カナリヤの慟哭   作:椎名リオ

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お気づきの方もいらっしゃるかとは思いますが、一話、二話の加筆修正を行いました。

一話は主人公と父親の過去の話の具体化+α

二話は新たに喜多ちゃんの少し過去の話を付け加えました。

……あ、嘘です。九話もほんの一部加筆しました。変えすぎやて

物語の進行に大きな変更はありませんが、補足みたいな感じで認識していただけるといいかなーと思います。




暗い道と青い僕

 店長が休憩室に僕らを呼びに来たことで、僕と山田さんの休憩は終わった。

 正しく言い直すなら店長は僕を呼びに来ただけで、山田さんは受付を喜多さんに任せっきりにしていたらしく、店長にバレてげんこつを食らっていた。

 視線で助けを求められたが、庇いきれる理由もなく僕はそっと首を横に振った。

 一瞬にして山田さんの目が沈んだ。

 

 

「店長、それで次は何を?」

 

「ん、あぁ別に仕事はいい。もうこの時間ならやることもそんなないからな。ライブでも見ておけ。虹夏たちも行ってる」

 

「……いいんですか、それ?」

 

「いいんだよ、いいからさっさといけ。……あとリョウ、()()()は時給から引いとくから」

 

「え」

 

 

 釈然としないながらも、それ以上のことは言えないまま僕たちは休憩室を出た。

 ここは言葉に甘えておくべきだろうか。

 正直なところどんな人たちが、どんな演奏をするのか、まったく気にならないわけではなかった。

 曲ももちろんだが、もし父さんの音に近づくためのなにかしらのヒントがあるかもしれないと思うと、無視はできない。

 

 

「優?」

 

 

 顔を上げると山田さんがこちらを振り返っていた。

 考え事をするとつい立ち止まりたくなる。

 最初は彼女と並んで歩いていたのに、いつの間にか距離が開いていた。

 近くも遠くもない、微妙な空白だった。

 

 

「ごめん、なんでもない」

 

「そう」

 

 

 すぐに彼女に追いついて、今度こそ同じ歩幅で歩いていこうとした。

 けれどそんなことをするまでもなく、僕らはすぐに立ち止まることになる。

 歪みきった音、シャウトする声や歌がもう近くまで聞こえていたから。

 もう、足並みをそろえる必要もなくなった。

 

 適当なところで立ち止まって、黙ってステージを眺めた。

 山田さんはいつの間にか傍から消えていた。探す気はなかった。きっと結束バンドのメンバーのところに行ったのだろうから。

 それに僕といるよりも喜多さんや伊地知さん、後藤さんと一緒にいたほうが話しやすいだろうし、楽しいだろう。

 視界にスポットライトの残照が現れては消える。それが少し煩わしかった。

 うるさいのは苦手だ。鼓膜を殴りつけられるような暴力的なまでの音は、いつになっても慣れない。

 

 

「……」

 

 

 一組、一組が順に終わる。

 ため息は、つかない。つきたくはない。

 喉にせりあがってきた重い空気を吐き出せたら、それはきっと楽なのだろう。

 でも演奏している人たちの前でそんなことをするのは、誰も幸せにならない。

 耐えるべきだ。そんなこと、何年もやってきただろう。

 

 いや、そもそも──期待しなければよかったのだろうか。

 

 辺りを見渡せば、笑っている人ばかりが目に入る。

 ここにいる人と比べて僕がここにいる理由はいささか不純だ。時間が経つにつれて、一曲一曲が終わるたびにそれは大きな汚れとなっていくようだった。

 

 バンドの交代の合間を縫って、そっと誰にも気づかれないように抜け出した。

 行き先はもう決まっていた。というか、そこしか行くところがなかった。

 カウンターに頬杖を突きながらステージを眺めていた店長さんは、すぐに僕に気がついたようだった。けれど目を合わせたのは一瞬で、次にはまた元通りのところに視線を向けていた。

 

 

「……お前は途中であそこから抜け出してくると思った」

 

 

 なにか話しかける前に、声をかけられた。目の前にいるのに相変わらず視線の行き先は変わらないままで、僕は奇妙な窮屈さと、疎外感を覚えた。

 

 

「……すいません。せっかくのお気遣いを無下にするようで」

 

「別に。気にしてねぇよ。聴きたくないなら、正直になったほうがずっといいだろ」

 

「……店長さん、あの」

 

 

