カナリヤの慟哭   作:椎名リオ

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皆さんは21日の一挙放送みましたか? 
自分はというと見逃した民です……ストラトでハラキリショーでもしようかなーって一瞬思うくらいにはショックでした


旧友

 ――ひび割れている硝子みたい。まだ幼かったわたしは鏡優のことをそう言い表すことしかできなかった。ひび割れたガラス、というのもほとんど何となくの印象というか、彼がいつも窓を眺めている姿から連想しただけに過ぎなかった。

 けれど、案外それは外れていないような気がした。

 ボールが少しでも衝撃を与えれば、あるいはちょっとした風が横に吹けば、彼は瞬く間にどこか教室ではないどこかに飛んでいってしまう。そんなことを彼の姿を見るたびに思ってしまっていた。

 一日中窓の外に視線を向け、黒板には見向きもせず、そんな彼の周囲に人はほとんどいなかった。いや最初はいたんだ。彼がそうしている理由を、噂程度には知ってしまっていたから。

 

 『鏡優が風邪を引いたから父親は死んだ』

 

 それを口にする者はいなかった。だが、少なからず信憑性があったのも事実だった。同時に彼がそうなってしまうのも無理はないと、心の中で当時の誰もが思ったはずだ。

 その証拠に誰もが彼のことを心配し、慰めの声をかけた。当たり前ではあるが、決して彼を貶す人はいなかった。

 だが彼は、優くんはその一切に反応しなかった。

 曇りだろうが、雨だろうが関係なかった。彼はずっと窓に視線を向けるだけだった。

 

 石像のように、ずっと遠くを見つめていた。

 

 次第にみんなは優くんのことを気味悪がるようになった。腫れ物に触れるように一人、二人と近づく人がいなくなり――残ったのはわたしだけになっていた。

 席が隣ということもあったから、話しかける機会だけはあったのだ。

 でも、わたしはどんな言葉をかけていいのかが、それだけがわからなかった。慰めの言葉なんて、ただ辛いだけだ。だって、わたしがそうだったから。

 結局なんにも思いつかずに、宿題のこととか、今日の給食は何だろうとか、薄っぺらい会話しかしなかった。当然、優くんには無視された。

 

 だけどある日、あることをひらめいたのだ。今でも覚えている。あれはまさしく天啓だった。その日は誰よりも早く帰って、家でギターを弾いていたお姉ちゃんにこう言った。

 

 

「お姉ちゃん! 今度のライブのチケット、もう一枚ちょうだい!」

 

 

 間の抜けた顔をして、でもなんやかんや渡してくれたチケットを机の引き出しに入れて、その日になるのを今か今かと待った。

 

 

 待って、……待って、――待ってっ!

 

 

 そしてその日の下校時に、先に帰り始めていた背中を追って回り込んで、わたしは優くんの手をつかんで、言ってやった。

 

 

「優くん! ライブ! 行こうっ!」

 

 

 ってね。

 

 

「…………は?」

 

 

 久しぶりに聞いた声はひどくざらついていて、でもなぜかほっとした。

 無理やり彼を引っ張って、お姉ちゃんのライブを見て、お姉ちゃんのギターが鳴りやんだとき。

 わたしにだけ囁くように、こう言った。

 

 

「僕、お父さんみたいにギター弾いてみるよ」

 

 

 その瞳は透き通るように黒く、やっぱり触れてしまえば壊れてしまうような危うさがあって。そんな目にわたしの姿が映っていた。

 なぜだか恥ずかしくなって、心臓が張り裂けそうで、けれど目をそらすことはできなくて。

 

 

 たぶん、そのときにわたしは、優くんのことが好きになったんだと思う。

 

 

 

*  *  *

 

 

 

「……懐かしいな、伊地知さんのパワープレイ。うん、覚えてるよ。あのとき割と抵抗した記憶があるんだけど、お構いなしに引きずられた」

 

「そんなわたし怪力じゃなかったよ!?」

 

「え、じゃあ今は……」

 

「昔も今も違うよ! え、なに優くんわたしのことずっとそう思ってたの?」

 

「あ、バレた?」

 

「~っ。も、もう! からかってるでしょ!」

 

 

 約五年ぶりにもなる伊地知さんとの会話は、驚くほど昔の調子を残したまま交わすことができた。距離を確かめ合う間もなく、ごく自然に彼女と合わせることができ、やりづらさとか気まずさとか、そんなことは感じなかった。

