黒騎士は英雄にはなれない   作:影雪

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戦いの終わり、夜の訪れ

 

 

 

 図書館を襲った異能力者襲撃事件について、現場の鎮圧に向かった第三部隊隊員の一人ははこう語った。

 

『あの時は明確に自分が死ぬ未来が見えた……しかし、やってきた未来は自分を殺すはずだった腕が切断されて吹き飛んだ光景だった』と──

 

 

 ●

 

 

「ァッああああぁぁ!?」

 

 振り降ろされる虎の腕が何かに弾かれたように打ち上げられ、肉の断面すら見えるような滑らかさで両断される。

 威力はそのままに方向だけ変換された腕は天井の照明を破壊しながら飛び、そのまま空中で霧のように空気に溶けた。

 上げかけていた段階を元に戻す。どうやら間に合ったらしい……。まだ油断は出来ないが。

 

【ありがとう姫。いい仕事だった】

 

【……その言葉は無事に帰れたら言ってください】

 

【そうだね。だけど、あとは見てるだけで大丈夫そうだよ】

 

「獅子……!おぉ、眠れる獅子よ! そうでなくては!あァ!!」

 

 腕からおびただしい量の血を撒き散らしながら虎は吠える。直ぐに肉が盛り上がり、骨が突き出し、新しい腕を作っていく。

 やはり何か様子がおかしい。芝居がかった話し方から称号(ギフト)の異質さ。この男が打ったのは本当にただ称号(ギフト)を覚醒させる薬だったのか? 自分の能力を引き出すと言うよりこれは……。

 

「……間に合った」

 

「皆切訓練生!無事か!?」

 

「みんな!助けに来てくれてありがとう! もう大丈夫だから、岸くん連れて下がってて!」

 

 本棚の裏から小柄な人影が現れた。

 壊れた照明のせいで薄暗くなった館内に、なお煌々と赫く光る魔石と双眸。そこに肩を震わせて怯えていた少女はもう居ない。

 

「岸くん」

 

「おかえり。時間稼ぎは充分に出来たかな?調整がいるならもう少し頑張るけど」

 

「もうダメ! 岸くんは無茶しすぎだよ。称号(ギフト)があっても死ぬ時は死んじゃうんだから……すぐ手当してもらってね」

 

「そこはほら、今生きてるんだし無茶したかいがあったってことで……目、赤いけど大丈夫?」

 

称号(ギフト)を使うとこうなるの。えへへ、岸くんの目とお揃いだね? ちょっと暴走気味だけど、不思議と今なら制御できると思う。だから後ろで休んでて、すぐに終わらせてくるから!」

 

「待て、皆切訓練生」

 

 今なおおぞましい音を立てて進化を続ける男に向かおうとした緋彩を、隊員の一人が止める。

 

「……俺は、出張に出たレイジさんから君の事を頼むと言われてる。こんな状況になった以上、俺達は必ず君を助ける。だから」

 

「逃げないよ。もう決めたの、私は誰も傷つけさせない。何とかできる力を持ってるのに、なにも出来ずに見てるだけなのはもう嫌」

 

「…………やれるんだな? 皆切」

 

「っ! うん!」

 

「よし! 隊を三組に再編成! 要救護者の捜索と怪我人の応急処置にかかれ!残る一組は俺について皆切の援護に付け!作戦開始!」

 

《了解!》

 

「じゃあ、行ってくるね。岸くん」

 

「うん、思い切り暴れてきなよ。今までの分含めてさ、頑張ってね」

 

 緋彩がぱっと笑って振り向くと同時に、僕も応急処置を受けるため隊員に抱えられて後ろに下がる。

 まだ壊れていない椅子に座らされて手当を受けるが、少し頭を切っただけだ。大袈裟に血は出たが怪我自体は大したことは無い。消毒液にガーゼ、その後包帯を巻けば手当は完了した。

