アカの目の前に座っている男は老いを感じさせる見た目とは裏腹に豪快にそばを音を立てながら啜っている。今日の蕎麦は五割蕎麦を注文したようで苦い顔をしながら口に運んでいる。対してアカの手元には水が入った湯呑みだけ。互いが向き合うように座りあっている状況の中で一人は蕎麦を啜り、もう一人は水が入ったコップを傾けている。この光景だけを切り取るとただ昼休憩の時間を過ごしている会社員のようだった。だが、実態はそれとはまるで異なっており、二人の素性を知る人がその状況に放り込まれたら緊張でロクにしゃべることも出来なくなるだろう。
「おめぇは何も食わねえのか? そばの出前を取ってやるって言ってやったのに俺の好意を無駄にしやがって……。おめぇの唯一の悪い所はそこだな。後は蕎麦だけ食えれば完璧なんだがなぁ?」
「勘弁してください。斯波田事務次官。俺、どうしても蕎麦だけは食えないんですよ。蕎麦食うならうどんを食いたいです。それに、大先輩と一緒にご飯なんて俺には勿体ないです。今度弦を……いや俺の弟を誘ってやってください。そっちの方が会話も弾むでしょう」
「おいおい、俺が今話してるのはおめぇだ。いい機会は弟に回す。おめぇの良い所であり、悪い所だ。直した方が良いぞって何度も伝えたよなぁ?」
「伝わってます。けど、そういう性分なんです。すいませんね」
「まぁそれも今更だな。直っていたらこんなことを起こそうとはしないはずだ。……良いのか? もう後戻りは出来なくなるぞ」
「今更ですよ。一応身内の弦十郎だけならまだしも緒川家の次男にまで手を出した。この時点で俺に後戻りは許されていません。もう進めるしかありませんよ。それに、これ以上の機会もない。後伸ばしにして気が付かないうちの根を張られても困る。よく言うでしょう。雑草は早めに抜くのが良いと」
「おめぇの手段は雑草取りと言うよりは除草剤を所関係なくぶちまけてるようなもんだ。俺は他に方法があったんじゃないかって言いてぇんだ」
右手に握っている箸をそばつゆが入っているカップの上に置き、顔を上げてアカの目を真剣に見つめてくる斯波田事務次官。それはアカが取る方法を認めないと言っているのと同義だった。
「残念ながら確実な方法はこれだけです。それ以外の方法だと……貴方の守りたいものが守れなくなる。これまで装者を守ってきたあなたなら分かっているはずだ。これ以外の方法では装者は守れない。今度のはフロンティア事変の時とは訳が違う。うやむやにすることは出来ません」
「――だから弦十郎を、緒川の次男坊を殺したと?」
「そう言う事です。彼らには死んでいてもらわないと俺の想定した状況よりも七面倒なことになってましたからね。現状のリセットとお相手さんの駒をひっくり返すためにはそれしかありませんでした。ちなみに聞きますけど、此処って
「腐っても日本最高峰のセキュリティとお祭りごとの話をする場所だ。漏れることはあるめぇ」
「なら話してもいっか。今頃二人とも目が覚めてバカンスでも楽しんでると思いますよ。場所は言えませんが、安全ですよ」
「ハァァ……いつまでだッ?」
「すべてが終わるまで」
「装者には?」
「伝えられるわけがありません。傷つけてしまいますが、それは許してもらうしかありません。そういう訳です。斯波田事務次官。どうか大人しくしていただきたい。確かに一時的に装者を傷つけてしまうでしょう。それでも彼女らの未来のためにはこれしかありません。分かっていただけますか?」
「……分かった。俺はお前の行動を邪魔しない。それで良いか?」
「ありがとうございます。これで盤面が進められます」
どうやら第二の関門は抜けたようだ。アカがこれから始める行動に内側からブレーキをかけられては目標を達成することが出来ない。だからこの交渉が必要だった。わざわざ斯波田事務次官を交渉の相手に選んだのもシンフォギアを、装者の保護に理解があるからだ。勿論、他にも同じような存在はいたが弦十郎を理解してくれる人ならばアカがこれからすることも理解を示してくれる。そう考えアカは斯波田事務次官を交渉の相手に選んだがどうやら正解だったようだ。
「それでは。早速行動を始めます。貴重なお時間をありがとうございました」
「おう。――悔いはないようにな」
「んなもんとっくにありません。斯波田さん。貴方の行く末に幸運が有らんことを」
そうして風鳴アカは部屋から出ていった。部屋に残されたのは空気にあてられ少し硬くなった蕎麦と覚悟を決めた若者を見届ける理解者。理解者の目には憐れみと虚しさが混ざり合っている。
