眠ったまま起きることのないお父さまのいる病室と、眠りに帰るためだけの家との行き来をしばらく続けていると、お母さまがアレクシア王女を連れてきてくれた。
お父さまのことで思うところが無いとは言えない。
けれど、お父さまはこの人に、託したのだから。
自分が辿り着かなかった世界を、見てほしいと。
だから、私が彼女に何かをするということはありません。
なんでもする。とは言っていたけれど、お父さまのことを考えるのなら、彼女の邪魔をするのは良いことではないから。
閑話休題―――アレクシア王女が言うには、今流行りのミツゴシという場所に行こうと、私を息抜きに誘ってくれたみたいです。
お母さまも、ずっと病室と家の行き来しかしていない私を何度かそういうところに誘ってくれてはいたんだけど、お父さまの記憶のこともあって、しばらくはそういう気持ちにならなかった。
それでも―――アレクシア王女が誘ってくれるならと。
今日は息抜きをすることにした。
―――アレクシア視点―――
「あ、ああ、あぁあ……あの。あの……あの、こんな派手な下着……私着れません……」
顔を真っ赤にして、シェリーは恥ずかしそうに下着を返してくるけれど、受け取らない。
「あなた、シド君のこと―――好き、なんでしょう?」
試着室の中、顔を近づけて言うと、真っ赤な顔で彼女は頷く。
私の婚約者(一応)でもあるシド。シド・カゲノーはあのテロの時、重傷を負いつつも、逃げ遅れた彼女と共同でアーティファクトを解除する方法を見つけた、ある意味では陰の英雄だ。
彼がいなければ、彼女だけでは解除までは至らなかっただろう。
彼女は戦闘はそもそも専門家ではないから、彼の実力なら肉壁程度にはなる―――だろう。
話を聞けば、彼からチョコを貰っただとか、話を聞いてもらっただとか、両親に紹介しただとか。
まさかそこまで進んでいるなんて。
「さっきミツゴシの会長も言っていたけれど、勝負下着ってそういう時のために着けるものらしいわよ。どうかしら?」
私も彼を想う者として買ってはみたけれど、彼を落とせるかと言えば無理だろう。
私はもうフラれてしまっているから。
誘拐事件の後、彼との関係の継続を望んだけれど、断られてしまった。
姉さまが言うには、彼は私を誘拐した容疑をかけられ、騎士団で拷問までされたらしい。
フラれて当然だ。
だから、少しでもまだ恋が実りそうなシェリーを応援してあげたい。
私だって負けたくはないけれど、彼を想う者同士、少しでも勝率が上がるなら応援してあげたい。
なんて思ってこんなことをしてみたけれど、ローズに嫉妬されてしまうかしら。
彼の専属のメイドであり、学園の特待生の一人でもあり、彼女もまた、彼を想う人。
少しくらい、良いわよね。
彼女は、あんなにもシドの近くにいる人なのだから。
―――ローズ視点―――
ミルクを入れ、砂糖を多目に入れたコーヒー。
味覚としては、コーヒーの苦味が苦手なのだろうと考えて、チョコレートも甘めで子供でも食べやすいタイプのものを選ぶ。
想像通りなのだろう。私の出したコーヒーとチョコレートを食べて、嬉しそうにするシェリー・バーネット。
前世では、間接的に私を殺した人。
恨みがないわけではない、シャドウガーデンの場合、間接的ではなく、直接殺された者もいる。
ただ、目の前のシェリー・バーネットは、まだそこに至ると決まったわけではない。
そもそもの立ち位置が違う時点で、未来がまだ決まっていない状態だ。
ここからあの未来に行くには、難題が多くあるように感じられるほど、私が起こしたであろう改変が大きくなっている。
私が関わったことがあると思われるもので、私が知る人の立ち位置や、人生が変わっている。
それこそ目の前にいる彼女は、この時点で両親のどちらも失っていないのだから。
苦いコーヒーを飲んで、一息吐いて、話す。
「――――――私は、ローズ・オリアナ。オリアナ王国の王女です」
前世の私のこと、前世であったこと、ポツリ、ポツリと喋りだす。
彼女は、それを頷きながら聞く。
前世の記憶まで視られてしまっているのだから、話が事実かどうか、自分の中で確認しているのだろう。
知られてしまったからには、知ってもらう。
終わってしまった世界を、少しでも救えるように。
少しでも、良い方向に未来が進むように。