 言葉に詰まる。

 仕事があるなら手伝わせてください。そんなことを言ってあの音たちから逃れればいいと、ここに来るまでの短い時間の中で考えていた。

 でも口に出そうとしているのはもっと別のものだ。

 白紙のままの、未計画なままの、なにか。

 

 アコースティックの柔らかい音が聞こえてきて、振り返る。

 3ピースのバンドの姿がスポットライトの光に照らされていた。

 ゆったりとして、メロディラインは美しく、しばらくしてボーカルが入る。

 大切な人との別れを唄う、感傷的な歌詞。

 バラードは久しぶりに聴いた気がした。

 

 

「……たまに、ひどく空しい気持ちになるんです」

 

 

 訥々と声が漏れ出す。何を喋るのかもわからないまま。

 

 

「父がいなくなったときのような……ギターを弾いていると僕の体の中に空白が……穴ができたような気がして。そんなときに自分がやっていることは、すべて無駄なんだと思うんです」

 

 

 ──わかりたくないことを、わかりかけているのかもしれない。

 最初は純粋だった気持ちも、いつしか自分を騙していた。

 父さんとまったく同じ演奏なんて、できるわけがないと。

 記憶の偶像に縋っているだけでは、きっと偽物ができるだけだ。

 このままじゃいけないことも、当然わかっている。

 

 でもしょうがないじゃないか。 

 

 あの音をもう一度弾くことができたなら。

 母さんも、杏も……父さんがいたときの元の関係に戻れるかもしれないなんて、そんなことを思ってしまったんだから。

 母さんが愛していたあの音を、もう一度聞かせてあげれば、僕らは笑いあえると信じていた。

 

 でも。

 その考えが幼稚だと気づくころには、僕は必死になりすぎていて。

 容易く諦めるには、僕はそれに時間を掛けすぎていた。

 

 長く、暗いトンネルの中にいるみたいに。

 戻るには遠すぎて、だから僕はいつか見える出口の光を信じるしかなくて。

 けど、どれだけ進んでも視界は暗いままで。

 いつしか歩いているのか、立ち止まっているのか、それすらもわからなくなってしまった。 

 

 

「必死で隙間を埋めようとしても、どうしようもなく広がっていくばかりで」

 

「もう、いいよ」

 

 

 頬に一瞬の温もり。いつの間にか目の前に来ていた彼女に、なにか拭われた。

 そっと触れられたところに手を当てる。

 僕はまた、泣いていたのか。

 

 

「……みっともないからさっさと拭け」

 

「……すいません」

 

「あぁもう……謝んなよ」

 

 

 彼女はそう言うとカウンターに寄っかかって、そっぽを向くようにまた演奏中のバンドに視線を移した。

 

 

「お前がやろうとしていること、知ってるっていったらどうする」

 

「いいえ、なにも」

 

「……一応言っておくが、難しいと思うぞ」

 

「……知ってます」

 

「…………お前さ、バカだろ」

 

「それも、わかってます」

 

「……そうか」

 

 

 驚きはなかった。なんとなくこの人なら知っていると思った。

 もしかしたらどこかのタイミングで伊地知さんから聞いたのかもしれないけれど、それが事実だとしてもどうでもよかった。

 

 ……曲がもうそろそろ終わる。時計の針が止まるときみたいに、ゆっくりと音のない世界へと向かっていく。

 ぽつりと、店長さんが呟いたのが聞こえた。

 

 

「あの曲は、少し悲しすぎるな」

 

 

 店長さんの背中だけが視界に映る。表情はうかがえない。

 僕はそっと、誰の邪魔にならないように頷いた。

 誰に気がつかれなくても、そうしたかった。

 音が止む。拍手が鳴り響く。バンドメンバーが手を振ってステージを去っていく。

 そんな光景から、僕はほんの少しだけ目を逸らした。

 

 ──あのバンドもいつかはいなくなる。

 

 そんな残酷なことが、ふと頭をよぎった。

 

 

 

 *   *   *

 

 

 

「んもー! 優くんどこ行ってたの!? ずっと待ってたんだからね? ライブ見ながらだったけど」

 

「あー……ちょっと体調が悪くてさ、行けそうになかったんだ」

 

「え、師匠大丈夫ですか? 」

 

「もう平気。それに完全にライブ見てなかったわけじゃないんだ。ちょっと離れたところにいたってだけで」

 

「ふーん……」

 

 

