カナリヤの慟哭   作:椎名リオ

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自分、引くくらい遅筆なので投稿した翌日とかに次話書ける人尊敬してます。
あと誰かが作った作品のキャラの口調をまねるというのも非常に難しいものがありますね。特に拙作では喜多の特徴の一つである「~だわ」「~のね」といったちょっと上品な言葉が、先輩と後輩という設定上登場させづらく(というかない)なっているのが辛いです。


下手でもいいよ

 綺麗な音だった。

 中学生の語彙力では、あのギターの音をなんて言い表したらいいかわからなかった。

 もしかしたらわたしだけが『綺麗だ』なんて思っていたのかもしれない。きっとこれが当たり前の、ありふれた演奏なのかもしれない。そんなことを考えていた。

 ただ……音が鳴りやんだ時、あの人がひどく落ち込んでいた様子をわたしはなぜか覚えていた。

 まばらな拍手が教室に響く中、わたしも遅れて拍手をした。

 そうしてからその人に声をかけた。

 正直どんな感じだったか、もう忘れちゃった。その時はただ話しかけるだけだというのにひどく緊張してたのは覚えている。

 

 

「もう、終わっちゃうんですか?」

 

 

 黙々と片づけを続ける背中に向かって、言った。

 手を止めたその人は一瞬ちらりとこちらに視線をよこして、けれどまた作業を始めた。

 

 

「そうだよ。もう終わり」

 

「あの、さっきの演奏とっても綺麗でした」

 

「きれい? あれが? ……まぁお世辞でもうれしいよ」

 

「お世辞なんかじゃありません」

 

 

 心の底に溜まっていたものを口に出した。思っていたより声が張って、ちょっとだけ恥ずかしくなった。彼は依然と背中を向けたままだ。でもさっきと違って手が止まっていた。わずかに声量を抑えて、彼に言った。

 

 

「わたし、ギター弾いたこともないし、知識があるわけでもないんですけど、それでもこう……悲しさというか、それでも優しさがあるというか……そういうのが伝わってきて、でも音は柔らかくて……」

 

「……」

 

「え……っと、そう! だから」

 

「もういいよ」

 

「いえっ、でもわたしはほんとに」

 

「だからもうわかったって。これ以上無理して言ったら君がパンクしそうだ」

 

 

 軽く声に喜色を滲ませながら、その先輩は言った。それから片付け終わったのか、ようやくこちらに顔を向けた。

 濃縮した青を思わせる黒い髪に、物憂げな表情。口元は薄く笑みを浮かべている。彼のことを見ていると、自然と安心してくる。

 

 

「君は……見学もかねて秀華祭に?」

 

「あ、はい。えと、それがなにか?」

 

「いや物好きだなって思ってね。あぁ悪い意味じゃないんだ。ただその、うちはほら、出し物としては結構特殊じゃない? 他に行ったほうがここよりもっと楽しめる場所もあるし、わざわざここに来る人なんてあんまりいないんだよ。特に学生は」

 

「まあ、そうかもですね」

 

「楽器弾ける人がこのクラスには多くてさ、それでミュージックバーをやろうってことになったんだ。楽器ができる人は楽器を弾いて、逆にできない人は飲み物だとか食べ物を作る調理班と別れて。で……やったはいいけれど、中身はごちゃごちゃだ。ロックをやるやつもいれば、無難にジャズをやるやつもいて、そんな奴がいるからそれで僕みたいなソロギターをやるやつも現れてくる。負のサイクルってやつだ」

 

 

 彼は諦めたように笑い、けれどそこにはやっぱり優しい色が混ざっていた。

 わたしは辺りを見回した。客入りが少ないからか、そもそもがこんな雰囲気なのか、いろんな人が笑いあっていた。

 楽器を弾いていたもの同士で集まって反省会をしている人も、料理のトッピングを失敗してしたことを話題に盛り上がっている人たちもいる。

 

 ――この人はここよりも他の場所に行ったほうがいいって言ったけれど、ここはここで楽しい場所じゃない?