「おめぇの選んだ道は確かに正しいだろうよ。だが、そこにはお前が勘定に入ってねぇ。それはわざとか? それとも無意識にか? だとしたらおめぇは……」
彼が歩む道は厳しく脆い道だ。しかし、その道は特別な道ではない。一般人の彼だから選ぶことが出来た道だ。特別な人では選べない。選べるわけが無い道を彼は何の躊躇もなく選んでしまう。だが、彼の歩みを止めることは出来ない。止めることが出来るとすればそれはきっと彼と同じただの一般人だけだろう。
――――――
「へ?」
「あれ? 聞こえなかった? じゃあもう一度。風鳴弦十郎が死亡したため、今日から此処の臨時司令官に任命した風鳴アカだ。よろしく頼む」
特になんでもなかったかのようにさらりと弦十郎の死を装者たちに告げるアカ。装者たちがいるのは本部として設立された巨大潜水艦で、メンバーは装者一行とオペレーター二名。エルフナインの姿は見えない。
「師匠が……? 悪い冗談ですよね……?」
「冗談にしては悪質すぎるだろう。事実を伝えたまでだ。君たちには随分と急な知らせになってしまったのは悪いなとは思っている」
「……嘘だ!! おっさんが死んだなんて信じられるかよ!?」
「雪音の言う通りです。アカの叔父上。あの叔父上が死んだと言われても信じられません。シンフォギアを纏った私たちを相手にしても五体満足で立っていたのです。その叔父上が急に死んだなどと言われても信じられるはずがありません」
「――前にも言ったけど、叔父上と呼ぶのは止めろ。俺と君には何の関係性も無いだろ。二度と叔父上と呼んでくれるな」
心底吐き気がすると言った顔で翼に向かってアカはそんな言葉を吐き捨てるが、アカの言葉は正しくない。風鳴アカと風鳴翼は確かに血縁関係にある。同じ血が体を巡っており、国に登録されている紙面上では確かに姪と叔父という関係が正しい。同じ風鳴という名字を持ちながらもその関係性を拒否する。この場面だけを見るとおかしいのはアカの方だった。
「君たちがいくら否定しようとも事実は事実だ。俺はそれをただ伝えただけ。それでも信じられないというなら……そうだな。証拠でも見せようか。かなりショッキングな写真だからそこのエージェントアイドル」
「わたし?」
「装者の中では君が最年長だ。君が見て他の子に見せるかどうかの判断を下せ。君が見たままを伝えても構わない。ちなみに藤尭と友里は既に写真を見て何も言わなかったよ。これだけで察してくれると嬉しいのだが」
「お生憎様。わたしは自分の目で見たものしか信じないわ」
「ならどうぞ」
アカはマリアに写真と一枚の紙を渡す。その写真には胸から血を流しながら地面に倒れている弦十郎が写っている。弦十郎の胸から噴き出し地面に流れている
「……」
もう一枚の紙はA4サイズほどの紙で、その上段には死亡診断書と書かれている。そこには風鳴弦十郎の名前と共にその死の原因が出血死と心停止であることが記述されていた。紙の最下層には医師による死亡したと認める旨のサインもあった。これ以上疑いようがないほど弦十郎の死は証明されてしまった。
「「マリア……?」」
「どうする? 見せるのか?」
「…………やめておくわ」
「マリアさん!?」
「賢明な判断だ。君に見せて正解だったようだな」
「待てよ! それであたしが納得できると思ってんのか!?」
「おいおい。君たちの仲間が死んだと認めたのに君が否定してどうする? これ以上の証拠品は無いぞ。後あるとすればその死体とご対面するくらいしかないな。それでも見るか?」
「……おっさんが死ぬ筈が無いんだ。今日は一緒に出掛けるって約束してたんだ。それなのに、それを裏切るなんて……あたしは認めない。認めないからな!!」
「クリスちゃん……。そうだね。師匠が死んだなんてわたしも信じない。風鳴さん。貴方の言ってること全然わかりません」
「ご自由に。認める認めないは個人の自由だ。――事実は変わらないけどな」
生きていると信じようが、死んでしまったと認めようがアカにとってはどうでもいい。ただ弦十郎は死亡したその事実だけを伝えている。
……この時装者たちは少なからず動揺していた。落ち着いて考えれば弦十郎の遺体が写っている写真には奇妙な点が残っていることに気がつけただろう。しかし、
「……弦十郎さんは誰に殺されたんですか?」
「未来!?」
「殺されたって小日向。そんな突拍子もない……」
