ぼざろのラバーストラップのガチャガチャあったので回したら承認欲求モンスター(ぼっち)でした。今日も元気にビル壊してます。
僕と伊地知さんとの関係に変化が生じたものの、僕たちの間でそれ以降なにか劇的に変化したものがあるかというと一切そんなことはなかった。
もともとが近しい仲だったからというのもあるだろうし、それぞれにやるべきことが残っていてそれに追われているというのもある。
伊地知さんに限らず結束バンドの皆は直近のスターリーでのライブに向けてリハーサルだったり個人練習だったりと空いている時間を有意義に使ってほしい。そう考えると僕たちがそろってゆっくりできるのはもう少し先のように思えた。
定規で引いたような白い飛行機雲がまるで青空を引き裂くように僕の頭上を翔けているのがみえた。
折れ曲がることを知らないその線は、すべての問題には必ず正解があると信じている小学生の純情みたいにまっすぐだ。
そういえば今日彼女たちは後藤さんの家に行くらしい。そんな話を持ち掛けられていたことを思い出す。それなのに僕がこうして呑気に公園のベンチで空を眺めているのは、その話を断ったからだ。
別に後藤さんの家が金沢八景にあって距離的に気後れしたというくだらない理由ではなくて、その小旅行が結束バンド関連のちょっとした会議なんかも含まれていると聞いていたからかえって僕なんかが参加してしまうと話し合いが滞ってしまうかもしれない。
あとごく単純に、女子の後輩の家に行くのに男子が僕だけというのが気恥ずかしかったことも一つの要因ではある。誰だって幾多もの宝石の中にそこらへんに落ちている小汚い砂利や小石が混じっていたら、取り除きたくもなるだろう。僕はきっと邪魔者になる。
さて、というのも変な言い方だが実のところ僕のほうもやることが最近一つだけ増えた。
といっても今まで自分が行ってきたこととほとんど変化はないというか、その延長線上にあることをやろうと思っただけなんだが。
なにはともあれ、今日はそれをやるために一人になる時間を作ったつもりだった。僕が掲げたやるべきことは誰の力も借りれないことだろうし、そしてできるなら僕と彼女だけの間で完結させるべきことだとも思ったから。僕はギターを傍らに置いて、こうして五線譜と向き合っているわけだ。
しかしどう僕の動機がどうあろう、まぎれもない偶然であろうと──僕が蝉時雨と燦燦たる日差しに満ちているこの公園に足を運んだことは紛れもない事実だし、当然だが過ぎてしまった時間は戻せない。
要するに、僕は今ものすごくここに腰を落ち着けてしまったのを後悔している。
「いやー今日は暑いね少年くん」
「ここの近くにコンビニありますよ。今なら期間限定のものもあるかもしれませんね」
「うーん、相変わらず冷たいねぇ少年くん」
廣井さんはケラケラと軽快に笑った。そんな彼女と反対に僕は我慢しきれずにため息を吐いた。アルコールの強烈な匂いが漂ってくる。僕はそれに顔を顰めながら呼吸を浅くせざるを得なくなった。別にこの人が腹に一物を抱えるような悪辣な人でないことなんて理解してはいるが、いかんせん廣井さんは反面教師として優秀すぎる。優秀すぎるがゆえに、単純に会いたくない。
「こんなところで暇持て余してる時間あるんですか? 一応バンド活動してるんでしょう。夏なんて稼ぎ時なんじゃないですか」
「まぁこれからだねー。というかついこの間やってきたばかりだからさ、なんかちょうど間が空いちゃってるんだよね」
「……それで? まさかこんな暑い日に散歩なんて考えるあなたじゃないでしょう」
「うん。絶賛先輩んちの……あ、星歌先輩のことね、スターリーの。シャワー借りに行く途中」
「自宅ですればいいじゃないですか。店長さんの家は銭湯じゃなくてライブハウスですよ」
