文化祭のライブ中に降ってきたロックなやべーダイブの人について 作:きこり
どうしてこうなったんだろう。
どうして、こうなってしまったんだろう。
──と、後藤ひとりは心の中でシリアスなモノローグを綴り始めた。
つまりモノローグを考えるだけの余裕はあるということだ。
今日はひとりが所属する下北系ガールズバンド、結束バンドのライブ当日である。
ライブ前に軽いバンドミーティングを行い、そろそろ楽屋で待機をしようとしたその時、事件は起こった。
ライブハウスSTARRYに、謎の巨漢が現れたのだ。
身長190cmほどの巨躯に、感情の起伏が読み取れないどんよりとした瞳。そして、身にまとう空気は控えめにいって堅気のそれではなった。
果敢に立ち向かったバンドリーダーの伊地知虹夏は1秒で撃沈し、妹の仇を討つべくSTARRYの店長でもある伊地知星歌が男の前へ悠然と立ちはだかる。
涙目の妹を背中に庇いながら、普段の10割り増しドスの効いた声で、彼女はあくまで冷静に口を開いた。
「先に言っておくけど……客でも店内での揉め事は御法度だし、身内に絡まれていつまでも平静でいられるほど、私は思慮深くないから」
「…………ぇと、その」
「だから、1回だけ聞く。この子達になんの用?」
「……ぁの、だから」
はっきりとした回答を寄越さない相手に警戒心を強めてか、星歌の目が次第に鋭さを増していく。
虹夏は姉の裾をギュッと握りしめ、リョウは後輩2人への視線を遮るように前に出る。
そんな普段のSTARRYにはとても似つかない糸を張ったような空気に、後藤ひとりはアワアワと慌てることしか出来ない。
(いっ、一発触発?! て、店長さんがあんなに怒ってるの初めて見た、頼もしいけどちょっと怖いかも……せっかく藤田さんも来てくれる日なのに、なんでこんな……ん? 藤田さん?)
ひとりは自分たちの前に立つリョウの背中からひょっこり顔を出し、改めて巨漢の様子を確かめる。男の顔を偏見を取っ払って、よーく観る。
例えば、例えばの話だ。
あのぼさっとした野暮ったい前髪を上げて、死んだ魚じみた瞳にハイライトを入れ、猫背になった背中をピシッと伸ばしたらどうだろうか。ついでに全体的な雰囲気を明るくしてやれば、どうだ。
見覚えのある、とあるクラスメイトの姿になるのでは?
思い当たる節に、後藤ひとりは声をあげた。
「ふ、藤田さん!!??」
ただし、ボリューム調整を間違えた喉から飛び出た言葉は、本人が想定してよりだいぶ大きくライブハウス内に響き渡り。
その場にいたほぼ全員の視線を一身に受けたひとりは、己が身体をポリゴン状に分解し難を逃れるのだった。
◀◀ ◇ ▶▶
「──つまり整理すると。君はぼっちちゃんのクラスメイトで、今日は普通にお客さんとしてライブを聴きに来たってこと?」
「あっ、は、はい……そうです」
「……妹にガンつけてたのも、ぼっちちゃん達に挨拶しようとしただけで、初めての場所に緊張していたから、と」
「あっはい。ほ、本当にすみませんでした……つまらない腹ですが切ってお詫び申し上げますっ!!」
「やっ、私は全然気にしてないよ!! あーもうっ、ぼっちちゃんが2人に増えたみたいだなー!!」
いったい自分はなにを見ているのだろう。
後藤ひとりは遠い目で、目の前の光景をただ茫然と眺めていた。
秀華高校1年2組きっての陽キャ男子──であるはずの藤田が、今にも死にそうな暗い表情で伊地知姉妹にペコペコと頭を下げている。それだけならまだしも、その様子はまるで鏡を見ているようで。ひとりはなぜか自分の心が騒つくのを感じた。
人それを共感性羞恥という。
「でも藤田くん、学校とはずいぶん雰囲気が違うのね。ぜんぜん気がつけなかったわ」
「あっ、それは、その……高校デビュー、というか、学校では頑張って陽キャ偽装しているんだけど、そ、外だと化けの皮が剥がれるからこっちが素なんです……こんな根暗野郎が勘違いに思い違いを重ねてライブ来ちゃってすみません……」
「ほ、本当にひとりちゃんが増えたみたい……」
(そっか……藤田さん、本当は陰キャだったんだ。でも……)
でも、凄いな。と、後藤ひとりは本心からそう思った。
高校デビューなるものを、ひとりにも目指していた時期があったから。退廃的な灰色の中学生時代において、唯一の色がついた、そんな輝かしい思い出が。
しかし、それはもう過去のことで、実際のところ彼女が高校デビューに踏み切ることなかった。
一つだけ頑張ったとすればギターとバンドグッズを身につけて登校したくらい、無論学校で話しかけられることもなく、けれどその結果こうしてバンド活動が出来ているのだから、結果オーライではあるのだけれど。
