でこぼこカルテット   作:莉瑠

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でこぼこカルテット①

 うららかな陽気に包まれ、珈琲(こーひー)の香りと微(かす)かなタバコに包まれた空間。ここは『限りなく透明な喫茶店』の店内だ。

 この喫茶店は今日も閑古鳥が鳴いていた。だからと言って、店員たちに慌てる様子はない。むしろ穏やかに日々を過ごしている。

 そんな店内の厨(ちゅう)房(ぼう)で、新人バイトの雷(らい)道(どう)拓(たく)斗(と)はぐつぐつと煮え立った鍋に向かって、んー、んーと唸(うな)っていた。

 

(どうしよう……)

 

 思考の海に沈んでいる拓斗は、目の前の鍋が噴きこぼれていることに気付いていないようだ。そこへ、厨(ちゅう)房(ぼう)に漂う湯気に気付いた竜人の阪(さか)本(もと)竜(りん)太(た)郎(ろう)がやって来た。

 

「ちょっ! たっくんっ?」

 

 驚いた竜太郎はあわててコンロの火を止めた。それでもまだ余熱で鍋はぐつぐつと煮えたぎっている。

 

「危ないじゃん! たっくん、どうした?」

「あ、阪本……」

 

 何度か声をかけられた拓斗は目の前に竜太郎がいることにようやく気付いた。目を何度もしばたたかせ、黙って驚いている様子だ。

 そんな拓斗に竜太郎は心配そうな眼(まな)差(ざ)しを向けた。

 

「何、心配事?」

「あ、ちょっと……」

 

 拓斗はそれだけ言うとなかなかその先の言葉を出そうとはしなかった。そんな拓斗の様子に痺(しび)れを切らしたのは竜太郎の方だった。

 

「たっくん、俺たち、この喫茶の同期なんだし、それ以上にずっと一緒にやってきた仲間じゃん?」

 

 だから、何か思っていることがあるなら相談して欲しいと、竜太郎は言う。その言葉を受けた拓斗は、ようやくゆっくりと自分の悩んでいることを口に出し始めた。

 

「実はさ、店長と照ゐのことなんだ」

 

 そう切り出した拓斗の声音は深刻だった。竜太郎はそんな拓斗の言葉を遮ることなく話を聞いている。

 

「つまり、店長と照ゐにお礼がしたいってこと?」

 

 拓斗の話を聞き終えた竜太郎は拍子抜けしたような、間の抜けた表情でそう言った。

 あまりにも深刻な声音で拓斗が話し出すから、もっと複雑な事情があるのだと思っていたのだ。それが、この喫茶店の店長である狙(そ)ノ塚(づか)善(よし)とバイトリーダーである緋(ひ)心(うら)照(しょう)ゐへの、礼の示し方で悩んでいたなんて……。

 拓斗との付き合いは長いつもりだったが、相変わらずこの男と来たら真面目だな、と竜太郎は半ば呆(あき)れてしまう。

 

「じゃあさ、シンプルに手紙でも書いたら? 最近じゃ、手書きの手紙なんてなかなかないから、気持ちが伝わるんじゃね?」

「手紙かぁ……」

 

 竜太郎からの言葉に拓斗は歯に何かが挟まったような、煮え切らない態度を示している。これは納得していないな、と気付いた竜太郎は、

 

「んじゃもう、シンプルにモノでも贈って気持ち伝えろよ」

「二人が今必要としてるモノ、知らないからなぁ……」

「あー! 鬱(うっ)陶(とう)しい! じゃあ、もう現金でいいじゃん、現金で!」

「それは、あんまりじゃないか? 阪本」

 

 どんな案を出しても拓斗が納得しない様子なのに、竜太郎は少しの苛(いら)立(だ)ちを見せる。しかしこのまま拓斗を放っておいて、また先程の鍋のようにボーッとされては一大事だ。

 竜太郎は、

 

「俺も何か考えててやるから、とりあえず仕事には集中しろよ、たっくん」

「分かった」

 

 竜太郎の言葉に短く答えた拓斗は、そこでようやく目の前にあった鍋の惨状に気がついたようだ。

 

「うわっ! 俺、ここ、片付けないと……!」

 

 拓斗はそう言うと、いそいそと厨(ちゅう)房(ぼう)の片付けに入るのだった。

 それから数日、二人は時間を見つけては一緒にどうやって善と照ゐに感謝の気持ちを伝えるかの話し合いをしていた。もちろん、それは善と照ゐがいない時に行われていたのだが、

 

 

 

 ガタッ!

 

 

 

「何の音だ?」

「……」

 

 ある日、二人が話し合いをしていたバックヤードの扉付近で物音がした。竜太郎は恐る恐る音のした扉へと近づき、勢いよくその扉を開けた。すると、喫茶店のホールへと走り去っていく赤髪が見えた。

 

(照ゐ……?)

 

 竜太郎はその後ろ姿が緋(ひ)心(うら)照(しょう)ゐのものだと理解したのだった。

 

(アイツ、どこまで話、聞いたんだろう?)

 

 竜太郎の中に一抹の不安があったのだが、

 

「たっくん?」

 

 後ろを振り返った時、物音で顔(がん)面(めん)蒼(そう)白(はく)になっている拓斗の様子に我に返った。

 

「たっくん、もしかして怖かった?」

「……」

 

 拓斗は竜太郎の問いかけに口をパクパクさせるだけで声が出ない様子だ。これは先程照ゐが立てた物音に、本気で怯(おび)えている。

 竜太郎はそんな拓斗を安心させるように、

 

「照ゐだったよ」

 

 そう答えた。

 物音を立てた犯人の名を聞いた拓斗は、先程とは違う意味で顔色をなくしていく。

 

「ヤバいじゃん! 話、聞かれてたらサプライズにならないし!」

 

 この頃、拓斗がお礼を言うシチュエーションを、サプライズでやろうと言う話にまとまっていたのだ。万が一、その計画を照ゐが聞いてしまっていては、サプライズにはならない。拓斗はそう言いたいのだった。

 さすがの竜太郎もこの状況に、どう収拾を付けようかと悩んでいるときだった。

 

「お疲れ~」

「店長!」

 

 バックヤードに一人の男が入ってきた。青髪で顎(あご)髭(ひげ)を蓄えた、タバコの香りを身にまとうこの男こそが、この『限りなく透明な喫茶店』の店長をしている狙ノ塚善である。

 

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