 男の方も体勢を整えたらしい……もはやそこに人間の面影はなく、元の三倍はある虎が居た。対峙する緋彩が小柄な分さらに大きく威圧感を放っている。

 

「くく、ふふふ……、獅子。我が虎の前に立つと言うことは、眠りから覚めたことを意味するか?」

 

「そうだね。ばっちり目は覚めたよ、でもそれはあなたのおかげじゃない。私を信じて待ってくれた人のおかげ……腕を切断しただけじゃまだ降伏しないんだね」

 

「我が虎は無限! そこに意思ある限り何度でも顕現するだろう! 獅子よ、お前も贄となれ!! 」

 

 隆起した筋肉から発生する爆発的な加速。虎はその爪を緋彩に突き立てる。無能力者、あるいは能力者であってもまともに喰らえばタダではすまないだろう。溢れ出る力とこれまでの経験が、その行動を最適解とした。

 だが、だからこそか。虎は知らない。そして理解することができない

 

「……? ォお……!?」

 

 段階が最大まで進んだ能力者の脅威を。

 自分の最も得意とする攻撃をいとも簡単に、自分より何倍も小さな人間に受け止められている事実を

 

「援護は必要ない」

 

 赤雷が走る。

 それは刃の形を取って虎の周囲を囲む。虎は飛び退く姿勢を見せるが動けない。小さな手が、虎の指の一本を掴んで離さないからだ。

 

「すぐ終わらせるって言ったでしょ。それに私怒ってるんだから」

 

「お、ォ……!虎よ、我が虎よ!!もっと力を……ッ」

 

「どこをどう斬られたら、あなたは諦めてくれる? 腕はもう試したし、もっと致命傷になる所を斬った方がいいのかな」

 

「……ッ!がァァ!」

 

「わっ!……自分で腕をちぎるの、虎と言うよりトカゲじゃない?」

 

「……くく、はははッ! 活きのいい肉だ……いいだろう。獅子。貴様を強者と認めこれを狩り、贄として我が虎に捧げることをあの人───は」

 

 十分な距離は取っていたはず、実際そうだった。

 双方の間に空いた空間が()()()()()()ように縮まる。突然目の前に現れた緋彩に、腕を再生させるために意識を向けていた虎は対応が遅れた。

 そうだ。それが『概念(レリジョン)』だ。自分を信じる限りその力は世界すら塗り替える

 

「できたっ! 後は……こう!」

 

「カッ……!?」

 

 轟音。上から叩きつけられた斬撃が虎の四肢を断つ。ぐりん、と白目をむいたのは一瞬意識を失ったからか。

 肉を盛り上げたまま再生を止める右腕、咄嗟の攻撃を繰り出そうとした左腕が制御を失い落ちる。下半身に力が入らなくなったのか、自分の体重すら支えられなくなった虎は無防備に膝を着いた。

 

「な、にを? 何故俺は動けない……何をした? 何故腕が再生しない!?」

 

「あなたの魔石(それ)、『役割(ロール)』の色してるけど性能は上っ面だけの偽物でしょ。あなたはただ借りた虎を被ってるだけ。動けないのは力の供給源を切ったから、もうそれはあなたの力じゃないよ」

 

 一際強く、一際赫く輝く光が虎の中央。胸の部分にいつの間にか移動していた青の魔石をなぞる。

 それは軌跡を描きながら二人を取り囲み、迸った余波が床を浅く斬りつけていく。

 これから起こることを想像したのか逃げようとするも、自分のものでは無い重すぎる()を纏った男にもう逃げる術はない。できることはただ声を上げて吠えるのみ。

 

「あなたに聞きたいことは沢山あるけど、まずは──」

 

「反省ッしなさい!!」

 

