黒騎士は英雄にはなれない   作:影雪

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よし、大体二ヶ月更新だな


鉄の森

 

 

 

「アッハハハ! 全然ダメでしたねぇ!」

 

 色々な機材や道具が散らかった広い空間。その中心で一人の男が嗤う。

 

「未調整の試作品にしては上手く行った方ですが、金の卵相手には全くの力不足……、いや、あれの能力の理解が追いついていなかったのか」

 

「ともあれ、ともあれです。『獣被り(ライカンスロープ)』の起動が上手くいったことを進歩と捉えるべきでしょう。戦力が揃ったなら私の称号(ギフト)でどうにでもなりますのでねぇ」

 

 こけた頬、痩せこけた長身を派手な装飾の衣装で隠す男は指を鳴らしながら楽しそうに。子供のように話す。

 

「埋まった種は欲望を啜り大輪の花を咲かせる。力無き者が殻を破り借り物の強者となる。彼等はどんな結末を迎えるのか?」

 

「前哨戦はもう良いでしょう。選択を、成果を見る時が来ました! この現実に反旗を翻す彼等に祝福を!」

 

「皆様の夢を実現させつつ、私の夢も叶える。素晴らしい事じゃあないですかぁ! 」

 

「この世界に心躍るようなファンタジーを! 誰もやろうとしないのなら、この私がもっと世界を面白くして差し上げましょうッ!!」

 

 男は万雷の拍手を受けたスターの如く大袈裟に腕を開く。その手には、紅く怪しい輝きを持った宝石が握られていた。

 

 

 ●

 

 

 …………あぁ、またコレか。

 

 目の前にはいつかの光景。不衛生な独房に包帯だらけの少女が放り込まれる。今日の"実験"が終わったのだろうか、無表情でカルテになにか書き込んだ後機械のような無表情で去っていく研究員。何も出来ず、ただその場を眺めているだけの傍観者。

 

 この前見た時より白髪化が進んでいる少女は、長いソレを引きずりながら、部屋の隅に乱雑に置かれた絵本の一つを手に取り、読み始める。

 繰り返し読み返したであろうその本はくたびれ、所々に赤黒いシミがついていた。

 輝かしい純白の鎧を身にまとった騎士。それが描かれていたであろうページは輪をかけてくしゃくしゃに歪み、染みも助けを乞うかのようにその鎧を染め上げている。

 

『▇▇』

 

 声を聞いた。聞き覚えのあるような、赤の他人のようなあやふやな声を。

 少女が顔をあげる。その顔には先程までの苦痛は無く、涙で腫れた目に確かな希望があった。

 

『▇▇、大丈夫。もう少しだけの辛抱だ』

 

『必ずここから、君を───』

 

 

「───騎士様。着きましたよ」

 

「…………ん」

 

 聞き覚えしかない優しい声に意識が覚醒した。こちらを見下ろす琥珀色の瞳と目が合う。

 車は既に止まっており、会計も済んでいるのだろう。ドアが開き冬の風が隙間から入り込んでくる。

 

「……騎士様、少しうなされているようでした。私の膝は寝心地があまり良くなかったのでしょうか」

 

『空車』に切り替わった車を見送っていると、姫がそんなことを尋ねてくる。確かに嫌な夢だったがそれとこれとは別問題だ。しっかり否定しておこう。

 

「夢を見ただけだよ。寝心地が悪いなら夢なんて見ないでしょ。十分快適な時間でした。ありがとね」

 

「それなら、良かったです……ん、これは」

 

 僕達の部屋に戻るためにエレベーターに乗り込むと、姫が懐から連続して通知音を鳴らす携帯端末を取り出す。

 彼女に連絡を取り合うような仲の人間は居ない。通知音の原因は傍をクルクルと飛んでいる天使だろう。

 姫は『称号(ギフト)』を使用した時のみ天使の声を聞ける。が、彼等は関係なく自由に能力を行使できるので、電子機器に干渉して意思疎通が可能というわけだ。

 

「……」

 

「姫、部屋に着いたよ」

 

「えっ、あぁ……ごめんなさい」

 

 深刻な顔をして端末を操作する姫に声をかけて部屋の中へ通す。

 居間まで入った彼女は周りを見て僕たちの他に何もないことを確認した後、申し訳なさそうに口を開いた。

 

