文化祭のライブ中に降ってきたロックなやべーダイブの人について 作:きこり
うぇあ……もう無理まじ無理、無理無理無理無理カタツムリ。か、帰りたい。家に帰りたい、いやむしろ土に還りたい。
なぜ俺は生まれてきてしまったのか、そこから問い正していきたい……そ、それは流石に遡りすぎにしても、せめてなぜライブハウスなら地下だし暗いし狭いだろうしワンチャンあるのでは?? などとイキってしまったのか、数日前の自分を問い詰めたい。小1時間問い詰めてやりたい。
し、知らない場所怖い……知り合いも離れて行ってしまったし、居たら居たらで緊張するんだけどさ……
俺は下北沢の一角に位置するライブハウス『STARRY』の角っこにて、特に意味もなくデカい図体を必死に丸めていた。
それはなぜか。
どうしてこうなったのか。
その原因は、俺の性根にある。
俺は──陰キャだ。
どれくらいの陰キャなのかと言うと、自分のモノローグに『──』なんて表現を使ってしまうくらいの陰キャだ。陰キャであることを表明するのにわざわざ段落を空けてしまう痛いやつだ。
と、こんな風に別に面白くもない掴みを大真面目にやらかしてしまうド陰キャである。
はい、今のこの流れで帰りの電車で脳内反省会の開催が決定しました。拍手〜、わぁ〜パチパチ。って、やっとる場合かっ!!
俺は虚しいセルフツッコミを入れた。
『高校生になったら絶対高校デビューするんだ』という意味不明な情念に突き動かされ、実家から電車で2時間もかかる場所で高校デビューを強いられた俺は俺なりに頑張った。
陽キャのなんたるかを必死こいて学び、その甲斐もあって、一応クラスでは陽キャにカテゴライズされている。
ぶ、文化祭とやらもキッチリ参加したしなっ。よく分からないからやり過ぎた気がしなくもないけど、これで文句ねぇだろ?? 俺は高校デビューを決意した頃の俺へと中指を立てた。
で、だ。
その文化祭で、俺は後藤ひとりという1人のギタリストに出会った。
出会ったというか、出会ったその日に押し潰された。
彼女は俺と同じ陰キャで。
俺とは違い、陰キャのまま輝くことを選んだ人だった。
陽キャの殻を被るのではなく、ただがむしゃらに、ありのままの自分で。
その姿に、俺はどうしようもなく憧れたのだ。
そんな彼女がホームとしているライブハウスに、前述のとおり俺はいる。
学校で陽キャやってるときの俺は半自動操縦型スタンドのような感じなので、家ではしょっちゅう学校での自分の行動に悶絶している俺だが、それでも陰キャバレしないように俺はあの手この手でクラスメイトと学外で会うことを避けてきた。
バイトという例外はあるが、あれは向こうが偶然やって来たので事故みたいなものだ。
だから、本当の意味での例外は、このライブってことになる。
まぁ後藤さんに挨拶しようとして、しようとしただけであんな大惨事を招いたときには、自分のコミュ障具合に嫌気がさしてもう本当にすみませんでしたって帰ろうかと思ったよね……え? ならなんでコミュ障らしく帰らないのかって? 教えましょう、真のコミュ障は逃げられない。
心の中だけならいくらでも饒舌に、口数多くなれるけど、実際に口を開けば出てくるのは「あっ」だの「えっ」だの、そんなんばっかだ。
本当に、自分が嫌になる。
自分らしく、あることもできない自分が。
ふと、ステージで準備をしていた後藤さんと目が合ってしまう。
学校にいるときの俺とは、まるで違う俺が、彼女には見えているのだろう。
秀華高校1年2組にいる藤田って男は明るくて、男女隔てなく交友関係があって、クラス委員長も務める陽キャだ。
そして今ここで縮んでいる藤田って男は、暗くて、人と関わるのが怖くて、相手の目を見て話すことができない陰キャだ。
正反対の、俺と俺。
けど後藤さんは、俺は頑張っていると、そう言ってくれた。
本当の意味で頑張っている後藤さんが言ってくれたのだ。だったら、少しくらいはそんな風に思っても、いいのだろうか。
縮こまった手をほんの少しだけ動かして、彼女に向けて小さく小さく手を振る。
すると、後藤さんは遠目からじゃほとんど分からないくらい微かに、にへらと口元を緩めた。
ように見えた。
ライブハウスの照明が落ちる。
いよいよ始まるのだと思うと、やっぱり緊張する。緊張てか動悸がする……心臓がバクバク鳴ってる。
新しい場所が怖くて、できれば家に帰りたいって気持ちに変わりはない。そんな簡単に気持ちが変わるようなら、そもそもコミュ障ではないから。
でも、せめてここに来てよかったと、明日になって振り返ったときに思えるよう、このライブを目に焼きつけて家に帰ろう。
それが、俺にとっての精一杯だ。
◀◀ ◇ ▶▶
「あなた、ギターヒーローさんですよねッ!!」
──はっ?! あれ、ライブは?!
