて、大きく……。

 

 どうして?決まっている

 

 

私が!動かなかった未来がこれだッ!!

 

 

「……きッどおぉぉぉぉ!!」

 

 魔石に巻き付いた鎖を引きちぎって、叫ぶ。

 

 視界が真っ赤になる。暴走した時はいつもこうなる。

 でも、それがどうした。今動かなかったら、あの未来が確実になる。

 その方が、今は、怖い!

 

「言うことッ聞けええぇぇ!!」

 

 目の前に虎。狙いは振り下ろされる腕。みんなを傷つけるなら、あんなものは無くていい。

 斬れるでしょ。私なら!

 魔石が、答えるように輝き出した──……。

 

 

 




ヒーローの覚醒があるから悪役も輝けるってもんよ。また次回
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