文化祭のライブ中に降ってきたロックなやべーダイブの人について 作:きこり
「んでさ、そこで後藤さんのギターソロがあって、そいつがまた凄いんだよ。こうギュイィインって感じで──」
「うんうん、そっか〜。よかったねー」
「……いや、まぁよかったんだけど、その含笑いはなんなん?」
ライブハウスSTARRYから生還した翌日、岡山にライブの感想を話していたところ、何やら不穏な感じのするニコニコ顔を浮かべ始めた。
岡山がこういう顔をし始めると碌なことにならないので俺は思わず身構える。
「藤田さんのことだから、持ち前の豆腐メンタルをぼろぼろに傷つけてないかな〜って思ってたけど、杞憂でよかったよ〜」
「どっちかってーと今傷ついたよ!!」
身構えたけど関係なかったな!
確かにちょっとしたトラブルはあったけど……終わりよければ全てよし的なね。そういうサムシングを俺は大事にしていきたい。
昨日の出来事を俺なりに咀嚼していると、岡山は彼女から見て斜め後ろの窓際席へと視線を向ける。
「それで〜、後藤さんはどうしちゃったの? さっきから頭の上にハテナマークが浮かんでるけど〜」
「あっ、いえ、その……き、昨日の藤田さんの実在性について考えてました。あれは私のみ、見間違い……? 陰キャ……陽キャ……陰陽? 陰陽師……?」
どうやら後藤さんは素の俺と学校での俺の温度差に脳みそが風邪をひいてしまったらしい。
ちょっと申し訳ない気持ちになってきた。
いや、けど中身は一緒なわけで……そ、そんなに違うか?
すると岡山は後藤さんの両肩に手を乗せ、ガチトーンでこう一言。
「分かる」
「力強く理解を示すな」
俺が否定すると岡山は明らかに不満げな顔を作って見せる。
なんだよ。
「だって〜、藤田さんのあれはもう二重人格じゃん。私もフルネームが一致してなかったら気がつかなかったと思うし〜」
藤田さん珍しい名前だからな〜。などと、しみじみと溢す岡山。
言われた俺は内心複雑だ。あんま好きじゃないんだよな、自分の名前……某黄色いフルーツみたいだし。
「あっ、で、でも……ふ、藤田さんは外での遊びに誘われたら、ど、どうしているんですか?」
横から飛んできたクリティカルな質問に、俺は思い切り声のボリュームを絞った。
コソコソ話のため、体も心なし後藤さんの方へ寄せる。
……寄せた分だけ体をそらされてちょっと凹んだ。
「あー、その……家に家族がいなくて生活のためにバイトに明け暮れてる。って言い訳して避けてるんだ。これクラスには秘密ね」
「あっはい。そ、そもそも話す人がいません……」
おぉう、うっかり後藤さんの地雷を踏んづけてしまったらしい。
ドヨンとした空気をまとい始めた彼女に、俺がどうフォローすべきか考えていると、岡山は通常運転であっけらかんと言った。
「じゃあ私たち3人だけの秘密ってことで〜」
「さ、3人だけの秘密……っ」
「……まぁ、うん、じゃあそういうことで」
岡山についてはホントは知られたくなかったんだけど、なぜか後藤さんが嬉しそうにしているからいっか……
「でさ〜、実はさっきからずっと気になってたんだけどね〜?」
「あっ、え、えと……?」
理由はさっぱり分からないが、すっげぇイイ顔をした岡山が後藤さんへにじり寄る。
なんだ、なにを企んでいるんだコイツ。
やめーや、後藤さんが引いてんだろ。しかし俺の制止も空しく、後藤さんはその毒牙にかかってしまった。距離の詰め方がエグいんよ。
「後藤さん、コレ出るの?」