 伊地知さんはここ近くのスーパーに寄っていたらしく、帰りにこの公園を通りかかったところ、たまたま僕を見つけたと言った。僕の隣に座り、肩から下げていた買い物バッグを下す彼女に向けて、「なんだか主婦みたいだね」なんて冗談交じりで言ってみた。少し強めに背中を叩かれた。

 

 

「ギター、随分上手になったじゃん」

 

 

 と彼女が言った。僕はそれに軽く笑った。

 

 

「比較対象が古いだけだよ。最後に君の前で弾いたのは小学六年のときでしょ。最近は全然上手くならない」

 

「ううん。そんなことないよ」

 

「そうかな」

 

「うん。そうだよ、きっとそう」

 

 

 そうだといい。そうならいい。根拠のない言葉だ。なにより自覚している。自分のことは世界でだれよりもわかっている。

 それでも、今だけは彼女の言葉に身を任せようと思った。せっかくの再会で、意固地に単なる事実を語って、子どものような言い合いをしたくはなかった。

 僕は軽く頷いて、笑って見せた。伊地知さんもまた笑い返してくれた。

 

 

「わたしね、実はバンド組んでて」

 

「へぇ、君のお姉さんと? いいね」

 

「あ、ううん。お姉ちゃんはもうバンドやってないんだけど、代わりにスターリーっていうライブハウスを運営してて。それで、今度わたしたちがそこで演奏するわけでして……」

 

 そこまで話すと、伊地知さんは一回話を止めて、少し悩む素振りをみせてから再び口を切った。

 

 

「優くん! バンドに入ってギターやってくれない?」

 

 

 伊地知さんは急に立ち上がって、こちらに手を合わせてきた。突然のことだったから、しばらく体が硬直した。

 

 

「え、なにギターいないの? ていうか君がギターじゃないの? お姉さんもギターだったよね」

 

「いや~、実はわたしドラムで……ベースは問題ないんだけど、ギターの子とは一回も合わせとかしたことなくて。できればもう一人ギターが欲しいなー、なんて」

 

「……それって大丈夫なの?」

 

「正直に言うとかなり不安。ライブまで結構近いし」

 

 

 伊地知さんは困ったように頬をかいた。苦笑いを浮かべる彼女の顔は少し無理をしている風だった。

 ギターとしてバンドに入ってほしい。それが正規としてなのか、臨時としてなのか分からなかったけれど、どちらにせよ彼女の願いに僕は意外と前向きに考えていた。せっかくこうして再開したんだし、そんな人から一つや二つ頼まれることは苦であるどころか、嬉しいまであった。

 頷こうとして――ふと喜多さんの顔が頭をよぎった。

 

 

「……」

 

「優くん?」

 

「ごめん、やっぱり断っておくよ」

 

「……そっか。ごめんね、無理言っちゃって!」

 

「そもそも僕ソロギターしかやったことないし。あまり力になれなさそうだな。それに直近でやることがあるんだ。後輩にギターを教えなくちゃいけない」

 

「え、なんか珍しいね。優くんがそういうことするの」

 

「そうかもね。自分でもちょっとおかしいとは思ってるんだ。……伊地知さんのライブには行くよ。ぜったい」

 

「うん。ありがと」

 

 

 太腿の内側で温めていた手はとうに感触が戻っていた。それでも僕がギターを弾かないでいたのは、まだ伊地知さんと話していないことがあって、それを切りしていないがためのもどかしさみたいなものが胸の奥でずっと詰まっていたからだった。

 気恥ずかしくて、何度もためらう。

大したことではないのかもしれないけれど、僕にとって伊地知さんは恩人みたいなもので、でもだからこそ面と向かって伝えなければならないとずっと思っていた。

 

 

「伊地知さん。ありがとう」

 

「え?」

 

「あのとき、僕をライブに連れて行ってくれて。ずっと外を見続けることしかなかった僕を、連れ出してくれて、ありがとう。君がああしてくれていなかったら、僕は多分ギターどころか、色んなものを取りこぼしてしまっていたと思う」

 

「――」

 

「本当は、もっと前に言うべきだったんだろうけど。ずっと君に言いたかったんだ」

 

「……わたし、迷惑じゃなかったかな」

 

「そんなことはないよ」

 

「そっか」

 

「うん」

 

 