 斬撃、血飛沫、断末魔。見方によっては出来の悪い残虐的(スプラッタ)映画にも見える攻撃の嵐。

 幾百にもなる小剣郡。それは虎だった者の肉を削ぎ落とし、能力を解体し元の人型を削り出していく。感覚が繋がっているのならその苦痛は相当なものだろう。

 離れているこちらにまで凄まじい突風が吹き抜け、周りに展開した隊員も吹き飛ばされないように踏ん張ることしか出来ない。

 

「……ッ、……」

 

「う、くぅ……はぁ」

 

 ゆるやかに、嵐が消えていく。本棚は原型を留めない木屑となり斬り裂かれた本の切れ端が宙を舞う。その中心にいるのはへたりこみ肩で息をする少女と、完全に意識を失い仰向けに倒れる男。勝者はどちらかもう明白だろう。

 

「──か」

 

「確保!!」

 

 その声を合図に、蚊帳の外だった隊員が男に駆け寄る。手際よく拘束されていく男を眺めていると座ったまま振り返った緋彩と目が合った。

 

「……ぶい!」

 

 びしっと突きつけられたピースサインに苦笑しながら、こちらは拍手をもって答える。結果を見れば、彼女は確かに称号(ギフト)を使って脅威を退けた。怪我人も最小限に留め犯人も命に別状ない『委員会』の隊員として百点満点の大勝利と言っていいだろう。

 

 人を傷つけることを恐れ、蹲っていた少女は今、己の正義を示したのだ。

英雄(ヒーロー)』。隊員に囲まれて賛辞の言葉を投げかけられる緋彩を見てそう思う。

 ───ふと、瓦礫の影に光るものを見た。

 あれはあの男から出た魔石か。あの輝き……まだ起動している?

 

「岸くん、早くここから出よう?私疲れちゃった」

 

 立ち上がった緋彩がそう言う。その目はいつもの色を取り戻していた。称号(ギフト)を解除したのか

 

【騎士様! まだです! 】

「緋彩ちゃん! まだ終わってない! 称号(ギフト)を解除したらダメだ!」

 

「え?」

 

 魔石が輝く。

 

 音もなく飛び出した虎が牙を剥く。完全に失念していた。この称号(ギフト)はあいつのものじゃない。借りた虎……。魔石が本体だったと言っていい。振り向いた緋彩が称号(ギフト)を使おうとするがそれより早く虎が彼女を殺すだろう。

 

 間に合わない。そう思った。

 

 剣閃。概念の虎が断ち切られ、霧となって消えていく。その後ろにあった魔石も同様に真っ二つにされ、砕け散って消えた。

 緋彩の称号(ギフト)が間に合った? 違う。緋彩の前に立っている男がいる。

 とてつもなく速い。二人の間に入りこんだこともその後の攻撃も……。

 

「……やはり甘いな。借り物の力と気づいていたのなら、魔石にも注意を向けておけ」

 

「あなた、は」

 

 白を基調とした制服の上に同色のコートを身につけ、手に持つのは年季の入った刀。魔石の類は見当たらない。称号(ギフト)を使っているなら輝きですぐ分かる。つまりこの男は無能力者ということになる。

 男が振り向く。眉間に深い皺が刻まれた暗い目をした男。

 

【あれが、委員会の最高戦力】

 

 姫がぽつりと呟くのを聞きながら、いつか読んだ図鑑の巻頭にあった言葉を思い出した。

 "能力者であっても、無能力者に対して無敵になる訳では無い。"

 これが例外。なるほど……こんなのがいるなら僕が著者でもそう書くだろう

 

【委員会第一部隊隊長。桐島 大吾(きりしまだいご)……。無能力者でありながら二十年前の戦いを最前線で終わらせた英雄の一人です】

 

 

 ●

 

 

 図書館の外は色々な人間でごった返していた。中継でもされていたのか、空にはヘリが飛び、記者に警察。テントを作って避難した怪我人を手当している委員会。あちこちで指示が飛び交い、外に出た僕達を見ると大きな歓声があがる。

 