「……あの、騎士様」

 

「分かってる。ご命令を、姫」

 

「…………ごめんなさい、例の開花薬を使った獣人型の異能力者を確認しています。殲滅をお願いします」

 

「了解。直ぐに片付けてこよう。気をつけなきゃいけないことは?」

 

「委員会第五部隊も同じエリアに居るようです。彼等は情報収集能力に長けています。騎士様の情報は既に共有されている物と考えていいでしょう……。なのですけど、もし委員会の方が襲われていた場合は」

 

「可能な限り助けるさ、それが君の願いなら。昼に一回助けちゃったしね」

 

「ありがとうございます。それともうひとつ、と言うよりこれが最重要事項です」

 

「……?」

 

「異能力者が多く存在するポイントに高い段階の『称号(ギフト)』の反応……恐らくこれは『猛獣使い(ビーストテイマー)』かと」

 

「ついにお出ましか。君が深刻な顔をするわけだ」

 

 それが本当ならここにダラダラと居座る訳にはいかない。

 

「『外套展開(ローブ)』、『脛当(グリーブ)』」

 

 ベランダに続く窓を開けて柵に飛び乗り、立ち上がって姫の言うポイントを探していく。月を隠した雲の多い夜でも、向こうに見える都市の明かりが空を照らしていた。

 今回の方角はそちらではなく、より暗い方向……。町外れの工場地区だ

 

「……お気をつけて」

 

「姫もね、しっかり戸締りして待ってて」

 

 見送りに来た姫にひらひらと手を振ってそこから飛び降りる。

 一瞬の浮遊感と同時に壁を蹴り砲弾のように飛びだす。変化させた足は蹴りつけた時の音と衝撃を完全に吸収した。

 夜風を切り高速で飛びながら、夢の記憶を思い出す。

 

 ───必ずここから、君を

 

 僕が呼ばれた時点で、彼は失敗したのだろうか。

 不甲斐ないとも、力不足とも思わない。結果的に僕は彼の願ったコトを叶えたのだから。あるいはこうなることすら計画の内だったのかもしれない。

 それでも、だ。目覚めてなおこの胸に突き刺さるのは彼女のあの表情。僅かに残った希望さえも粉々に打ち砕かれてしまっていることを忘れてはいけない。

 

 ならば、その原因を作った悪が今日その場にいるのならば

 

「……到底許せるものではなかろうよ」

 

 やるべきことは最初から決まっている、これ以上の思考は不要だ。

 後ろから追いついてきた天使を肩に受け入れて手頃な建物の屋上に足をつける。

 

 細かい方向とルートの指示を受け、改めて目的地への足を早めた。

 

 

 ●

 

 

 僅かな照明の灯りすら無慈悲に飲み込みかねない闇の中、空を覆う鉄の建物とパイプに囲まれた工場地区に鈍い悲鳴が響いた。

「こんなはずじゃなかった」と少年は言う。

 いつか委員会の一員として、尊敬する第三部隊の隊長と一緒に平和を守る。そんな未来を実現するために能力を磨いてきた。

 

 だから、戦闘機会が少なく目立つことも無い情報収集担当の第五部隊の哨戒任務にさえ着いて行って自分の優秀さを証明しに来たのだ。

 

「こんなはずじゃ」

 

「に、げろ……、お前じゃ勝てない……」

 

「…………」

 

「ねぇ〜、どうする? 逃げて〜って先輩さん言ってるけど、どうする〜?」

 

 目の前の男。歪に形を変えた梟のような男がニタニタとこちらを見ている。

 猛禽類特有の鉤爪を足元の隊員に突き立て、背中に生えた一対の羽。骨格を無視してグリグリと回る首がもはや怪物と形容するしか無かった。

 

 被害者は一人だけでは無い。最初の襲撃によって蹴り飛ばされ壁に叩きつけられた隊員が居る。防御の姿勢をとった右腕ごと折られた肋骨が肺を傷つけたのか浅い呼吸を繰り返している。すぐ処置をしなければ命に関わるだろう。

 

 もっと完璧にこなせるはずだった。

 自分はすぐに認められて目指すべき場所にたどり着けるはずだった。ぐるぐると思考が頭を駆け回る。

 こんなことになったのはあいつのせいだ。昼の図書館襲撃事件、あそこで大活躍を見せた『称号(ギフト)』もまともに使えない落ちこぼれ……。あいつがあんなことをするから、功を焦った。その話題を出されてつい声を荒らげたのも、全部あいつが……。

