文化祭のライブ中に降ってきたロックなやべーダイブの人について 作:きこり
9月某日。
今日は我らが秀華高校の文化祭──秀華祭の出し物を決めるクラス会議であった。
白熱した議論を経て、俺がクラス委員長を務める1年2組の出し物はメイド喫茶に決まった。ありきたりだが鉄板だ、そして鉄板には鉄板たる理由がある。うちの女子は皆んなビジュアル値高いし、これで滑ることはまずあるまい。
にしてもなぁ……メイド喫茶やるから男子は裏方ね。はまだいい、まだ許せる。野郎のメイドなんて誰も求めていないだろうし、執事服まで用意するにはどう考えても予算が足りない。あとメイド服眼福だしな、ありがとうございます。だからそれはいい。
だが「料理は冷凍のオムライスで十分だよね」は何をふざけているのかと。メイドさんが給仕してくれるのに、それを楽しみにしてきてくれるお客さんに出すのが冷凍のオムライスって。おいおい、見てくれだけメイドならそれでいいのか?? メイドに必要なのは奉仕の心なんじゃないのか、たとえ低予算だとしても真心込めた手料理を提供するのがメイド魂ってやつなんじゃあないのか?! それをお前らは──っ!!
と、そのようにクラス会議で述べ立てたところ、俺は男子からの熱い声援と女子からの凍った視線を一身に受け料理班長を務めることになった。
いや、ダメじゃん。
込められないじゃんメイドの真心。そりゃそうだよ、作ってんのが俺なんだから。他の班員も男ばっかだし……けど『美味しくなる呪文』だけは意地でねじ込んでやったぜ。
これから文化祭に向けて忙しくなるぞ〜。とりあえず最安値でメイドを服を借りられるレンタル屋を探して食材費を確保だ、それからメニュー選びに食材探し、普段料理をしてない男どもにレッスンもしなくちゃだしな。
さて、今日のところは生徒会に挨拶をしてっと。飲食物を提供する関係で色々と手を借りることになるだろうから、こういうのは早いうちから顔を通して仲良くしておかないと。
生徒会室は確かこの辺……
そんな具合に俺が1ヶ月後の文化祭に心躍らせながら生徒会室を目指していると、扉の前で女子生徒が行き倒れていた
「THE・行き倒れ──ッ?!」
「えっ、なに?? なんの声ってキャ──ッ!!」
俺は叫んだ。
するとそれに釣られて生徒会室から顔を出した先輩らしき女子生徒も叫んだ。
倒れていたのはピンクのジャージを着た女子だ。これまたピンクの長髪を海藻のように床で漂わせており、まるで生気を感じない……あれ、いや、待てこれうちのクラスの生徒じゃねぇ?? 話した覚えはないけど目立つ風貌なので見覚えだけはあった、上下ピンクジャージに申し訳程度に着ている学校指定のスカート、間違いない。斜め後ろの席に座ってる何とかさんだ。
そっと首元に指を当てて脈を測る。
幸いなことに正常値だ。たぶん。詳しくは保健室で診てもらわないことには分からないが、息もしている。
よく見ると床にちょっぴり血の痕があるし、転んで頭を打ったのかも知れない。
「えーっと、先輩。急に叫んですみません、いったん落ち着きましょう」
「そ、そうだね。まずはその……保健室に連れて行って先生の判断を仰がないと」
そう言って先輩は俺を見る。
どうやら保健室までの足として期待されているらしい。
是非もなし。
「んじゃ背負うんで、少しだけ上げてもらえます? こう、両脇をグッと」
「わかったわ……っしょ」
先輩が作ってくれた隙間に身体を滑り込ませ、ピンクジャージの両膝の外側から手を回して太ももを抱える。
あとは背中を曲げて両の手をダラリと前に垂らさせてから、先輩の手を借りてクロス状にして掴む。
これで背負い搬送の形になる。
しかしジャージがダボっとしていたせいで全く気が付かなかったが、この戦闘力……っ!! いや、いかんいかん、人命救助だぞ人命救助。
頭を振って煩悩を追い出し、俺は先輩に目線をやった。
「ありがとうございます。俺ぁこのまま保健室まで行くんで、1年2組の長谷川先生に一報お願いします。クラスメイトなんで」
「うん、任せて」
先輩が頷くのを確認し、俺はその場を後にしようとした。が、踵を返した俺へと先輩はこう問いかけてくる。
「そういえば、この子の名前を聞いてなかったね」
「ゑ??」
先生に伝えるのに必要だからさ、名前。
と、先輩は首を傾げる。
「クラスメイト、なんでしょ??」
そっすね。
