文化祭のライブ中に降ってきたロックなやべーダイブの人について 作:きこり
先日、保健室の先生から教えてもらったところによると、頭を打って気絶した人を運ぶときは、先月の俺のように人力ではなく担架などの道具を使い、頭部の揺れを最小限に抑えながら搬送する必要があるそうだ。
ぼんやりと意識が戻る最中、俺はそんなことを思い出していた。
たぶん、気絶する直前に誰かが「担架持ってこい!!」と叫んでいたのが耳に残っていたからだろう。
言葉と記憶の結びつきは、人が思っているよりずっと強い。
「……知らない天井だ」
俺は言いたかっただけのことを言った。
人生で気絶するなんてこと中々ないからな、こういうチャンスはしっかり活かしていきたい。
ここは……保健室か、やっぱ知ってる天井だったわ。俺は前言を撤回した。時計を見ると文化祭はもうお開きって頃合いで、学校中で生徒が後片付けに追われていることだろう。俺もさっさと合流しないとだ。
上体を起こして両の手をグッと伸ばしてみる。特に痛みはない。
試しに後頭部へ触れると、流石に強く打ちつけただけあって鈍い痛みと若干の膨らみを感じたが、タンコブ1つで済んだならむしろ御の字といえる。
んで、保健室にいるのが俺1人ってことは、まぁ後藤さんは無事か、あっても軽傷だったのだろう。俺より重症ってことはない……ないよな? あの感じだと彼女の持っていた慣性は全て俺にぶつかった。と思う。
ま、まぁ無駄にデカいこの図体もたまには役に立つ。もっとも、酒に目がやられていなけりゃ受け止められたはずなんだ。オ・ノーレ酔っぱらい。
俺は心の中で酔っぱらいに呪詛を吐くと、スマホを取り出し1年2組グループチャットにて無事である旨を報告した。するとたちまち既読がつき返事が返ってくる、えーっと、なになに?
『さすふじ』
『無事でなによりだけど、あの事故で平然としてるのは笑う』
『これはフジタ・フジタ・フジタ』
人をニシローランドゴリラの学名みたいに呼ぶな。
俺はスマホを乱暴にポッケへ突っ込んだ。
ともあれ、撤収作業はつつがなく進行している様子であった。中には『無理しないで打ち上げまで寝てていいよ〜』なんて優しい言葉をかけてくれる者もいたが、今からじゃ寝るに寝れない。俺は保険医へ復活したので帰ります、という内容の付箋を残し、保健室を後にしようとした。
……しようとした。というのは、まぁおおむね実際にはできなかったから使われる表現である。
「──りちゃん、そろそろ入りましょ? ね??」
「あっ、でも……まだ寝てるかもですし、お、起こしちゃったら悪いというか……」
「も〜、そんなこと言ってもう10分は経ってるじゃない。大丈夫よっ、クラスの子も藤田くんは優しいって言ってたわ」
「う"っ、褒めるべきところがない人間を褒めなきゃいけない時に使われる言葉ランキング第2位『優しい』っ。三者面談の度に先生に『後藤さんは優しい子ですね』って言われる私ぃ〜、いっそダメだししてくれた方が救いがあるのに、無理矢理褒められても虚しいだけなのに、なんで一思いにトドメを刺してくれないの……」
「あぁ待ってひとりちゃん!! 勝手に飛び火して灰にならないで!!」
その論法だと俺はクラスメイトにとっておよそ褒めるべきところがない人間ということになるんだが、真に飛び火したのは俺なのでは……?? なお栄ある第1位は『いい人』だ。
扉越しに聞こえてきた会話へ、俺は内心そうツッコミを入れた。
さて、幸いなことに俺は別段鈍い人間ではないし、難聴というわけでもない。
だから、この扉の先にいるのがクラスメイトの後藤さんと5組の喜多さんであることは直ぐに気がついたし、なんなら保健室を訪れた理由についても先ほどの会話から薄々察している。
なのでこうする。
「うわー、すみません人がいるとは思わなくてー、ってさっきのバンドの人達じゃないですかー、いやぁあれは不幸な事故でしたねー。俺、全く気にしてないので、ではさようなら!!」
「明らかにさっきの話を聞かれたうえで気を使われてるわ私たち!! ちょっと待って!!!!」