 犯人の身柄を隊員に任せた後、緋彩に手を引かれてテントの方に行くと、白衣を来た女医が振り向いた。

 首元にかけたペンダントには輝く赤色の魔石。概念(レリジョン)か。

 委員会に概念使いは緋彩を除いて一人しかいないらしい。つまりこの人は医療班──第二部隊の隊長だな。

 

「静香さん!」

 

「あら緋彩さん。あなたがここにいるってことは、ちゃんとみんなを守れたのね……。腕、血が出てるわよ」

 

「え!? あ、ほんとだ」

 

「自分の手当のために来てるのかと思ったけど、気づいてなかったんだ……」

 

 緋彩の腕には最後の攻撃の時に負ったであろう裂傷が刻まれていた。制服にもかなり血が滲んでいたし気づいているものと思っていたが、それだけ興奮状態だったのだろう。

 

「あなたも、私が来て怪我を残して帰るなんて許さないわ。見せてみなさい」

 

「いや、僕は」

 

「そうだよ! もう血がぼたぼたー!って感じで、死んじゃうかと思ったんだから! ちゃんと見てもらって」

 

 緋彩に椅子に座らせられ、彼女もその隣に座ると、柔らかな光が身体を包んだ。ぬるま湯に浸かったような心地良さの中、隣の緋彩を見ると腕の裂傷が時間を巻き戻すように癒えていくのがわかる。恐らく僕にも同じことが起きているのだろう。これが『治癒』の概念……。

 

「はい、おしまい……。皆この程度の傷なら私が来るまでもなかったわね。もっと重症患者が運び込まれると思ってたから」

 

「えっへへ〜。私より、岸くんが頑張ってくれたからこれだけで済んだんだよ」

 

「へぇ……あなた、称号(ギフト)登録の時に一度会ってるわよね。改めて、委員会第二部隊隊長。九冨 静香(くとみ しずか)よ。この子から良い友達が出来たと聞かされてたけど、やっぱりあなたのことだったのね。岸くん」

 

「……どうも。一回会っただけで名前を覚えてるなんて、凄い記憶力ですね」

 

概念(レリジョン)を発現する能力者は少ないもの。嫌でも記憶に残るわ。その後のスカウトをばっさり断ったことも含めて、ね」

 

「やることがあるので……。それに僕の称号(ギフト)は誰かを守りつつ相手を無力化するには力不足ですよ。勇気だけで人は救えません」

 

「……それもそうね。でも、目の前の人を助けるために勇気を出せるのは大きな素質よ。それが蛮勇だとしてもね。あなたさえ良ければ何時でも歓迎するわ。同じ概念(レリジョン)使いの先輩として、相談にも乗るしね」

 

 委員会に入るつもりは今もないが、同じ概念(レリジョン)使いの知り合いは多ければ多いほどいい。僕や緋彩とは違った力の使い方を知るのも戦力増強に繋がるだろう。

 

「さて、このまま談笑するのも悪くは無いけど、あなたはそろそろ帰った方がいいわ。今日は災難だったわね」

 

 周りも大分騒がしくなってきた。ここに残ってあれこれ聞かれるのも面倒だ。お言葉に甘えて帰らせて貰おう。

 

「岸くん」

 

 二人に挨拶して背を向けると、緋彩に呼び止められた。

 彼女は不安そうに、しかし何か覚悟を決めたような顔をして言う。

 

「私、もっと強くなるね。もう迷わないように、誰も傷つけないように」

 

「……そんなに不安そうにしなくても、君は君のままで、いいヒーローになれるよ。頑張ってね」

 

 そう言うと、緋彩の顔から不安の色が消えた。うん、いい顔だ。

 

「じゃあ、またね。緋彩ちゃん」

 

「またね! 岸くん」

 

 今度こそ振り返って歩き出す。彼女は力を引き出せた、つまり近いうちに正隊員になるだろう。次に会うのは暖かな図書館か、血に汚れ、冷えきった夜の中だろうか。

 願わくば、僕と闘うまでその命が潰えないように。誰にも負けてくれるなよ、英雄(ヒーロー)

