デブリが漂う暗い宇宙の海。MSのコックピットの中に、電子音だけが鳴っていた。
内臓が浮くかのような何とも言えない浮遊感。ヘルメットの中で響く呼吸音。体内を通して聞こえてくる、鼓動する心臓の音。生きているという感覚が、俺は苦手だった。
『そろそろ時間です』
パイロットスーツのヘルメットから聞こえる女性の声。相棒であるアマネ=アウストラムのものだ。
「了解。いつでもOKだ」
計器の状態を確認しながらそう答える。武装も機体の状況も問題はない。数値も正常だ。
アマネがカウントダウンを始める。3…2…1…。
『0』
コックピット内に響くアラート音。MSが何かを感知した合図だ。センサーに映る影は五機。目の前を真っ直ぐに通ろうとしている。
この進路の先には俺とアマネが所属する組織がある。ここ最近、不審なモビルスーツによる襲撃が続いており、このエリアの監視と侵入してくるモビルスーツの殲滅をする事が俺たちの任務だ。
『作戦開始。行きますよ』
「分かった。後ろから着いていく」
機体を動かし、背後から現れたアマネが乗るアンクの後を追う。ブースターから出る青白い炎が光の線となって宇宙に溶けていった。
細かなデブリが漂う中を最小限の動きで通り抜け、30秒足らずで俺たちは目標を捉えた。モニターに映し出されるのはFS-01-オリジン。地球議会連邦の主力モビルスーツだ。
「散開して左右から叩く」
『了解』
アクセルを踏み込み機体を更に加速させる。機体のGにより全身から指先に掛けての血の気が引き、顔が浮腫み火照るような感覚に襲われた。
センサー越しに敵機へと近づいている事が分かり、やがてモニターの映像でも肉眼で確認出来るほど大きく映る。
全身が黒一色に塗られた機体。所々のパーツが他のモビルスーツからの流用で、特に武器はどの国の規格品とも違うハンドメイド使用である。最近何度も現れるモビルスーツと同じ、テロリストによく見られる武装だ。
「同じテロリストかは分からないが、どのみち領域侵害だ。落とさせてもらう」
オリジンの後ろを取り、その内の一機に狙いを定めビーム・ライフルを構える。モニターに映るロックオンのマークが照準を定め、引き金を引いた。銃口から放たれる青い光は真っすぐに放たれるが、直前で俺の存在に気が付いたのかオリジンはその場で散開し弾は当たることはなく虚空へと消えた。
オリジンの光はデブリの中へと消えるが、センサーは大きく湾曲を描きながらこちらに向かってくる二機のオリジンの姿を捉えた。
「こちらオリジンを二機確認。そっちは?」
『こちらも二機確認しています』
一機足りない。恐らく俺とアマネに着いている二機は足止めだ。リーダー機かは分からないが、少なくとも一人でも作戦を完遂出来るような実力か装備を持っているのだろう。この先にも警備部隊はいるが、万が一という事がある。
「直ぐに終わらせて後を追う」
互いが交戦距離の間合いに入る。二機のオリジンから無数の銃弾が放たれ、周囲のデブリを砕き灰色の煙が辺りを包み込んだ。視界が塞がっているが、射撃を交わすためにデブリを背にして下から距離を詰める。
進む方向に合わせて銃弾が飛んでくるが、デブリによる視界の悪さと不規則な動きで交わし続ける。途中、銃撃の勢いが弱まったかと思うと、複数の反応と共に背後で大きな爆発が起こった。機体に響く大きな振動。おそらくミサイルでも撃ったのだろう。デブリの残骸が勢いよく辺りに散らばり、黒煙が宙を舞う。
機体に損傷はない。そして敵影をまだ捉えている。
煙のふちをなぞるように真上へ急速に旋回する。開けた視界に映ったのは、まだ煙の中を見ている二機のオリジンの姿。
戦場では一瞬の判断ミスが命取りとなる。敵機の撃墜に限らず、撃ったのならその場所から離れなければ直ぐに捕捉されてしまうからだ。
相手がこちらに気が付くよりも早く狙いをつけ、ビームライフルを撃つ。閃光の弾は片方のオリジンの胸部を斜め上から貫き、そのまま機体が爆散した。表面装甲が剝がれ、機体の手足が宙に流れ飛んで行く。そのまま二機目に狙いをつけるが二発、三発と交わされた。
アンクは銃を投げ捨て手首に収納されているビーム・サーベルを展開し接近戦を仕掛けてくる。先ほどの俺と同じようにデブリに隠れながら近づくと狙いをつけにくいとでも思ったのだろうか。だが、センサーに映る機影とデブリの配置による進行ルートを予測して警戒していれば、後はビームを奥だけで勝手に当たる。
狙いを付けていた位置からオリジンが現れる。相手のパイロットは驚いたのかは分からないが、既に向けられていた銃口を見るや機体の動きが止まった。
「…悪く思うなよ」
