カナリヤの慟哭   作:椎名リオ

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遅れてしまいごめんなさい。はい、生きてます。

諸々のやるべきことがようやく片付きつつあるので、更新していこうと思います。
まぁ……普通にサボってしまったこともあるんですけど、そこは戒めていきます。

気楽な気持ちで読んでいただければ幸いです。


導きの音

 

 

「いや~よかったね。うん。少年くん上手いじゃんギター!」

 

「…………はぁ、そうですか」

 

「あれ、反応薄いね」

 

「いつもどおりですよ、僕は」

 

 

 彼女とのセッションが終わり、僕はギターを抱きかかえながら心のわだかまりを処理しようとしていた。

 廣井さんとの合奏はなんだか不思議な感じがした。明確に言葉にできない感情が邪魔して、自分の演奏がどうとか振り返る余裕なんてなかった。

 即興にしてはこちらのことを全く考えない彼女の好き勝手な演奏から始まり、僕がそれについていこうとすると途端に鳴りを潜める。

 こちらが主導権を握ろうとすると呆気なく手放し、かといってこちらの演奏が落ち着くとすかさず音に勢いが増してくる。

 やりにくいことこの上なかった。

 でもそんな演奏が簡単にできないことくらい、アマチュアの僕でも一瞬で理解できた。

 

 ただ即興といえど、言ってしまえば雑な演奏をどうして廣井さんがやるのかが理解できなかった。

 腕自慢をしたいなら僕のことなんか放っておいて終始自分のペースで弾いていればいい。それともただ単に僕に配慮してくれただけかもしれない。でもなんのために? 僕のため? それはなぜだ?

 

 

「少年くん」

 

「……なんですか、今ちょっと考え事を――」

 

「君はもう少し、味方を探してみるといいよ。そうすれば、君は君の音楽を見つけることができる気がするよ」

 

 

 廣井さんはいつの間にか席を立っていて、僕と向かい合う形で視線をこっちに向けていた。

 屈んでいる彼女と目が合う。藍色の髪は風で緩やかに揺れた。

 

 

「なんの話ですか」

 

 

 困惑しながら、尋ねた。彼女はにこりと笑って口調を崩さずに言った。

 

 

「少年くんの未来の話だよ。そのギターを握るなら、って前提がつくけど」

 

「味方」

 

「そう、味方。君を助けてくれる人。君がどんなに困っていても、苦しんでいても、手を差し伸べてくれる人、君を理解してくれる人。そんな人だよ。あ、もちろん私もおっけ~。もうどんどん助けちゃう」

 

「僕は一人で十分ですよ……僕はバンドを組んでいるわけじゃない。ソロでギターをやりたいんです」

 

「そう? もったいないな~。少年くんギター上手なんだからバンド組めばいいじゃん! あっ! なんだったらうちのバンドでも……」

 

「僕はっ」

 

 

 声が震える。

 廣井さんの言っていることを否定もしないし、肯定もしない。

 僕がもう少し音楽に対して“気楽に”接することができればよかった。

 ただ、今日までこのギターを弾いてきたことがそれを許さない。

 思い浮かぶ情景。言葉にしなくても、それは十分僕がこれからもこうして一人で演奏する理由になるし、同時に人と共有するものでもないことも明らかだ。

 

 

「一人で……やらないと、意味がないんです」

 

「……そっか」

 

 

 か細い声に、優しい声が重なった。

 僕に対する慰めかもしれないし、あるいは呆れかもしれない。

 それを判断することはない。

 彼女から送られる印象一つで、僕の行動が変わることはない。

 視界はいつの間に地面を映し、廣井さんの瞳を見つめることを止めていた。

 

 

「少年くん、私はそろそろ帰るよ。だからね、最後に一つだけ」

 

「……なんです?」

 

 

 息を吸い、彼女が言った。

 

 

「“君ならできる!”」

 

「――――」

 

「じゃあね~。バンドも見に来てね~! SICK HACKって名前だから!」

 

 

 颯爽と……ではなく若干ふらつきながら去っていく後ろ姿を見えなくなるまで眺めた。初めて聞いた気がしないバンド名だ。

 追いかけようかと思い立ったけれど、やっぱりやめることにした。

 結局観客の一人どころか鳥一匹さえやってこないまま、僕は再び一人になった。

 

 

「あの人、いつか死にそうだな」

 

 

 冗談ではなく、本気で。

 休肝日とかちゃんと設けているんだろうかとふと考える。けど昼間からあれだけ酔っている姿をまざまざと目にしてしまうと、それが言い逃れようのない答えに思えた。

 一息ついてから荷物を整理する。

 硬いものに手がぶつかった。遅れて視線をやる。

 

 

 ベース。

 ベンチの上に、見覚えのあるベースが置かれている。

 

 

「………………は?」

 

 

 足音が近づいてくる。

 

 

「ごめ~ん。そこにスーパーウルトラ酒呑童子EXない? なんか背中が寂しいな~って思ったらなんか無くてさー」

 

「酒呑……? とりあえず、ベースならそこに」

 

「やっぱり? いや~よかったよかった。私の命より重いものだからなくなったら生きてけないからね~」

 

「……廣井さん。ちょっと尋ねておきたいことがあって」

 

「んぇ? なに?」

 

 

 彼女が振り返り、こちらをしっかりと捉えたことを確認してから、口を開いた。

 別に会話をする気はない。

 ()()()()()()()()()

 そのために、彼女のしぐさをできるかぎり視界に収めておきたかった。

 

 

「僕のこと、星歌さんはなんて言ってました?」

 

「え」

 

 