 

 

 ●

 

 

「ぬおおおぉぉぉ!! 急げ大我ァ! 法定速度ギリギリでかっとばせ!」

 

「可能な限り急いでますって! 心配なのはあんただけじゃないんですよ!」

 

 けたたましいサイレンを響かせながら一台の車が図書館の近くに到着する。側面に貼り付けられた『委員会』と『第三部隊』の文から、報道陣が殺到するのを他の隊員が抑え込むことで道を確保する。

 

 車から降りた二人組、委員会第三部隊隊長とその相棒(バディ)。レイジと大我が車から飛び出した頃には、事件はすっかり解決していた。

 

「怪我人……は静香の奴が来てるならもう治療済みだろ! なら皆切だ! あいつに称号(ギフト)を使わせちまった……、殺してねえよな!?」

 

「はい! だから今回あの子は──」

 

「死なねえ程度にズッタズタにしたってことだよな!? メンタル崩壊待ったナシってことだろ!」

 

「さっきから何回も言ってますけど! 怪我人は出してねぇんですよ! 」

 

「委員会の怪我人はってことだろ! てことは……」

 

「この人、焦りすぎてループしてる……ッ!?」

 

「そうやってどうにもならないことで焦って話を聞かなくなる。変わらないな、レイジ」

 

「あァ!?……あ?」

 

 第二部隊のテントに急ぐ二人の前に立ち塞がる男が一人。

 気配を感じさせず唐突に突きつけられた威圧感に思わず大我の足が竦み、レイジは一瞬で意識を切り替えさせられる。

 

「……あんたか。大我、先に行ってろ」

 

「レイジさんこの人……!」

 

「皆切の所に早く行ってやれ。こちらの第一部隊隊長様は俺に話があるんだとよ。ついでに戦闘現場の確認もしてくるわ。後で説教だってあいつに言っとけ」

 

「……はい」

 

『ちゃんと後で説明してくれ』そういう視線をレイジに送って、大我は先に行く。図書館の中に入るレイジの後を着いていきながら、大吾は昔の誰かを想像したのか懐かしむような口調で話す。

 

「いい相棒を持ったな。あれならお前の手綱も握れそうだ」

 

「最高の相棒なのは認めるぜ。ずっと一人で戦ってるあんたには特にそう見えるだろうよ。で? 要件はどうせ皆切のことだろ。何度も言うがやらねえぞ 」

 

「それもある。が、お前の甘い思想がそのままあいつに現れていることを教えておかなければと思ってな」

 

 エントランスを抜け、件の戦闘が起こった場所。そこにあったであろう本棚や机の残骸を吹き飛ばしてぽっかりと開けた周辺を見渡し、レイジは戦闘の様子を想像する。

 

「……威力はちと暴走気味だが能力の出力にムラがねぇ。変な方向にすっ飛んだ形跡もなし。はは、犯人もこんな嵐の中に放り込まれてよく無事だったな」

 

「上手いものだったよ。無理やり取り付けたような称号(ギフト)を概念を使って切り取っていく。無能力者()には出来ない芸当だ」

 

「そういえば、あんたが間に入って皆切を助けてくれたんだったな。そこだけは礼を言っとく」

 

「礼ならいい。お前が対能力者用の戦闘訓練を行っていれば俺が出ることもなかった……。ところで、いつまでその真似事を続けるつもりだ」

 

 周囲の空気が一転する。全身に刃を突きつけられているような威圧感を受けながら、レイジは振り返ることなくその口を開いた。

 

「……俺の思想が甘いってか? 助けられる人間を助けて、道を間違えた人間は殺さず連れ戻す。綺麗事だろうが俺はそう決めた」

 