「わかってるってーそんなことー。光熱費払い忘れてたのをすっかり忘れててさー仕方ないことなんだよ」
「……ん? "払い忘れた"じゃなくて?」
「うん。"先月払い忘れたこと"を忘れてた」
どうしようもないなこの人、とつい目を細める。ここまで自分とかけ離れた生活をしている人をみると、本当に同じ人間か怪しくなってくる。刹那的に生きている彼女の姿は幽霊みたいにリアリティがない。なんだったら「わたし実は人間じゃないんだよねー」なんてことを今言われたほうが、僕はよっぽど素直な気持ちでこの人と接することができるのではないかとすら思う。
「じゃあさっさと店長さんの家にでも行けばいいじゃないですか……いやまぁ、本当は常識的に行ってほしくないんですけど」
「つれないなー……ところで、そういう君はなにしてたの?」
「別に。大したことじゃないですよ」
「でもその大したことないことに、少年くんは随分熱心みたいだね」
「……それが、どうかしましたか」
手元の五線譜に視線を落としながら、なんでもないように装う。できればこのまま何でもない会話が続いてほしかったけれど、それは都合のいい話というものだ。現実的じゃない。僕の膝の上に書きかけのものが一枚、隣には無造作にさらに何枚かがベンチの上に散らばっている。そんな状況で問われないことなんてあるわけがない。廣井さんはその一枚を手に取って、それから首を傾げた。
「少年くん、これ……
「そうかもですね。あと人のものを勝手にみるなら一言必要じゃないですかね」
「キミ、ドラム叩けるの? んー……というかこれなんの曲?」
「はぁ……叩けませんよ。これは……なんというか、贈り物です」
「贈り物? 誰に?」
五線譜に向き合ったまま口を閉ざす。少なくともこれより先のことを話すつもりはなかった。そんな雰囲気を感じ取ったのか、廣井さんもそれ以上訊いてくることはなかった。僕は誰かのために、こうして譜面を書き起こしている。そんな単純で曖昧な情報が伝わっていればいい。それに
ペンを走らせ、やがて止まる。脳裏に刻まれたメロディーを、途中で途切れている譜面と照らし合わせる。一つ、ほんの些細な違和を発見すると、そこからすべてがずれてくる。正しいと思っていた数式が、数分後には歪なものにみえてしまうように、疑念は晴れず僕は一向に納得のできないリズムパターンを量産しているばかりだ。
『……まだ、夢は叶ってない?』
青空を見上げると、そんな声が聞こえた。もちろん廣井さんでも、僕でもない。けれどここにいなくたって正体なんてとっくのとうにわかっている。目を瞑ればあのときのすべてを瞼の裏に映し出せるくらいに鮮明に、思い出せる。
『──いつかわたしにも手伝わせてよ、優くんの夢』
そんな彼女の……伊地知さんの声に戸惑った。あの時に必要だったのは、苦笑いと軽く首を横に振ること、あとはやんわりとした拒絶の言葉。それだけだったはずだ。
僕のためだけに時間を費やしてほしくなかった。何年と結果の出ていない僕の練習に彼女を巻きこむのは彼女の夢の何の足しにもならないからだ。
でも彼女はきっとそれを承知であんなことを言ったのだ。
メリットやデメリットではなく、ただ純粋な気持ちで言ってくれたのだと最近になってようやくわかった。
だから僕も恋人らしいことはできていなくとも、一種の信頼の証のようなものを渡したかった。
僕だけが唯一覚えているこの父さんの曲を、彼女となら共有したかった。
その足掛かりとして、いつもの五線譜に書き慣れなれていない記号を走らせているわけだ。
「……ねえ少年くん。私の話は覚えてる?」
廣井さんは青空に顔を向けながら、そんなことを呟いた。視線は遠く、まっすぐで、でも広大な青を見ているのか空中に霧散しかけている飛行機雲を眺めているのか、よくわからなかった。