 一瞬だけ肩が上がった。表情も最初は困惑に満ちていたけれど、今は別のものに変わっている。ケースのチャックを閉める手は不自然な場所で止まっている。

 心の中で呟く。

 

 ――ビンゴ。

 

 

「ぃ、いやー……ごめんね少年君。私ちょっとその、せいかさん? って人は知らないかなー」

 

「そうなんですか? スターリーにはしくはっく? のステッカー貼ってありましたけど」

 

「え……あれ? なくしたって聞いたんだけどな……

 

「まぁ今までの行動とか発言とか、なんか僕の事情を知ってそうだなって思いましたし。それを知っている人って限られてくるじゃないですか」

 

 

 家族にこんな知り合いはいないし、伊地知さんと喜多さんもなんとなく想像がつかない。

 となると、お姉さんしかいない。僕が小学生の頃にバンド活動もしていたし、今はライブハウスの店長だ。こういう人と人脈があってもなにもおかしくない。 

 一概にそうだと言い切れるわけではないけれど、廣井さんとのセッションはいうなれば……いや、これ以上は邪推というものか。人選ミスという言葉も脳裏を掠めたが、これも考えないようにしよう。

 僕は廣井さんを真っすぐ見つめた。彼女の視線は回遊魚みたいにあちこちを行き来して、正面を捉えることはできない。

 ポーカーとか苦手そうだな、となんとなく考えた。

 

 

「ひひ人違いじゃないかな~? 私は一人で、気の向くままーに、こ、ここに来ちゃっただけだから」

 

「そうですか。間違えちゃいましたか」

 

「そーそー、間違い間違い」

 

「ところでなんですけど」

 

「うんうん」

 

「星歌さんが腐れ縁をどうやって切るか悩んでました」

 

「そうなの!? ……あっ」

 

「……」

 

「……え、えへへ。や、なんでもないよ? うん、ホントに」

 

 

 そう言うと懐からパック酒を取り出して、ストローで飲み始めた。勢いがよすぎたのか、すぐに咽た。

 その反応でその言葉を信じる人は一体どれだけいるのだろうか。取り繕うにははじめから皮が剥がれすぎていないだろうか。

 廣井さんの咳が響く。やがて落ち着いたころに彼女が口を開いた。

 

 

「ちなみに……なんだけど。や、ちょっと気になったから聞くんだけどね?」

 

「はい、なんですか」

 

「……それって、ホント?」

 

「まぁ、はい」

 

 

 発言自体は、本当だ。本気でそう思っていると聞かれるときっと違うけど。

 

 

「少年くんっ! ちょっと私、すぐにでも行かなくちゃいけない用事を思い出したから、先に帰るね!」

 

「はぁ、お気をつけて」

 

 

 それだけ言って駆けていく廣井さんを眺めるのもほどほどに、僕も今度こそ公園を後にする。

 一歩、二歩。そして三歩目を踏み出そうとしたとき、後ろから声をかけられた。

 

 

「ねぇ! 少年くん!」

 

 

 振り返ると、公園の外で廣井さんが軽く微笑んでいるのが見えた。

 そうして口元に片手を添えて、間延びした、けれどはっきりとした声が耳に届いた。

 

 

「先輩はね! 君のこと、応援してるって! そう言ってたよ!」

 

 

 それだけ言うと、廣井さんは今度こそ足を止めず、走り去っていった。両手を一杯に振って、全力で駆けていく。

 その姿は決して綺麗ではなかったけれど、そしてなにも変わっていないはずだけど。

 それでも数分前の彼女とは違う雰囲気をまとっていた。

 

 

「ありがとう、ございます」

 

 

 届くはずのない囁くような声が口からでたとき、僕は彼女にお礼を言い忘れたことに気が付いた。

 小さな後悔が胸裏に降り積もり、やがてため息として快晴の空の下に投げ出された。

 また会ったときに言おう。そう思った。

 不思議な感覚だ。僕は廣井さんと再会する予感が確信めいたものにしか思えなかった。

 その時が来て、僕はきっと今日のことを話すだろう。

 僕と彼女が出会った、今日のことを。

 

 

「味方……」

 

 

 味方を探せと、廣井さんは言った。その言葉の真意を僕はまだ掴みきれていない。

 それは必要なことなのか、それすらも判断できていない。

 

 味方。自分を助けてくれる人。理解してくれる存在。

 頭に思い浮かんだのは、結束バンドの四人と、お姉さん……店長の姿だった。

 しかしどうも結びつかない。

 何をもって味方と呼ぶのか、その答えにたどり着くのはまだ先のように思えた。

 

 けれどいつか、僕はその選択をするのだろう。がんじがらめの糸を解ききって、一息ついたころ。

 二者択一の、あるいは数多のものから、自分の正解を選ぶ時が来る。

 

 その答えを彼女に伝えられればと、そう思う。

 

 

 

 ところで、廣井さんは割と友人関係大切にする人なのだろうか。

 あまりにも必死に走っていくから、なんだか少し悪い気もしてきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「先輩! ごめんなさい!」

 

「は? なに急に」

 

「お願いだから友達やめるとか、そんなこと言わないでくださいよー!」

 

「一体いつから私とお前が友達になったか教えてほしいが……んじゃあお前、とりあえず光熱費払え。あとお前が直近で壊した機材の修理費用も、忘れたなんて言わないよな?」

 

「……と、友達価格で……」

 

「ふざけてんのか」

 

 

 

「あ、あと頼まれたことだけど、ちょっとごまかすの無理そうだったからやむなく先輩のこと言っちゃった。えっと……ゆるして?」

 

「死ね」

 

 

 

 

 

 

 

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