「真似事だ。それは"あいつ"の願いであってお前の思想では無い。昔のお前はそんな思想を持っていなかった。弱い人間がいくら虚勢を張って大口を叩こうと、力がなければ蹂躙されるだけだ」

 

「だから才能を持たされただけの子供を矢面に立たせて秩序の贄にするのか? そういうのはあんたの大嫌いな上の爺さん達が二十年前にしたことだろ」

 

「皆切には才能がある。お前の思想に浸かっていればそれも開花することなく死ぬぞ。今日のように、あの日、お前の目の前で死んだ紗夜(さよ)のようにな」

 

「────起動ッ!」

 

 称号(ギフト)を発動。振り向きざまに炎剣を叩きつけようとしたレイジの動きは、それより速く喉元に突きつけられた刀に阻止される。

 

 ようやく、二人の目が合った。深海のように深く、暗い色をした大吾と、自分の炎に劣らない光を宿すレイジ。

 水と油、黒と白。両者の間にある埋まらない溝を思わせる視線が互いを見据える。

 

「激情に任せて称号(ギフト)を使うのも変わらないな。お前の中に刻まれた俺の妹の存在はそんなに大きいか? 意志を継ぐのは結構だが周りを巻き込んで共倒れになるぞ」

 

「……もし紗夜さんが生きていたとしても、あんたの提案に間違いなく反対してる。絶対に皆切はやらん。悪を容赦なく殺す思想に染まればあの子の心が死ぬ」

 

「…………愚かなことだ」

 

 深い溜息と共に刀が納刀された。一瞬閃く白刃と小さな鍔鳴りで自分に突きつけられていた刀が無くなった事に気づいたレイジも称号(ギフト)を納める。

 

 冷たく刺すような殺気は霧散し、話は終わりとでも言うようにさっさと踵を返す大吾は思い出したかのように言う。

 

「一つ忠告だ。お前は二十年前の終わったことだと思っているようだが、あの闘いはまだ終わってはいない。ここ最近の異常な事件を見れば分かるだろう」

 

「……あぁ」

 

「それに今は『異能力者殺し』もいる。悪人のみを必ず殺す……俺と似たような思想だが、首輪が着いていないのはいただけない。お前は戦ったんだったな」

 

「今日の会議で名称が決まった。『黒騎士』ってな……。あいつは底が知れねぇ。俺達とやり合った時も何処まで本気かわからなかった」

 

「奴のことは俺も気にかけておく。もし先に相対したら、首を持ち帰って正体を暴くとしよう」

 

「黒騎士は俺達が捕らえる。あんたの仕事じゃねぇから大人しくしてろ」

 

「獲物を取られたくないのなら、もっと能力を研ぎ澄ませろ。昔の……容赦なく敵を燃やし尽くすお前を取り戻せ。水面下で戦争が起こりかけていることを理解することだな」

 

 今度こそ大吾は図書館を出ていく。壊れた照明の光がまばらに差し込み薄暗くなった空間に一人残されたレイジは苦い顔をして立ち竦む。そこにいつもの快活でふざけたような雰囲気は無かった。

 

「……紗夜さん。それでも俺は」

 

「レイジさーん……?」

 

 少し重量のある扉がゆっくりと開く音と、エントランスから漏れる光。そしてそこから小柄な少女がひょっこりと顔を出す。

 

「大我くんが、レイジさんはここだって……、あのね? 私結構頑張ったんじゃないかな〜って、だからね? お説教とかは……」

 

「……みいぃな〜ぎ〜りいぃぃ……!」

 

「ひぇ……っ!」

 

 ぎぎぎと振り返ったレイジの形相に、思わず緋彩が涙目になる。

 咄嗟に後ずさる緋彩に飛びかかったレイジが肩を掴んでガクガクと揺さぶる。

 

「お前お前お前お前えぇぇぇ!!」

 

「あぁあぁあぁ!?」

 