 

「ふざけんな……」

 

 誰のせいだと? と少年は歯を軋ませる。ここに居ない相手は、その力の制御もままならなかったあいつは誰のせいにすることなく成果を出したんじゃないのか、と

 

「……起動!」

 

「! 馬鹿……やめッああぁ!」

 

「アッは!良いねぇ能力者! 無能力者は脆いんだよなぁ……」

 

 鉤爪を振るって足元の隊員を飛ばし、楽しそうに梟が嗤う。

 静止の声も梟の声も聞こえない。あいつに出来たことが自分に出来ないはずがない。腕に炎をほとばしらせ少年が走る。

 

速射(ラピッド)!」

 

 速度の速い火球を複数飛ばしての攻撃。少年の称号(ギフト)は段階二の『発火(パイロキネシス)』。第三部隊隊長の加賀レイジと同じ属性であることが彼の誇りだった。

 戦い方もレイジの変幻自在な動きを参考に練り上げた。この速射は牽制……本命はこの炎を目眩しにしてのゼロ距離噴射───

 

「──吹っ飛べ!」

 

 視界を紅蓮が染め上げる。不殺も手加減も一切考慮しない本気の炎。それは少年が出せる最大火力だった。

 訓練で使ったダミー人形を原型も留めない炭に変えられる程の大火力。相手が怪物であっても致命傷になるだろう。

 彼にとって不幸なことは、それが梟に掠りもしていなかったことか

 

「ざァんねん!」

 

 上から体重をかけた鉤爪が少年の肩に喰いこみ、押し潰す。地面を砕いて尚有り余る威力は身体強化で防御力が上がっていようと耐えられるものではなかった。

 

「威力はね、凄かったよ〜。花火って感じでさ! でも当たらないなら綺麗なだけだよねェ!」

 

 梟がしたことは至極単純。ただ、噴射に合わせて飛び上がっただけである。

 視界を遮る程の火炎は相手の動きも隠す。戦闘経験を積んでいない能力者にありがちな失態。そしてそのまま命を落とすことになる致命的な隙だった。

 ま、当たっても大したダメージにならなかったけど……。と、羽毛に覆われた腕が少年を掴んで持ち上げる。

 

「ち、くしょう……がァ!」

 

「あっハはぁ、くすぐったいな。効かないんだってェ」

 

 掴まれた状態からいくつか炎を放つも、朦朧とした意識からの不十分な出力の攻撃は梟になんの効果ももたらさない。

 

「この力、すごいでしょ〜。くれた人がねェ言ってたんだ。雑魚の能力者だったらまず負けないんだって。俺たち無能力者だったのに並の能力者より強くなっちゃって〜、ごめんねぇ」

 

「お、れは……! 」

 

「弱いよ〜。無駄な攻撃ご苦労さまァ、もう少し力込めてよ、楽しくないじゃんか〜! 先輩方もさ、後輩くんが死んじゃうよ!? 立って走って戦ってよォ!」

 

 どしゃ。と少年の身体が落ちる。

 少年が覚醒して抜け出した訳では無い。

 隊員が隙を作り出した訳では無い。

 梟が離してやった訳でもない。

 

 ただ、腕を切り落としただけだ。

 

「……えェ?」

 

「……醜いな。モチーフは梟、か」

 

 だらりと下げた剣を構える。腕から吹き出す血を見てもなお、この状況が理解出来ていないらしい梟は、こちらと自分の腕を交互に見ている。

 

「……強者から弱者へ、狩る者から狩られる者へ……。天にその醜い命を差し出せ」

 

「お、お前──『異能力者殺』」

 

「……私刑、執行!」

 

 飛び立とうと背中に力を込めたのを見逃さず、一息に飛び込み、首を刈り取る。飛行能力を有するものは咄嗟の行動が分かりやすくて助かる。

 第五部隊の救助はこれで完了だ。怪我人も……今すぐ逃げれば一命は取り留めるだろう。

 

「ゲホッ! がはっ……あんた、誰だ……?」

 

「……時期に忘れる。さっさとここを離れろ」

 

「黒騎士……!」

 

