体のだるさと、寝ていたはずのベッドとは違う感触で体が覚醒する。
ローズ・カゲノーとなってからは病気とは無縁の生活だったこともあり、このだるいという感覚は、ローズ・オリアナだった頃に味わって以来の感覚だった。
―――私の記憶は、授業が終わって寮に帰ったあとで途切れている。
これは、毒でも盛られたのだろう。
どこで盛られたかはわからないが、霧龍の毒ですら問題ないはずの毒耐性のことを考えると、かなり強い毒なのだろうと推測する。
昏睡状態か、ほとんど死んでいる状態にしておきたいとかそういう類であれば、もしかしたらそうなるのだと思うけど、睡眠薬で眠らせるとかではなくここまでのことをする……というのは、自分の素性、ヌルにしろオリアナにしろ、何かがバレている可能性がある。ということなのだろう。
目を少しだけ開ける。
もし監視されていた時のために、薄く。
誰もいない。
肌の感覚で誰も周囲にはいないのは感じていたけれど……ここは、牢屋だろうか。
鉄格子が見え、その先には通路が見える。
ただ、古ぼけているようなので、現在進行形で使われている牢や監獄ではないのだろう。
誰もいないことを確認し、完全に覚醒する。
視覚、聴覚、嗅覚、触覚。
感覚器官は極めて良好に動き出した。
ただ本当に体が重く感じるだるさがあるだけの状態。
魔力に変化は見られないので、何か特別なことをされたというわけでもないようだ。
まぁ……魔力封じの道具が使われてはいるようだが……。
深呼吸を数度繰り返し、一瞬息を止める。
体から魔力が溢れ、体の表面に線が走る。
魔力を圧縮して濃密に、強く、硬く、柔らかく、練る。
カラン、と私の魔力を封じていたつもりの道具が外れる。
魔力封じというのは、本当は魔力封じではない。
魔力を出させないようにするのではなく、一定以下の魔力の放出を抑えるためのもの。
高く、強い魔力を瞬間的に爆発させられるような魔力があれば、魔力封じなどただの拘束具にしかならない。
拘束としての力は普通の拘束具と変わらない以上、魔力が使えるようになった時点で終わりだ。
服は脱がされておらず、何か乱暴されたとか、調べられた様子もない。
ただだるさを引き起こすような毒を、盛られただけ。
正直、これが何かのハンデになるかと言われれば、同等の相手との剣であればもしかしたらというところだったけれど。
私には、糸がある。
『陰の叡智』と私たちシャドガーデンのメンバーが呼んでいるもの。
他の七陰にもそれぞれ与えられたそれは、各々強力な武器となっている。
私の場合は、糸。
魔力を制御し、細く強く圧縮したものを武器とする力。
日常生活でもヌルとしての行動においても、これは万能に働いてくれる。
鉄格子を、基礎ごと切断し、音を立てぬようゆっくりと床に下ろす。
糸を張り巡らせ、周りの音、振動などなど、様々な情報を拾い上げていく。
使い慣れたもので、自分の触覚のように扱えるそれを使って、歩きながら情報を処理していく。
自分の居場所、私が牢から出たとも知らず、欠伸をする魔剣士。
様々な情報が糸から伝わり、把握する。
ここは、王都の地下。張り巡らされた水路に作られた地下空間であること。
ここには、アレクシア・ミドガルが、悪魔憑きを発症した少女と一緒に捕らわれていること。
そして、地上ではシャドウガーデンが動いていること。
魔力の糸で作られたそれは、本当に万能だ。
魔力を読むことで、糸の先にある情報を読み取る。
質を上げれば、視覚とも聴覚とも感覚を繋げられ、ただ立っているだけで様々な情報を手に入れることが出来る。
だから、今はまだここから動く時ではない。
アレクシア王女は、彼が助けてくれるから、私が動く時ではない。
私が動くのは、今から来る男を処理してからだ。