「どうして貴方が此処に……」
「それはまた随分なご挨拶だな」
その声には驚きと怒りが混ざりこんでいた。普段の美しい声色とは全く正反対の声は聴く人が聞けば何があったのかと心配されることだろう。そして、その怒りの矛先を向けられているアカはその声に怯えることなく普段通りに振舞う。猫耳のような髪型も目の幻覚か後ろに倒れているように見える。
アカの目の前にいるのはマリア・カデンツァヴナ・イヴ。かつて世界に宣戦布告をかました歌姫だ。
「友里なら通常業務中だよ。彼女の名前を勝手に借りたのは悪いと思ってるよ。あとから謝罪もする。けど、こうでもしないと君たちは俺と話をしてくれないだろう?」
「……いったい何の用?」
「否定してくれないのが寂しいなぁ。まぁ、仲良くなろうとしているわけじゃない。さっさと本題に入るとしよう。――マリア・カデンツァヴナ・イヴ。日本国籍を取得しないか?」
「日本国籍を?」
「そう。厳密にいえば君の場合は帰化と言った方が正しいな。君の国籍が今どのように扱われているか知ってるか?」
「アメリカにあるはずよ」
「それは残念。不正解だ。……やっぱり弦十郎の野郎。教えてなかったな?」
アカは若干の苛立ちを表情に浮かばせながら脳内で話すべきことを整理する。アメリカにあると思っているという事は全くのゼロ。白紙の可能性が高い。
これは一から説明しなければ理解できないと判断し、怠さが出てくるがこのゼロを説明しなければ彼女の立ち位置、ひいては彼女らの存在が危ない。此処は多少面倒でも一から説明しなければならない。
「まず君の国籍はアメリカには無い。語弊の無いように伝えておくけど確かに初めはアメリカにあったさ。初めはね。けれど、色々と君たちが色々としでかしただろう。世界に喧嘩は売るわ、フィーネを名乗るわでアメリカ側はすぐに
アカが確認した限りアメリカ側はマリア・カデンツァヴナ・イヴを米国の住人として認めていない。フロンティア事変後に米国政府がF.I.S.組に死刑を要求したのがその証拠だ。
住民として認めていないという事を公の場で発表することで武装勢力組織「フィーネ」と米国政府には何のかかわりもないということを示したかったのだろう。そのために彼女の国籍、ひいては彼女が存在していた証拠を全て抹消した。そのおかげで日本政府は裏で工作が出来たのだがそれはまた違う話だ。
「そして国連の預かりとなった君の立場は実は国連のエージェントだったなんてカバーストーリーが作られ、いまこの立場にいる。此処までは良いか?」
「ええ。じゃあ私は今どういう状態なの? わざわざ貴方が日本の国籍を取得しないかと話をしたという事はまず日本にはないというのは分かったわ」
「話が早くて助かるよ。結論から伝えると君の国籍は今現在どこにも無い。君の身柄などの諸々の事情は宙ぶらりんの状態なんだよ。本当ならばフロンティア事変終了後、君の取り扱いもすぐに決まるはずだったんだが、ほら色々とあっただろう? その影響でまだ決まってないんだよ」
すぐに決まるはずだったのが、上で色々と揉めたこと、そして揉めている間に錬金術師などの事件が起こったことですぐに決まるはずだったのが今の今まで伸びている状態だった。
普通の人であればその事情ゆえ多少時間はかかるとはいえ国籍などは取得できるはずだ。しかし、今回の例はあまりにも特殊な例だ。彼女の罪状は消えたとはいえもう一度アメリカ国籍を取得できるかと考えるとほとんど達成は不可能な話であるということと、では違う国にとしてしまうと今度はその国籍を認めた国がシンフォギア装者の国籍取得を理由にどんな条件を付けるかが読めない。
そして極めつけはF.I.S.組のシンフォギア装者が彼女一人だけではなかったという事が事態をさらに面倒臭いものにしている。彼女と共に行動していた暁 切歌、月読 調もまた彼女と同じような扱いになっている。
マリア・カデンツァヴナ・イヴと共に行動していた彼女らもまた国籍が宙ぶらりんの状態である。問題と言うのはマリア・カデンツァヴナ・イヴの国籍を例えばA国に置くことになると暁 切歌、月読 調もまたそのA国に置くことになるということだ。
それぞれ違う国に国籍を置けばいいだろうという意見も国連内で上がったが、その場合彼女らはシンフォギア装者として扱われるのではなく
「……どうして今なの? 貴方の話を聞く限り別に今じゃなくて良いはずよ」
「違う。今じゃないともう決められない。
「この場で決めろと?」
「出来るならな。が、急にこんな話をされて決めろは無理な話なのは分かってる。だからそうだな……明日までに決めろ」
「普通は1週間とかじゃないの?」
「無理。譲歩してこれだ。月読と暁と相談してもいいし、お前が一人で決めても良い。俺が言える義理じゃないが後悔の無い選択をしろ 」
「……」
「俺からは以上だ。決まったら連絡しろ。アドレスはこれだ」
スーツの内側ポケットから業務用携帯のメールアドレスを手渡す。彼女がそれを受け取ったのを見て部屋から退出しようとすると彼女からほんの僅かに固い声をかけられた。
「待って」
「何だ」
個人的にはこれ以上彼女と話したくない。ボロが出てしまいそうなのと憎しみの感情が出てしまいそうだ。無視すればいい話だがこれから先彼女と二人きりで話す機会は恐らく無い。最後だと思えば我慢するべきだろう。
改めて仮面を被り直して彼女と向き合う。
「貴方は一体何がしたいの?」
「何って……見たまんまさ。君たちを日本所属に……」
「違うわ。私が言っているのは今のことじゃない。貴方がしていることは何処か奇妙よ 」
「奇妙? 」
今までしたことに奇妙な点は何処にも存在しないはずだ。一体何処が奇妙なのだ。
「貴方は風鳴弦十郎を殺した」
「そうだな」
「けれど何故か私たちに殺したことを話した。それは何故?」
「そりゃあ新しい司令に変わったら理由も教えないといけないだろ」
「そこよ 」
「は?」
「その理由に殺したことを伝える必要は無い。ただ行方不明だからとか新しい職場に配属されたという理由だけでいい。わざわざ殺したなんていらないヘイトを買うだけ。それなのに貴方は伝えた。それに急に私たちの国籍を決めるための話を持ち出した。黙って決めればいい話なのに。貴方の行動は……うまく説明できないけれど変なの」
……急に話を進めすぎたか。自分では上手く進めていたつもりだったが怪しさを感じ取られるほどには無意識の内に焦っていたようだ。次からは気をつけなければ。
「俺が何しようが俺の勝手だろ。君には関係のないことだ」
「そう。じゃあ最後に一つだけ。貴方が何をしているかは知らないけどエルフナインを傷つけたら私たちは貴方を許さないわ」
そう言う彼女の瞳には覚悟と怒りが混ざっている。もしそんなことを起こせば俺は殺させるか死ぬ一歩手前までシバかれそうだ。
「私からはこれだけ。それじゃあね」
「マリア・カデンツァヴナ・イヴ」
「今度は貴方?」
「君の行く末に幸運があらんことを」
「?」
困惑した表情を浮かべたまま彼女は退出して行った。そして少し時間を空けてから胸ポケットから取り出した煙草に火をつける。
「ふぅー……不味いなぁ」
至福の一服とはいかない。胸を煙が侵食していく。肺に染み込む煙は何度経験しても慣れそうにはなかった。
「全く厄介な頼み事だなぁ。天羽」