誰に言うでもなく呟き、ただ目の前の目標に向かい引き金を引く。圧縮されたビームはオリジンのコックピットを貫き、胸に穴が空いた機体は目から光を失い、そのまま機能を停止した。
制御を失った機体は力なく宇宙を漂い始める。後で回収班が探すことだろう。
この場所の座標を記録し、戦闘が終わったことをアマネに報告をする。
「オリジン二機を撃破した。今は最後の一機を追っている所だ」
『了解。こちらも二機撃破しました。私も直ぐに後を…』
言葉が途中で途切れたまま沈黙が続く。何かあったのか、と言おうとした瞬間、俺は異常事態に気が付いた。
センサーに映る反応が、何故かどんどん増えていく。十…二十…三十…。どこから現れたのかは分からないが、俺は既に謎の反応に囲まれていた。
『謎n───囲ま…。s───…にg───』
ノイズ交じりに聞こえるアマネの声。全ては聞き取れなかったが、あちらでも何か異常が起こっているようだ。本部との通信を試みるが、繋がらずにスピーカーからはノイズだけが返ってくる。完全に孤立してしまった。
コックピットに警告音が鳴り響き、反射的に機体を動かした。先ほどまでいた位置をビームが通り過ぎ、それを皮切りに次々と攻撃が飛んでくる。
何とか攻撃を交わし続け反撃の為に銃口を向けた先にいたのは、見慣れないモビルスーツの姿であった。
全身が緑色で伸びた口の左右に謎のチューブが繋がった一つ目の機体。
モニターに照合データが表示されるが、その結果はUnknown。つまり、存在が確認されていないモビルスーツということだ。
躊躇なくビーム・ライフルを引き、モビルスーツを撃破する。
今は生き残る事が先決だ。アマネの心配もある。だが、この増え続ける反応の中を突破出来るのか?
「一体何なんだこいつらは!」
こちらが落とすよりも早く、文字通りその場に現れる。例えの表現でもなんでも無い。何もない場所に、まるでデータが送り込まれたかのように突然現れるのだ。
全身が灰色で白いとさかの付いた一つ目の機体。背中に付いた三角の器官から赤い粒子を放つ灰色の機体。蒼い飛竜のような姿から人型に変形する生物のような機体。
その他にも、四角いモニター顔から三つのくぼんだ黄色い目。金棒を持つ一つ目からナイフのようにとがった異形の手と楕円形の頭部を持つ機体まで。どれもこれも俺が知っている機体の見た目とはかけ離れているが、全てモビルスーツの形をしている。
激しい攻撃を切り抜けようとする中で、周囲の景色も変化している事に気が付いた。まるでこの世界がデータ上であるかのように揺らぎ、本来存在しない巨大な衛星や人工物が現れては消える。そしてついには、自分の体までもが結晶のように離散し始めた。
今為すべきことが分からない。目の前の敵を倒すことに意味があるのか。ここから逃げたとして何があるのか。
混乱する頭の中で、自我を保つために言葉を見つける。
「アマネを…。アマネを見つけなければ!」
あいつならまだ無事なはずだ。別れた場所を考えても、まだ近くにいると思う。
機体の最後の座標記録を頼りに目標地点を目指す。だが、俺の逸る気持ちとは裏腹に、アンクの限界が近づいていた。
少しづつ削られていく機体。既に左腕が欠損し、各部位の損傷具合にアラートが表示されている。それでもこの場から抜け出そうと何とか足掻いたが、バーニアが撃ち抜かれ爆発した衝撃により制御不能へと陥り、近くに浮いていた廃船の甲板に墜落した。
朽ちかけた装甲を激しい振動と音を鳴らしながら突き破り、どこか広い空間に出た所で機能が完全に停止する。
ここまで受けた衝撃により体中が痛み、触れずとも額からべっとりとこびりつく何かが流れていることが分かる。
意識が朦朧とする。視界が白み、焦点がハッキリと定まらない。ただひたすらに気分が悪い。
死にたくない、とは思わない。なんてことはない。さっきのオリジンのパイロットと同じ、俺の番が来ただけだからだ。死ぬこと自体は怖くない。ただ心残りなのは、アマネや、仲間がどうなったのかだけが気になる。あの壊れた世界の中で、皆は無事なのだろうか。
意識が遠のき、次第に体も消滅しようとしていた。
瞼の重みに抗えず、青年は静かに目を閉じる。
そんな中でも聞こえてくる声があった。機械音声のような誰かの声。幻聴かも知れないその声は、耳ではなく脳に直接届きハッキリと告げる。
『データサルベージ完了。情報を登録。記録中。全てのチェック完了。これより転送します』
閉じた瞼の裏に光が広がり、自分という存在が消えていく。
疲れて何も考えられない。ただただ、今は眠い。
まるで思考ごと塗りつぶすかのように全身を暖かな白い光が包み込む。完全にこの世界から存在が消滅したと同時に、青年は眠るように気を失った。