「だって響。おかしいと思わない? 弦十郎さんは自殺するような人じゃない。それもクリスとの約束を破るなんてあり得ない。ならそれ以外の要因ってことになる。残っている可能性は1つだけ。弦十郎さんは殺されたってことにならない?」
「でも殺されたって未来。一体誰が師匠を殺すの?」
「それは……」
未来は言葉に詰まりそこから口を開くことは無かった。確かに突拍子もない話では合ったがか納得のいく話ではある。
「……ふむ。乱暴な推理ではあるがそこまで考えたのなら俺もそれに答えなければならないな。正解だ。確かに弦十郎は殺されたよ」
「一体誰にデス?」
「貴方の言葉からは犯人が誰か分かっているように聞こえる。教えて」
「犯人を知ってどうする? 弦十郎の敵討ちでもするつもりか? 君たちの力はそんなもののために使って良い力じゃないだろうよ」
「アンタには関係ねぇ。知ってるならさっさと教えやがれ!!」
クリスは手から血が滲み出るほどにペンダントを固く握りしめ、アカを睨みつけていた。犯人を知ったとたんその場から飛び出していきそうだった。そして、その犯人は幸運か不幸かは分からないが目の前にいた。
犯人は一瞬の逡巡を見せた後、悪びれることも無く名乗り出た。それはまるで悪いことをしたとは一切考えていない、自分がしたことは正しいことだと信じている男が存在していた。
「――俺だよ」
「は?」
「弦十郎は俺が殺した。そう言った」
「……てめぇがおっさんを」
「その通り。何度も言わせるなよ。君たちの耳はまだ若いだろ」
「てめぇが……!!」
クリスはペンダントを固く握りしめたまま、聖詠を唱えようと喉を震わせた瞬間、本部入口から銃を構えた軍人が数人侵入してきた。軍人たちはあっという間に装者たちを囲い、逃げ道を潰した。銃の矛先は一切のブレなく装者たちに向けられており、もし不審な動きを見せた途端に彼らは一切の躊躇なくその鉛球を発砲するだろう。
「手を挙げろ! そのままの状態で何もするな!! こちらが動いたと判断した場合こちらも相応の対処を取らせてもらう!!」
「急になんデスか!?」
「落ち着いて切ちゃん。これは……」
「雪音クリス。そういう訳だ。何もするな。君が何もしなければこちらも何もしない。君たちもだ。一応、今日から俺が此処の司令という風になっていてね。君たちをコントロールするのも俺の仕事なわけだ。腹立たしいことに俺は弱くてね。弦十郎には勿論、君たちには絶対に勝てないだろう。下手をするとエルフナインにも負ける。だからこうして他の人と一緒に君たちの手綱を握ることにした」
「…………クソ!!」
「……風鳴司令官。どうして叔父上を殺したのですか? せめて理由だけでも教えてください。でなければ我らは到底納得することは出来ません」
「理由? 簡単だよ。アイツが櫻井了子を止められなかったからだ」
「了子さんを? どうして急に了子さんが出てくるんですか?」
「そもそも弦十郎が櫻井了子を止めることが出来ていたら今までの事件は起きていない。それに話を聞けばアイツは櫻井了子が裏切者であると勘づいていたのにも関わらず事が大きくなるまで放置していた。それが国連内で大分問題になっていてな。今までの責任を取ってもらう形で死んでもらった。どうだ? 納得できたか?」
「納得できるかよ!!」
「雪音の言う通りです。それにどうして今頃になってそれが問題になるのですか?」
「……色々あってな。君たちのそれを知る権限はない」
言うべきことは言ったと言わんばかりにアカは装者たちから目を離した。目を離したと同時に軍人たちに合図を出し司令室から撤収させた。残ったのは弦十郎が座っていた椅子に座るアカとそれを睨みつけるS.O.N.Gのメンバーたち。
もし許されるのであれば装者たちはアカに襲い掛かるとまではいかなくても激情をぶつけていただろう。しかし、先ほどの軍人たちを見てそれすらも出来なくなってしまった。彼女たちは聖詠を唱えることでシンフォギアを纏う。だが、言ってしまえば唱えている間は無防備であるという事だ。その間に撃たれれば死に直結する。
だから彼女らは睨みつけることしか出来ない。そしてアカはそれを理解している。彼女らが睨みつけることしか出来ないことを知っているからこそ最悪の言葉を続ける。
「そうだ。君たちのおかげで思い出したよ。弦十郎からの遺言だ。『これからも元気に過ごすように。そして、これは俺の決断だ』だって。という訳だ。恨まれるのはお門違いだぞ」
「…………」