 

 

「先輩」

 

「うん?」

 

「楽しければ、それでいいんだと思いますよ」

 

「……うん、違いないね」

 

 

 そうして先輩がまた笑った。今度は心の底から楽し気に。

 そんな彼を見て、わたしもまた笑った。やっぱり楽しいのが一番だ。

 

 そのすぐ後に、一緒に来ていた友達からのメッセージで、わたしたちははぐれていたことをようやく思い出した。探そうと思ったときに先輩のギターの音が聞こえてここに来たことも思い出した。

 ……もしかしてこれ、結構探されてる感じかしら。

 だとすると急いだほうがいい。手早く互いの大体の位置を共有して、友達の元に向かう。

 

 

「はい、これあげる」

 

 

 唐突に蓋のついた紙コップを渡される。さっきの先輩だった。

 

 

「えぁ、どうも……ってこれってここで売ってるやつじゃ……?」

 

「いいよ、感想くれたお礼ってことで」

 

「いやでも……」

 

「……実はレモネードの人気があまりなくてさ」

 

「?」

 

「みんなコーラだとかサイダーだとかを選んでいくんだ。それに、メニューにある材料、飲料水全部なくなったら、どうやら担任がハーゲンダッツを買ってくれるらしいんだ。それもここのクラス全員分」

 

「へぇー! いいですね!」

 

「でしょ? だからそれを達成するために、ぜひ貢献してくれないかな?」

 

 

 ……ずるい先輩だ。この人には打算があって、けれどそれは決して人を傷つけはしない。この話が仮に嘘だとして、一体誰が傷つくんだろう。そうなったとしても、それは些細なものなんじゃないかと思う。

 わたしはレモネードを受け取った。

 

 

「しょうがないですね!」

 

 

そんなことを言うと、やっぱり先輩はにこりと笑った。

 

 

 

 

「あっ、喜多ちゃんいたー! もう探したんだからぁ……」

 

「いやーごめんごめん。でもそっちからはぐれたんじゃないの?」

 

「えーそんなことないよー」

 

「ほんとかなぁ?」

 

「ていうか喜多ちゃんずるいよ! なに飲み物手に持ってるの!? こっちは真剣に探してたのに……ってあれ、喜多ちゃん顔赤いね。走ってきたの?」

 

「へっ? いや、そんなことはないけど……」

 

 

 ……あの先輩のことを思い出した。

 優しい笑み、それでいて気高ささえ感じたあの黒い眼差し。

 そのことを考えると、なぜか喉が渇いてレモネードをストローに口をつけて飲む。

 冷たい、それでいて甘く、どこかすっぱい。清涼感のある後味が、喉を潤す。

 これが人気がないっていうのは、やっぱり嘘っぽく、けれどそれを否定することはできなかった。

 レモネードを飲みながら、あの先輩がいた教室の方角に視線を向ける。当然ながら見えないけれど、もし……もしまた会えたら。

 

 

「……ふふ」

 

「? どうしたの? 喜多ちゃん」

 

「なんでもなーい!」

 

 

 わたしはあの先輩の名前をまだ知らなかった。

 そしてあの先輩も、きっとわたしの名前を知らないだろう。

 けれどそれは些細な隔たりで、偶然校舎を歩いていたときに聞いただけだったけれど。

 あの音を、忘れるはずはなかった。間違えるはずがなかった。

 ……わたしのことを覚えてなさそうなのは、少し残念だったけれど、だからこそ、それでも。

 ギターをやるからには、あの人から学びたかった。

 あの音の傍らで、ギターを弾いてみたい。

 

 レモネードの味を覚えたあの日に、わたしはきっとそう思ったんだと思います。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 

 翌日の昼。喜多さんは昨日とは違い、ギターケースを背負ってやってきた。場所はもちろん校舎裏。今日も晴れてはいるが、日の光はここには差していない。

 

 

「師匠! ギターもってきました」

 

「あのね、喜多さん。昨日言いそびれちゃったんだけど、その師匠っていうの、やめない?」

 

「え? 嫌でしたか?」

 

「いや、嫌っていうか……もともと誰かに教えられるほど僕はギター極めてないし」

 

「そんなことないですよ! 師匠ギター上手じゃないですか」

 

「また師匠って、あぁもういいや。喜多さんの好きに呼んで」

 

「というか、それをいうならなんで師匠はわたしのことさん付けで呼ぶんですか? 呼び捨てでもあだ名でもいいんですよ? 喜多とか、キタキターとか」

 

「なぜ苗字限定なんだ……さん付けで呼ぶのは癖なんだ。許してくれ。あ、そういえば喜多さんの名前ってなんていうの?」

 

「え゛、えっと」

 

「噂程度に聞くのはいつも喜多って苗字だけだったからさ。まあ、でも噂ってそんなもん……ってなんか、大丈夫?」

 

「だ、だいじょうぶで、はい……名前のことは勘弁してくださいお願いします……」

 

 

 途端に顔色が変わり、気のせいか焦っている風にも見えた。都合が悪いのか、どちらにせよ詮索はしないほうがよさそうだ。明らかに顔の輪郭が顔面が崩壊しかけていってて、なんだかとても怖い。名前がよほど痛い名前なのか、少し、いやだいぶ気になるが今後のことを考えるとこの話はしばらくしないほうがいいと直感的に思った。