返事をしながら全力で脳内のアルバムをめくる。流石にどっか載ってる……載ってるよな?? だってもう9月だぜ、半年近く同じ教室にいたんだから、先生に名指しされたタイミングとか色々あるだろっ。
めくる、めくる、めくり上げる。
そして最後の1ページをめくり上げ、俺は晴れやかな笑顔を浮かべた。
「ごめんなさい、ド忘れしました」
嘘です。本当はそもそも覚えてません。ごめんなさい先輩、ごめんなさいピンクジャージさん……
◀◀ ◇ ▶▶
それから、あれよあれよと秀華祭当日である。
俺は頑張った。
自分で言うのもなんだが、この日を迎えるまでに俺はめちゃくちゃ頑張った。
メイド服の調達に食材の厳選、男どもの料理指導に心血を注ぎ、接客慣れしていない女子の練習にも付き合った。流石に全員参加とはならなかったけど、これは無理強いしてまでやるようなことでもない。所詮は学生のお遊びだ。やりたい奴は本気で遊べばいいし、そうじゃない奴がいてもいい。秀華の校風らしく、その辺はなんかこうフワッと自由でいいんだ。
いかんせん頑張り過ぎている気がしなくもないがクラス会議でそんな無茶が通るのかと問われたさいに「できらぁ!!」と大口を叩いた手前、俺には後に引くという選択肢がなかった。
無論、一人では到底手が回らないのでクラスメイトに協力してもらい、売上げ1位を獲得した暁には打上げに出資してくれるよう先生に約束を取り付け、今やこのクラスのモチベーションは他のどこよりも高い。
というより高すぎた。
『藤田────ッ!! 席が足りねぇ!!』
「タイミング見て長机を壁に寄せろ、んで円卓増やせ!!」
『藤田くん、あの人もう水だけで40分粘ってるけど、追い出していい?? いいよね、答えは聞いてない!!』
「じゃあ聞かなくていいじゃんね……対応気をつけろよ。それと『おひとり様1品につき30分まで』って張り紙用意!!」
『藤田、世紀末ファッションの大男二人が受付の子に土下座しながら縮んでたよ。おもろかった』
「えっ、なにその状況。つーかなんだその報告……というより感想……??」
『藤田さーん、5組の喜多さんとね、なんかバンド仲間の先輩が手伝ってくれるってさ、3人ともかぁわいいよ〜』
「ご協力ありがとうございまぁす!!!!」
忙しすぎる。
誰のせいだ、責任者は誰か。俺でぇす!!
あまりの多忙さに俺は吠えた。
ガチャガチャと家庭科室で調理を進めながら、教室と繋がっているスマホ越しに報告をあげる連絡班へ対応し、ときおり調理の総括を副班長に任せて現場を確認する。
現時点での混み具合を鑑みてすでに食料調達班を動かしたが、その分裏方が減ってクラスはまさに大混乱時代だ。
そんな中来てくれた助っ人イズ神である。崇め奉らなければなるまい。さっきチラッと見たが伝聞とおりの華やかさだった。おかげで客足がさらに伸びていた。
「いや伸ばしてどーする?!」
「ふ、藤田が壊れた……」
おおっと、壊れてないよ。
隣で人参の皮を剥いていた副班長に明るく笑いかけ、俺は自分が正気である旨をアピールした。
確かに助っ人効果で客足が伸びたのは誤算だけれど、席数の増加と回転率の上昇でまかなえるレベルだ。
むしろ2日目を待たずに食材の予算が尽きる心配をするべきかも知れない、通常の飲食店と違って売上をそちらに回せないため、そこには明確な限度がある。
そんなことはないだろうと考えていたが……2日目早々に売り切れる可能性も視野に入れないとだ。
まぁ、仮にそうなったら早目に撤収して、他のクラスの出し物でも見て回るかね。結局全然見られてないし。シフト制で回す予定が、予想以上の混み具合で俺が現場を離れられなくなったしな。
「藤田さーん。喜多さん達もう行くって、明日のステージよろしくだってさ〜。じゃ、私もあがるね〜」
「おぅ、お疲れー」
顔を出しにきた連絡班の女子へ手を振りながら、俺は今しがたかけられた言葉を頭の中で繰り返す。
んー、ステージなぁ。
確か体育館でバンドパフォーマンスがあるんだっけか。
バンドか、いいじゃん。楽しそうじゃん。いかにも文化祭って感じでさ。このペースなら明日の早いうちに店を畳んで最前列取れそうだし……行っちゃおうかな。
◀◀ ◇ ▶▶
「うひゃ〜!! ぼっちちゃ〜ん!! かっけぇ演奏頼むよ〜、頑張りぇ〜!!」
「うっ、酒臭い……」
「んおぅ? なんだよぉ、少年〜。ぼっちちゃんが気になる感じぃ? 君ぃ見る目あるよ!! うええええぇっ〜!!」
来るんじゃなかった。