誰も何も言わない。言えない。言ってしまえばダムが崩れるかのように憎しみが溢れ出てしまいそうだった。だから歯が擦り切れんばかりに噛み締め、ナニカで歪む視界で仇を睨み続ける。これで彼女らに出来る唯一の抵抗だった。
「ああ、後。緒川慎次も遺体で発見された。そっちも緒川家でも正式に死亡したと認める通達が届いている。これも同時に伝えておくぞ」
「…………緒川さんが?」
「嘘……」
「嘘も何もないさ。伝えた事実がそのまま真実だ。安心しろ。君たちのマネージメントには別の人間をつける。芸能活動には何の支障はないと保障しよう」
「ふざけないでもらおう!! 私のマネージャーは緒川さんだけだ!!」
アカは翼の怒号を聞き流しスーツの胸ポケットに収納されているスマートフォンを見ると一件の不在着信があるのを見つけた。画面上には不在通知の相手の名前だろうか、仲良しさんと表示されていた。それを見てアカは椅子から立ち上がり司令室から出ようとする。
当然装者たちは止めようとするが、ドアの向こうには軍人たちが待機している。下手な動きは出来ない。だから手をアカの方に向け空中で中途に止めている。
「色々知らせることはあったが、そういう訳だ。……君たちがこれから戦うのは歌を歌うだけではどうしようもない相手だ。それだけは覚えておいた方が良い」
それだけを言ってアカは司令室から退室していった。残されたのは身近な人間二人を失ったS.O.N.Gのメンバーたち。悲しみに明け暮れる者、到底信じようとはしない者。それぞれがそれぞれの感情と向き合っていたが彼女らに共通している感情は2つ。風鳴アカに対する憎しみと、これからの日々に対する不安。
不安を払拭してくれる大人はもういない。
――――――――――
「電話に出られなくてスミマセン。ちょうど弦十郎の死を伝えていたところだったもので」
『ならばよい。首尾はどうだ?』
「一応、順調と言っても良いと思います。なので計画通りに進めていきます」
『分かっているな。貴様の役目はただの橋渡しだ。全てが済み次第……』
「貴方たちに受け渡す。自分の役目くらい理解していますよ」
『ならばそのまま励むように。間違っても裏切ろうとは考えるなよ。その時は――』
「ええ。その際は貴方たちの好きにしてください」
『――――ではな』
プツっとそのまま電話は切れた。聞こえるのはノイズの音だけ。改めて言われなくても自分の役割くらいは理解しているつもりだ。相手が心配性なのかそれとも信頼されていないのか。きっと後者だろう。まだまだ骨を折る必要があるようだ。
電話アプリを起動させたまま違う相手に電話をかける。ディスプレイには赤スーツという名前が表示されている。一度オリジナルアプリを起動させ、逆探知できないように施してから電話をかけると相手はすぐに電話に応答した。
「おはよう。目は覚めたか? 弦十郎」
「ああ。後は状況を説明してくれればスッキリするんだがな。アカの兄貴」
「これからするよ。……近くに緒川もいるはずだが、居るか?」
「ああ」
「なら一緒に話を聞いてくれ」
「頼む。何故俺たちを殺されたことにしたのか。それ相応の説明が無ければこちらも納得できん」
「理由は大きく分けて2つ。1つ目が責任問題を片付けるため」
「責任問題か。それは――」
「櫻井了子の件だ。その件で一応裏切者を見分けられなかった、いや見分けてはいたのか。けど、その対処に遅れた結果月の欠片が地球に降りてきた。国連としてはその責任を重く見ているらしくてな。だからこっちで早めに対処させてもらった。じゃないとそれ以外の人たちにも責任が向きそうだったからな。これで弦十郎は責任を果たして死んでいったと国内外を問わずに発信することが出来る。そのまま責任をうやむやにする方法もあったが、どっちにしろ足枷になることは見えていた。早めに清算しておくに越したことはない」
「それが1つ目の理由か。しかし、その理由は俺だけが背負うべき理由だ。彼女を止められなかったのは俺だ。緒川は何の関係も無いだろうよ!!」
「分かってるよ。緒川の方は2つ目の理由に関わっている。最近、国連できな臭い動きが始まっていてな。その内容がどうもヤバイ。日本を蚊帳の外に置いて進めているもんだから下手に干渉することもできない。それで弦十郎と緒川にはこの動きを止めてもらいたい。これがお前たちが死んだことにした理由だ」
「きな臭い動きとはいったいなんだ?」
「シンフォギア装者を実験体とする動きだ」
「馬鹿なッ!! そんなこと認めてたまるかよッ!!」