 

 

「あ、あー。とりあえず、僕が持ってるギターの教科書みたいなやつを貸すよ」

 

「でも、練習しないと時間が」

 

「わかってる。本をゆっくり読む時間なんてないのはわかってるよ。だからなにか困ったら開けばいい。コードがわからないときに引く辞書みたいな、そんな軽い認識でいいよ」

 

 

 喜多さんはケースを静かに地面に下し、僕は持ってきたバッグから教則本を何冊か彼女に手渡した。

 

 

「わかりました。あ、あと一応当日やる譜面も持ってきたんですけど」

 

「見せて」

 

 

 彼女が持ってきたのは知らない曲だった。歌詞はない。インストバンドとしてやるつもりらしい。スマホで検索してみると、明るい曲調で決して遅い曲ではないことがわかった。使われているコードも初心者が弦を押さえて弾くには少々難度が高いものがちらほらとあった。

 

 

「ど、どうですか? わたしに弾けそうですか」

 

「難しいかもね」

 

「がーん……」

 

「でもコードはやりようによって簡略化できるし、曲の速さもバンドの人に頼んで遅くしてもらえればいい」

 

「それってわたしがギターできないのバレちゃうじゃないですかー」

 

「二週間でギターができたら誰も苦労しないでしょ」

 

「うぅ、おっしゃるとおりです」

 

 

 喜多さんは過去の発言を悔いて、落ち込んでいる様子だった。しかし数秒後にはまたこちらに真剣な眼差しを向けてきた。

 

 

「師匠は、どう思います?」

 

「どうってなにが」

 

「その、できるっていったのに、それが、その」

 

「予想を下回ってたとき?」

 

「はい。幻滅されちゃうかなーって」

 

 

 力なく、彼女は弱々しく笑った。

 喜多さんが心配していることは容易に想像がつく。音程が狂ったギターを携えて、指はもたついて碌なリズムも取れない奏者なんて誰も見たがりはしないだろう。いくら優れたアーティストが武道館とかでライブをしようが、ゴスペルやバックダンサーが下手だったら観客はがっかりする。台無しだと怒り狂う人もいるだろう。

 でも、そういう彼らの彼らなりの努力の跡が見つかれば話は変わってくると僕は思う。

 

 

「がっかりは、ちょっとするかもね」

 

「ですよねー……」

 

「でも、まだ決まったわけじゃない」

 

「え?」

 

「喜多さんの演奏が下手だと決めるのは喜多さん自身じゃない。演奏を見に来た人たちだ。確かに二週間でこの曲は君には難しいと思う。喜多さんが思い浮かべるすごい演奏は、たぶんできない。けど気落ちするのは早いんじゃない?」

 

 

 一息ついて、柄じゃないなと心の中で呟く。

 

 

「喜多さん。下手でもいいんだ。世界で誰よりも自分は下手だと思うといい」

 

「だ、誰よりもへた……」

 

「間違えてもいい。止まってもいい。弱音でもなんでも言えばいい。でも目標から目をそらすことはしちゃだめだ。そしてそれに向かうことも。って僕の父さんの言葉なんだけどね」

 

「……はい」

 

「二週間後のことなんて、当然誰も知らないけれど、少なくともそこそこの演奏はできるんじゃない?」

 

「あ、そこはそこそこなんですね」

 

「喜多さんは自分が天才だと思う?」

 

「あ、いえ……下手くそです……」

 

 

 数秒彼女の瞳を見た。そこに影は一切なく、澄んだ色をしていた。なんだか気恥ずかしくなって、適当に手元の自分のギターを見やる。そうすると喜多さんの笑う声が隣から聞こえた。

 

 

「ふふっ。そうですね。よしっ。やりましょう! 師匠! リョウ先輩を落とすためにっ!」

 

「いや声でかいって」

 

 

 いきなり大声を出すものだから、背中がびくついた。まぁでも、喜多さんが元気になったのならいいかななんてことも考えてたら、怒る気力なんてさらさらなかった。

 

 

「じゃ、とりあえずギターだして。とりあえず曲にでてくる一通りのコード教えるよ」

 

「お願いします。あ、師匠って放課後も時間空いてます? そっちでも教えてほしくて」

 

「乗りかかった舟だし、いいよ。場所はどうしよう……ん?」

 

 

 喜多さんの手によって開けられたケースの中には、黒を基調にされスタイリッシュな形をした、六つの太い弦が綺麗に張ってある――

 

 

「……ベース?」

 

 

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