岡山が手に取ったのは1枚の広告紙で、それは今のさっきまで後藤さんの机に裏向きに置かれていたフライヤーだった。
未確認ライオット。
そこでは10代アーティスト限定のロックフェスへの参加募集を謳っており、このチラシを後藤さんを持ってるいるのは、つまりそういうことなのだろうか。
正直、めちゃくちゃ気になる。
あまり問い詰めると、後藤さんに圧をかけしまいそうで気が引けるけど。
けれど後藤さんは真正面から岡山を見返しながら、はっきりと言葉を返した。
「──はい、出ます」
このフェスに出て、自分たちの力を証明したい。
普段の彼女からは想像ができない、その強い眼差しに、俺はどこか心が騒つくのを──
「あっ、ででで、でもっ!! ま、まだバンドの皆んなには相談してなくてですねっ、STARRYに行ったら話そうと思ってて……」
感じる前に、ぺしょんと潰れてしまった後藤さんから、遺言めいた声が聞こえてきた。
「……も、もし出ることになったら、応援してくれると、う、嬉しい、です」
つまり、結束バンドの皆んなであれば、きっと一緒に参戦してくれると、彼女は確信しているのだろう。
その関係性を思うと、頬が緩んでしまう。
岡山と目を合わせて、俺たちは後藤さんへと表明する。
「あぁ、もちろん。応援するよ」
「ちょろっと調べたけど、ウェブ投票とかあるんだね〜。任せてっ」
彼女たちであれば、きっとどんな困難も乗り越えていけると確信しながら。
◀◀ ◇ ▶▶
とある日の昼休み。
出し抜けに、本当に突然、後藤さんは俺に言った。
「あっ、あの、藤田さん……24日って、あ、空いてますか?」
「…………え?」
さて、冒頭でとある日などと暈してはいたが、本日は12月の7日である。
つまり、後藤さんが口にした24日というのは恐らく12月24日を指しており、その日を世間一般ではクリスマスイヴという。
なので今の後藤さんの言葉を訳すとこうなる。
クリスマスイヴの予定は空いてますか?
俺は笑顔のまま固まった。
返事をするのは簡単だ。24〜25はバイト先の店長が気を使ってくれて基本学生組は休みである。だから予定は空いてる。ばっちり空いてる。バイトがない休日など家にこもってネットサーフィン以外あり得ない。強いていうならそれが用事になるかもだが……
仮に空いているとしてもクリスマスイブの予定を、それも女子に聞かれて平静でいられるわけもなく、俺の脳内で想像が加速していく。
ご、後藤さんはどういう意図で俺の予定の有無を気にしているんだ? いやもう聞くしかないんだろうけどさ。
なので聞いてみた。
「ちなみに、空いてるって言ったらどうなる感じ?」
「あっ、えと……き、来て欲しい場所がありまして。その、新宿のライブハウス、なんですけど……」
俺は再び笑顔のまま固まった。
後藤さんは学外での俺がクソ雑魚陰キャであることを知っているはずだし、言っちゃあなんだが後藤さんも同レベルのコミュ障である。五十歩百歩なのである。
そんな俺たちが新宿のライブハウス……?
無理ゲーでは。
いや、でも待てよ、発案者が後藤さんである以上、ここは言葉の裏を読むべきだ。
今のセリフを丸呑みすると、まるで俺と2人でクリスマスイブに新宿のライブハウスへ行きたい。という、もうそれデートじゃんになる。なってしまう。
しかし言葉の裏、ないし言葉の外を読み取れば、どうか。
クリスマスイブ……新宿……ライブハウス……後藤ひとり……結束バンド……来て欲しい?