「ええ。ノイズに対抗できる存在。そして、代替存在なんていない彼女たちを実験台にするなんて馬鹿げています」
彼らの言う通り。ノイズに対抗できる存在で、代替存在のいない彼女らを実験体にするなど正気の沙汰とは思えない。現状こちらで確認できるだけで7人の装者がいるが、その7人だけでもギリギリノイズに対抗できるかどうかなのだ。そもそもそれ以前に彼女らを実験体にするなぞ大人として認められるはずが無かった。
「だが、面倒なものが向こうで開発されたみたいでな。そのせいでシンフォギア装者を実験体に用いても問題は無いと結論付けられたらしい」
「その面倒な物とは一体なんだ?」
「ノイズ・キャンセリングシステム。通称NCS。その名の通りノイズの存在を否定するシステムだ。詳しくは後でもう一人と共にそのデータを送る。確認してくれ」
「もう一人? まだ増えるのか?」
「ああ。お前たち二人では情報処理の担当が少し足りないだろ? だからそいつも後でそっちに送るよ」
「――何故か誰だか分かってしまうのが嫌になるな」
「という訳で君たちを死んだことにしたわけ。死人なら幾ら動いてもその責任は何処にも無い。だって死んでるだからな」
「なるほどな……しかし、何故アカの兄貴が動かないんだ? それだけ知っていれば兄貴でも対処できるだろう」
「……俺は動けない。止められるのは特別であるお前たちだけだ。だからこんな形をとったんだ。言わせんなよ」
「特別? 一体何がだ?」
「それは気にするな。弦十郎。――兄としてお前らに何も出来なかった俺が頼むのもおかしな話だが、それでも一人の人間として頼む。国連の動きを止めてくれ。それがたとえどんな結末になろうともだ。その代わり、S.O.N.Gのしがらみは俺が全て肩をつけてやるよ」
「…………分かった。その話引き受けよう。だがな、アカの兄貴。1つだけ聞かせてくれ」
「なんだ?」
「何故国連の動向を知っている? 警察庁長官だからという理由だけではないだろう。流石にそれは権限を超越している。どういったわけだ?」
「簡単だ。知り合いが多いんだ」
一般人であるアカが出来ることは人と話をして関係性を築くことだけ。それ以外に挙げるとしたらない頭を必死に使う事だけ。今回の騒動も築き上げてきた関係性のおかげで発覚したものだった。
「――本当にそれだけか?」
「それだけだよ。逆に他に何があるんだよ」
「それは……」
「いや、話は此処までにしよう。お互いそこまで時間に余裕はないだろ? 思いついた可能性は胸に秘めたままの方がお互いに良い。国連の動きを止めるための計画は後でメールに添付する。…………弦十郎、元気でな」
「! 待ってくれ!!」
有無を言わせずに弦十郎との通話を打ち切った。これ以上話すことも無い。時間は刻一刻と迫っている。感傷に浸るだけの時間はもう無い。伝えたいことは伝えることも出来た。
「さてと……」
「それでよろしかったのですか?」
ガンルームで電話に夢中になっていたため、アカは突然の来訪者に身構えることが出来なかった。来訪者は全身をプロテクターで固め、肩には自動小銃をかけている。その来訪者は雪音クリスに銃を向けていた軍人たちのリーダー、
「うっわ!? びっくりした……。何? もしかして盗み聞きでもしてた?」
「するつもりはありませんでした。ただ弟さんと話しているときの貴方の表情がその……泣きそうな顔でしたので。出るに出られなかったのです」
「そんな顔してた?」
「ええ」
「……忘れてくれ。それに良いんだ。それが俺に出来る唯一の事だ。ならするしかないだろうよ」
「
「家族だからだよ。全部話したらアイツは勝手に動いちまう。アイツには帰らなければならない場所があるのに、それを投げやりにしてほしくないんだよ。だから話さなかった。……逆に聞くけど、本当に俺の手伝いをして良かったの? 俺に付き合ってもいい気分にはならないし、最悪死ぬかもよ?」
「構いません。あの子らに救われたこの命。あの子らを救うために使うのであれば悔いはありません。私の部下たちも同じ思いです。それに、貴方一人では寂しいでしょう?」
「――寂しがり屋に見えるか?」
「……仕事が溜まっています。司令室にお戻りください」
それだけ言って志郎はガンルームから退出していった。時刻はまだ就業時間から一時間が過ぎたところ。司令官としての仕事は山ほどある。何時までもここに居るのは得策ではない。そろそろ仕事を始めなければ残業にでもなってしまいそうだ。果たして公務員に残業という言葉が適しているかどうかは知らないが。