俺は後悔した。
真横で荒ぶる酔っぱらいに酒臭い息を浴びせられながら、俺は心底後悔した。
どうなってんだよ秀華高校のセキュリティは。普通に怖いよこの酔っぱらい、ステージの縁にカップ酒並べてるし……か、関わりたくない。無視だ無視。つーか誰だよぼっちちゃん。凄いなそのあだ名。
「ってあれ、ぼっちちゃんなんで無視すんの〜!! きくりお姉さんだよぉ〜!!」
ふとステージを見ると、見覚えのあるピンク髪の人が酔っぱらいから目を逸らしていた。
あっ、君かぁ。
君がぼっちちゃんで、この酔っぱらいは君の知り合いかぁ。
確かにクラスだといつもひとりぼっ……いや、いやいや、こんな言い方はよくない。彼女はきっと1人でいるのが好きなだけに違いない。
それはそうと知り合いならこの人を本当どうにかしてくれませんか、助けて。
俺は未だに話したことのないクラスメイトへそんな念を送ったが当然届くわけもなく、やがて酔っぱらいは金髪のお姉さんにコブラツイストを決められ沈黙した。
にしても。
ギタリストだったのか、ピンクジャージさん。いや、まぁ今日はピンク1色ではないけど、『結束バンド』ってバンド名らしきロゴの入った黒Tを着ているけれど。
なんというか、様になっている。
……この際なので白状すると、俺はあの後、つまり行き倒れていたピンクジャージさんを保健室へ運んだ翌日、彼女に一声かけようとしたのだ。
もう体調は大丈夫ですか、と。
恩に着せようなんてつもりはなかったし、普通に登校している辺りからして軽傷だったんだろうと察してはいたけど、それでもやっぱり気になって。
しかし結局のところ、俺は声をかけられなかった。
一応、彼女の席へと近づきはした。そこまでは行けた。でも俺と目が合った瞬間、ピンクジャージさんは急に百面相を始めたと思うと、そのままおおよその人間には出せないであろう奇声をあげながら走り去ってしまったのだ。
ちょっとだけ……そう、ちょびっとだけ傷ついた。そんなに怖いかな、俺の顔……
「え〜私たち『結束バンド』は普段は学外で活動してるバンドです」
それっきり話しかけることもなく今日を迎えた俺の前で、彼女はギターを構えている。
なんだか妙な気分だ。
あれっきりの縁で、名前だって知らないというのに。
「今日は私達にも皆にとってもいい思い出を作れるようなライブにしますっ、それでもし興味でたらライブハウスにも観に来てくださーい!!」
あのギタリストが気になって仕方がない俺がいる。
「それじゃ1曲目いきまーす!! 結束バンドで──」
俺は音楽に詳しいわけではない。
だから、今演奏している結束バンドが、どれくらいレベルの高いバンドなのかは分からないし、後ろから聞こえた「ベースが上手い」って言葉にもいまいちピンときていない。
でも、このステージに溢れている感情の渦はきっと、どうしようもないくらいに本物だ。
あそこにいるバンドマン達の熱意も、俺たち観客の熱気も、フロアを包むこの熱狂も。
「──もし気になるーって人がいたら、ボーカルの喜多ちゃんと」
1曲目が終わり、リーダーを務めるドラムの人がMCを挟む。
名前を呼ばれた5組の喜多さんへ声援が送られ、そして。
「ギターのぼ──あっ、後藤ひとりちゃんに、今度声かけてください!!」
思わぬところで名前が判明。
後藤ひとり。
それがピンクジャージさんの本名だそうだ。
てか今ぼっちちゃんって言おうとしなかったか……?? えっ、ピンクジャージさんもとい後藤さんってメンバーからもそう呼ばれてるの、決してポジティブな意味ではないような気が……んでも、あだ名なんてそんなもんか。身内以外からすると酷い名前が付けられたりな、あるある。ブタゴリラとかね。俺は某奇天烈な作品に登場する小学生に思いを馳せた。
わざわざ他校からバンド仲間が駆けつけてくれるくらいなんだし、仲良くやっているんじゃないか、知らんけど。
「それじゃ2曲目いくよ〜!!」
カウントを合図に2曲目の演奏が始まった。
1曲目に比べて落ち着いた雰囲気で始まったその曲を、後藤さんは淀みなく弾いていく。
俺は素人だけど、こうやって素人なりに、彼女の演奏に心地よさを感じている。
なんつーか、凄いな。
前述のとおり素人の俺にも、もっと聴いていたいと思わせているんだから。
凄いバンドで、凄いギタリストなんだって、心からそう思う。
ただ。