俺は意識を取り戻した。
どうやらあまりの衝撃に脳みそが耐え切れずシャットダウンしていたらしい。
慌てて目を閉じて目蓋の裏を確かめると、そこにはしっかりのライブの様子が焼きついていた。映像を見たことで音の記憶も蘇ってくる。これでヨシ。
しかし俺が立ったまま気絶している間になにが……
声のほうを見てみれば、そこにはなにやら痛々しいファッションの女性がいて、後藤さんに詰め寄っていた。
にしても凄い格好だ。首に包帯巻いてるし、袖が変だし……あれ、あの人どっかで見たような、それも最近……
俺は陽キャ状態の記憶を引っ張り出すと、今朝の記憶をパラパラとめくる。
そうだ思い出した。
文化祭の後藤さんダイブ事件について質問してきた人だ、確かフリーライターとか名乗っていたような気がする。
名前は……ぽいずん❤︎やみ、だったか。うん、ライターの世界って厳しいんだなぁ。あんなキャラ付けをしないと生き残れないなんて。
つまり、ぽいずんさんはあの後どうやってか後藤さんがここSTARRYでライブを行うことを突きとめ、取材しに来たということか。
ど、どうしよう。間に割って入るべきなんだろうか。でもどういう名目で? ご、後藤さんのクラスメイトとしてとか? う、薄い、理由が薄っぺらい。
ま、まぁわざわざ俺が行かなくてもね、結束バンドの人たちもいるし、いざとなったら店長さんが出てくるんじゃないかな。あの怖、じゃない頼もしい店長さんならライターの1人や2人けちょんけちょんにしてくれるに違いない。
俺は日和った。
そして俺が日和っているうちに、ぽいずんさんは勢いを止めることなく、後藤さんたちへスマホの画面を見せながら言う。
「ほらこれ見て! ギターヒーローさんはね、SNSでその道の人間には大注目のギタリストなんだから!」
あれ、ダイブの話を聞きに来たんだよな……? 俺の知らぬ間に俺の知らない話が始まっている。
断片的に聞こえてくるぽいずんさんの話を要約すると、どうも後藤さんは動画投稿サイトにて『ギターヒーロー』という名前で活動しており、その腕前はプロとして通用するレベルなのだそうだ。
か、かっけぇ……っ。俺は手に汗を握った。
つまりあれだろ? 正体を隠して活動していたプロ級の現役高校生ギタリストの存在に、別件でたまたまやってきたライターが気がついたっていう、それこそ漫画みたいな展開だ。
後藤さんは、本当にすごい。
彼女は彼女のまま、あんなにも輝いている。それを認めてくれる人がいる。
陽気キャの殻を被って、輝いたつもりになっている俺とは違う。
正しい意味で自分を変えるのは、とても難しい。
……そろそろ、帰ろうか。話の続きが気にならないと言ったら嘘になるけれど、俺が居てもいなくても何も変わらないだろうし、今を逃すとズルズルといつまでも帰られない気がした。
「あれ、もう帰んの?」
「あっ、えっ、は、はい」
ワンドリンク制ということで購入したウーロン茶をゴミ箱に放り、帰り支度をしていた俺に声をかけてきたのは、ライブハウスSTARRYの店長さんだった。
び、ビックリした。急に話しかけてくるもんだから。
この人、やっぱりちょっと怖いんだよな。苦手なタイプ……
「あっ、あの。き、今日はお騒がせして、すみませんでした」
「あー、まぁ私の早とちりが原因なんだし、気にしなくていいから。怖がらせてごめんな」
そう言ってもらえると助かります……
よ、よかった。許して頂けたらしい。
店長さんはドラマーである伊地知虹夏さんのお姉さんなのだという、あらためて見ると確かにそっくりだ。
明るい虹夏さんに比べて、店長さんはややダウナー気味だけれど。
店長さんは、結束バンドの皆さんを眺めながら言葉を零す。
「……眩しいよな」
い、今のは俺に話しかけたのか?