「あっ今日の話じゃなくて、キミと出会った日、別れ際にした話のことね」
「さぁ? なんでしたっけ」
「うえぇ!? 結構マジメに話したのに!?」
「冗談ですよ。大げさな人ですね」
廣井さんの反応が予想以上に大きくて少しだけ頬が緩んだ。この人と出会った時も、今日だって振り回されたばかりだ。これくらいはいいだろう。
「キミの味方は見つけられた?」
「……どうでしょうね。まだ断言はできないです」
「そっか。でもキミがそうやって誰かのために何かを共有しようとする姿をみると、私が言ったことは無駄じゃなかったような気がするよ」
そんな言葉にそうですかと呟く。それだけの言葉のどこに満足したのか、彼女は朗らかな笑い声をあげてそうだよと答えた。
脳裏に連続していた想像上の譜面が微かな違和感によって途切れた時、僕はため息をついて仕方なく空を見上げた。木漏れ日が眩しい。目が少しの間眩んで、細めた目でふと隣を見やると廣井さんも僕と同じように空を見ていた。
会話はなく、ただ蝉時雨が木霊し続けた。遠くで雲が流れる。もう飛行機雲も空のどこかへ消えていってしまった。
そんな光景を意味もなく眺めていると、廣井さんは唐突に立ち上がった。
「そろそろ行くね」
「……はぁ。まぁ、気をつけて」
「そ、そんな眼をしないでよ~。あれだよ、ちゃちゃっと借りてくだけだからさ」
「わかりましたから、さっさと行ってください。これでも結構言いたいこと抑えてるつもりなんで。必死に目を瞑ってるんです」
「おー……言葉通りに?」
「…………廣井さん」
「わ、わかったよ。ごめんって」
よいしょとギグバッグを背負いなおして、彼女はパープルアッシュの髪を揺らしながらこちらを振り返った。なぜか得意げな表情をしてまさに今背負っているバッグを、というよりその中身を指さして。
「えへへ、
「それが当たり前なんですよ。そもそも今日取り出してないでしょ。ていうかあなたの商売道具でもあるんですからもう少し大事に扱ってください」
「手厳しいなー。それじゃ、またね少年くん。
見返りながら彼女は僕に手を振り、それから堂々と公園から
「廣井さん」
「んぇ?」
僕はすぐさま隣にあったものを手に取って、彼女の後を追いかけた。
すっかり別れると思い込んでいたのか、廣井さんは間の抜けた表情をして振り返った。そんな彼女に見えるよう、そっと差し出した。
「
日本酒『鬼ころし』180ml、ストロー付き。ついでに飲みかけ。
一言も喋らない時間が数十秒続く。やがて居心地悪そうに廣井さんが笑った。
「ごめん、捨てといて?」
「わかりました、なんて素直に頷くと思いますか?」
「……ごめんなさい」
蝉が一匹、息詰まるようにして鳴き止んだ。
* * *
私は嘘がつけない人なんだと思う。
相手はもちろん、自分にだっていつも正直でいたい。
嘘をつくのが必ずしも悪いことではないことはわかってる。
世の中には必要な嘘も、誰かを傷つけないための優しい嘘だってある。
──そう、私は嘘
私はただ隠し通しているだけだ。でもそれはもしかしたら嘘をつくということよりも酷いことをしているのかもしれない。
互いが同じ席に座ることもなく、話は進まない。
目の前の扉の鍵を私は持っているのに、彼女だけが渡されていないような不公平さに私はずっと後ろ髪を引かれていた。
そっと彼女を見る。透き通るような眼には、まぎれもなく私が映っている。
いつかの彼みたいに純情を湛えた綺麗な瞳をみたとき、裏切れないと思った。
「ねぇ、喜多ちゃん。話したいことがあるの」
私の本音を伝えよう。
お姉ちゃんと仲直りをした時のように。
優くんに私の気持ちを伝えた時のように。
それがたとえ、私自身が傷つくことになっても。