「いどぅ?!」
扉を開き爆速で会話ターンを終わらせその足で立ち去ろうとしたところ、喜多さんにTシャツの襟を掴まれた俺は馬のしゃっくりみたいな声をあげ急停止した。
よ、よく届いたな今の。素晴らしい反射神経だ、俺と喜多さんとじゃ身長差30cmはあるだろうに。
「あっ、ごめんなさい。思ったより早足だったからつい。えーと、知ってるかもだけど、私5組の喜多っていうのね」
申し訳なさそうに名乗る彼女の顔には、しかし絶対に逃さないという意思が感じられた。
これは逃げられそうにない。
体感時間ではついさっき彼女たちのパフォーマンスに泣かされた手前、会うのが小っ恥ずかしかったのだ。
特に、その。
「……あー、そちらこそ知ってるだろうけど、2組の藤田です」
「えぇ、よろしくね藤田くん。それで、こっちが──」
「あっ、えと、あの、私……後藤です。おっ、同じクラスの」
後藤さんに会って、冷静でいられる自信がなかったから。
あのライブを体感したせいか、伏せ目がちでオロオロした後藤さんの姿すらなぜかクールに感じてしまっている俺がいる。おいおいチョロすぎかよ。
「ぅ、うん、知ってる。後藤さん、ね。さっきのことだけどさ、俺ホント気にしてないから」
あ、出だし上擦った。
自分でも分かるくらいに頭に血が昇っている。表情に出てなきゃいいんだが。
俺が気にしていない旨を伝えるべく顔の横で小さく手を振っていると、なぜか不満げな顔の喜多さんは片手を腰にあてると、人差し指を俺に向けてビシッと伸ばす。
「だけどね藤田くん、あれじゃお礼の一つも言えないでしょ? ……ありがとう、ひとりちゃんを助けてくれて」
「あー、いや、それは……」
む、むず痒い。
そもそも助けようとすらしてないしな俺、目潰し食らってなんも見えてなかっただけだし、たまたま下敷きなったわけで……受け取り辛いぞこの感謝、受け取っちゃったらさ、そんな事実はないのに詐欺師みたいじゃんね。
俺は文字通りの苦笑いを浮かべた。
「…………」
というか、名乗ったっきり沈黙を貫いている後藤さんが気になる。言葉は発してないけど顔は雄弁というか顔色がどんどん悪くなってないか。
「あっ、あの」
おぉ、喋った。
誠に失礼ながら、俺は人見知り極めていそうな後藤さんが喋りかけてくれたことに勝手に驚いていた。俺、もしかして秀華高初の後藤さんと会話した男子になるのでは。なってしまうのでは。ちょっと緊張してきたな。
我ながらよく分からない緊張をしていると、彼女は意を決したように両膝を床についた。
……んん??
困惑する俺を他所に、後藤さんは流れるような動きで両手と頭を接地する。恐ろしくスムーズで速い土下座を完成させながら、彼女は言った。
「わっ、私のことは煮るなり焼くなり好きにしていいのでっ、け、結束バンドの皆んなには手を出さないでくださいぃ!!」
空気が凍った。
4コマ漫画風にいうなら1コマ丸ごと誰も一言も発さないくらいの勢いで場の空気が凍りついた。
ギギギと、なにかを軋ませるような音を立てながら、喜多さんの視線が首ごと俺に向けられる。は、ハイライトが消えてる……
俺は全力で顔を横に振り、そのような意図は微塵もない旨を必死に伝えた。
こちらの困惑具合が嘘偽りのないものであることが分かって頂けたのか、喜多さんは土下座継続中の後藤さんを後ろから引っ張り上げるように起こす。
「ひ、ひとりちゃん?? どうしちゃったのよ急に、藤田くんもびっくりよね」
「だっ、だって藤田さんはクラス委員長で皆んなの人気者で文化祭の出し物でも中心にいたし……く、クラスになにも貢献してないどころか逃げ出した私を捕まえるために体育館に来てて今度は押し潰した私を売り飛ばして打ち上げの足しにするつもりなんだ……っ。それでは聴いてください、ぼっちの鎮魂歌『陽キャの木の下には陰キャが埋まっている』」
一通り捲し立て終えたと思ったら、どこからともなくギターを取り出し弾き語りを始める後藤さん。いや、てか見間違いじゃなきゃ今の今まで手ぶらだったよね??