『黒騎士』……? 委員会は俺のことをそう呼ぶことにしたのか。少年の方は知らない様だが、訓練生か何かだろう。情報が出回っているのは一部だけだったようだ。

 

【騎士様。先程の騒ぎを受けてこちらに向かう集団が、お急ぎを】

 

【……分かっている】

 

「……さっさと戻れ、誰も死なせたくないのならな。それと、相手との力量差を気迫で補おうとするのは愚者のやることだ。自殺志願者でないのならもう少し考えて動け」

 

「……ッてめぇ!」

 

「やめろ! …………撤退だ、佐々木訓練生」

 

「人を殺してるやつですよ! 」

 

 忠告をしたそばから怒りを剥き出しにした少年を隊員が止める。

 今すぐこちらに襲いかかるかと思ったが、優先順位を考えたのだろう。怪我人を運ぶのを手伝いながら、振り返った少年が刺すような目で吐き捨てた

 

「すぐに別の隊がお前を捕縛する。覚悟しろよ異能力者」

 

「いい加減にしろ! ……『黒騎士』、礼は言わんぞ」

 

 そう言い残して第五部隊は撤退して行った。

 さて、取り巻きの殲滅はほぼ二の次だ。目指すのは真っ直ぐ親玉の方向

 

「いやァ、まさかあなたにあえるとは! ねェ」

 

 先程切り落とした梟の首から不快な音が響く。それは人の声のように聞こえた。

 

「……お前が、そうか。『猛獣使い(ビーストテイマー)』」

 

「ご明察!今話題の『黒騎士』様。私の舞台にようこそ! 」

 

「……聞きたいこと、お前に下す罰も、全て本体に叩き込む。黙って待っていろ」

 

 剣を振り下ろし、梟を完全に破壊する。ただひたすらに不快だ。

 パイプが枝のように伸び、空を覆い隠して森のような工場地区に、不気味に笑い声が響く。

 一つや二つではない。にもかかわらず、寸分の狂いもない合唱。

 

【姫、分かっていたが君の敵は相当に悪趣味だ】

 

【同感です。騎士様、前方から三人が来ます。いえ、その前に】

 

「……あぁ、まず後ろに一人、だッ」

 

 振り返ることなく体制を落とし上を通り抜ける物体をやり過ごす。これは舌か……。

 ここで伸びきった舌を掴むのは冷静な判断ではない。舌から生える返しの着いた棘は拘束したと思った相手を逆に拘束する罠なのだろう。

 

 剣を振り上げ舌を弾き飛ばす、火花を散らした舌は縮小し、持ち主の元へ帰る。何も無い空間が少しだけ不自然に歪んだ。光学迷彩の類か?

 観察する暇もなく死角から牙が、爪が、蹴りが襲いかかるのを跳躍し、パイプの枝に飛び乗ることで回避する

 

 鰐、獅子、馬にカメレオン。どいつもこいつも歪んだ顔だ。人間の意識を残しているのかも怪しい

 

「……猛獣使い(ビーストテイマー)、部下を操って楽しいか? 」

 

「えぇ! 」

 

「あなたも楽しみましょうよ。襲い来るモンスターを倒し」

 

「このダンジョンの奥にいる私を見つけてください!! 」

 

 複数人が同じ思考、寸分のズレもなく完璧な連携を繰り出す。それを可能とするのが奴の能力

 

「……怪物(モンスター)、ね」

 

【騎士様……】

 

「……一つ思い違いをしているようだ」

 

 脚に力を込める

 隙と見たのだろう隠者が舌を弾き出すが、もうその場所に俺は居ない。

 飛びかかったことにすら気付かせないまま獣の特性を持つ三人を斬り飛ばす。彼等の意識を残していれば一人くらいはすぐ対応出来ただろうが、もう遅い。

 一瞬遅れて死角からの攻撃。連携が来ないのならもう回避の必要も無い。棘が突き刺さるのをお構い無しにそれを掴んで本体を叩きつける。跳ね上がった身体を縦一文字に斬り捨てた。

二つに別れた口で、隠者の口からふざけたような雰囲気が消えた声が響く

 

「あなた、は」

 

「……存分に楽しめ、お前の求める以上の化物が今からお前を殺しに行くぞ」

 

怪物を知らない彼等に、本物の化物を教えてやろう

 

 

 




次回あげる頃には年が開けているでしょう。良いお年を〜
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