俺は後藤さんの言葉の外を読んだ。
「……つまり、24日に結束バンドが新宿でライブをするから、そこに来て欲しいって話で合ってる?」
「あっはい、そうです」
おーけーおーけー、冴えてるぞ俺。
ふぅ、危うく後藤さんからクリスマスイブのデートに誘われたと勘違いするところだったぜ。
そんな勘違いをした日にはこの先生き残れない。
……まぁ、そんなわけないよな。
「てか、今回はSTARRYじゃないんだね」
「あっ、わ、私たちはゲスト出演なんです。それでお姉さんも、藤田さんに来て欲しいって、チケットを預けてくれて……」
おや、話に知らない人が出てきたぞ。俺の知らない人が俺をライブに呼ぼうとしている。
お姉さん、とは。
後藤さんに妹がいるという話は前に聞いたけれど、俺が聴きそびれていなければ、他に兄弟姉妹はいなかったはずだ。
すると、俺の疑問を察してくれたらしい後藤さんがワタワタと追加の情報を教えてくれる。
「あっ、あの、お姉さんっていうのは、私たちをゲストに呼んでくれたバンドの人で……えと、その……」
そこまで言って、後藤さんは言葉尻をいつも以上に濁し始めた。
けれど言わないことには話が進まないらしく、ここまでずっと下を向いて話していた彼女は顔をガバッとあげる。
「ぶ、文化祭のライブで、お酒を飲んでた人、です……」
あっ、あの人かぁ。
あの酔っぱらいが後藤さんのいうお姉さんで、クリスマスイヴに新宿でライブをやるバンドの人かぁ。
んで、あの酔っぱらいのお姉さんが俺を自分のライブに招待しようとしていると……
俺はちょっと嫌そうな顔をした。
「あっ、うぅ、藤田さんがちょっと嫌そうな顔してるぅ……」
「あっはは、全然嫌じゃないよ。結束バンドが出るなら行きたい」
「あっ、で、でも、お姉さんも謝りたいらしくて……あっ、チケットは2枚とも只なのでっ」
なるほど、それで俺を名指しで。後藤さんの様子を見れば、彼女は手元のチケットを2枚をグイッと差し出してきた。
たぶんだけど、後藤さんとしても俺と、そのお姉さんに和解してほしい気持ちがあるのだろう。それを蔑ろにするのは、やはり忍びなくて俺は2枚のチケットを受け取った。
……ん? 2枚?
「えと、後藤さん。チケットが2枚ってのは」
「お、お姉さんが『気になる子を誘う口実に』って……す、すみません私も押し切られちゃって」
「あっ、そ……そうなんだ」
返事をしながら俺は内心頭を抱えた。
なぜこうなったのか、は残念ながら分かってしまう。そのお姉さんとやらは文化祭の、つまり陽キャな俺しか知らない。
なので後藤さん越しの言伝も、純粋に俺に気を使っての、言うなれば謝意を込めてのメッセージと……それと2枚のチケットなのだ。
ふと見れば、俺の素が陰キャであることを知っている後藤さんは申し訳なさそうな顔をしていた。
うっ、し、心配されてる……
「あ、ありがとう後藤さん。そのお姉さんにもよろしく言ってもらえると助かる……な」
「あっはい。あの、私これから喜多ちゃんと練習で……だ、大丈夫ですか?」
「うん、大丈夫。ダイジョーブ」
チラチラと俺の様子を伺いながら教室を去る後藤さんを見送り、俺はゆっくりと机に突っ伏した。
……どうしよう。
いっちゃん楽なのは1人で行くことだけど、いやそれもかなり覚悟のいることだけれど、せっかく貰ったチケットを無駄にするのが申し訳ない。
そんなこと言ってる場合ではないのは百も承知だ。
でもなぁ、なんつーか結束バンドを知ってから、バンドにちょっとだけ詳しくなった俺としては、チケットを捨てるような真似はしたくない。
つまり誰かを誘わなければならない。
クリスマスイブの、新宿の、ライブに。
誰を誘えばいいんだ……? 母親は論外だし、他の親戚筋も可能性は皆無だし、学校の友達には陰キャバレしたくないし。
などと、俺がうだうだと考えていると。
「あれ、どうしたの〜藤田さん。学校で頭抱えちゃって、珍しいじゃ〜ん」
顔を上げると、見知った黒髪ツインテ女子が俺を見ていた。
俺は迷わず言った。
「岡山、24日って予定空いてる?」
「…………はい?」