それが俺に向けたものだったのか分からなかったので、俺は反応すべきか迷った。
コミュ障は面と向かって話せないけど、正面から話しかけられないと自分が話しかけられたと認識できないのだ。
かといって無視してるとは思われたくないし……えーっと、なにか話題を。
あっ、そうだ。
俺は後藤さんへ熱烈なアピールを続けるぽいずんさんを、会話の贄として差し出すことにした。
「あっ、あの、と、止めなくてもいいんですか?」
「もう少し様子見したらな。ある程度は対応できるようになって貰わないとだし、さ」
言い方はぶっきらぼうだけれど、店長さんの台詞には、結束バンドの成長を願う気持ちが込められているような気がした。
優しい人なんだなと、俺は思った。
怖いとか言ってすみません……俺は心の中で謝ると、今度こそ帰ろうと踵を返す。
そんな俺に、店長さんはもう一度声をかけてきた。
「──あのさ、またライブ観に来なよ」
こ、答え難いやつ……っ。
身体半分だけ振り向きながら、俺は慄いた。
こんなの断れるわけがないし、肯定したとしても顔覚えられたと思うと足を運び辛いというか……
「あっ、えと、その……お、おれ」
「マジでぼっちちゃんが増えたみたいだな……まぁ、今日のことは事故っていうかさ。あれのせいで来るのが億劫になったりしたら、私も責任感じるっつーか」
頬を人差し指で小さくかきながら、店長さんは目線を下げた。
あ、あれ、これもしかして俺に気を使ってくれてるって……コト?
コミュ障は自分のことを考えてくれる相手に直ぐ心を開くので、その例に漏れず俺は勢いよくもう半分振り返った。
「あっ、わ、分かりましたっ。また来ます!!」
「おー、よかったよかった。いや、これでぼっちちゃんにも良い報告ができるな」
あっ、そういう。俺のためっていうより、後藤さんのためにってことなんですね……いやね、分かってましたよ。初対面の俺のために、そこまでしてくれる美人のお姉さんなんているワケないって……
「あっ、じゃあ……俺、き、今日は帰りますね」
「あぁ、気をつけて帰れよー」
でも、帰り道気をつけろって言ってもらえて嬉しくなってる俺がいる……
俺は、そんなちょろい自分を嫌いになり切れないまま帰路に着くのだった。
◀◀ ◇ ▶▶
スマホの小さな画面の中で、ギターをかき鳴らす1人の少女。
淀みなく動く指によって奏でられるサウンドが、イヤホンを通じて俺の脳を揺さぶる。
文化祭で結束バンドのパフォーマンスに魅せられた俺は、あり余る家での時間を消費し、ロックバンドの動画を漁るようになっていた。
音楽の知識については、まだまだ付け焼き刃ながらも、それでも分かることはある。
直近の動画を一通り聞いた俺はイヤホンを耳から引っこ抜き、駅のホームでため息を吐く。
後藤さん、マジで巧いな……これがギターヒーロー。チャンネルのと、登録者数が8万ちょい?! 大人気音楽系オーチューバーじゃん。いや本当、陰キャの星だよ……そりゃライターの目にも留まるわけだ。
ぽいずんさんが連呼するものだから耳に残っていて、電車が来るまで時間があったからこうして動画を観ていたわけだが、演奏を拝聴していたのだが。
勝手に親近感を抱いていた後藤さんが、はるか高みに座す方なのだと自覚してしまった感があるな……
そんなことを考えながらチラッと横を見ると、はるか高みに座すはずの後藤さんが俺の隣に立っていた。
「あっ、えっ……え?」
「あっ、えと、その……」
俺たちはお互いに下を向きながら吃った。
まさか彼女が電車に乗るとは思っていなかったので、なんと声をかければ良いのか分からなくなってしまう。
秀華高校に通っているんだし、てっきり下北沢に住んでいるのかと……自分のことは特殊なパターンだから棚に上げるとして。
か、会話のデッキ。会話のデッキからドローしなきゃ。
「こ、こんばんは。いい天気ですね」
「あっ、はい。そうですね……」
このコミュ障がよぉ。
俺は脳内で自分自身を滅多刺しにした。
空なんぞ全く見えない場所でなぜ天気の話を振っちゃったの? バカなの?