にしても即興でも上手いよなぁこの人、歌声にもなんかこう味があるというか噛めば噛むほど味が滲み出るスルメ的良さが──ではない。彼女の歌に聴き惚れてる場合ではなかった。
「ちょ、ちょーっと待って後藤さん!! そこも気にしてないって、結束バンドの皆さんがうちの出し物手伝ってくれたことは聞いてるし、むしろお手柄的な?? 売り上げ1位も取れたしさ。ライブも俺が聴きたくて行っただけだし……うん、ライブめっちゃ良かったよ。ギター上手いんだな後藤さん。ギターソロ、カッコよかった」
「そう!! そうなのよ!! ひとりちゃんはカッコいいのよ!!」
「思わぬ方向からの食いつき?!」
おかしい、後藤さんにライブの感想を伝えたはずが、隣の喜多さんがグイッと距離を詰めてきた。
「藤田くんっ、あなた見る目があるわ!!」
「おおぅ……なんか聞き覚えがあるセリフだ」
確かあの酔っぱらいのお姉さんにも同じことを言われた気がする。きっと、それだけ才能を買われているってことなんだろう、後藤さんは。当の本人はギターを抱いてニヨニヨしているけど。俺の目が狂ってなければ体の輪郭がプリンみたいにぷるぷるし始めたけど。物理的に大丈夫なのそれ。
「え、えへへ、いやぁ……私なんてぇ、うぇへへ」
「めちゃくちゃ嬉しそう……」
普段からそんな感じだったらクラスにも溶け込めそうなのに。まぁ、後藤さんが本当にそうしたいのか俺には知る由もないし、これは余計なお世話か。
「んじゃ、俺はクラスに戻るよ。2人はこれからライブの打ち上げ?」
「うん、先輩たちは外で待ってるの。藤田くん、今日は本当にありがとう。よかったら次のライブも観に来てね」
「絶対行くよ、後藤さんに声をかければいいんだっけ」
「あっはい、いやでも話しかけるのは喜多さんでもよくて」
「同じクラスなんだし、お願いねひとりちゃん!!」
「あっはい……」
それから当たり障りのない別れの挨拶をして、2人は寄り添うようにしてこの場を去って行った。
次のライブも、か。
俺は思い出す、今日のライブで得た感動を、後藤ひとりに揺さぶられた感情を思い出す。
きっと、次のライブではそれ以上に感激するのだろうなと、そんなことを思いながら。
ともかく、これで後藤さんに話しかける口実が1つできたわけだ。
その事実に、俺は心の中で小さくガッツポーズし、クラスへ戻るべく歩を進めた。
◀◀ ◇ ▶▶
突然だが席替えの話をしようと思う。
秀華高校における席替えは各クラスの担任が裁量権を握っており、クラスによって時期は様々だ。特にこだわりのない先生だと中間考査や期末考査の後に行うことが多いらしい。あとは長期休みの後だとか。
そして、我らが1年2組の担任である長谷川先生の意向によって、当クラスの席替えが行われることになった──のが、秀華祭から休日を挟んで月曜日の1限目である。本来は現国の授業なのだけれど、担当教師が当の長谷川先生であることからある程度自由が効くらしい。
さて、ここで1年2組の席の並びについて説明したい。
生徒数は32名。
これに対して横6席を基準とし、順に生徒を当てはめていくと果たしてどうなるか。
結論、こうなる。
「えーっと、その、よろしく後藤さん」
「あっはい」
隣席に座る後藤さんへ挨拶したところ、このような返事を最後に彼女は遠い目で窓の外を眺め始めてしまった。
32を6で割ると2が余る。
この場合、俺と後藤さんがその余った2ということになる。
後藤さんが窓側最後尾で、俺はそのお隣さんだ。
思いがけず生まれた後藤さんとの接点に胸弾ませていたのも束の間のこと、俺は早くも後藤さんとの間に深い溝を感じつつあった。
そういや、後藤さんを保健室に搬送した次の日もがっつり避けられてたしな俺……やっぱ顔かな、顔が怖いんかな。
「お、後ろは藤田さんか〜。前後逆じゃなくて良かったぁ、それだと前が見えなくなっちゃうし〜。ま、よろしくねぇ〜」
