暗闇の中から声が聞こえる。
どこか浮いているような微睡みの中で、誰かが俺を呼んでいた。
『誰…だ?』
自分が声を出したのかどうかも分からない。思考が動かず、しかし漠然と体は呼び声に反応している。
力が入らない腕を何とか声が響く方へ伸ばした瞬間。何かに捕まれ、意識は現実へと戻された。
ゆっくりと目を開けた先には、身に覚えのない女性の姿があった。
「気がついて良かったぁ…。大丈夫か?ずっと魘されていたんだぞ?」
心配そうな表情を浮かべていた彼女の顔は安堵へと変わる。
状況が上手く飲み込めずにいると、彼女の両手が俺の手を握っている事に気が付き、思わず反射的に手を払い除けてしまった。
「す、すまない。驚いてしまって…」
やってしまった、とは思ったが、俺の言い訳とも取れる返答に、彼女は笑顔で言葉を返す。
「いいや。こちらこそ馴れ馴れしくしすぎた。具合は大丈夫か?」
まるでここが電脳世界という事を忘れてしまいそうになる言葉だが、実際に気分は優れなかった。頭が痛み軽くクラクラするような感覚がある。現実の体が頭を打ったのだろうか。だが、ここで話しても何も解決しないことは分かっているので、俺は「問題ない」とだけ返した。
周囲を確認すると、どうやらここは洞窟のような場所らしい。周囲が石で囲まれ、天井も大きな岩で綺麗に塞がっている。目立つ光源はないものの、ゲーム側の補正なのか一定の距離は明るく見て取れた。更に道がどこかへ続いている事が分かった。
一応ログアウト出来ないが確認もしたが、やはり状況は変わっていないようだ。何かのイベントにしては情報が無さすぎる上に、やはり運営にメールすら送れないのはおかしい。
ふとGBNから出られなくなるという都市伝説的な噂を思い出したが、流石に馬鹿馬鹿しすぎて直ぐに考えるのをやめた。
「この先は少し進んだが、結構道が続いていそうだった。起きたばかりだから、もう少し休んだ方がいいんじゃないか?」
「俺は大丈夫だ。さっきから変なことばかり起きてるから今は少しでも情報が欲しい。それに、俺よりも自分の心配をした方がいい。最初に気絶していたのはそっちだしな」
「私も大丈夫だ。もう剣だって振り回せるくらい元気になったぞ!」
そう言って腰に下げた両刃の剣を振り回し始める。元々装飾品に重さの概念はないのだが、こちらを心配させまいと気を使ってるのかもしれない。どちらにせよ初対面の相手だ。こちらがそんなに気にする必要もないだろう。
だが、ここまでの出来事やゲーム内で『気絶』するといった出来事も含めて、色々と疑問があるのも事実ではある。ただの不具合なら説明が着くかもしれないが、それにしては不振な点が多すぎる。
勝手にミッションが開始したこと。機体のデータが中途半端にしか読み込まれていないこと。何の警告もなくエネミーに襲われ、挙句の果てに気絶や体調不良だ。一体どんなデータを追加したらこうなるのか甚だ疑問である。
「そういえば名前を聞いていなかった。キミの事はなんて呼べばいい?」
彼女の言葉に、俺の思考はプツリと途切れる。また考え事で周りが見えなくなっていたらしい。気がついた時には、彼女はいつの間にか剣を仕舞い、真っ直ぐにこちらを見ていた。
スっと通った鼻筋に、凛とした表情と目つき。顔を動かせば金の長い髪が宙を舞い、光に当たるとシルクの用に輝いた。
彼女のその姿に、俺はどこか懐かしさを覚えた。
「…ソウマだ」
「ソウマ、か。少しの間だがよろしく頼む。私の名前は───」
名前を聞いた瞬間。全く似つかない彼女に、俺は他人の姿を重ねていた。もう出会える訳がない人物の姿を…。
「ランドウだ。よろしく頼む」
銀の騎士は手を差し出す。その行為に俺は、どう返したらいいのか分からないまま、ゆっくりと時間だけが流れていた。