 ライブが終わり、お客さんたちが帰った後店内の清掃をした。

 いろいろ詮索されたが、店長さんと話していたことを話すと迷惑がかかりそうで、隠すことにした。

 

 

「そういえば後藤さん、ライブ楽しめた?」

 

「あ、はい……キラキラした青春ソングとかは聞いてると死にたくなりましたけど……」

 

 

 それって楽しかったのだろうか。

 

 

「まぁでも、気持ちはわかるなぁ」

 

「え?」

 

「僕も、あんまりそういう曲には馴染めないというか。なんか全く知らない人のことを語られている気がして、感情移入はできなくてさ」

 

「わ、わかります。わたしこんなですから、つい自分と比べちゃって……鬱になる、といいますか」

 

「別に落ち込む必要はないと思うけど。僕は一人でいるのが好きな人間だから、そういう人になれなかったってだけで……でも歌詞通りのことをやりたいかっていわれると、違くて。なんだろう……自分にとって、周りにとって眩しいものだけが正しい、ってわけじゃないのかなって」

 

「鏡、先輩……」

 

「まぁ、僕がそう思ってるだけだけど。後藤さんがどう考えるのも自由だけど、もっと軽い感じでいいんじゃない? 自分のありのままの“好き”を大切にして、せっかくギター弾いてるんだし音楽でそれを叫べばいい。……後藤さん歌詞って書いたとある?」

 

「へっ? あ、たしか中学のときに……な、なんでですか?」

 

「なんとなく、君はいい詞を書けるかもと思って」

 

「え? いや、そんな……えへへ……いやー大したものは書けませんよー」

 

「そう? 少なくとも僕は後藤さんの書いたやつ、読んでみたいけどな」

 

「うへ、えへへ……」

 

 

 表情と言動がまったく一致してない後藤さんの姿に、僕もまた彼女と同じように顔が緩んだ。

 ──最初は後藤さんがここに馴染まなかったらどうしようかと思ってたけれど。

 もうそんな心配は必要ないかもしれない。

 後藤さんの笑顔はなんだかアイスクリームを想像させる。

 目元も、口も、夏の日差しに溶けるように……本当に溶けるみたいに……

 

 

「あ、あれ? ん、んー? 後、藤さん? なんか、ふにゃふにゃしてない……? 顔も、なんか」

 

「えへ、うへへぇ……」

 

「え、ちょ……だれかーっ! はやく来てっ! 後藤さんがっ! えと……えとっ! 液体化して大変なんですけどーっ!」

 

 

 内心何言ってるんだと自覚しながらも、助けを呼んだ。

 意味不明なことを叫んだわりには伊地知さんたちがすぐに駆けつけてくれた。

 

 

「えっ、これどうすればいいの? ていうかなんでこうなったの?」

 

「いや、後藤さんと話して気がついたら」

 

「うわー、ほんとに溶けてるわ……スライムみたい」

 

「おー……ぷにぷに。手触りも……あ、虹夏。これグッズにして売ろう。名付けて『スライムぼっち』。語呂もいい。最高」

 

「売るわけないでしょ」

 

「えー? いやそんな、作詞のコツとか聞かれても……えへへぇ」

 

「ほらぼっちも嬉しそう」

 

「絶対違うと思う」

 

 

 結局そのあと救急車を呼ぶ直前に元通りになっていた。

 怖いと思う以前に、後藤さんの体が心配になった。

 ふと気になって、携帯で検索する。

 

『人間 溶ける 病気 対処』

 

 検索結果をスクロールしたけど、的外れなものばかりで、すぐに電源を落とした。

 

 ……僕は少しだけ、後藤さんが人間だと言い張ることが難しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあお疲れ。今日はもう帰っていいよ」

 

「お疲れさまでした」

 

 

 みんなに挨拶をかわし、それぞれの荷物のもとに向かう。

 鞄を持って、ギターケースを背負う。いつもより重く感じて、半歩後ろにふらついた。

 自分が気づいていないだけで、案外疲れているらしかった。

 出口に向かうと店長さんが立っていた。

 

 

「どうかしましたか?」

 

「なぁ、鏡。時間あるか?」

 

「え? まぁ、はい。大丈夫ですけど。やりのこしたことでもありました?」

 

「いや、そうじゃない」

 

 

 店長さんは僕の目をまっすぐ見つめて、やがて短い息をついて言った。

 

 

「お前の実力がみてみたい」

 

 

 

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