 二人しかいない公園では、僕たちの声が小学生の囁き声みたいに響いた。街灯の光がスポットライトみたいに僕たちを照らし、お互いの顔は見えづらい。そもそも今は彼女の顔を見れそうになかった。

 伊地知さんが座っている方向とは逆のブランコを眺めて、静かに熱が冷めるのを待った。彼女も僕に話しかけてくることはなく、さわさわと夜風にそよぐ木々の葉の音が聞こえてくるだけだった。

 名前も知らない鳥の鳴き声が聞こえた気がして、その方向にある木に視線を向けたとき、携帯の聞き覚えのない通知が鳴った。

 

 

「あ、お姉ちゃんからだ。……『早く帰ってこい』だって」

 

「もう暗いしね。せっかくだし送るよ」

 

「お、じゃあ荷物持ってもらおうかな~」

 

「いいよ。なんか筋トレの邪魔して悪いね」

 

「だから誰が怪力ゴリラだ!?」

 

「いや冗談だし、そこまでは言ってないけど……」

 

 

 伊地知さんと一緒に公園をでる。途中で連絡先を交換したり、他愛のない会話をして、駅までの道を一緒に歩いた。人一人の半分もない間隔で並んで歩いていると、昔を思い出す。変わったのはいつの間にか伊地知さんのことを見下ろすような背丈になったことくらいか。

 やがて視界に入る明かりが増え、人通りが多い駅前で僕たちは立ち止った。

 

 

「ライブ、絶対行くよ」

 

「まあ、過度な期待はしないでくれると助かるんだけどねー。でもありがとう」

 

 

 またねと軽く手を振って僕は来た道を帰ろうとすると、わずかに後ろに引っ張られる感触がした。

 

 

「伊地知さん?」

 

「……まだ、夢は叶ってない?」

 

「……うん。情けないことにね」

 

「そっか……」

 

 

 正直、伊地知さんが僕の夢を覚えてくれていたことに驚いて、内心とても嬉しかった。

『父さんの演奏を完全に再現する』。それを最初に話したのは彼女だったし、その夢を馬鹿にもしなかった。

 彼女は俯いて、その表情はうかがえなかった。よく見ると服をつかんでいる指が微かに震えていた。伝えたいことがあるのだろうと思って、しばらく彼女のつむじを眺めていた。いつもは跳ねている髪がおじぎをするように垂れていた。

 じっと見ているといきなり伊地知さんは顔を上げた。さすがにデリカシーがなかったと内心で後悔して、少しだけ彼女の視線から目を逸らした。

 

 

「だ、だったらさ。いつかわたしにも手伝わせてよ、優くんの夢」

 

「え? いや、でも」

 

「いいの、わたしがやりたいだけだから! それじゃね! ()()()()()スターリーで!」

 

 彼女の後ろ姿を、呆然と見送った。有無を言わせない勢いに押されてろくな返答もできずに、僕はせいぜい肯定とも嘆息ともつかない情けない吐息をもらすことと、人に埋もれ行く背中に向けて弱々しく手を振ることしかできなかった。

 

 

「帰ろう」

 

 

 空回りしていた思考を無理やり口にだした言葉で再起動させる。

 帰り道、僕は下を向きながら伊地知さんの帰り際の言葉について考えていた。僕の夢を手伝ってくれる。彼女はたしかドラムをやっていると言っていた。伊地知さんがどんなドラムを叩くのか、実力すらも知らない。だけど彼女が後ろで演奏を支えてくれる。その姿を想像してみる。

 

 

「――悪くない、かな」

 

 

 帰ってからも彼女が言ってくれた手伝いという言葉に夢膨らませ……だから僕が違和感に気がついたのは明日の朝だった。

 なかなか寝付けなくて寝覚めが悪い。今日は太陽は出ていない、少し曇りの日だ。雨が降らなければいい。じゃないと練習がしづらくなる。あぁ、そういえば喜多さんともやらなくちゃいけない。もうすでに本番まで二週間は切っているはずだから。

 そこまで考えて、やっと。

 

 

「……二週間後の、ライブ?」

 

 

 奇妙な一致に、歯を磨いている鏡の中の自分は首を傾げた。

 




感想もらえてニヤニヤしてました。とても嬉しかったです。
自分結構ほかの方々と比べてみて、ギャグ路線は少なめで行こうと思ってるんですけど、ぼっちちゃんの生態がマジで地球外生命体なんでどう扱ったものか、困ってます。
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