 憤怒、心配、賞賛。コロコロと変わる百面相。もうその顔に先程までの深刻な顔は無く、いつもの調子を取り戻したレイジと、そんなことに気づく余裕もなく目を回してぷらぷらと揺さぶられる緋彩。そんな二人を遠くから眺めて、大我が心配して損したとばかりに溜息をついた。

 

 

 ●

 

 

「さて、どう帰ろうかな……」

 

 時間は夜に差しかかる頃。颯爽とモノローグを挟んで図書館を後にしたものの、事件後のバス停は非常に混んでいた。利用者が帰る為でもあるだろうが、様子を見に来た野次馬が大半だ。委員会の治安維持のおかげか、ここまで大規模な事件が起こったのは珍しいのだろう。

 最寄りのバス停で帰るのは諦めて次の停留所を目指してとぼとぼと歩きながら、これからの事を考える。

 虎の称号(ギフト)を覚醒させた薬。今日見たあれはそんなものでは無かった。自分の中の才能を引き出すのでは無く、緋彩が言ったように借り物の称号(ギフト)を付与する薬というのが正しいだろう。

 あの男に現れた称号(ギフト)と、先日得た『猛獣使い(ビーストテイマー)』の情報が重なる。裏で糸を引くのが奴だとするなら……、それは今考えても仕方の無い事か。

 

「……帰りづらいなぁ」

 

 あれから姫の連絡が無い。戦闘が終わった後すぐに念話が切れてそのままだ。かなりの無茶を通したしさぞ怒っている事だろう……。

 

「こういう時は素直に怒られるべきか、ほとぼりが冷めるまでどこかで時間を潰すか……」

 

「あら、でしたら素直に怒られてもらいましょうか」

 

 …………。

 ここにいるはずのない人の声。いや、連絡がなかったからこうなることは薄々気付いていたが。目の前にはそれはもうにこにこと、満面の笑みを浮かべる姫がいた。

 いい笑顔だ。これが怒髪天の笑顔でなかったら完璧だったなぁ

 

「こんばんは、騎士様。そちらは私達のお家とは逆方向ですよ?」

 

「やぁ姫。こんな所で会うなんて思いもしなかった。もちろん、真っ直ぐ帰るつもりだったよ? これはその、お土産でもと思ってさ」

 

「…………何か言うことは?」

 

……勝手に戦って、心配かけてごめんなさい

 

「……本当に、騎士様はどうしてそうなの、でしょうねっ」

 

「うぐ、うぅ……脇腹をつつくのはやめてほしい。結果的に怪我も無く情報も得られたんだ。差し引きプラスってことでいたたた!?」

 

称号(ギフト)で戦って怪我をして、委員会にも必要以上に接触される状況のどこが差し引きプラスなのでしょうね〜?」

 

「ごめんっ謝るから……! つねらないで……!!」

 

「……はぁ、反省会と今後の対応についてはまた帰ってからにしましょう。今日はこのくらいで許してあげます」

 

 脇腹をつねっていた手が緩み、手を引かれて姫が乗ってきたであろうタクシーに一緒に乗り込む。行き先を告げて車が動き出すのを待って、姫の手が僕の額に添えられた。『治癒』のおかげで傷跡も残っていないが、確かめるようにゆっくりと撫でられる。

 冬の季節のせいか少し冷たい手と、暖房のきいた車内の空気が合わさって心地がいいので瞼が重くなってきた。

 

「……これが飴と鞭か」

 

「本当に反省してますか?」

 

「してるしてる……」

 

「眠たいのならどうぞ、着いたら起こしますので」

 

 額を撫でていた手はそのままに、誘われるように姫の膝に頭を預ける。

 頭に伝わる柔らかい感触と、仄かに甘い香り。これは完全にトドメを刺されたな……。

 …………前にも、こんなことが、あったような。

 

 微睡みの中でそんなことを思いながら、意識は闇の中に溶けていった。

 

 

 




のんびりやってるのにいつも見てくれる人に感謝を。また次回〜
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