今日なんのために下北沢に来たのか忘れたのか。
「あっ、その……ら、ライブっ。よかった、です」
「あっ、ありがとうございます」
「…………」
「…………」
悲報。
会話のデッキ、尽きる。
普通のクラスメイト同士ならこういう駅でばったり、みたいなシチュエーションだと学校の話をするんだろうけれど。
ほら、俺学校だと猫っつーか陽キャ被ってるから、話題に挙げにくくて。
うん……でもこうしてお互いを認知した以上、なにかを話さなければという強迫観念が俺を苦しめる。
無言でも気不味くならない関係性って凄いよな、あれこそ人間関係の理想系だよ。
思考がとっ散らかって一言も発さなくなった俺に、後藤さんはおずおずと切り出した。
「あの、その、藤田さん……今朝、学校で話してたライターの人って」
「あっ、あぁ、うん、今日ライブハウスに来てた人……」
再び途切れる、会話。
しかし、ぽいずんさんが話題にあがったことで、俺は会話のデッキにカードを補充できた。
つい先ほどまで動画投稿サイトで見ていたから、というのも相まっていたのかもしれない。
「あっ、そういや、動画見たよ。ギターヒーロー、びっくりした」
「あっ、その、はい……」
明確に、明らかに下がった声のトーンに、俺は思わず下げっ放しだった目線を後藤さんへ向けた。
後藤さんは相変わらず下を向いたまま、ポツリと、駅のホームへ言葉を垂らす。
「……そ、その、言われたんです、ぽいずんさんに。わ、私はプロとして通用するって。デビューすべきだって」
「すっ、凄いな。そっか、あれだけ弾けるなら、そうだよね」
でも。と後藤さんは一息置いて、目線を深く深く落としながら、それでも言う。
「そ、それは私だけ──ギターヒーローだけで、『結束バンド』は本気じゃないって……」
「きょ、今日のライブ……あんなによかったのに?」
「あっ、あれは……その、今日はなぜかいつもより上手く弾けたんです。ふ、普段はもっと私ダメダメで、なのに……他のメンバーに合わせて演奏してたって、そう思われたみたいで」
彼女の話を聞いて。
人によっては、こう思うかもしれない。
なら、『結束バンド』を抜けて、『ギターヒーロー』としてデビューすればいいのでは、と。
わざわざ他のメンバーに合わせて、力をセーブするくらいなら、と。
実際問題、後藤さんにとってはプロデビューは悪い話ではない。それは事実なのだろう。
プロデビューにあたり、後藤さんが参入した先のバンドで健全な人間関係を築けるか、という話に目を瞑ればだが。
ただ、きっと後藤さんの中に明日からプロデビューなんて考えは皆無で、だから彼女が気にしているのはきっとそこではなくて。
「私……言い返せませんでした。ちゃんと知ってるのに、虹夏ちゃんも、リョウ先輩も、喜多ちゃんも……わ、私だって、本気なのに」
自分たちは、『結束バンド』で上にあがっていくと、そう言えなかったことを、後藤さんは悔いていた。
そんな彼女の独白を聞いて、聞き終えて。
俺は、思ったことを口にした。
「……ぎ、ギターヒーローの動画見て、思ったんだけど。あれをプロの演奏って言われたら、お、俺は信じると思う。それくらい、巧かったから」
「…………はい」
「でも、今日の後藤さんの方が──俺は好きだな」
俺の言葉に、後藤さんの顔がガバッと上がり、今日はじめて俺は彼女と向かい合った。
なぜか、赤と青がまばらに混じり合った顔色になっているけど。
てか、あれ……あれ? 俺今なんかヤベーこと言わなかった?
「……あっ、えっ?! えっと、その」
「あっ、い、いや!! ギターねっ、ギターの話!!」
今日の後藤さんのギターのが好きって話です!!
両手を体の前でブンブンと振ることで、俺は決してそういう意味ではない旨を必死にアピールした。
その甲斐あって俺の意思が伝わったのか、後藤さんの顔色が肌色に戻っていく。
「お、俺の言葉に今更さ、左右されることなんてないと思うけど……でっ、でも俺は、結束バンドでギター弾いてる後藤さんのほうが、好きだから」
「……結束バンドで弾いてる、私のほうが」
「うっ、うん。だから、これからも結束バンドを応援してる。させて欲しい。言いたいのは、それだけ」
そこまで言い切って、俺はちょうどやって来た電車へ逃げるように乗り込んだ。
さっきまでの話の内容を振り返り、イキって調子こいたこと言ってすみませんでしたと自分を戒めながら。
しかし当然のように後藤さんも同じ電車に乗ってきたので、俺はそこから1時間半ほど気まずい思いをする羽目になった。最寄駅まで一緒だとは思わないじゃん……
今更ですが、いつも本作をお読みいただきありがとうございます。
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結末は決まっておりますので、どうぞ最後までお付き合いください。