なんとなく目を離せなくて、だからこそ気がついたのだけれど、後藤さんの表情が硬く見えた。いや、硬い軟いでいうなら最初からずっと緊張のせいか硬い顔をしていたけども……そうじゃなくて、つまり緊張しているから表情が硬く見えたわけじゃなくて、他になにかしらの要因があっての強張りなのではないか。
などと、俺が予測というか憶測をしている目の前でことは起きた。
ちょうどサビに入ったあたりで──プッツン、と。
後藤さんが持つギターの弦が切れたのだ。
えっ、ちょ、大丈夫なのか。
大丈夫じゃなかったらしい。
「…………っ」
演奏を中断しその場にしゃがむと、後藤さんは必死の顔で手元のギターをいじり出す。
なんとか、なるのか……頼む、なってくれ。
おかしい、俺にとっちゃ他人事だってのに心がキリキリしている自分がいる。手前が慌てところでなんの意味もないというのに。
もう半ば祈るような気持ちで俺は後藤さんを見た。
後藤さんは、隣に立つ仲間を──喜多さんを見ていた。
その交わった目線に、どんな意味があったか俺には分からないし、俺が知るべきことじゃない。
ただ一つ、言えることがあるのなら。
「────ッ!!」
後藤さんはやり遂げたということだ。
原理やら技術的なとこはさっぱりだが、彼女は酔っぱらいがステージに置いていたカップ酒のボトルを拾いあげ、そいつを使って間奏を弾き切ってのけた。
この土壇場で、それでも諦めずに。
その姿に、俺は、俺は……
「あれならチューニングずれてても関係ないもんねぇ!! っておわっ?! お、男泣き……?!」
「目にゴミが入っただげでず」
「絶対ウソのやつ!!」
ウソじゃないっず。
隣の酔っぱらいに言い返しながら、俺は直立不動のまま瞬きも忘れてボロボロと泣いた。自分でもなぜ泣いているのかなんて分からなかった。つい数分前まで名前さえ知らなかった同級生の行動に、どうしてこうも感情を揺さぶられたのか。
分からない。
無理矢理、あえて言葉にするなら……結束バンドのパフォーマンスが、そして彼女の、後藤ひとりの立ち振る舞いが、俺の心のどこかに深く刺さったのだと思う。
「もぉ〜、そんな感動するなんて、ぼっちちゃん達もバンド冥利に尽きちゃうだろねー。ほらぁ、ハンカチ貸したげるから!!」
ありがとうございます酔っぱらいのお姉さん、最初絡まれたくないばっかりに無視してすみませんでした。
心の中でそう返し、お姉さんが差し出してくれたハンカチを目に当て────っj(GaxT____sA@!!!!????
「あっ、ごめ〜んっ。これさっき溢したお酒拭いたやつだった!!」
ざっけんなぁ!!!!
無論、こんな最前線で叫んではバンドの迷惑になる。全てはカスッカスの声だ。だいたい大声を出すような余裕が今の俺にはない。
あぁ〜、こんなことしてる間に曲が終わってしまった。もっとちゃんと聴きたかったのに。ちくしょう、酒がしみて目がショボショボする、これじゃまともに開けていられない。
「──ほら後藤さんっ、一言くらいなにか言わないきゃ!!」
「えっ、あ、あっ、そ、あっ……」
凄い吃ってる……
ラストの曲を前に、喜多さんがなにやら後藤さんにMCを振っているらしい。
んで、振られた後藤さんの対応は聞こえたとおりである。霞んで見えないけど声だけでも辛そうだ。
どうするんだろ。まぁ、今の空気なら何を話しても拾ってくれそうな感じはあるし、どうとでもなるか。皆んな文化祭の熱に浮かされてるしな、俺もだけど。
そんな、後になって思えばどうしようもない愚かな楽観視をしていた俺は、やはり救いようのない阿呆であった。
喜多さんの呆然とした声が聞こえる。
「えっ」
最初に思ったのは、やけに視界が暗いなということだ。ステージのライトを浴びやすいこの位置は、ぼやけた俺の世界に光を差していたはずなのに、いつの間にか目の前が暗い。
「うわっやば落ちてくる!!」
「よけろ!!」
えっ、なに? なにが?? なにが落ちてくるって????
俺は根性で瞳をガッと開いた。
そして見た。
視界いっぱいに広がる、結束バンドの5文字を。その上っ側で絶望的な顔をした後藤さんを。
あっ、これはあれか、対応に困った後藤さんがステージからのダイブを敢行したってこと?? なるほどね、そういう意外な行動力っての?? 大事にして欲しいよな。
つーか近、桃、大、避……無理っ!!
「あぅ」
「ぐぇあ!!」
俺は体育館の床と後藤さんにサンドされ、潰れた蛙みたいな声で鳴きながら後頭部を強打し意識を失った。