だから陽キャの友達ができれば自分も陽キャに、なんて強がっては見たものの、相変わらず自分の性根は陰キャ根性丸出しだ。
それを考えれば、学校ではしっかり陽キャしている藤田は凄いと、やはりひとりは思うのだ。
「あっ、後藤さん、ごめん……が、学校じゃ偉そうなこと言ったけど、俺こんなんで……で、でも後藤さんが頑張ってるって言ったのは、本心からで」
「あっ、それは別に疑ってない……です。そ、それに藤田さんも頑張ってて、凄いなって……」
「そ、そうかな。へへ」
「そ、そうですよ」
「ふへへ」
「えへへ」
互いに向かい合い、けれど一切目線を合わせずに斜め下を見ながら笑い合う、そんな奇妙な2人の姿に、その様子を眺めていたベースの山田は淡々と言った。
「コミュ障同士は惹かれ合う、か」
「お前も大概失礼だよな……まぁけど、初対面の高校生相手に私も大人気なかったか。ぼっちちゃんのクラスメイトに悪いことしちゃったな」
「店長、初対面だけど初見じゃない。ほら、文化祭ライブでぼっちが潰して担架で運ばれた人」
「あー? あぁ、廣井に絡まれてたあの可哀想な……え、マジ?」
「マジ」
うろ覚えだけどもう別人じゃん、と星歌は呟く。彼女の感じたとおり、学校とそれ以外の藤田はもはや同一人物であると認識することが困難なほどに乖離が進んでいる。
その点については見抜いたひとりのお手柄であった。彼女がいなければ場はさらに拗れていただろう。もっとも、今日のライブを藤田が観に来るという前情報があり、そのことを意識していたからこその証明なのだが。
「それじゃー、今度こそライブの準備しよっか。藤田くんも、楽しんでってね」
虹夏のかけ声を受け、結束バンドの面々はステージへと上がり機材の調整に入る。
ひとりもその後を追いかけてギターと共に歩き出し、最後にチラリと、徐々に壁に寄っていく藤田へ目線をやった。
結束バンドのメンバーが離れたことでアウェーな空気を感じ取ったのか、どうも落ち着かない様子で目線をあちこちに散らす藤田の姿に、ひとりは不思議な気持ちが湧いて出るのを感じる。
(藤田さん、大丈夫かな……なんか、変な感じだ。いつも、ライブで1番緊張してるのは私で、だけど今日は……)
自分よりも緊張している人がいる。
そう思うと、普段のライブ前には五月蝿くて仕方がない心臓が、心なし落ち着くような、そんな気がした。
ふと、藤田と目線が合う。
青褪めた顔をこちらに向けて、大きな身体を精一杯縮めながら、それでも小さく手を振るその姿にひとりは背筋にゾクゾクとした感覚を味わう。
学校ではあんなに明るく振る舞っていて、人望があって、自分とはまるで別次元の人間だと思っていた藤田が、あぁも心細そうになりながらも、このライブのために来てくれた。
握り拳を作り、また開く。
いつもなら緊張で強張っているはずの指が、気のせいか軽く感じる。
(ちゃんと、観てもらいたい。私たち結束バンドのロックを。私たちみたいな
ライブの準備は整った。
ピックを持ち、虹夏とリョウがアイコンタクトで演奏のタイミングを測るのを待つ。
一度目を閉じる。
見せたい自分を、瞼の裏に思い浮かべて。
そして、スティックが数回打ち鳴らされ──後藤ひとりは、ライブの幕開けと共に目を開いた。
◀◀ ◇ ▶▶
ふりーらいたーぽいずん❤︎やみ(本名佐藤愛子)はバンド批評サイトで記事を書いている14歳(実年齢23歳)の音楽ライター、将来の夢を語れるほど若くもなければ青くもない彼女の夢は、自分の発掘したバンドがロッキンジャポンに出演することである。
とはいえ、ダイヤの原石はそこらの路端に転がっているわけではない。
そして原石を発掘するには先立つものが必要であり、このご時世においてはネット記事を書くフリーライターなど掃いて捨てるほどいるのだ。
つまり、生き残るためには手段など選んでいられないのである。
そんなわけで、やみは今日も今日とて人目を引くような記事を探してネットの海を潜り、ときに現地に足を運び確かなネタを掴みに奔走する。
今回、彼女が目につけたのはとある高校の文化祭ライブで、女子高生のギタリストがステージからのダイブを敢行し、直下にいた男子を押し潰した、というものだった。
(まぁ……こんなの、どんなにこねくり回して書いたって三文記事にしかならないんだけど。あ〜あ、私だってできることなら『超技巧派バンド発見!! 邦ロック業界に衝撃走る?!』みたい記事書きたいのに……あの人みたいなさ)
やみは内心をため息を吐き、自身が追っかけているギタリストのことを考える。
3年ほど前から動画投稿サイトにギターの演奏動画を投稿し続けているそのギタリストの正体は、依然として不明である。