「へいへい、無駄に背が高くて悪ぅござんした。よろしくなー」
前の席に座っている黒髪ツインテ女子へと頬杖しながら言葉を返す。4月に行われた身体測定で185cmを記録していた俺の身長はそこから微増し、現在187cmちょいだ。
中3の終わり頃から急に伸び始めたらしいんだよな……自分のことだけども人相もまぁあの頃に比べて変わったっぽいし、冷静に考えると長身強面男ってそりゃ女子に避けられるわ。
いや、けど文化祭で絡んでた面子とは普通に会話できてるし?? となると考慮すべきは後藤さんの対人性能……ってことか。
なんかもう気を遣って暈すのもアレだから言っちゃうけどさ、後藤さんコミュ障だし、それもかなり重度の。
こればっかりは少しずつ距離を縮めていくしかないのかね。
そもそも、なんで俺ってば後藤さんと仲良くなりたがっているんだろ。ライブ観に行くだけならプライベートでの距離とか必要ないし、むしろ後藤さんからすると迷惑なんじゃなかろうか。けど、あくまでクラスメイトとしてだな……
と、俺が思考をぐるぐると回しているうちに予鈴がなる。今日の2限は確か数学だったな。カバンから教科書を取り出し、担当の先生がやって来るのを待つ。
「…………あっ、ぁれ」
反射的に隣を見てしまった。
するとそこにはカバンの中を開いて冷汗をかく後藤さんの姿が。
あー、教科書忘れたのかな、なら俺のを2人で使うのはどうだろ──いや待てよ、2人で1冊の教科書を使うとなると必然的に机をくっつける必要があるが、俺はともかく後藤さんがそれに耐えられる展開があり得るだろうか、いやない(反語)
「──では67ページの問題を(1)から順に岡山さん、松谷さん、麦羽田さん、元地さん、池島さん、森さん、後藤さんで解いてみてください」
「……ひぅ」
よりによって後藤さんに指名が入ってしまった。
絶体絶命とはこのことか、救いはないのか。それともの彼女の力を過信して教科書の共有を試みるべきなのか。
か、かくなる上は。
「──んっ!!」
「あっ、え、えっ……??」
俺は無言で隣の席に教科書を突きだした。
動揺を隠せない様子の後藤さんを無視して、突きだした教科書を彼女の机にそっと置く。
その勢いに身を任せて、俺はシュバっと手を挙げた。
「すみません先生、体調が悪いので保健室に行ってきますっ」
「えっ……いや、とても元気そうですけども、藤田くん?」
「では失礼しまぁす!!」
有無を言わせず俺は教室を後にした。
教科書を押し付けたところで、俺がその場に残っていたら、きっと後藤さんはまともに授業を受けるどころではなくなってしまうだろう。それ故の苦肉の策である。
後悔はしていない、していないが。
先生にあぁ言った手前、まさか保健室に行かないわけにもいかず、適当な症状をでっちあげた俺は消毒液の匂いがするベットの中で1人悶えていた。
だぁ〜!! 恥ずかしい!! よりにもよって『となりのトト□』でサツ○とメ○に傘を渡すカン○みたいなムーブをかましちまった!!
「ちょっと藤田くん、うるさいよ。静かにできないなら教室に戻るか家に帰るかしてちょうだい」
「あっ、はい、すみません大人しく寝ます……」
もうなんか色々とダメだ、寝よう。
◀◀ ◇ ▶▶
「お、藤田さんじゃーん。お帰り〜、体調はもういいの?」
「まぁ、うん。見てのとおりピンピンしてるぜ……」
「なんか保健室行く前より疲れてない〜??」
こうして昼休みまで寝てたのにおかしいなぁ。後藤さんは席にいないし、あの後は無事に乗り切れたのだろうか。
ふと、自分の机を見る。
机には後藤さんに貸した、というより押しつけた数学の教科書が鎮座しており、なにげなくページを捲ると、67ページにノートの切れ端が挟まっていた。
そこに書かれていた短いメッセージを読んで、読みこんで、俺は思わず苦笑してしまう。
そっか。
どうやら俺が彼女に押しつけてしまった善意は、嬉しい形で帰ってきてくれたらしい。
今はただ、それだけで十分だった。