常にピンク色のジャージに身を包み、ギブソン・レスポールカスタムを手に超絶技巧を披露するその姿は、オーチューブを中心にSNSで話題の存在だ。
本人の、つまり投稿者コメントを信じるのであれば、彼女は現役女子高生であり男女問わず学校中の人気者でロインの友達は1000人超え彼氏はバスケ部のエースの超リア充女子。ということになるのだが……それにしては野暮ったいジャージと、動画に映り込む殺風景な部屋の様子から、あのコメントは身バレ防止のために書いているもの。と、これがファンの間では主流の考えとなっている。
しかし訓練されたファンにより、このことを本人に伝えてはならないという不文律が生まれ、その事実が本人にコメントを通じて伝えられることはない。
(本音を言えば、彼女に取材を申し込みたい気持ちはある。でも……正直、今の私の知名度じゃ相手にされないだろうし……うん、そう。なにか、なにか1つ自信を持って投稿できる記事が書けたら、その時は──)
仮にその時が来たのなら、彼女の魅力を世界中に届けられる、そんな記事を書いてみせよう。
そんな風にモチベーションを保ちながら、やみは目の前の三文記事を完成させるべく、とあるライブハウスを訪れていた。
最初は学校を特定して、本人に話を聞いてさくっと終わらせるつもりが、学校に辿り着いたのはいいものの、誰1人として件の女子高生を認知しておらず、挙句の果てには教員に捕まり叱られる羽目になったのだ。
その後、ネットに動画をアップしていた生徒本人に連絡を入れて、あのギタリストが結束バンドという学外バンドで活動していることを突き止めた彼女は、こうして活動拠点であるライブハウスを訪れた。という次第である。
さて、ここで少しやみの取材スタイルについて話をしたい。
彼女の主戦術は、その比較的幼く見える容姿と奇抜なファッション&ネーミングを活かした、キャラの濃さとテンションの高さによるゴリ押しである。
勢いで押しまくり、相手から取材の承諾を得ればこちらのものだ。
そんな彼女の天敵といえば、自分以上にキャラが濃く、そのうえでローテンションな人間くらいであり、仮にそういう相手が先に現場入りしていると、然しもの彼女も出鼻を挫かれる羽目になる。
よってこうなる。
(け、結局一度も話しかけられなかった……な、なんなのよあのデカい人。絶対堅気じゃないでしょ、これでも業界長いからね、そーいう人種は雰囲気で分かるのよ。てか、結束バンドとどんな関係が……でも藪を突いて蛇を出すような間抜けはしたくないしぃ)
ぐぬぬと、やみは頭を抱えた。
ライブハウスの扉を開けつつお得意の戦術をかまそうとした彼女の勢いは、取材対象の少女と会話をしていた謎の巨漢によってものの見事に挫かれた。
彼女のようなタイプは一度勢いを削がれると弱い、1拍置いて話し始めてもどうも間抜けな絵面になってしまうから。
もういっそ出直そうかとも考えたやみだが、当日券を買ってここにいる以上、ライブを全く聞かずに帰ったとなっては流石に外聞が悪すぎる。自分のことを知っている人間がいるとは思わないけれど、どこに耳や目が潜んでいるかなんて分からない。
それに、言ってはなんだがこんな記事のためにこれ以上時間を割くのも勿体無い。という気持ちもあった。時間は有限で、時は金なりだ。
と、そんなことを考えている間に、ライブの準備が終わったらしい。
ハウス内の照明が落ちる。
(そろそろ始まるか。まぁ例の動画を見た感じだと、高校生にしたらレベル高めだったし、だるいっちゃだるいけど、ちょろっと聞いてく分には悪く────)
ウソだ、と思った。
何かの聞き間違えだとも。
しかし、他のどんな音を聴き逃したとしても。このギターの音色だけは、絶対に逃したりなんてしない。
初めてその人の動画を開いたのは3年前、関連動画の誤タップからだった。
ギターを初めて数ヶ月の子があげたらしい、なんの工夫も変哲もない、そんなギターの練習動画。
直ぐに閉じようと思い、しかし特に急ぎなわけでもないからと、ダラダラと流していたその動画の中で、彼女はギターを弾いていた。
課題曲を頭から弾きながら、コードを間違えるたびに弾き直し、音から音への繋がりがスムーズではないとまた弾き直す。
何回も、何回も、何回も──何回でも。
その曲を弾き切るまで、彼女は一切の妥協を許さなかった。
気がつけば、動画から目を離せなくなっている自分がそこにいた。技術的なことを言えば、正直まだまだだと思う。この動画の前に弾いていた奏者の方がずっと巧い、それなのに。
演奏が終わって、動画を見終えて、思わず小さく拍手をしてしまった。
小さく、小さく、けれど確かな気持ちとともに。この子は絶対に巧くなると。
その、投稿者の名前は。
彼女の名前は──